コロナで閉じた国境の「再開放」望ましい処方箋
一度は閉鎖した国境が再び開放局面に
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックとともに各国は国境を閉鎖した。しかし経済社会活動の再開を目指し、ふたたび国境を開放する動きが進んでいる。対面での外交も再開しつつある。
6月17日、ハワイではアメリカのポンペオ国務長官が楊潔篪(よう・けつち)中国共産党中央政治局委員と対峙した。その翌日、フランスのエマニュエル・マクロン大統領はロンドンを訪れ、イギリスのボリス・ジョンソン首相に慣れないお辞儀で挨拶した。
こうして国際的な人々の往来は少しずつ再開しているが、公衆衛生の専門家は、水際対策を緩めることで感染再拡大は避けられないと警鐘を鳴らしている。グローバルな経済社会活動と国際政治は、各国が国境を開くことによって進展してきた。他方で、国境を開けている限り、各国は新型コロナの見えない脅威にさらされ続けることになる。ウィズコロナ(with corona)の時代に、どうすれば安全に国境を開放できるのだろうか。
人が国境を越えるのは、本来、容易なことではない。紛争や貧困から逃れて地中海を渡ろうと試みるも、越えられない。欧州難民危機は2015年にピークを迎えたが、その後も毎年1000人以上が地中海で命を落としている。
しかし今、国境を越えられないのはシリアから逃れてきた人々だけではない。政府首脳や企業幹部など、これまで世界を自由に飛び回っていた人々が、国境を越えられない。新型コロナ感染症は旅行者や出張者、帰国者を介して、瞬く間に世界中に伝播した。こうした中、台湾やベトナム、ニュージーランドは、感染が拡大した国からの上陸拒否措置をいち早く実施し感染拡大を防いだ。各国も、これにならって水際対策を強化した。グローバルな人の移動の拡大が、人々を国境の内側に押し込める状況を作り出した。
国境閉鎖は、国際経済に分断をもたらした。出国前、さらに入国後に14日間の隔離が求められるため、コロナ前のように企業幹部が気軽に出張することは難しくなった。国際線の大幅減便は、航空産業の経営を揺るがすのみならず、旅客機の貨物スペースに頼ってきた医薬品のサプライチェーンにも影響を及ぼしている。
国際的な人の往来再開で先陣を切ったのは中韓であった。5月1日から中韓の両政府はファストトラック制度を実施し、企業関係者は出国前後に検査を受け、陰性が確認されれば14日間の隔離が大幅に短縮される。5月17日、サムスン電子の李在鎔(イ・ジェヨン)副会長は訪中し、翌日、西安の半導体工場を視察した。
この道中、李副会長は韓国からの出国前、中国への入国後、韓国への帰国後と、何度もPCR検査を受け、いまやパスポートよりも重要になった陰性証明とともに、14日間の隔離なしに出張日程をこなした。中韓が感染拡大の第1波を抑え込んでいたため実現した短期出張だったが、背景には、中国との経済活動を再開したい韓国政府の後押しがあったとも言われている。
自国より感染状況が低いか同程度に抑えられている国であれば、国境の開放は比較的容易である。日本は国境開放の第1弾候補として、タイ、ベトナム、オーストラリア、ニュージーランドの4カ国を選んだ。いずれも日本より人口比死亡率が低い国々である。
同様に、欧州はバカンス・シーズンを前に、欧州の国家間において原則として入国審査なしで国境を越えられる「シェンゲン協定」域内の渡航を許可し、さらに日本やオーストラリアなど比較的感染が抑えられている国々からの入域制限を緩和した。
自国よりも感染拡大が深刻な国との間はどうする?
難しいのは、自国よりも感染拡大が深刻な国との間での国境開放である。疫学の専門家によって、入国制限を緩和した際のリスク評価が進んでいる。感染が拡大している国々から日本への入国を認めた場合、空港での検疫を強化し入国者全員にPCR検査を実施し、さらにホテル等での2週間の待機を要請したとしても、感染者の入国を完全には防げない。
北海道大学大学院の西浦博教授らのシミュレーションによれば、感染者が海外から1日10人入国するだけで、3カ月後には98.7%の確率で大規模な流行が発生する。精度の高いPCR検査であっても、その感度は約7割であり、感染者のうち約3割を検査陰性(偽陰性)と判定してしまうからである。また待機している間の行動制限が緩ければ、2次感染のリスクもある。
つまり、感染拡大している国々、とくに欧米諸国に対し国境を開放すべきか否かは、国民の命と健康のリスクをどこまで許容できるか、という高度な政治的判断となる。考慮すべきは以下の3つである。
第1に、検疫の検査体制が整備できているか、である。輸入症例を極力、持ち込ませないように、検疫が感染者をできるだけ早く、正確に捕捉することが重要である。PCR検査も完璧ではないが、最低限、水際でのPCR検査が徹底できなければ、輸入症例による国内での感染再拡大の確率は高くなる。
検査体制を強化するには、検査施設や検疫官の増強に加え、安全で、簡便に、かつ迅速に、できるだけ正確に検査できる技術を実装していくことも求められる。すでに実施されている唾液PCR検査や、核酸増幅法(SATIC法)によるウイルス迅速診断法は検査者の感染リスクを大きく軽減し、検査件数の増大にも寄与する。ロジスティクスの観点からは、検査結果が出るまで渡航者が待機する施設、そこまでの移送、待機施設の運営能力の整備も必要である。
第2に、国内における受け入れニーズを踏まえ、渡航者の受け入れが必要か、である。国内滞在者の親族、政府要人、専門家、企業幹部、留学生、労働者、観光客など、どのカテゴリーの人々を、どの分野や業種から受け入れるべきか。その優先順位づけと、水際での受け入れ能力に応じた人数規制の設定が必要となる。
要人往来は今後さらに進む
日本政府は7月9日、アメリカのビーガン国務副長官兼北朝鮮担当特別代表の訪日を受け入れた。COVID-19の感染拡大以降、政府が入国拒否措置をとった国からの初めての要人来日であった。人数を絞った訪日だったが、ビーガン国務副長官にはアレックス・ウォン国務省次官補代理(北朝鮮担当)が帯同していた。訪日2日目の10日には北朝鮮の金与正(キム・ヨジョン)党第1副部長が非核化について「今はできない」とする長文の談話を発表したが、日米の緊密な連携を世界に示す好機となった。こうした要人往来は今後さらに進むだろう。
第3に、入国後の行動状況についてのモニタリングと接触追跡の体制が整備できているか、である。連絡先、活動計画を事前提出させるとともに、厚労省や保健所から滞在先等への所在確認もできるようにする。ここでは接触追跡アプリの活用が有効であろう。位置情報を提供するからこそ使える交通案内や観光案内、宿泊地・Wi-Fiスポット検索などのサービスと連携したスーパーアプリとして提供することも一案である。
今後、2国間(バイ)の協定を積み重ね国際的な人の往来は少しずつ再開されるであろう。同時に、単に開放するだけでなく、基準に沿って入国を再度制限する動きも出てくるだろう。ウィズコロナ時代の出入国管理において今後課題となるのは、プロセスの効率化と標準化である。検査陰性という健康情報(health data)を、多国間(マルチ)で相互承認するルール形成が課題となる。
