API国際政治論壇レビュー(2022年5月・6月合併号)
1.結束を示したNATOサミット
◆大きな画期となるサミット
6月下旬に、ドイツのエルマウとスペインのマドリードで、二つの首脳会談があった。G7(主要7カ国)サミットとNATO(北大西洋条約機構)サミットであり、この二つに日本の岸田文雄首相も参加することになった。
日本の首相のNATOサミットへの参加は初めてのことである。また今回はNATOのアジア太平洋パートナー(AP4)である日本、オーストラリア、ニュージーランド、そして韓国の四カ国が招待され、この四カ国による首脳会談も開かれている。あわせて、今回のNATOサミットは、12年ぶりの「新戦略概念」改定となる重要なサミットであり、その文書の中でもアジア太平洋のパートナー諸国との協力の重要性が強調された。
ドイツでのG7サミットと、スペインでのNATOサミットの二つのサミットは、ロシアによるウクライナ侵略と、その後の戦争が継続する中での開催となった。それゆえ、ウクライナに対するG7やNATOとしての支援策や、ロシアを非難して制裁をさらに強化する必要性が論じられた。
また、これまでトルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領の反対によって座礁していた、スウェーデンとフィンランドという北欧の中立国2カ国のNATO加盟問題に重要な光が当てられた。マドリードNATOサミットでは、トルコ、スウェーデン、フィンランドに、NATO事務総長が参加する四者会合が開かれて、妥協が成立したことでスウェーデンとフィンランドのNATO加盟が合意された。なんとかNATOの結束を示すことに成功した今回のサミットは、ロシア・ウクライナ戦争の今後を展望する意味でも、大きな画期となるであろう。
◆「対ロ政策の転換」が焦点に
このNATO首脳会談をめぐっては、開催前からさまざまな提言や想定がなされていた。
たとえば、プリンストン大学名誉教授で、シンクタンクのニュー・アメリカCEOも務める国際政治学者アン=マリー・スローターは、ロシアを孤立させ、包囲するに至るフィンランドやスウェーデンのNATO加盟には慎重な姿勢を示している(1-①)。スローターは、それによりヨーロッパが再び二つに分断され、「統一され自由なヨーロッパ」の確立が遠のいていくことを懸念している。
とはいえ、スローターのような意見は必ずしも主流とは言えない。彼女が国務省政策企画室長を務めたオバマ政権時に、アメリカは米ロ関係の「リセット」をして関係改善へと動いたが、結局は2014年のクリミア半島の一方的な併合と、ウクライナ東部での戦争勃発でアメリカの期待は裏切られる。その後の経緯を見れば、ウラジーミル・プーチン大統領のロシアに善意を示すことが、必ずしも戦争終結や平和には繋がるわけではないことが分かる。
そのような経緯もあり、これまで政府内で対ロシア政策や東欧諸国に対する政策に携わってきた三人の元政府高官が連名で、従来の対ロ政策を大きく転換する必要を論じている(1-②)。具体的には、1997年のNATOロシア基本文書における合意が、ロシアの一方的な軍事行動でもはや無効となったことを前提に、従来の旧東欧諸国の領土にNATO軍の通常戦力を常駐させないという保証を見直す必要を説いている。NATO首脳会談では、明示的に基本文書の効力を失効させる宣言はなされなかったが、「新戦略概念」においてポーランドに米軍の常設司令部設置や旅団規模のローテーション方式での配備をするなど、従来よりも米軍の関与が強化される結果となっている。
NATO国防大学研究部長のティエリー・タルディは、これまで「新戦略概念」策定へ向けた提言文書をまとめるなど、積極的にその過程に関与しているが、『ル・モンド』紙において合意に含めるべき点を四つ指摘し、それぞれ矛盾して相対するベクトルに一定の均衡点を見出す必要を論じている(1-③)。たとえば、アメリカとヨーロッパでどの程度負担を分担するかについても、一定の合意が必要となり、とりわけヨーロッパ側がよりいっそうの防衛力に貢献しなければならないと論じる。
ロシアと国境を接する諸国にとって、ウクライナでの戦争は現実の脅威であり、戦線の拡大もある程度想定し、準備をせねばならないであろう。ポーランドやバルト三国は、実際のロシアの軍事侵攻の可能性を肌身で感じているがゆえに、NATO加盟国の中でもとりわけロシアには強硬な姿勢を示している。
リトアニア大統領のギタナス・ナウセダは、NATO首脳会議開催の直前に『ワシントン・ポスト』紙に寄稿して、もはやロシアとの協力は不可能となったとして、NATOの抑止力と防衛力をよりいっそう強化する必要を説いている(1-④)。
マドリード・サミットで採択されたNATOの「新戦略概念」の文書において、NATO設立以降初めて、ロシアは強い言葉で「脅威」と位置づけられた。またそれと同時に、NATO即応部隊の規模は大幅に拡大されて30万人となった。このような合意がなされたのは、これらの諸国からの強い働きかけがあったからであろう。
