米軍は中国を抑止できるのか
本稿は、Foresight(フォーサイト)にも掲載されています。
米軍は中国を抑止できるのか(上):インド太平洋地域における米中軍事バランスの現在地
米軍は中国を抑止できるのか(下):数的競争から戦略・技術の競争へ
本年10月27日、バイデン米政権は、国防省から国家防衛戦略(NDS)を発表した。2018年にトランプ政権がNDSを発表して以来約5年振り、バイデン政権としては初めてとなる。10月12日に発表された国家安全保障戦略(NSS)を支え、国防省の優先任務や戦略環境等を記載する文書である。
新たなNDSは、バイデン政権が掲げる抑止コンセプトである「統合抑止」、すなわち、米軍・国防省だけではなく、米政府他機関や同盟国等との協力を統合して抑止力を高めていくという方針に沿って、同盟国等との協力強化を記述した節を設けた。その節で初めに登場する地域はインド太平洋地域、その次が欧州である。そして、インド太平洋地域の記述のうち、日米同盟が最初に言及された。
つまり、この節全体で最初に言及された同盟国は日本であり、個別国名として記述されなかった2018年の公表版NDSにおける同盟国の記述とは対照的である。一昔前であれば、米国の日米同盟重視の表れとして日本の安全保障関係者から歓迎されるような記述であり、事実、今米国が最も重視する同盟国の一つが日本であることは間違いない。
しかし、そのことがメディアで取り上げられることはなく、高揚感もない。あるのは危機感であり、それは、中国の軍事的膨張により米国の軍事力が相対的に低下してきていることに誰もが気付いているからだ。その危機感は米国も有している。それゆえに、対中抑止の鍵となる日米同盟を重視している。
米国の軍事的優位は、中国の軍事膨張を前にどの程度損なわれることになるのか。それがインド太平洋地域の戦略環境にどのような影響を与えるのか。
本稿では、日本にも決定的な影響を及ぼす米中軍事戦略および戦力バランスの現在と将来について、俯瞰的に考察したい。
米国の対中軍事戦略・構想の変遷
■A2/ADに対処する作戦構想
近年の米軍の軍事戦略は、中国のA2/AD(接近阻止・領域拒否)能力が米軍の優位性を損なうとの危機感に基づいて発展してきた。
中国は、射程1500キロ以上の対艦弾道ミサイルDF-21D(いわゆる「空母キラー」)、射程3000~5000キロの中距離弾道ミサイルDF-26(いわゆる「グアムキラー」)、極超音速ミサイルとされるDF-17など、様々な地上発射型弾道・巡航ミサイルを保有しており、2021年の米国防省の分析によると、その数は短・中距離合わせて2200発に上るとされる[1]。
中国政府は、自らの軍事戦略や軍事態勢の詳細を対外的に明確にしていないが、『China 2049』の著者で、かつて米国防省で対中戦略を担ったマイケル・ピルズベリーは、劣勢の中国が自分より強い敵に勝つための切り札(殺手鐗)として、こうしたミサイルや電子戦を含む非対称的手法によって米国の台湾有事への介入を拒む戦略を練ってきたと主張している[2]。
米国防省の中国軍事力年次報告書2021年版も、中国が、台湾有事などにおいて第三者の介入を阻止するための手段としてA2/AD能力を捉えていることを指摘している[3]。プリンストン大学教授のアーロン・フリードバーグも、中国が投資してきた長射程精密攻撃兵器などのプログラムは、それにより狙われる米艦艇などの目標と比較すれば相対的に安価であり、相手方にコストを強要するものであると述べている[4]。