多国間で健康情報を共有する方法には、いくつかオプションがある。
1つのオプションは、黄熱病のイエローカードのように、医療機関等がワクチン接種履歴を記録した紙の証明書である。イエローカードはWHO規格に基づく世界共通のフォーマットがあり、入国時にパスポートと一緒に提出する。紙の証明書であれば新興国の入管でも使えるが、仮に実現するとしても、COVID-19に対する有効なワクチンが開発され、世界中の人々に十分に行き渡った後になる。
もう1つのオプションは、渡航者の健康情報について多国間で共有できるデータベースもしくはデータの共通フォーマット開発である。すでに入国管理で活用されている事前旅客情報(API)の活用が近道であろう。APIはテロリストの不法入国や密輸を防止するシステムとして、北米、日本、中国、インドなど世界各国の空港で導入されている。国連専門機関のICAO(国際民間航空機関)も各国への普及を支援している。アメリカが主導し、国際機関も巻き込みながら、政府・航空会社で連携して運用してきた国際ルールのひとつである。
人の移動のルール形成に国際協調は必須
国境開放の考え方については、出入国管理が経済や安全保障に直結してきた欧州を中心に標準化の動きが進みつつある。島国の日本では、中東と事実上地続きの欧州、中南米と陸続きのアメリカに比べれば、出入国管理の政策的な優先順位は低かった。
しかし、日本は世界第3位の経済大国として海外出張も多く、欧米に比べればCOVID-19による人口比死亡率も低く抑えられてきており、ウィズコロナ時代の国際的な人の往来再開においてルール・シェイパーとしての役割を果たせるはずである。
インド太平洋地域でCPTPPに加盟する6カ国(ベトナム、ニュージーランド、オーストラリア、ブルネイ、マレーシア、シンガポール)および台湾は、日本以上に感染封じ込めに成果を上げてきている。日本は価値を共有するこうした国・地域と手を携えながら、人の移動の分野で本来、主導的な役割を果たしてきたアメリカとも緊密に連携し、国際的な人の往来再開のルール形成に積極的に参画するのが望ましい。
さらに、これら有志国は中国もルール形成に引き込む必要がある。国境を越えることを、ふたたび容易なものにするため、パンデミックとの闘いと同様、人の移動のルール形成においても国際協調は必須である。


Senior Research Fellow
Yoshiyuki Sagara is a senior research fellow at the Asia Pacific Initiative (API), where he focuses on economic security, sanctions, health security policy including COVID-19 response, international conflicts, and Japan’s foreign policy. Before joining API in 2020, Mr. Sagara had 15 years of career experience working in the United Nations system and the Japanese government, as well as in the tech industry. From 2018 to 2020, he served as Assistant Director of the Second Northeast Asia Division (North Korea desk) at the Ministry of Foreign Affairs of Japan. From 2015 to 2018, he served in the Guidance and Learning Unit within the Policy and Mediation Division of the UN Department of Political Affairs in New York, where he analyzed and disseminated best practices and lessons learned from UN preventive diplomacy and political engagements, such as in Nigeria, Iraq, and Afghanistan. From 2013 to 2015, he served in the International Organization for Migration Sudan, based in Khartoum. As a project development and reporting officer in the Chief of Mission’s Office, he developed and implemented peacebuilding and social cohesion projects in conflict-affected areas of Sudan, especially Darfur. While serving in the Japan International Cooperation Agency (JICA) Headquarters from 2012 to 2013, he managed rural and fishery development projects in Latin America and the Caribbean region. From 2005 to 2011, he worked at DeNA Co., Ltd. in Tokyo and engaged in expanding tech businesses. Mr. Sagara has been widely published and spoke on public policy, including in the Japan Times. He coauthored a report, The Independent Investigation Commission on the Japanese Government’s Response to COVID-19 (API/ICJC): Report on Best Practices and Lessons Learned (Discover 21, 2021). He holds a Master of Public Policy from the Graduate School of Public Policy at the University of Tokyo, and a BA in law from Keio University.
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