とはいえ、欧州諸国が十分な防衛努力をせずに、米軍に一方的に依存するような状況は望ましくない。ドイツを初めとする欧州諸国が、国防費の大幅な増加をすでに宣言しているが、実際どの程度増強し、またNATOの抑止と防衛を強める役割を担うかは未知数である。
アトランティック・カウンシルのシニア・フェローであるエマ・アシュフォードは、アメリカ国内でヨーロッパの加盟国の防衛努力の不足に対する不満が鬱積していると同時に、ヨーロッパの側にもトランプ政権における同盟批判の記憶や、インド太平洋重視のアメリカの政策への不安など、どの程度真剣にアメリカがヨーロッパ大陸でロシアの脅威に対峙する意思があるか、不安が残っているという現実に触れている(1-⑤)。
◆韓国左派系メディアが激しい批判
他方で、尹錫悦(ユン・ソギョル)大統領が韓国大統領としてはじめてNATOサミットに参加するに際して、韓国の国内ではとりわけ左派系メディアが厳しい批判を行っている。たとえば『ハンギョレ』紙の社説は、今回のマドリードNATO首脳会談では「反中・反ロ政策の固定化」がなされていき、中国の反発を招くことを懸念してNATOとの協力には慎重であるべきだと指摘している(1–⑥)。
実際に中国は、今回のNATO首脳会談の「新戦略概念」採択、さらにはアジア太平洋四カ国のサミット参加に厳しい批判を行っている。サミットが開幕した6月28日の『環球時報』紙においては、「NATOのアジア太平洋化」を牽制し、かつての冷戦の遺物であるNATOが「新しい冷戦」を生み出しつつあると説明する(1-⑦)。そして、NATOはヨーロッパの安全保障危機への「治療薬」ではなく、「毒薬」となっていると述べ、この「毒薬」を東アジアにばらまくことは悪質だと攻撃する。ここではとりわけ、日本と韓国のサミット参加に批判の矛先が向けられている。これまで中国は、日米韓三カ国の安全保障協力や、「クアッド」のような、アジアにおける民主主義諸国の連携を強く嫌ってきた。
かつてオーストラリアに対して行ったように、アメリカの同盟諸国を一国ずつ分断、そして孤立化させて、圧力をかけるのが中国が頻繁に用いる手法である。だとすれば、それらの同盟諸国が結束し、アジア太平洋地域で中国を包囲するような連携に、特別な警戒感を抱いているのも不思議ではない。
2 ロシアへの妥協は必要か
◆話題を呼んだキッシンジャーとソロスの論争
はたして、どのようにすれば戦争の終結が可能なのだろうか。ロシアはこれまでになかった水準の厳しい制裁を科されながらも、ウクライナに激しい攻撃を続けており、依然として戦争の出口は見えてこない。そのようななかで国際論壇においても、この戦争をどのように終結させるか、そしてロシアに対してどのような姿勢を示すべきかをめぐり、見解が分かれ、論争が見られた。
中でもとりわけ話題を呼んだのが、国際政治学者であり、元米国国務長官のヘンリー・キッシンジャーと、投資家であり政治活動家でもあるジョージ・ソロスとの、今年のダボス会議での論争である(2-①)。
キッシンジャーは、ロシアを過度に周縁化することなどによる国際秩序の不安定化を懸念し、イデオロギー色を排して、2014年にウクライナが失った領土をロシアの領土に編入させる必要を論じる。他方でソロスの場合は、ロシアに対する戦争の勝利は、「文明を守る」ためにも必要だと論じ、そのために最大限ウクライナを支援する必要を説いている。
戦争の早期終結のために、ウクライナが一定程度譲歩をするべきだという意見は、キッシンジャー以外にも見られる。ジョージタウン大学教授で、外交問題評議会のシニア・フェローでもあるチャールズ・カプチャンは、戦争を終結させるためにはロシアに対して、ウクライナや国際社会が一定の譲歩を示すことが不可避だと論じる(2-②)。
ロシアはウクライナから撤兵させる姿勢を示しておらず、戦争がこのまま続けばより危険な段階へと進む。プーチン大統領を追い詰めることは、戦争終結の可能性が遠のくことを意味し、無制限なウクライナへの武器供与は被害を拡大させるだけだとカプチャンは論じる。そして、ロシアとの外交交渉を「宥和政策」と同一視して最初から度外視する姿勢を戒めている。
またハーバード大学教授の著名な国際政治学者のグレアム・アリソンも、ウクライナ情勢についてのインタビュー記事の中で、かつてフランクリン・ローズヴェルト米大統領やウィンストン・チャーチル英首相がソ連のヨシフ・スターリンと会談し、またリチャード・ニクソン米大統領が毛沢東国家主席と交渉したように、西側諸国がプーチン大統領と交渉すべきだと述べている(2-③)。ロシアとの共存を摸索しなければならないというアリソンの議論は、かつて彼が刊行した『米中戦争前夜』という著作の中で、「ツキジデスの罠」という用語を通じて、中国との共存の必要性を論じたことと重なる。