こうした中国のA2/AD能力に対処し得る米軍の作戦構想は、2010年の4年毎の国防見直し(QDR)において、潜水艦発射の長距離攻撃能力などを構成要素とする統合エアシー・バトル構想として初めて本格的に掲げられた。2012年には、これを発展させる形で、米統合参謀本部が統合作戦接近構想(JOAC)を公表したが、そこでは、敵のA2/AD脅威を前提とすれば、特定の領域において全面的な優越を獲得するのではなく、海中・航空などの領域からの欺瞞作戦や、ステルス性を有した非対称で低痕跡の部隊を用い、敵のA2/AD能力にとって重要となる指揮統制や射撃部隊を領域横断的・縦深的に攻撃することに重点が置かれた。その後、国防省が発表した公表版エアシー・バトル構想でも、敵のC4ISR(指揮、統制、通信、コンピューター、情報、監視、偵察)能力を混乱させ、そのA2/AD能力を破壊し、敵を打倒するための「ネットワーク化され、統合された縦深攻撃」がその中心概念に据えられた。
これらの作戦構想と整合する形で、米軍は、巡航ミサイル搭載原子力潜水艦やF-35などステルス戦闘機の整備を進めてきた。
■「敵のA2/AD脅威圏内」におけるインサイド・フォースへの注目
だが、中国も、A2/ADの核となるミサイル能力を益々増勢するとともに、J-20ステルス戦闘機や多数のミサイルを搭載可能なレンハイ級駆逐艦など近代的な戦闘機や艦艇を増やして軍の能力を高めてきた。
中国のこうした能力向上を踏まえた場合、エアシー・バトル構想と関係の深い米シンクタンク戦略予算評価センター(CSBA)の2010年報告書が想定していたような、敵の先制奇襲攻撃に対して米軍前方展開兵力が被害を局限した後に、米軍増援兵力と共に攻勢に転ずるという前提は、軍事的にも政治的にも難しくなってきた[5]。敵の大規模攻撃による既成事実化を甘受してから反撃に転じたのでは被害が大き過ぎる上に、増援部隊に頼ることで、中国に迅速な先制攻撃に利があると決意させかねないからである[6]。
これらの問題への対応は、エアシー・バトル構想の中心ではなかった陸軍・海兵隊から、敵のA2/AD脅威圏内でも活動し得る能力の構築として提起された。陸軍も海兵隊も、インサイド・フォースとして活動し得る部隊や装備を導入中だ。
米陸軍は、中国やロシアのA2/AD脅威に対応するため、全ての領域でこれを打破し、自らの機動の自由を確保して勝利するマルチドメイン作戦を構想した。そして、敵の脅威圏内でも活動できる低痕跡で機動性・生存性の高いインサイド・フォースとして、地上発射型長射程ミサイル等を擁するマルチドメイン任務部隊(MDTF)を編成していく考えを示した。
米海兵隊でも機動展開前進基地作戦(EABO)構想が提起され、脅威圏内で活動する低痕跡・機動・分散的なインサイド・フォースが、大規模火力を提供する従来型艦艇等のアウトサイド・フォースの能力を引き出すための作戦を行うことを提案した。その作戦を実施するために、海兵隊は2020年に『戦力設計2030』を発表した。これは、戦車部隊の全廃、火砲部隊の大幅削減を行う一方、長射程精密火力、無人アセットなどの増強に投資する方針を示すものだった、さらに2021年には『スタンド・イン部隊のコンセプト』を発表し、小型で機動性・生存性に優れたスタンド・イン部隊が、敵との競合地域内で、有人・無人チームの組み合わせにより海上拒否を行う構想を提示した。海兵隊は、このスタンド・イン部隊を実現するため、従来の海兵連隊を、地対艦ミサイル等を装備した海兵沿岸連隊(MLR)に改編し、第三海兵遠征軍の隷下に3個連隊を保持することを計画している。本年3月にはハワイに一つ目のMLRを編成した。
こうした部隊編制の見直しは、装備面の更新とも歩調を揃える。陸軍においては、極超音速中距離対地ミサイルLRHW(射程2775キロ以上とされる)、トマホーク又はSM-6を搭載する対地・対艦ミサイルMRC(射程はLRHWとPrSMの中間)、現有のATACMSの後継とされる短距離対地・対艦ミサイルPrSM(射程500キロ)が開発されている。海兵隊では、短距離対艦ミサイルNMESIS(射程185キロ以上)、地上発射型対地・対艦トマホーク(射程1500キロ程度とされる)の導入が進んでいる。
