日本に「炭素税」の導入が求められる合理的な理由

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/434801
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排出量取引と炭素税のどちらがいいのか

トヨタ自動車の豊田章男社長は4月22日に開かれた日本自動車工業会の定例会見で、「ガソリン車を禁止すればその雇用が失われる。噴射技術など日本が培ってきた強みも失われる」と訴え、内燃機関を使いつつ燃料を脱炭素化する方法もあると主張した。

一方、その翌日、ホンダの三部敏宏社長は四輪車の電動化方針として、2040年までにすべて電気自動車(EV)と燃料電池車(FCV)とする目標を発表した。

どちらが正解かはわからない。自動車だけではない。製鉄も還元に石炭(コークス)ではなく水素を使う水素還元製鉄が注目されるが、これについても正解となるかどうかはクリーンで安価な大量の水素を得られるか次第だ。不確実な状況で脱炭素を進めるには、技術中立的で、民間の創意工夫を引き出すカーボンプライシング(CP)が有力な手段となる。

カーボンプライシングとは「炭素の価格付け」とも呼ばれ、二酸化炭素を排出した量に応じて、金銭的なコストを負担する仕組み。カーボンプライシングの代表的な方法は「排出量取引」と「炭素税」だが、どちらが優れているのか。税収の有無は、排出量取引も初期の排出枠配分をすべてオークション(有償)で行えば炭素税と同等の収入が得られ、決定的な違いではない。主な相違点は以下だ。

► 価格の変動:排出量取引は、経済状況等により排出権価格が変動する。これは企業の投資や研究開発にマイナスだ。変動緩和のために、バンキング(余剰排出枠の将来への移転)やボロ-イング(将来の排出枠の前借り)を認めることは可能だ。排出権価格にキャップやフロアといった限度を設けることもできる。なお、炭素税も、量を確定できない欠点の緩和のため、国全体の削減目標未達時に翌期の炭素税を当初より引き上げるラチェット・メカニズムもある。

► 補完措置との相性:ハーバード大学のRobert N. Stavins教授によれば、排出量取引を実施中に補完的に規制を導入すると3つの影響が生じる。1つ目は、補完措置の対象分野では排出枠が使われず他の分野に流れていき、全体の排出が減らない。2つ目は、補完措置の対象分野とそれ以外で排出削減の限界費用が一致せず、非効率となる。3つ目は、排出権価格が低迷し排出削減努力や技術革新が低迷する。1つ目と3つ目の効果は炭素税では生じない。

► 取引費用:排出量取引は、排出権の売買に取引費用が生じる。ただし、適切に設計すれば取引費用は小さい。

► マクロ経済との関係:排出量取引は、好景気時には排出権の需要が増えて排出権価格が上昇、不景気時にはこの逆が生じ、カウンター・シクリカル(景気振幅抑制的)といえる。同時に、排出量取引は、技術革新が起きても排出権価格が低下するだけで追加的な削減が起きない。

► 運用の複雑さ:排出量取引は、初期配分・オークション、ルール整備など複雑。

2020年時点で31の国・地域が排出量取引制度を、30の国・地域が炭素税を導入しており一方が決定的に優れているというわけではない。しかし、高い排出削減が求められる状況では「補完措置との相性」は重要だ。シンプルなこと、価格が安定し予測可能性が高いことも考慮すれば、炭素税を基礎とした制度が望ましい。

 

各国の炭素税

わが国は、2012年に地球温暖化対策税を導入。税率は289円/CO2トンと低い。税収は特別会計に入れられ、省エネ対策、再エネ普及、化石燃料クリーン化などに使用される。また、温暖化対策が目的ではないが、石油石炭税や揮発油税(ガソリン税)も存在し、炭素税導入時はこれら既存措置との関係整理が必要だ。

日本エネルギー経済研究所によれば、主要国の税率(/CO2トン)は、スウェーデン1万5470円、ノルウェー6912円、デンマーク3100円、スイス1万1140円、フランス5930円、イギリス2870円、カナダ・ブリティッシュコロンビア州3010円などだ。

税収の使途を見てみよう。

スウェーデン・・・一般財源で法人税引き下げと一体的に導入
ノルウェー・・・一般財源で所得税減税に活用
デンマーク・・・一般財源で自主協定締結企業への補助金供与や社会保険雇用者負担軽減等と一体的に導入
スイス・・・3分の2程度を国民・企業へ再配分、残り3分の1程度を建築物改装基金へ充当
フランス・・・一般会計から競争力・雇用税額控除、交通インフラ資金調達庁の一部、およびエネルギー移行のため特別会計に充当
イギリス・・・一般税源
カナダ・ブリティッシュコロンビア州・・・税制中立税として法人税等の減税に充当

アメリカでは連邦炭素税は未導入で、すぐに導入が見込まれる状況にはないが、過去の炭素税法案には共通点があり参考となる。2019年7月に提案された3つの炭素税法案についてChad Qian氏の分析を見てみよう。

3法案とも低い税率(CO2トン当たり15ドル、30ドル、40ドル)で導入、以降毎年引き上げる。削減が目標を下回る際に引き上げ幅を拡大するラチェット・メカニズムも2つの法案が採用。いずれも上流で課税し、炭素集約度の高い製品の海外からの輸入に炭素税額相当の関税を課す国境調整措置をいずれの法案も前提とする。