バーミンガム大学教授のパトリック・ポーターらは、ウクライナとそれを支援する西側諸国の利益が一致しているわけではないとした上で、西側の対ロ強硬姿勢のレトリックがウクライナの期待を吊り上げてしまっており、よりいっそう戦争終結が難しくなっていると論じる(2-④)。ウクライナへの感情的な同情と、自国の冷静な国益の評価を混交するべきではなく、ウクライナから一定の距離を置くことも必要だと示唆する。
ソ連外交史が専門の大家である、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)教授のヴラディスラブ・ズボクは、プーチン体制の今後について歴史的視座からの洞察を示している(2-⑤)。
プーチン体制においては、厳しい弾圧を行わずとも、それに批判的な国際派の人々はすでに海外に脱出しており、それ以外の国民構成においては世界経済との繋がりをあまり必要としていない。それゆえ西側諸国からの制裁や貿易制限を受けても、それらの国内派の人々は直接的にはあまり損失を被ることはなく、プーチン体制への批判は強まらない。むしろプーチンは、かつてのミハイル・ゴルバチョフ大統領とは異なり、保守的なイデオロギーを媒介にしてロシア国民のノスタルジーの感情に訴えている。それゆえ、西側諸国の経済制裁が直接、プーチン体制を打破する結果には至っておらず、西側諸国は、制裁により弱体化しながらも独裁的であり続けるプーチン体制と、共存をしていかなければならないだろうと予測する。的確であり、鋭い洞察である。
◆楽観主義の後退
実際に、戦争勃発直後、ロシア軍の侵攻が停滞して、ウクライナ軍が勇敢にロシアの占領地拡大を阻止していた頃の楽観主義は大幅に後退した。
たとえば、外交問題評議会のリチャード・ハース理事長は、一方の側が他方に自らの意思を強制するような「勝利」が得にくい現実を指摘して、長期戦になることを想定した戦略を検討することが重要だと論じる(2-⑥)。そして、アメリカはこの戦争を、民主主義を求めたものではなく、国際秩序の問題のフレームして、国際世論の支持を拡大する重要性を説く。ハースは、ウクライナの領土をロシアに割譲するべきではないと論じる。というのも、1938年のチェコスロバキアのズデーデン地方の割譲の例のように、攻撃された国が領土を割譲する前例をつくれば、それがさらなる同様の事態を生み出す結果になるからだ。
ウクライナのドミトロ・クレバ外相は、『フォーリン・アフェアーズ』誌に寄稿して、「戦争疲れ」が浮上する中でもウクライナへの継続的な支援を続けて、ロシアを打倒しなければならないと論じる(2-⑦)。すなわち、ウクライナが「負けない」というだけではなく「勝つ」必要があるのだ。
実際、最近の国際論壇に少なからずあるウクライナの妥協を求める声は、いわゆる「戦争疲れ」に由来する部分もあるはずだ。クレバ外相によれば、ロシアに勝利するためには経済制裁が鍵であり、長期的にロシア経済を弱体化させることが重要だ。しかし終戦交渉の席に着かせるには、あくまでもロシアが戦場での敗北を続けることが必要になる。ウクライナの領土的譲歩による戦争終結を求める声を退けることが、現在のウクライナ政府の重要な目標であろう。
◆ウクライナ支援を強く説くイギリス
欧州諸国の中で、最もロシアに対して強硬な姿勢を示し、またウクライナに対する支援継続の必要を強く説いているのがイギリスである。リズ・トラス英外相は、クレバ外相との共同執筆の記事をイギリス保守系の新聞、『テレグラフ』紙に掲載した(2-⑧)。
ここでは、人々が自らの未来を自由に選択する重要性が説かれており、そのような原則を擁護することが戦争の目的でもあるという。同時にそれは、プーチン大統領が忌み嫌うことでもある。プーチンにとっては、この戦争を通じて自由民主主義が成功し、権威主義体制が挫折するような結果に至ってはならない。またこの記事では、ウクライナの主権や安全、領土保全を犠牲にして、独仏両国を中心にまとめたミンスク合意も批判される。欧州諸国の中でも、戦争継続への意志の強さには濃淡があり、次第に亀裂が見られるようになっている。
同様に、ボリス・ジョンソン英首相も『タイムズ』紙に寄稿して、ウクライナへの支援を継続する必要と、ウォロディミル・ゼレンスキー大統領が提示する条件での戦争終結を求める必要を説いている(2-⑨)。
プーチンがその目的を達成したならば、あらゆる独裁者が力を用いてでも自らの目標を達成するようになることが常態化する。それゆえ、西側諸国は迅速にウクライナへと武器や弾薬を供与して、戦争継続が可能となるように援助を続けることが死活的に重要だとジョンソン首相はいう。
このように欧米諸国の中でも、戦争終結のためにロシアに譲歩して、すでにロシアが支配下に置いているウクライナの主権的領土を割譲する必要を説く者から、徹底してロシアを打倒してウクライナへの支援を継続する必要を説く者まで、多様な主張が見られる。ただし、マドリードNATOサミットではNATO加盟諸国がウクライナへの支援を強化して、ウクライナを勝利に導くための協力をする姿勢を示した。戦争終結までの道は見えないが、それでも現在の政策を継続することが最良だと判断したのであろう。