また、海兵隊からアウトサイド・フォースと位置付けられた米海軍も、分散型海洋作戦(DMO)構想により、無人アセットと有人艦艇を組み合わせて大規模艦隊を分散的に運用する戦い方の導入に注力している。本年4月に議会に提出した艦艇建造長期計画によれば、海軍は2021年度末時点で294隻だった戦闘艦艇数を、2045年度までに有人艦艇318~363隻に、現在はほぼない無人艦艇を89~149隻まで拡大する見積りを立てた。大型水上艦を減らし小型艦艇や無人艦艇を大幅に増やすことで、分散して敵の攻撃からの被害を極限しつつ戦う構想を実施に移している[7]。そして、そのために必要な攻撃用の大型無人水上艦(LUSV)、ISR用の中型無人水上艦(MUSV)、対潜・機雷戦用の超大型無人潜水艇(XLUUV)の開発も進めている。
さらに米空軍も、迅速な戦闘運用構想(ACE)を打ち出し、航空戦力の機動的な分散配置・機動展開等による生存性の向上と戦闘力確保の必要性を主張している。
■「力押し」から「拒否的抑止力」追求へ
2019年にCSBAが発表した報告書は、こうした各軍種が果たす役割を、インサイド・フォースとアウトサイド・フォースに分けて論じている。インサイド・フォースは、敵の戦力投射能力を拒否するとともに、そのA2/AD能力の発揮にとって鍵となるシステムを攻撃する。スタンドオフ海空戦力から成るアウトサイド・フォースが到着するまでA2/AD能力を減殺して時間を稼ぎ、アウトサイド・フォースの精密縦深攻撃を支援することに、インサイド・フォース構築の主眼はある[8]。
米国の対中軍事戦略は、中国の軍事力の伸張に従って、中国が米国に対抗する軍事力を保有し得ることを前提にする必要が生じた。つまり海空優勢により敵を圧倒する力押しの構想から、中国の能力を非対称的に拒否し、減殺することに重きを置くものへと移行しつつある。ステルス爆撃機・戦闘機や潜水艦発射型の長距離巡航ミサイルなど、技術力を背景とした非脆弱な海空スタンドオフ兵器だけではなく、地上発射型ミサイルや無人機など小回りの利く比較的安価なアセットにより、中国の大型アセットや、戦力発揮にとって鍵となる指揮統制・ISR能力を非対称的に減殺することを重視し始めているのである。
こうした方向性は、軍種を超えて、米国全体の方針となりつつある。2021年にバイデン政権が発表した国家安全保障戦略暫定指針は、不要なレガシー兵器から、将来の優位性を決定し得る先端技術や能力への投資に重点を移行する考えを示すとともに、本年10月の国家防衛戦略(NDS)でも、目指すべき抑止力として、拒否的抑止力(deterrence by denial)を第一に掲げており、非対称的アプローチを発展させ、戦力構成を拒否に最適化するとした。各軍種が進めてきた作戦構想を、米政府としても明確に支持しているのである。
米軍の戦力見直しのタイムフレームと課題
■押さえるべき「3つのポイント」
第1に、新たな戦い方や部隊に必要な装備品の開発が間に合っていない。ロシアとのINF(中距離核戦力)禁止条約により、米国は長らく射程500~5500キロの地上発射型ミサイルを保有してこなかった。同条約の失効後は開発を本格化させたが、陸軍のLRHW、PrSM、MRCや海兵隊のNMESISの運用開始は2023年以降とされる。また、2022年に製造契約が報じられた陸軍・海兵隊の地上発射型トマホークは、完成まで数年は要するだろう。海軍の無人艦艇も、XLUUVは現在建造中、LUSV は2025年度から建造予定、MUSVはまだ具体的建造時期の予定が示されていない。海軍としては、LUSVとMUSVについて2027~2028年頃を艦艇部隊への配備時期と見ているようだが、それでも運用開始までまだ5年は要する[9]。
