多極化世界への準備ができない米国:米国と世界の潮流のミスマッチをどう克服するか

冷戦終結後の米国が、他国に追随を許さない超大国として、国際社会に圧倒的な影響力を持つとされた「単極のとき」(Unipolar Moment)に描かれた世界観は、この10年間で大きく変化を遂げた…(本文に続きます)
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リベラルな国際秩序の擁護者からの離脱

冷戦終結後の米国が、他国に追随を許さない超大国として、国際社会に圧倒的な影響力を持つとされた「単極のとき」(Unipolar Moment)に描かれた世界観は、この10年間で大きく変化を遂げた。米民主党オバマ元大統領が2016年8月の退任時にThe Atlantic誌で述べた「米国は世界の警察官として振る舞うべきでない」という認識は、国際秩序維持における米国の役割はもはや限定的であり、米国は選択的な国際介入をすべきことを提唱するものだった。

オバマ政権を強く批判して登場した米共和党トランプ元大統領も、その対外政策では米国の国際介入を限定的にすべき点や、同盟国が米国に過度に依存していることへの不満を表明することにおいて、基本認識を共有していた。米国の世論調査では、米国が国際関与よりも国内問題を重視すべき、という内向きの考え方が支持政党を問わず主流となり(ピュー・リサーチ・センター)、米国が世界秩序を維持するために気前よく国際公共財(世界各国が便益を享受できる自由貿易体制、金融システム、国際制度など)を提供する考え方は後退した。

米国が国際秩序を引き受ける意欲が退潮したことは、米国の軍事・経済・技術上の世界的優位性が自明ではなくなったことと連動していた。台頭する中国を国際社会に取り込めば協調路線を導けるという期待は裏切られ、中国が権威主義体制を強化する一方で徐々に中国が軍事力・経済力・技術力で米国に伯仲する切迫感が高まった。

とりわけ自由貿易の原則が、中国を中心とする新興国による市場への参入障壁、強制的規制、国家資本による市場占拠によって横奪されたという観念と、2000年代以降の米国経済における製造業の不況や、米国の中位所得層の経済的停滞の恨みが結びついてしまった。これが中国との戦略的競争が超党派的に支持された構図であり、結果として米国は自由主義の擁護者としての立場から急速に離脱していった。

トランプ政権(2017.1-2021.1)はその言動や手法こそ破天荒だったが、米国が自由主義から離脱する迷いを断つことを決定づける作用をもたらした。とりわけ2018年後半以降には、米国の中国に対する関与路線(中国との協力関係を拡大し国際社会に取り込もうとする政策)が衰退し、競争路線(中国との対立・競争を通じて米国の優位性を維持する政策)が主軸となって台頭した。こうした路線は、バイデン政権にも引き継がれ、アジア同盟国との軍事的連携の強化や、新興技術管理・サプライチェーン強靭化・対内投資規制を含む経済的措置による中国との戦略的競争政策は超党派の合意事項となった。そして日本が強く期待していた環太平洋経済パートナーシップ(CPTPP)への米国の復帰は、共和・民主両党ともにもはや不可能となった。米外交の基本的潮流は、リベラルな国際秩序の擁護者としての役割を大幅に後退させたことにある。

 

ポスト・バイデンの外交戦略:3つの視点

米国が世界秩序との関わりを後退させる一方で、米国の大統領選挙の帰趨と世界秩序にもたらす影響はなお大きい。第1の視点は、米国は依然としてグローバルな軍事介入能力を持つ唯一の国であり、紛争の生起や推移を左右する最大の独立変数であることだ。米国が示す望ましい安全保障秩序と、その秩序維持に対する資源の配分の在り方に、世界は注目せざるを得ない。欧州諸国や日本・韓国・豪州等の多くの同盟国は、これらの従属変数に留まっている。であるが故に、次期米大統領の対ウクライナ、ガザ、台湾という「3つの戦域」に対する基本的姿勢は、世界秩序を占う最大の要因となる。