3.バイデン政権の政策は正しいのか
◆支持しつつも「巻き込まれ」を警戒する民主党左派
バイデン政権のアメリカは、ロシア・ウクライナ戦争への軍事介入の可能性を繰り返し否定しながらも、参戦以外のあらゆる手段でウクライナを支援し、ロシアを制裁する意向を示してきた。そしてそのような方針は基本的に、マドリードNATOサミットでも幅広い支持を得ているといえる。
ジョー・バイデン大統領は、5月31日付の『ニューヨーク・タイムズ』紙に、自らの見解を寄せている(3-①)。
この論考でバイデン大統領は、ロシアの侵略に対して「抑止と防衛」によって対抗し、民主的で独立したウクライナを支援することが、アメリカのなすべき正しいことであると論じている。また、ロシアの侵略の目的実現を阻止して、力が正義ではないことを明確にすることがきわめて重要となるという。
バイデン大統領がそのような記事を掲載した翌日の6月1日、『ヒル』紙において、36名のNATOや安全保障に関連した専門家や実務家たちが連名で、バイデン政権の方針を支持する共同声明を寄せている(3-②)。
ここでは、ロシアに対する制裁とウクライナへの武器供与などの支援を続けることで、侵略されたウクライナが領土を失い、不利な条件で停戦協定を締結する事態を防ぐように求めている。すなわち、これまでの政策を継続することで、ロシアの侵略の試みを挫折させ、ウクライナの戦争を勝利に導くことが、西側の政策目標であるべきだとしている。
さらには、米民主党左派のバーニー・サンダーズの外交顧問であるマシュー・ダスも、左派勢力もまた自らの擁護する価値である社会的正義や平等、民主主義を守るためにも、ウクライナへの支援を続けることが重要であることを論じている(3-③)。
ただしダスは、アメリカが戦争に巻き込まれることへの強い抵抗も示しており、戦争から一線を画しているバイデン政権の政策に理解と支持を示している。いわば、参戦に至らないかたちでのウクライナへの軍事支援や経済支援を続けることは、現在のアメリカ政治では緩やかな超党派的な合意となっているといえるだろう。
◆「実質的な参戦に近づいている」との批判も
他方で、当然ながら、それらとは異なる見解も見られる。ジャーナリストのボニー・クリスチャンは、『ニューヨーク・タイムズ』紙に「アメリカはウクライナの戦争に関与していないと本当に言えるだろうか?」と題するコラムを寄せて、アメリカのウクライナへの軍事支援は、実質的な参戦に近づいていると批判する(3-④)。
クリスチャンは、2001年の同時多発テロ以降、戦争関与をするかしないかについて、その境界線を特定するのが困難になってきていると指摘する。そして、アメリカがウクライナで行っていることは、戦争ではないとはもはや言えないと論じる。
これはアメリカの軍事介入を敬遠する立場からの警告であろう。とはいえバイデン政権の政策は、実際に米軍を派兵してロシア軍と交戦状態に入るリスクを考慮している。そのような事態を回避するために慎重な姿勢を続けており、「参戦」とは異なるというべきであろう。
4.対米関係を改善し、対日関係を悪化させる中国
◆中国はブリンケン演説をどう捉えたか
中国の対外政策は、この間に少なからぬ変化が見られる。それは、ヨーロッパとの関係を協調路線に転換することへの意欲と、アメリカに対する批判の穏健化、そしてそれらとは対照的に対日政策の強硬化である。
たとえば、陈积敏・中国共産党中央党校戦略研究所准研究員は、「バイデン政権における対中政策の進化と特徴」と題する論考の中で、5月26日に行われたアントニー・ブリンケン米国務長官の対中政策演説を取り上げ、アメリカが中国との衝突や新冷戦を求めないと明確に表明している点に注目する(4-①)。そして、それまでの「必要なときには敵対する」という文言が消えていることから、米中衝突の可能性が後退していると認識する。他方でそのようなプロセスがまだ流動的で、とりわけ台湾政策についてはアメリカが「サラミ戦術」を用いて、徐々に「台湾独立」へ至る道筋を付けつつあることを警戒している。
そのような期待と疑念は、『環球時報』紙の5月27日の社説でも見られた(4-②)。同社説はブリンケン国務長官の演説を、従来のアメリカ政府の姿勢と比べて穏健なものと位置づけて、マイク・ポンペオ前国務長官の挑発的で攻撃的な演説と比較する。そして「新冷戦を求めない」という発言にも注目している。ただし、そのようなアメリカ政府の姿勢を「綺麗事」だとも論じており、米中関係を「民主主義と権威主義の対決」の構造に位置づけていることを引き合いに、その言行不一致を批判するのだ。いわば、アメリカの対中政策の修正への期待と疑念の両側面が見られると言っていいだろう。
米中関係の改善傾向が見られる一つの理由は、ウクライナでの戦争を終結させるためにも、中国政府の対ロシア支援を思いとどまらせロシアを孤立させたいという米国側の意向があるのであろう。