第2に、インド太平洋地域における地上発射型ミサイルの配備先が決まっていない。CSBAの2019年報告書は、第一列島線沿いにミサイル部隊等を配置することを提言しており、米陸軍のMDTFや米海兵隊のMLRはこれに該当し得るものである。しかし、陸軍は欧州、米本土、ハワイに各1つのMDTFを新編したものの西太平洋には配備しておらず、ハワイの部隊が恒常的に置かれるかも不明との報道がある。また海兵隊MLRについては、上記の通り3個連隊のうちハワイに一つ目のMLRが編成され、あと二つの配属先は沖縄及びグアムとして、2030年までには本格運用と伝えられたが、これも正式に決まっているわけではない。
2023年度以降、装備するミサイルの開発が完了し、米陸軍や海兵隊がこれらの部隊を第一列島線沿いに配備しようとするのであれば、第一列島線の多くを占める日本への配備を検討しなければならない。
その場合、沖縄を含む南西諸島も比較的射程の短いミサイルの配備候補地に入ってくる可能性が高いが、米軍基地への政治的反対により妨げられれば、米軍の構想は画餅に終わる。そうなれば対中抑止力の強化が進まず、中国を利することになるだろう。
国際政治学者のランドール・シュウェラーは、国家が脅威に対して効率的にバランシングをしない「不十分なバランス行動(underbalancing)」の原因を、政策選択と結びついた政治的リスクの選好に関する政治指導層や社会の結束力の強弱という国内政治的観点から説明した[10]。政治的・社会的結束力を高め、コンセンサスを得やすくする努力は、効果的なバランシングにとって不可欠である。そのためには、例えば射程の短いミサイルを南西諸島に配備し、より射程の長いミサイルは本州等に配備することで状況に応じた機動的な前方展開を可能とするなど、特定の地域に負担やリスクが集中し過ぎないような工夫も必要だろう。
第3に、先端的能力への投資を重点化するバイデン政権の方針は、その実施段階では必ずしも徹底されない。たとえば、2022年度国防授権法は、引き続き陸軍の戦車、榴弾砲、歩兵戦闘車等の取得を継続し、海軍が求めるタイコンデロガ級巡洋艦の退役数を減らすことを求めるなど、旧来型装備の維持も重視する。海軍は、レーダー等の能力が陳腐化しつつあるタイコンデロガ級巡洋艦の退役により、維持整備・改修費用を無人艦艇やミサイルなど将来能力への投資に向けたい考えだが、中国海軍が米海軍を凌ぐ戦闘艦艇数(2021年時点で355隻とされる)を保有し数的優位を確保しつつあることとの関係で、艦艇が装備するミサイル垂直発射システム(VLS)数の急減を懸念する議会の理解が得られていない。2023年度についても、海軍はタイコンデロガ級1隻の早期退役を計画したが、米下院が可決して上院に送付した国防授権法案ではこれを禁じている。
このことは、予算配分に関する構造的な問題も浮き彫りにしている。「投資のための処分(divest to invest)」とは、先端的装備に投資するためレガシー装備の運用を中止せよとの米軍のスローガンだが、ここでは先端的装備の開発に一定の時間を要する現実が見落とされがちだ。レガシー装備の維持や改修に必要な予算を新たな投資に回せば、新たな戦力が運用可能となるまで現有戦力の減少につながる。一方、その維持に固執し過ぎると、戦力構成の変革が遅れて行く。対中シフトを急げと主張する米国内外の論者は、そのトレードオフを認識した上で、現在の戦力をどの程度維持し将来の戦い方に備えるのか、投資の具体的均衡点を議論しなければならない。
その際重要となるのが、現在の能力が中国のA2/AD脅威にどこまで対応できるかの見極めである。たとえば艦艇の数だけ維持できても、それらが中国のミサイルの容易な標的となるなら、搭載するVLSの数を競っても仕方がない。より高性能なレーダーを搭載したアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦の増勢や無人艦艇の開発を通じて自らの生存性を高めつつ、対艦・対地ミサイルの取得により相手のA2/AD能力の減殺に努めることを優先すべきだ。相手のA2/AD脅威に対応できない戦力には固執せず、その上で大胆な戦力見直しを進めるべきなのである。
