巨象の行進:軍事大国インドと日印防衛装備・技術協力の方向性

インドの安全保障環境の概観
インドの安全保障上の最大の脅威である中国はインド北方のヒマラヤ山脈沿いに約3,500kmにわたる国境を接しており、また近年ではいわゆる「真珠の首飾り」戦略によって南部のインド洋への進出を拡大し、インドの勢力圏を脅かしている。中国に次ぐ脅威である西方のパキスタンとは北部のカシミール地方に関する領土問題を抱えており、国境を越えたテロに起因する武力紛争が断続的に続いている。インドの軍事力は中国の後塵を拝する一方でパキスタンを凌駕しているものの[1]、中国とパキスタンは「一帯一路」構想を中心とした「全天候型」の強固な経済・軍事協力関係を築いており、今年5月の印パ紛争(印側呼称「シンドール作戦」)においても中国製兵器、戦術、リアルタイムの情報提供等がインド軍を苦しめた。核戦力に目を向けると、中国の急速な核戦力の増強に加え、パキスタンは通常戦力でインドに大きく水をあけられていることから、インドと紛争に至った際には早い段階から核の脅しをかけ、インドに手を引かせようとする傾向にある。更に、最近パキスタン軍トップのアシム・ムニール陸軍元帥に核使用に係る権限が集約されたことで核戦争の敷居は大きく下がり、偶発的なリスクが増大している。これに加え、現在インドは中国製の極超音速兵器の有効な迎撃手段を有していないことから、仮にこの技術が将来パキスタンの手に渡った場合、核の脅威と相まってインドに対して計り知れない軍事的脅威を与えることとなる。
総じて、インドは中国・パキスタンという2つの軍事的脅威に挟まれていることから全般としては守勢であるとともに、パキスタンとの紛争に至った場合には、相手が核の脅しをかけてくる前に迅速に軍事目的を達成することが必要となる[2]。また、将来への備えとして極超音速兵器の有効な迎撃手段の早期確立は喫緊の課題である。
インドの軍事力の現状
では、こうした脅威に対応するためインドの軍事力は現在どのような状況にあるのだろうか。
インド軍は総勢約148万人の現役兵力の約85%が陸軍所属という陸軍大国であるが[3]、配備上の観点からは、従来は対パキスタンを重視した配備であったものが、近年は各軍種とも対中国をより重視した配備に変更されている。すなわち、陸軍はより中国国境側へ、海軍はより南方へ配備を一部変更するとともに、空軍はインド洋側へも新たに戦闘機部隊を配備する等の動きが見られる[4]。これらは、中国の大国化に伴う軍事的脅威の高まりにより、これまで以上に対中国に軍事アセットを振り向ける必要性が生起している状況を示しており、戦力を分散することになるため、インドにとっては望ましい状況ではない。
次に、編成・装備上の観点からは、通常戦力に関する最近の顕著な動きとして、陸軍は米陸軍のBCT(旅団戦闘団)に類似し即応性に優れた「ルドラ全兵科旅団」を逐次編成するとともに、海軍は日本の陸上自衛隊の地対艦誘導弾部隊に類似した部隊を西岸部に配備している。また、今年5月の印パ紛争で最新鋭のラファールを含む複数の戦闘機を撃墜されたとされる空軍は、これまで性能不足として導入を見送っていたロシア製第5世代戦闘機のSu-57の導入を見直し、極超音速ミサイルの発射母機として運用することを検討中とされている。これらは、全般として守勢にあり、かつ兵力を分散させた状況下においてもインド軍が迅速かつ効率的に軍事目的を達成するという企図に基づくものと思われる。なぜなら、中国とパキスタンそれぞれの正面に対する兵力の低下が避けられない以上、その不利を克服するためには、迅速な作戦行動により相手に態勢を整える暇を与えず、かつ長距離精密打撃によって相手の軍事中枢を効率的に無力化することが必要だからである。また、核関連戦力に目を向けると、インドは核兵器運搬手段の多様化を進めている他、相手の核ミサイルサイロ等を破壊するためのバンカー・バスター型ミサイルの取得を進めており、特にパキスタンにとっては安全保障上の大きな脅威となっている。
総じてインドの軍事力は、配備上は中・パ2正面対応に分散し、編成・装備上は通常戦力の即応性と長距離精密打撃力を重視しつつ核関連戦力の近代化を推進している状況にあるといえる。
インドの軍事力近代化の方向性
次に、インドは将来への備えとして今後どのように軍事力の近代化を進めようとしているのだろうか。
今年9月に公表された今後15年間の軍事力近代化の方向性を示す「TPCR(技術展望・能力ロードマップ)2025」[5]によると、インド軍は2040年までに1,700両以上の次世代戦闘車両、1隻の原子力空母、200発以上の空中発射型精密長距離巡航ミサイルの取得等から成る総額数千億ドル規模の近代化計画を推進しようとしている(核関連戦力については記載なし。)。全般的には無人機の大規模取得等の特徴は見られるものの、良く言えばバランスの取れた、悪く言えば平板な内容という印象を受ける。
また、この文書は記載事項を確約するものではなく、正式な取得手続は「DAP(防衛取得手続)2020」[6]に記載のとおり、国防大臣を長とするDAC(防衛取得評議会)[7]の全般監督の下で別途作成される10カ年、5カ年、2カ年計画に基づき進めていくこととなり、実際に予算に反映されるのは2カ年計画の段階である。したがって、TPCRはあくまでも作成時点での各軍種の要望を反映した参考資料程度という認識が必要であり、時を経るにつれ、主に予算上の制約により装備品の取得にトレード・オフが発生するであろう。また、インド国内では以前から軍が財政的に実現不可能な計画を立て続けているとの批判があることにも注意が必要である。