清華大学の国際政治学者、閻学通教授は、「なぜこの戦争でバランスをとる必要があったのか」と題する『フォーリン・アフェアーズ』誌への投稿論文の中で、中国はウクライナでの戦争において、「バランス戦略」をとることでコストを最小限に留めていると論じている(4-③)。いわば、中国は自国の国益のためにも、米ロ間の対立で明確な立場を示さないようにしていると言うのである。
そのような見解は、必ずしも額面通りに受け取るべきではないだろう。 確かに米ロ対立に曖昧な姿勢で臨むことにもメリットはあるが、それ以上に中国には独自の国益の計算がある。コロンビア大学のアンドリュー・ネイサンは、中国は「偉大な近代的社会主義国家」建設に自信を深める一方、アメリカは不可逆的な衰退を続けていると確信しており、その傾向を止めないためにもアメリカの覇権に対抗する唯一の堅強なパートナー国であるロシアとの協力を強めていると指摘する(4-④)。
中国はロシアの戦争に巻き込まれることを避けながら、同時に西側との全面的な対立に至ることも回避したい意向であるため、いわばどちらの側にも与しないような立場を示しているとネイサンは言う。それは、衰退を続けるアメリカとの競争で中国が優位に立つために効果的な、過渡期的な戦略なのである。
◆「防衛省職員の台湾派遣」「統合司令部創設」に強い反発
中国から対米関係改善へのかすかなシグナルが発せられているのと対称的に、対日関係については強硬化が見られる。
たとえば、6月7日の『環球時報』紙の社説では、「目を覚まさせるために、日本に猛省を促すべきだ」と題して、中国政府が今後、対日政策を強硬化させる必要性が指摘されている(4-⑤)。
とりわけ、対台湾窓口機関への防衛省職員の派遣、台湾有事を念頭に置いた統合司令部の創設検討という動きへの反発は強い。同社説は「日本の軍国主義が復活する」として、日本政府が中国の「核心的利益」を脅かすような行動を次々と行っており、台湾問題への干渉がアメリカ以上に過激化していると述べている。「その踏み出した一歩が何を意味するかを日本に教えなければならない」「半世紀以上にわたり、封じ込められていた日本の軍国主義が台頭している」といった表現からは、安倍政権から菅政権、そして岸田政権と政権が新たになるほど、対中政策が敵対的になっているとの認識が窺える。
そのような警告は、中国を代表する日本政治外交研究者の吴怀中・中国社会科学院日本研究所副所長による『環球時報』へのコラムの中でも示されている(4-⑥)。
吴は、「日本の対中戦略は重要な岐路を迎える」と題するこの論考の中で、岸田政権は日本国内の右翼勢力の台頭を封じ込めて、日中関係の改善へ向けて前進するべきだと提言する。そして、自民党のリベラル勢力の伝統を持つ宏池会を土台とする岸田政権が、かつて高坂正堯京都大教授や五百旗頭真防衛大学校長のような現実主義者が論じた、「日米同盟プラス日中協商」という、対米関係と対中関係を両立させる対外戦略を選択するべきだと論じる。ここには中国政府内で対日姿勢の強硬化が見られる中で、どうにか日中関係の悪化を防ごうという意識も見てとれる。
6月2日の『人民日報』の社説では、「精神を集中して自身の事柄にしっかりと取り組もう」と題して、習近平政権三期目に入る前の重要な時期に、思想統一を行おうとする現政権の姿勢が見られる(4-⑦)。すなわち、ウクライナ危機で国際情勢が流動化して、将来の見通しが不透明になる中で、習近平同志を核心とする党中央の周辺に団結して、習近平による新時代の「中国の特色ある社会主義思想を堅持すべき」だと論じるのだ。今秋の党大会へ向けて、習近平総書記への支持を固めていく動きであろう。
これから中国は政治の季節となる。世界が混乱する中で、中国の国力を増強して習近平体制の権力基盤をさらに強固なものにするという政権運営の目的が、まさに極大化されるであろう。ウクライナでの戦争は、世界を混乱させて、多くの悲劇を生み出している。だが、米中対立という構図と、そこで中国がより優位な立場を確立しようとする姿勢は、このような混乱の中においても大きな変化は見られないようだ。
【主な論文・記事】
1.結束を示したNATOサミット
① Anne-Marie Slaughter, “Expanding Nato will deepen east-west fissure(NATOの拡大は東西の亀裂を深めることになる) ”, Financial Times, May 6, 2022, https://www.ft.com/content/783e287d-1a8d-4c5a-ad82-6b4ba0c14c16
② Daniel Fried, Steven Pifer& Alexander Vershbow, “NATO-Russia: It’s time to suspend the Founding Act(NATO-ロシア関係―基本文書を停止する時だ)”, The Hill, June 7, 2022, https://thehill.com/opinion/international/3514801-nato-russia-its-time-to-suspend-the-founding-act/