■NSS・NDSに示された対中競争のタイムフレーム
そして、これら3つの課題・現実の受け止められ方は、中国の攻撃的軍事行動、とりわけ台湾侵攻のリスクがいつ高まるかという情勢認識とも密接に関連する。この点、フィリップ・デービッドソン前米インド太平洋軍司令官やマイケル・ギルデイ米海軍作戦部長は、2027年まで、あるいはそれ以前の脅威顕在化を示唆している。この分析が正しいとすれば、そもそも各軍種が進める作戦構想見直しのタイムフレームでは対応できないことになる。
ただし、「2027年まで、あるいはそれ以前の台湾侵攻」との見方は、必ずしもバイデン政権の統一的な見解ではない。10月に発表された国家安全保障戦略(NSS)は次の10年が中国との競争にとって決定的としており、また、国家防衛戦略(NDS)は、米国に対する最も包括的かつ深刻な課題である中国との競争が長期にわたり得ることを示唆した。NDS策定の中心人物であるコリン・カール米国防次官も、今後数年以内に中国が台湾を侵攻することを計画しているとは思わない、中国が軍の近代化目標として掲げる2027年は中国が台湾侵攻能力を備えるための目標だとしても、必ずしも実際に台湾侵攻を行うタイムフレームだとは考えていないと述べている[11]。
台湾侵攻の脅威が目前に迫るとする一部の米軍高官の発言には、現段階では米軍が中国の海空・着上陸戦力に対処できる戦力構成を得ておらず、中国に「機会の窓」を与えているとの焦りを捉えるのが適当かもしれない。中期的に到来し得るリスクに対処するため、米軍はその戦力の見直しを速やかに、かつ大胆に行う必要があるだろう。
中国の軍事力の弱み
■中国が強化する「台湾東側からの戦力投射能力」
一方、中国の軍事力強化にも死角はある。米国が中国を念頭に非対称な拒否的能力を増強する傍らで、中国は逆に、台湾を念頭に戦力投射能力を強化しつつある。中国にとって3隻目の空母であり、初めて電磁カタパルトの搭載を目指す「福建」の建造、海軍陸戦隊の増強、新型強襲揚陸艦の導入などがその主要な内容である。
台湾国防部は2021年末に立法院に提出した報告書において、中国が台湾の南東側の西太平洋に艦隊を集結させ、東西から包囲されることを警戒している。こうした懸念を裏付ける形で、中国軍用機の台湾防空識別圏での飛行は台湾の南東側に及ぶものが増えている。また、空母「遼寧」を中心とする中国艦艇も台湾南東海域で活動を活発化させており、2022年5月には、日本の防衛省が南西諸島に近接した海域で空母艦載機の発着艦を多数確認したのと同様のタイミングで、中国軍が、台湾の東や南西空域で複数の軍種が統合で実動訓練を行った旨発表している。本年8月、台湾周辺海域に弾道ミサイルが射撃された際には、中国は台湾を取り囲むような形で射撃海域を設定した。
これらに加えて、台湾海峡を挟んで対峙する台湾西岸の防備が固いこと、大規模兵力を海上輸送する能力が中国に不足していることなども踏まえれば、中国は台湾侵攻において、空母を中心とする艦艇部隊を用いて台湾の東側から戦力投射を試みる可能性がある。中国にとって、この台湾東側からの戦力投射能力は、台湾進攻を効果的に進める上で不可欠だとも言える。
■戦力投射能力と脆弱性のジレンマ
しかしながら、こうして強化された戦力投射能力は、まさに敵の非対称攻撃に脆弱な高価値目標ともなり得るのだ。特に、中国は艦艇を経空・水中攻撃から守るための艦隊防空や対潜水艦戦(ASW)能力が弱いとされ[12]、単純に数だけ見ても、中国海軍は、米海軍と比較して、保有する水上艦艇に対する早期警戒機や対潜哨戒機の比率が少ない。中国共産党系メディアの『グローバル・タイムズ』は、空母「福建」に固定翼の早期警戒管制機やその対潜哨戒機バージョンが搭載される可能性を指摘したが[13]、これが事実だとするなら、電磁カタパルトは固定翼機を搭載して防空やASWの弱みを補うためにも必須の装備という位置づけなのかもしれない。