また、税収の使途は、3法案とも7~8割強を中低所得者の所得税の減税に充当。一部(20%程度)を「適応」を含むインフラ投資に充てる法案もある。

法案の1つ(SWAP act)は、「規制停止(regulatory break)」を採用している。これは、12年間はClean Air Actによる温室効果ガスの規制を禁止するもので、産業界の協力を得るためだ。

多排出産業には直接規制よりも炭素税がいいとの声があり、実際、アメリカ石油協会(API)は今年3月、「規制の重複を避ける」ことを前提に炭素税等のカーボンプライシング支持を表明した。今後高い排出削減が求められる中、炭素税と共に規制措置も必要と考えられ、規制排除コミットには慎重であるべきだろう。

 

自律的内部化のみで解決可能か

値段が高くても地球環境によい商品を購入する、排出削減に熱心な企業の債券や株式を購入するといった国民の意識は高まっている。

しかし、企業の気候変動関連情報の開示が不十分で、それを活かしきれていない。こうした中で、国際的に開示強化の動きがあり、国内でもコーポレートガバナンス・コード改定に取り組んでいることは歓迎される。脱炭素実現には、こうした国民の意識による対応(自律的内部化)と、国家・政府による炭素税・規制等の対応(制度的内部化)の双方が必要だろう。

「自律的内部化」のみで脱炭素を達成することは可能か。現在は、ESG(環境、社会、ガバナンス)投資のリターンは非ESG投資に劣らないという前提に立つ。しかし、Eの目標が高まれば、ESG投資のリターンが劣後する不幸な現実が生ずる。低リターンを甘受する投資家もいるが、多くの投資家は地球環境のために「自分だけ」がどこまで損失(機会費用)を我慢するか悩み始める。こうした不幸な隙間(=負の外部性)を埋めるには、やはり炭素税・規制等の「制度的内部化」が必要であろう。両者は相乗効果を持つ。

炭素税は、炭素集約度が高い貿易財を生産する企業の国際競争力に悪影響を与える。また、炭素制約の緩い海外生産が増えれば世界の排出は減少しない(リーケージ)。本来は国際的に同等の規制・カーボンプライシング措置の導入が望ましいが、難しければ、WTOルールと整合的な国境調整措置が必要だ。

また、成長への考慮も必要だ。政府は「成長に資する」カーボンプライシングという言葉を多用する。これを「成長率を直接高めなければカーボンプライシング導入不可」と理解するのは不適切だ。炭素税は効率性の観点で成長への悪影響は他の手段より小さい。

それでも、炭素排出という負の外部性は、これまでGDP計算時に考慮していない「隠れ債務」であり、これを内部化で補正すれば成長率に負の影響がある。長期的には排出削減のための投資と雇用が負の影響を凌駕する可能性もあるが、それを当然視はできない。なにより我が国の炭素中立の国際コミットは「成長に資する」限りとの条件を付してはいない。

 

私たちが滑っていく先はパックが向かう場所

アップルの創業者スティーブ・ジョブズは、カナダのアイスホッケー選手ウェイン・グレツキーの「私が滑っていく先は、パックが向かう場所だ。パックがあったところではない」という言葉を好んで使った。

脱炭素に関連した政府の最大の成長戦略は、パックが向かう場所を明示することだ。菅義偉首相は脱炭素を宣言し、2050年目標は法制化された。次はその達成手段に関し、炭素税なら当初税額とその後の引き上げ幅等の制度設計を早期に提示する必要がある。

技術的にトヨタとホンダのどちらが正解かはわからないが、脱炭素に向けた取り組みの成否が企業の将来を決めることは間違いない。政府は、自ら技術の正解を決めるよりも、目標と内部化の制度を作り、排出に高いコストがかかることを明示して、企業や人々の工夫や行動変化を促すことが大切だ。

明確な制度の下で早期に動くほど企業は国際競争で有利となる。移行を強いられる人々への支援も忘れてはならない。変化を避けるのではなく、むしろ新たなパラダイムに向け変化を促し、企業や人々のダイナミズムを引き出す。大事なのは「パックがあったところ」ではなく「パックが向かう場所」だ。

Shin Oya Visiting Senior Research Fellow
Mr. Oya assumed current position from November 2024. Prior to that, he worked at the Japan Bank for International Cooperation (JBIC), where he was involved in financing infrastructure and resource projects and launching a carbon fund, and also served as head of JBIC New Delhi office and Director, head of the European Bank for Reconstruction and Development (EBRD) Tokyo office. Chief Analyst of Sojitz Research Institute from August 2024. Master of Laws, Boston University Master of Finance, George Washington University
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Shin Oya

Visiting Senior Research Fellow

Mr. Oya assumed current position from November 2024. Prior to that, he worked at the Japan Bank for International Cooperation (JBIC), where he was involved in financing infrastructure and resource projects and launching a carbon fund, and also served as head of JBIC New Delhi office and Director, head of the European Bank for Reconstruction and Development (EBRD) Tokyo office. Chief Analyst of Sojitz Research Institute from August 2024. Master of Laws, Boston University Master of Finance, George Washington University

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