③ Thierry Tardy, “≪ Le futur de l’OTAN ne peut être pensé sans que les Européens n’y jouent un rôle de premier plan ≫(NATOの未来は欧州が主導的な役割を果たすことなしには考えることが出来ない)”, Le Monde, June 27, 2022, https://www.lemonde.fr/idees/article/2022/06/27/le-futur-de-l-otan-ne-peut-etrepense-sans-que-les-europeens-n-y-jouent-un-role-de-premier-plan_6132219_3232.html
④ Gitanas Nauseda, “Lithuanian President Gitanas Nauseda: Now is the time to make NATO even stronger(リトアニア大統領ギタナス・ナウセダー今こそNATOを一層強化すべき時だ)“, The Washington Post, June 23, 2022, https://www.washingtonpost.com/opinions/2022/06/23/lithuanian-president-gitanas-nauseda-strengthen-nato-russia-war-ukraine/
⑤ Emma Ashford, “Europe Has an America Problem(ヨーロッパはアメリカ問題を抱えている)”, The New York Times, June 28, 2022, https://www.nytimes.com/2022/06/28/opinion/nato-europe-united-states.html
⑥ [사설] ‘나토시험대’ 서는윤석열대통령, 신중한외교준비해야[社説](「NATOの試験台」に立つ尹大統領、慎重な外交を準備するべき)、『ハンギョレ』、2022年6月22日、https://www.hani.co.kr/arti/opinion/editorial/1048128.html
⑦ 「社评:亚太国家不应站在北约的危墙之下(社説 ーアジア太平洋諸国は危ういNATO に近寄るべきではない)」、『環球時報』、2022年6月28日、 https://opinion.huanqiu.com/article/48bxhRZ0Gu6
2.ロシアへの妥協は必要か
① Walter Russell Mead, “Kissinger vs. Soros on Russia and Ukraine(キッシンジャー対ソロスーロシア、ウクライナにおける議論)”, The Wall Street Journal, May 25, 2022, https://www.wsj.com/articles/dueling-approaches-to-world-order-war-ukraine-putin-russia-china-davos-kissinger-soros-foreign-policy-peace-11653509537
② Charles A. Kupchan, “Negotiating to End the Ukraine War Isn’t Appeasement(ウクライナ戦争の終戦交渉をするのは宥和ではない)”, Politico, June 15, 2022, https://www.politico.com/news/magazine/2022/06/15/negotiating-to-end-the-ukraine-war-isnt-appeasement-00039798
③ Bernhard Zand, “Dealing with Horrible Leaders Is Part of the History of International Relations(恐ろしい指導者と取引することも国際関係における歴史の一部だ)”, Spiegel International, May 20, 2022, https://www.spiegel.de/international/world/interview-dealing-with-horribleleaders-is-part-of-the-history-of-international-relations-a-31a0aabb-35eb-4107-a65f-39ae5f79c9e7
④ Patrick Porter, Justin Logan & Benjamin H. Friedman, “We’re not all Ukrainians now(今や我々みんながウクライナ人というわけではない)”, Politico, May 17, 2022, https://www.politico.eu/article/ukraine-russia-war-nato-eu-us-alliance-solidarity/