米国が非対称なミサイル攻撃能力を急速に増強していることも加味すれば、これまで中国がとってきたA2/AD戦略は、いまや逆に中国に対し向けられていることになる。中国にとって、この戦力投射能力と脆弱性のジレンマをいかに解決するかが今後の課題となるのは間違いない。
脆弱性を低減させるには、艦艇や航空機の防御力をさらに高めるか、あるいは米軍が目指すような無人アセットと組み合わせた分散的な戦い方が考えられ、現時点での中国はその双方を追求しているように見える。前者の例としては、先述の空母への固定翼機搭載の指摘や高性能レーダーや多数の対空ミサイルを搭載したレンハイ級駆逐艦などの増勢が挙げられよう。後者はAIや無人アセットの開発への注力だ。2019年頃から提唱され始めた「智能化戦争」は、そうした戦い方に基づく新たな軍近代化の概念だ。
数的競争から戦略・技術の競争へ
■ウクライナがロシアに仕掛けた非対称戦
ロシア・ウクライナ戦争は、圧倒的な通常兵力の優位により航空優勢を獲得して戦争を早期決着させる湾岸戦争以降の戦い方が必ずしも奏功しないことを明らかにした。ウクライナ軍は米国等から供与された対戦車ミサイルや短距離地対空ミサイル、無人機等を活用し、ロシア軍に非対称戦を仕掛けた。ロシア軍は圧倒的な戦力を保持しながらも航空優勢を獲得できず、その結果、地上戦闘における古典的な消耗戦が展開されている。
この戦争から得られる知見の早計な一般化は避けなければならない。また、戦力のネットワーク化やISR(情報・監視・偵察)能力を軽視したロシア軍固有の事情による要因も大きいかもしれない。しかしながら、この戦争には海上優勢・航空優勢の獲得を前提としない今後の戦い方の一端が表れており、それは現在米軍が志向している非対称的な拒否戦略と類似性がある。
■数的優位が戦略的安定をもたらすとは限らない
そうだとすれば、今後の米中の軍事的競争は、経済力をインプットとした軍事費の伸びにより、艦艇・航空機の数やVLSの数といった物量で軍備拡張を競う「建艦競争」ではなく、自らの生存性を高めつつ相手の脆弱性につけ込む非対称的手法と、それに必要なAI・無人アセット等の先端技術の優越に関する競争になっていくと考えられる。そしてそのためには、そもそも相手に当該手法・技術を獲得させないための取組が必要となってくる。米国の新NDSが、防衛産業のサプライチェーンを窃取等から「要塞化(fortify)」すると掲げたり、米商務省が先端半導体技術の対中輸出規制を強化しているのは、中国軍の「智能化」の阻止・遅延という中核的な目標に由来するものだと捉えると理解しやすい。
相手の脆弱性を突き、そのために必要な先端技術を獲得する競争は、「いたちごっこ」の様相を帯び、戦力の数的優位が戦略的安定をアプリオリにもたらすとは限らない。中国に軍事行動の「機会の窓」を開かせないためには、戦いの「勝ち方」が変わりつつあることを認識した上で、米国のみならず、日本や他のパートナー国を含め、中国の軍事的優越を拒否するための統合された非対称戦略を形作っていくことが求められる。
(画像提供:U.S. Marine Corps photo by Maj. Nicholas)
注
- [1]Office of Secretary of Defense (OSD), US Department of Defense, Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China (CMPR) 2021 (November 2021), 163.
- [2]マイケル・ピルズベリー著、野中香方子訳『China 2049:秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」』(日経BP社、2015年)、235-238ページ。
- [3]OSD, CMPR 2021, 77.