第2の視点は、中国との戦略的競争関係の中長期の帰結をどう定めるかだ。米中関係が競争状態にあるという超党派的理解の中にも、米国の戦略的・イデオロギー的目標には差異を見出すことができる。米国の優位性維持を絶対視する学派は、中国との対立が不可避であることを強調し、経済的・軍事的な対抗措置を強化すべきだと考えている。これにより、米国は中国の台頭を抑制し、自国の戦略的利益を保護しようとする。一方で、米中競争の管理を是とする学派は、米中関係の全面的な対立を回避し、協力の余地を模索するアプローチを提唱する。評価が難しいのは、前者のアプローチは対立のスパイラルを招き、後者は中国に戦略的台頭の猶予を与えてしまう可能性があることである。

第3の視点は、米国と新興国およびグローバルサウスとの関係である。2040から50年に向けての長期トレンドにおいて、G7のGDPは新興国(E7)に大きく差をつけられることが予想される。国際的なパワーバランスが大きく変化し、新興国の台頭が米国の地位を変化させることは不可避であるにもかかわらず、不思議なことに米国の政界・学界・経済界・メディアのあらゆる層は、多極化に向かう世界に対する知的準備ができていない

米国の学術・政策的論争において、多極化が米国にとり望ましいという議論はほとんどみられない。多極化世界における米国の位置付けを想像すること自体が困難であるかの如くである。これは、米国が自分自身の力と他者との関係を、第三者的に把握する能力が欠けていることを意味している。

 

米国大統領選と欠落した世界観

こうした3つの視点は大統領選挙でどのように位置付けられているだろうか。カマラ・ハリス候補率いる米民主党の政策綱領は、民主主義、自由、人権の尊重を基盤とした国際秩序の維持を強調している。特に、同盟国やパートナーとの経済的・技術的協力を強化し、公正なルールに基づく国際秩序を維持するための指導的役割を担うことが期待されている。また、軍事力の使用は慎重に行い、外交と価値観に基づくリーダーシップを重視する方針が打ち出されている。

ドナルド・トランプ候補率いる米共和党の政策綱領では、「アメリカ第一主義」を強く反映し、強力な国防力を基盤にした「力による平和」(Peace through Strength)の考え方が強調されている。エネルギー自給を達成し、米国が世界で最も強力な経済と軍事力を持つ国家であること、競争相手に対しては強力な立場を維持することが、共和党の主要な目標となっている。

民主・共和両党の綱領に米国の外交理念、軍事力の位置付け、グローバルな課題と国際協調主義に対する違いはあれど、中間層の利益を体現し、軍事介入を伴う国際関与を最小限にする点においては、驚くほど似通っている。そして残念ながら世界が必要とする米国の外交戦略に必要な3つの視点(「3つの戦域」への対応、中国との長期的な戦略的競争の帰結、多極化世界への適応)については、ほとんど議論の対象となっていない。

 

米国と世界の潮流のミスマッチ

世界の潮流の変化と米国の外交目標には深刻なミスマッチが生じている。米民主党が自由主義的な世界を擁護したいのであれば、非民主国家との関係をどう規定するかに向き合わねばならず、民主主義国家との関係強化のみで達成は不可能なことは明白である(その意味で、民主主義サミット(Summit for Democracy)といった枠組みはむしろ世界の分裂を促進することになる)。

米共和党の綱領が世界一の軍事力を維持するための国防費を積み増すことを提案しながら、対外的な軍事介入の原則をどうするのか明確にしない矛盾についても、米国自身が問うべきである。米共和党もまた優位性の確保が自己目的化し、どのような世界秩序が望ましいかという全体像を欠いている。