⑤ Vladislav Zubok, “Can Putin Survive? (プーチンは生き残ることができるのか)”, Foreign Affairs, June 21, 2022, https://www.foreignaffairs.com/articles/russian-federation/2022-06-21/can-putin-survive
⑥ Richard Haass, “A Ukraine Strategy for the Long Haul: The West Needs a Policy to Manage a War That Will Go On(長期戦のためのウクライナ戦略―西側は長引く戦争をマネージする政策が必要だ)”, Foreign Affairs, June 10, 2022, https://www.foreignaffairs.com/articles/russian-federation/2022-06-10/ukraine-strategy-long-haul
⑦ Dmytro Kuleba, “How Ukraine Will Win(ウクライナはどう勝つか)”, Foreign Affairs, June 17, 2022, https://www.foreignaffairs.com/articles/ukraine/2022-06-17/how-ukraine-will-win
⑧ Liz Truss and Dmytro Kuleba, “We must ignore the defeatist voices who propose to sell out Ukraine(ウクライナを売り渡すことを提案する敗北主義者の声は無視しなければならない)”, The Telegram, June 25, 2022, https://www.telegraph.co.uk/news/2022/06/25/must-ignore-defeatist-voices-who-propose-sell-ukraine/
⑨ Boris Johnson, “Boris Johnson: We will never be secure if we turn our backs on val-iant Ukraine(ボリス・ジョンソン:勇敢なウクライナに背を向けるならば、我々は決して安全ではないだろう)”, The Times, June 18, 2022,https://www.thetimes.co.uk/article/boris-johnson-we-will-never-be-secure-if-we-turn-our-backs-on-valiant-ukraine-education-commission-9sd5z2bxq
3.バイデン政権の政策は正しいのか
① Joseph R. Biden Jr., “President Biden: What America will and Will Not Do in
Ukraine(バイデン大統領―ウクライナにおいてアメリカがすることとしないこと)”, New York Times, May 31, 2022, https://www.nytimes.com/2022/05/31/opinion/biden-ukraine-strategy.html
② John Herbst, Steven Pifer, & David Kramer, “36 experts agree: Stay the course in Ukraine(36人の専門家が賛同ーウクライナでの路線を維持せよ)”, The Hill, June 1, 2022, https://thehill.com/opinion/national-security/3508456-36-experts-agree-stay-the-course-in-ukraine/
③ Matthew Duss, “Why Ukraine Matters for the Left(なぜウクライナ侵攻は左派にとって重要なのか)”, The New Republic, June 1, 2022, https://newrepublic.com/article/166649/ukraine-matters-american-progressives
④ Bonnie Kristian, “Are We Sure America Is Not at War in Ukraine? (アメリカはウクライナでの戦争に関与していないと本当に言えるだろうか?)”, The New York Times, June 20, 2022, https://www.nytimes.com/2022/06/20/opinion/international-world/ukraine-war-america.html