- [4]アーロン・フリードバーグ著、平山茂敏監訳『アメリカの対中軍事戦略:エアシー・バトルの先にあるもの』(芙蓉書房出版、2016年)、57-62ページ。
- [5]Jan van Tol, et al., Air Sea Battle: A Point-of-Departure Operational Concept (CSBA, 2010), 53-58.
- [6]Thomas G. Mahnken, et al., Tightening the Chain: Implementing a Strategy of Maritime Pressure in the Western Pacific (CSBA, 2019), 6-7, 23-25.
- [7]Office of the Chief of Naval Operations, Report to Congress on the Annual Long-Range Plan for Construction of Naval Vessels for Fiscal Year 2023 (April 2022), 6-10, 13-16; US Congressional Research Service (CRS), Navy Force Structure and Shipbuilding Plans: Background and Issues for Congress (August 25, 2022), 12.
- [8]Mahnken, et al., Tightening the Chain, 27-31.
- [9]US Congressional Research Service, Navy Large Unmanned Surface and Undersea Vehicles: Background and Issues for Congress (August 29, 2022), 5, 12, 16, 26.
- [10]Randall L. Schweller, Unanswered Threats: Political Constraints on the Balance of Power (Princeton: Princeton University Press, 2006), esp., 10-18, 46-56.
- [11]The Brookings Institution, The 2022 National Defense Strategy: A conversation with Colin Kahl (November 4, 2022), at https://www.brookings.edu/events/the-2022-national-defense-strategy-a-conversation-with-colin-kahl/
- [12]Toshi Yoshihara and Jack Bianchi, Seizing on Weakness: Allied Strategy for Competing with China’s Globalizing Military (CSBA, 2021), 68-69.
- [13]Liu Xuanzun, “PLA Navy transport aircraft hold simulated landing on carrier, ‘indicate 3rd carrier to be equipped with cargo planes’”, Global Times (June 29, 2022).
Senior Research Fellow
Hirohito Ogi is a senior research fellow at the Asia Pacific Initiative (API) & the Institute of Geoeconomics (IOG), the International House of Japan (IHJ), a Tokyo-based global think-tank, where he focuses on national and international security policy, military strategies, military intelligence analysis, and economic statecraft including defense industrial base policy. Before joining the API/IOG, Mr. Ogi had been a career government official at the Ministry of Defense (MOD) and Ministry of Foreign Affairs (MOFA) for 16 years. From 2021 to 2022, he served as the Principal Deputy Director for the Strategic Intelligence Analysis Office, the Defense Intelligence Division at the MOD, where he led MOD’s defense intelligence analysis including on the recent Ukrainian War. From 2019 to 2021, he served as a Deputy Director of the Defense Planning and Programming Division at the MOD. As the Chief of the section, he was in charge of defense strategy planning and procurement planning of the Ground Self-Defense Force (GSDF). From 2016 to 2021, he was the Deputy Director for Strategy & Legal Affairs, the Equipment Policy Division at the Acquisition, Technology and Logistics Agency (ATLA). During the service of this position, he drafted the provision of the Self-Defense Forces Act which enables the MOD to grant developing states unused military equipment, and led the implementation of policy for strengthening defense industrial base as well as catalyzing defense equipment export. From 2014 to 2016, he was transferred to the MOFA. As a Deputy Director at the International Legal Affairs Division, he reviewed drafts of the Peace and Security Legislation in 2015 in light of international law on the use of force. In his early career, he drafted the domestic act to implement the Japan-Australia Acquisition and Cross-Servicing Agreement (ACSA) which enables Japanese Self-Defense Forces and Australian Forces to mutually provide logistics support in various occasions. He holds a Master’s degree in international affairs from the School of International and Public Affairs (SIPA), Columbia University and a Bachelor’s degree in arts and sciences from the University of Tokyo.
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A Dangerous Confluence: Introduction2024.11.20
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Chapter 1 Hungary: Media Control and Disinformation2024.11.20
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Chapter 2 Disinformation in the United States: When Distrust Trumps Facts2024.11.20
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Chapter 3 The Engagement Trap and Disinformation in the United Kingdom2024.11.20
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