世界はトランプ政権をどう見るか No.8

世界はトランプ政権をどう見るか(主要論考の紹介)

特集「2025年 トランプ政権は世界をどう変えるか」
トランプ第二次政権の動向がグローバル経済や国際秩序にどのような変化をもたらすのか、そして他国はどのように対応するのかが注目されます。本特集では、2025年のトランプ政権の政策動向とその影響を分析し、国際社会に与えるインパクトについて考察します。
①「トランプはインドを失うのか?」
Walter Russell Mead, “Will Trump Lose India?,” Wall Street Journal, June 9, 2025.
米ハドソン研究所の名誉研究員であり、アメリカ外交政策研究の大家であるウォルター・ラッセル・ミードによる『ウォール・ストリート・ジャーナル』の論考。
モディ政権のインドは、トランプの再選を歓迎した数少ない国の一つであった。しかし、再選から5ヶ月を経た現在、インドにとってトランプ政権の成立は期待外れだったとの声が出ている。
インドでは、貿易面で生じるであろう摩擦は、他のメリットによって相殺されると期待していた。特に、トランプ大統領の現実的な対ロ政策や中東和平への動きが肯定的に評価され、人権問題に関する干渉も減ると予測されていた。また、彼がインドを大国と認識する姿勢も歓迎され、米印関係は強化されるだろうと認識されていた。ところが実際には、トランプ政権下では、インドにとって不快な政策や発言が相次いでいる。特に、カシミール地方をめぐる印パ軍事衝突に際するトランプ政権の振る舞いは、インド政府の面目を潰した。
米印関係の安定化には、インドが重視する「経済成長」と「国としての威信」に対して、米国の配慮が求められる。トランプ政権は不要な挑発を避け、実利と敬意を示すことで、最重要パートナーを失わずに済む。
当初トランプ再選を好意的に受け止めていたその他の国においても、就任後のトランプの言動に対する戸惑いが見られる。一方、協議を重ねディールを成立させている国も見受けられる。日本も実利を得ることを目的として、冷静な対応を続けることが肝要であろう。
②「欧州には対中戦略の切り札がない」
Heidi Crebo-Rediker and Liana Fix, “Europe Doesn’t Have a China Card,” Foreign Affairs, June 5, 2025.
EUは2019年の対中戦略文書において、「協力パートナー」「交渉パートナー」「経済的競合者」、そして「制度的競争相手」と、中国には4つの側面があると位置づけた。近年では、経済安全保障や価値観の対立、さらにはウクライナ戦争をめぐる中国のロシア寄りの姿勢を背景に、「制度的競争相手」としての側面が一層際立っている。
他方で、第二次トランプ政権における保護主義的性質が強い貿易政策の影響を受け、EU内部では中国を自由貿易体制の維持という観点から「戦術的パートナー」として再評価する動きが強まっている。人権問題で対中強硬姿勢をとっていた欧州議会は、新疆ウイグル自治区をめぐる人権制裁措置に関連して導入された中国当局者との面会制限を、2025年5月に中国側と同時に撤廃した。フォン・デア・ライエン欧州委員長も、同年1月のダボス会議において中国との貿易・投資関係の拡大に言及するなど、対中政策に一定の柔軟性をにじませ始めている。
こうした動きをめぐり、元米国務省チーフ・エコノミストのハイディ・クレボ=レディカーと、欧州外交評議会(ECFR)のリアーナ・フィックスは、『フォーリン・アフェアーズ』誌において、EUによる対中接近は欧州の経済・安全保障、ひいては戦略的自律を損なうものだと警告している。
一方、2025年6月のG7サミットで欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は、中国依存のリスクを指摘し、米国を含むG7全体で供給網の多様化と「基準に基づく市場」の構築を促した。このように、EUは対中接近による現実的利益の追求と、「制度的競争相手」としての中国への警戒感との間で揺れており、その背後には第二次トランプ政権という外的要因が大きく作用している。EUの対中スタンスの揺らぎは、経済安全保障をめぐる日欧協力に影響を及ぼしかねない不確実性であり、日本の地経学的な戦略設計にも慎重な見極めが求められる。
③「『疑念が忍び寄る』――三人の欧州外交官が語る米国への信頼」
Wolfgang Ischinger, Judith Gough, Gabrielius Landsbergis and Serge Schmemann, “‘Doubt Has Crept In’: Three European Diplomats on Trusting America,” The New York Times, May 12, 2025
第二次トランプ政権のもとで相対的に低下する米国のソフトパワーは、欧州諸国に対し、安全保障政策におけるより自律的な戦略の必要性を突きつけている。米国紙『ニューヨーク・タイムズ』に掲載された、ドイツ(イシンガー元駐米大使)、英国(ゴフ元駐ウクライナ大使)、リトアニア(ランズベルギス元外相)の元外交官によるラウンドテーブルでも、こうした認識が共有された。
これら3カ国は、歴史的に米国との関係を軸とする「大西洋主義(Transatlanticism)」に依拠し、安全保障における対米自律を積極的に追求してきたわけではない。特に2022年のロシアのウクライナ侵攻以降、集団防衛機構であるNATOの結束が再確認され、大西洋主義的姿勢は一層強まった。この志向は、単に米国が提供する「核の傘」や軍事的プレゼンスといった物理的保障にとどまらない。イシンガーは、戦後ドイツにとって米国とは「正しい側にいる」という価値的・道義的な確信をもたらしてきた存在であり、ランズベルギスは、NATO加盟によってリトアニアが「欧州に帰属する」ことを体現した精神的支柱としての米国の意義を語った。
しかしながら、第二次トランプ政権の成立は、欧州諸国にとって長年信頼の礎とされてきた、ソフトパワーを含む対米関係そのものの根幹を揺るがしている。「米国なき安全保障」が、いまや現実の政策課題として欧州の前に突きつけられており、欧州の安全保障秩序が重大な転換点を迎えていることをこの論考は如実に物語っている。
④「ドイツの民主主義は危機に瀕している」
Dieter Stein, “German Democracy Is in Peril,” The American Conservatives,, May 7, 2025
ドイツ保守紙『ユンゲ・フライハイト』の編集長ディーター・シュタインは、これまでドイツの極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の急進的な路線に批判的な立場をとってきた。しかし、現在国内で議論が高まる同党への活動禁止の動きに対しては、制度的手段による排除が自由民主主義の原則に照らして正当化されうるのかを問い直す立場を示している。米保守誌への寄稿では、第二次トランプ政権による「AfDの活動禁止は民主主義に反する」との批判に呼応するかたちで、慎重な検討を促した。
2月の総選挙で第二党に躍進し、支持を拡大するAfDをめぐっては、移民政策を中心とする過激な言動を背景に、2025年5月、連邦憲法擁護庁が同党を過激派と認定し、監視対象とする判断を下した。これに対しAfDはケルンの行政裁判所に仮差し止めを申請し、判決が出るまで同庁は認定を保留している。活動禁止をめぐっては、憲法違反か、表現の自由の侵害かで意見が分かれ、ナチス時代の歴史を踏まえた慎重な対応が求められている。
一方、AfDの躍進は、政治に対するドイツ国民の根強い不信感と社会の分極化の進行をも示唆している。実際、外国勢力の介入により再投票となったルーマニア大統領選では、再投票の実施に不満を抱いた有権者が極右候補に票を集中させる傾向も見られた。本稿は、多元性と制度的安定の両立という民主主義のジレンマを照射するとともに、反エスタブリッシュメント感情を基盤とする米国のMAGA(Make America Great Again)運動と、欧州右派ポピュリズムの国境を越えた連動性を読み解く視座を提供している。
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