4.対米関係を改善し、対日関係を悪化させる中国
① 陈积敏(Chen Jimin)「拜登政府对华政策框架的演化与特点(バイデン政権による対中政策の進化と特徴)」『中美聚焦』、2022年6月2日、http://cn.chinausfocus.com/foreign-policy/20220602/42609.html
② 「社评:世界需要的不止是美国的“漂亮话”(社説―世界が求めているのは米国の『綺麗事』だけではない)」『環球時報』、2022年5月27日、https://opinion.huanqiu.com/article/48AhgCaqx2i
③ Yan Xuetong, “China’s Ukraine Conundrum: Why the War Necessitates a Balancing Act(中国のウクライナ問題―なぜこの戦争でバランス戦略をとる必要があったのか)”, Foreign Affairs, May 2, 2022, https://www.foreignaffairs.com/articles/china/2022-05-02/chinas-ukraine-conundrum
④ Andrew J. Nathan, “Why China Threads the Needle on Ukraine(なぜ中国はウクライナ問題で針に糸を通すようなことをするのか)”, Foreign Policy, June 4, 2022, https://foreignpolicy.com/2022/06/04/china-ukraine-decline-russia/
⑤ 「社评:我们有必要给日本当头一棒,让它清醒(社説―目を覚まさせるために、日本に猛省を促すべきだ)」『環球時報』、2022年6月7日、 https://opinion.huanqiu.com/article/48KYEq0clzC
⑥ 吴怀中(Wu Huaizhong)「日本对华政策走到关键十字路口(日本の対中戦略は重要な岐路を迎える)」『環球時報』、2022年6月9日、https://opinion.huanqiu.com/article/48LcJjwMDFK
⑦ 任理轩(Ren Lixuan)「集中精力办好自己的事情(精力を集中して自身の事柄にしっかりと取り組もう)」、『人民日報』、2022年6月2日、 http://opinion.people.com.cn/n1/2022/0602/c1003-32436548.html1.
(Photo Credit: Reuters / Aflo)
Director, International House of Japan
Group Head, Europe & Americas,
Director of Research, Asia Pacific Initiative
Director, International House of Japan
Yuichi Hosoya is professor of international politics at Keio University, Tokyo. Professor Hosoya was a member of the Advisory Board at Japan’s National Security Council (NSC) (2014-2016). He was also a member of Prime Minister’s Advisory Panel on Reconstruction of the Legal Basis for Security (2013-14), and Prime Minister’s Advisory Panel on National Security and Defense Capabilities (2013). Professor Hosoya studied international politics at Rikkyo (BA), Birmingham (MIS), and Keio (Ph.D.). He was a visiting professor and Japan Chair (2009–2010) at Sciences-Po in Paris (Institut d’Études Politiques) and a visiting fellow (Fulbright Fellow, 2008–2009) at Princeton University. [Concurrent Position] Professor, Faculty of Law, Keio University
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