総じて、インドは予算上の裏付けが無いまま、選択と集中よりはむしろ全方位的に軍事力近代化を進めているといえる。
日印防衛装備・技術協力の方向性
これまでの内容を踏まえた上で、改訂された安全保障協力に関する共同宣言に基づく日印防衛装備・技術協力は今後どのように進めていくことが適切だろうか。
まず考慮しなければならないのは、既に多数の競合国がひしめくインド市場において日本が後発として割って入っていかなければならないという状況である。インドへの防衛装備品輸出のシェアは、上位国のロシア、フランス、米国、イスラエルの4カ国が全体の9割以上を占めている他、韓国も積極的に防衛装備協力を推進しており、参入のハードルは高い。このため、共同宣言に基づき共同開発・共同生産に向けた協力機会を模索してインド軍のニーズをよく把握しつつ取りこぼしのある隙間分野を開拓していく努力が必要である。この際、現在ウクライナ侵攻に忙殺されているロシアの供給能力が近年低下している状況を踏まえ、我が国がその隙間を埋めていく可能性についても検討の余地があるだろう。また、艦艇用アンテナ「ユニコーン」の事例に見られるとおり、重要な構成品に焦点を当てていく着意も必要である。
次に考慮しなければならないのは、インド版「アイアン・ドーム」である「ミッション・スダルシャン・チャクラ(MSC)」の存在である。この事業は、モディ首相が8月の独立記念日の演説で言及したことから政治的にも優先度が高く、また極超音速兵器の有効な迎撃手段を早期に確立する観点からも特に優先度の高い事業になると思われる。一方で、本事業は宇宙アセットの整備を含む膨大な予算が必要となるため、仮に当面の防護対象を首都デリーや最大の商業都市ムンバイ等の政経中枢に限定したとしても、インドの軍事力近代化全般に影響を及ぼし、他の装備品の取得を相当圧迫することが予想される。このため、我が国としてはMSCが自国の案件に及ぼす影響について中長期的な観点から注視することが必要である。これに加え、一例として、極超音速兵器の迎撃手段として期待されるレールガン等の我が国の先進技術をMSCの構成要素として組み込むよう働きかけ、その共同開発・生産の成果を我が国に還元して中国の極超音速兵器の脅威に対処することについても検討の余地があるであろう。
また、日印防衛装備・技術協力の推進に当たっては、南アジア地域の日本の国益全般に及ぼす影響への配慮も忘れてはならない。日本は南アジア地域において日印関係を軸とした外交政策をとっているものの、その周辺国とも良好な関係を築いてそれぞれに国益を有しているため、地域全体の安定こそが日本の国益につながる。また、インドの必要以上の軍事力増強が地域の安全保障環境を不安定化させているという指摘もあることから、日印装備・技術協力の推進が地域の不安定化を促進して日本の国益を損なわないよう配慮が必要である。
終わりに
安全保障協力に関する防衛装備・技術協力が実を結ぶためには、競合国がひしめく中で後発の不利を克服していく努力が必要である。総じて、今後の日印防衛装備・技術協力の方向性は、競合国の取りこぼし分野における構成品単位での協力を軸に進める一方、「ミッション・スダルシャン・チャクラ」が自国案件に及ぼす影響又は先進技術による参入の可能性について検討するとともに、南アジア地域の国益全般への配慮が必要であろう。これに加え、今年11月の国際航空ショーにおけるインド国産戦闘機の墜落によってインド製兵器への信頼性が揺らいでいる状況を踏まえると、特に先進技術に関する信頼性は今後大きなアピールポイントとなり得る。その上で、今年8月のオーストラリアからの新型FFM受注の成功に見られるとおり、個別の装備品の運用構想を的確に把握してそれに即した提案をしていくことが後発の日本勢が進むべき道である。
注
(出典:Government of India, Press Information Bureau)


Visiting Research Fellow
Tomofumi Uchino is a Visiting Research Fellow at the Institute of Geoeconomics (IOG). After he graduated from the National Defense Academiy (NDA), he was commissioned into the Japan Ground Self-Defense Force (JGSDF), where he served as an officer of system and signal units, a staff of Ground Staff Office (GSO), a secondee to Ministry of Foreign Affairs (MOFA), etc.
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