こうした問題の原点は、米国が多極化していく世界に向き合うことができない現実から生じている。米国がより内向きになった国内世論に向き合っている間に、世界はその姿を変貌させていく。中国は一帯一路を拡大させ、ロシアはウクライナ戦争がなかったかのように市場に復活し、インドは戦略的自立性を高め、トルコ・マレーシア・タイはBRICSへの加盟を進め、BRICSとOPECプラス諸国との関係も強化された。。米国はこうした動きを過小評価することを、そろそろ止めるべきだ。

米国がその同盟・パートナーシップ戦略で焦点を当てるべきは、同盟国が多極化する世界に独自に向き合うことを促進することだ。日本の自由で開かれたインド太平洋戦略(新たなプラン)が、グローバルサウスへの関与をとりわけ重視していることは特徴的だ。韓国の新興市場への積極的展開、欧州諸国のアフリカ・中東への関与、オーストラリアの南太平洋や鉱物市場における役割には、とりわけ注目すべきである。同盟国も堂々と独自外交を世界中で展開すべきである。

米国が同盟・パートナーシップ戦略を、米国の拡大戦略として位置付けることは、競争相手に対する集団的パワーを高めるにせよ、多極化世界における同盟国の戦略を硬直化させる。米国政府関係者は、米国がリードする世界における同盟国の戸惑いにしばしば無自覚である。しかしこの無自覚さこそ、世界の潮流の変化への対応を集団的に遅れさせてしまう原因となる。

むしろ米国の同盟戦略の核心は、同盟国に独自のグローバルな役割を促すことに置かれるべきだ。ときには米国の理念の反映とは矛盾する行動を同盟国はとるかもしれない。それを同盟国の離反やフリーライドと解釈される余地も増えるだろう。しかし、世界はそれほど複雑化しており、米国が見ている世界は残念ながら現実の世界よりもはるかに単純化されている。米国が超大国である時代はそれでもよかったが、今はもう多極化が現実化しているのだ。同盟国はこの多極化の世界に正面から向き合い、多極化世界の安定的秩序に貢献し、これらを外交資産として同盟関係に還元する。こうした新たな同盟像こそが、多極化が進展する世界に必要とされている。

(Photo Credit: Reuters / Aflo)

 

Ken Jimbo Managing Director (Representative Director), International House of Japan/President, Asia Pacific Initiative
JIMBO Ken is Professor at the Faculty of Policy Management, Keio University. He served as a Special Advisor to the Minister of Defense, Japan Ministry of Defense (2020) and a Senior Advisor, The National Security Secretariat (2018-20). His main research fields are in International Security, Japan-US Security Relations, Japanese Foreign and Defense Policy, Multilateral Security in Asia-Pacific, and Regionalism in East Asia. He has been a policy advisor for various Japanese governmental commissions and research groups including for the National Security Secretariat, the Ministry of Defense and the Ministry of Foreign Affairs. His policy writings have appeared in NBR, The RAND Corporation, Stimson Center, Pacific Forum CSIS, Japan Times, Nikkei, Yomiuri, Asahi and Sankei Shimbun. [Concurrent Position] Professor, Faculty of Policy Management, Keio University
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Ken Jimbo

Managing Director (Representative Director), International House of Japan,
President, Asia Pacific Initiative

JIMBO Ken is Professor at the Faculty of Policy Management, Keio University. He served as a Special Advisor to the Minister of Defense, Japan Ministry of Defense (2020) and a Senior Advisor, The National Security Secretariat (2018-20). His main research fields are in International Security, Japan-US Security Relations, Japanese Foreign and Defense Policy, Multilateral Security in Asia-Pacific, and Regionalism in East Asia. He has been a policy advisor for various Japanese governmental commissions and research groups including for the National Security Secretariat, the Ministry of Defense and the Ministry of Foreign Affairs. His policy writings have appeared in NBR, The RAND Corporation, Stimson Center, Pacific Forum CSIS, Japan Times, Nikkei, Yomiuri, Asahi and Sankei Shimbun. [Concurrent Position] Professor, Faculty of Policy Management, Keio University

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