CES2025に見る最先端技術の現在地 ~「シンギュラリティ」の視点から

地経学研究所の研究員としてCES2025を視察し、「シンギュラリティ(レイ・カーツワイルが提唱する技術的特異点)」のコンセプトに照らし、最先端技術が現状どのレベルまで来ているのかと言う観点で考察を行った…(以下、本文に続きます)
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はじめに

2025年1月7日から10日まで、CES2025が米国ラスベガスで開催された。CESとは、元々1967年に“Consumer Electronics Show”としてニューヨークで始まったイベントである。1987年以降、開催地がラスベガスに移り、現在ではConsumer向けに限らない広範な最先端技術を扱う世界最大級のイベントに成長している。例年、新年明けの話題としてTVやネットニュースを賑わしており、グローバルベースで「新年の風物詩」と言ってもよい広がりを見せている。今回、地経学研究所の研究員としてCES2025を視察し、「シンギュラリティ(レイ・カーツワイルが提唱する技術的特異点)」のコンセプトに照らし、最先端技術が現状どのレベルまで来ているのかと言う観点で考察を行った。

1.数字で見るCES2025

CES2025には、1,400社のスタートアップを含む4,500社以上の出展者と6,000人以上のメディア関係者、世界中から14.1万人の来場者が訪れた。このうち、40%は150以上の国・地域からの来場者とされる。300を超えるカンファレンスセッション、1,200人を超えるスピーカーが講演を行ったとされ、先行して1月5日より始まるメディア向け内覧も含め、大規模に技術・ビジネスの交流が行われる場となっている。

【CES2025の出展社数(CESウェブサイトを基に、筆者集計)】

国別の出展社数でみると、米国、中国、韓国の上位3か国で8割弱を占めており、米中の技術覇権競争の文脈に合致する結果が表れている。その中で、韓国の出展者の多さは特筆に値する。実際に、現地で見ても韓国系の方を非常によく見かけた印象があった。フランスは「Choose France」という枠組みでの出展、日本もJETROのジャパン・パビリオン31社に加え、ジャパン・テックの枠組みで30社と、集合出展もあり100社近い出展数となっていた。CESはグローバルなイベントであるが、調べてみれば上位10か国で出展者の92%を占めるなど、最先端を謳って参加する企業・スタートアップは、やはり一部の国に限られるという状況が浮き彫りになっていた。

最先端技術は、どの国においても、政府支援が為されているものと考えられるが、CESにおいては、それが前面に出ることはなく、フランスや日本の様に政府が出展支援等マーケティングサポートの取り組みをしているのが見えるのみであった。

2.テーマで見るCES2025

CESは各年で中心となるテーマが存在すると言われる。2020年以降、パンデミックの影響もあり、リモートワーク、非接触型テクノロジー、デジタルヘルスケア、在宅エンターテイメント等が目立ったが、2023年以降は、生成AIの登場により一気にAI活用がテーマの中心になっている。直近では、2024年時点で「AI活用であることを謳う」出展者が多かったのに対し、2025年では「AI活用は当然で、こう社会実装している」という出展者が増えたとの評価が随所で聞かれた。

CES2025の注目テーマについては、CESの主催団体であるCTA(全米民生技術協会)は、メディア向けプレゼンテーションの中で、① Z世代の影響力(世界人口の32%、OECD労働人口の27%)、② AIのデジタル社会への浸透と人間との共存、③ エネルギー転換とサステナビリティ、④ モビリティ(電動化、接続性、自律性等)、⑤ 長寿化とウェルビーイングのテクノロジーを主要なテーマと紹介している。

3.CES2025を読み解くキーワード「シンギュラリティ」

かくも膨大な出展者の中で、何にどの様に注目すべきか。筆者の場合、その軸をレイ・カーツワイルが昨年18年ぶりに著した「シンギュラリティはより近く」のコンセプトに照らして考えることとした。

シンギュラリティとは、数学や物理学で使われる言葉で、他と同じルールが適用できなくなる点を意味する。「技術的特異点」とも言われ、人工知能=AIが人間の知能を超える点と説明されることもある。人類の持つ情報や知恵は、昨今幾何級数的に拡大しており、今後更にその上昇の傾きが急になることが示唆されている。レイ・カーツワイルの主張を、誤解をおそれず端的にまとめると以下のようになる。キーワードはAIの進展に伴う「収穫加速の法則」である。

①環境負荷を減らし社会の持続可能性を高める

太陽光は依然として無限の可能性を秘めたエネルギーであり、既存のソーラーパネルのみでなく、小型で薄く柔軟な素材での発電の普及が見込まれる。そうした新技術の開発にもAIは重要な役割を果たし、且つ、電力の効率利用や貯蔵技術の開発にも大きな役割を果たす。

また、現在、畜産は地球温暖化ガスを出すこと、大量の穀物を消費すること、そのため多くの土地や水、肥料を使うことという構造的課題が知られている。これらについて、培養肉やプラントベースの代替肉にシフトすることで構造的な改善が期待できる。また、土地や水、肥料の効率的な利用の観点では、植物工場の果たす役割はますます重要になる。植物工場とは、害虫の発生しない管理された環境下で、最小限の水、二酸化炭素、肥料で行う農業のことである。特に土地については、垂直に栽培し、10mと言った高さまで高所作業車で収穫することが可能な、極めて効率の良い農法である。現在は栽培できる品種に一定の制約はあるが、今後、それも更に広がっていくものと考えられる。

※筆者註:「植物工場」については、英語の「Vertical Farming=垂直農業」の方が、本質的なニュアンスが伝わり易いと考えている。

②AIによる効率化で人間の生活を向上させる

現状、先進国を中心に高齢化、労働力不足が課題となっている。これをAIで補完することは重要な方向性である。また、人間がより安全且つ快適に暮らしていく為の仕組みやインフラ、身の回り品の高度化は非常に重要であり、AIが活躍するところである。具体的には、自動運転、24時間監視による予兆保全、3Dプリンティングによる小回りの利く生産対応(筆者註:3Dプリンティングも英語のAdditive Manufacturing=積層造形の方が本質的なニュアンスが伝わり易い)、AI創薬、AI診断等である。既に、人間の生活は日進月歩で便利に、快適になってきているが、これからは社会の底流にビルトインされるAIの存在により、なお一層、その流れが加速することが想定される。

③人間そのものの機能を拡張する

カーツワイルの主張の一番独特のポイントが人間そのものの機能拡張である。その方向性は2つある。一つは、Brain Computer Interfaceである。頭に装着したり、直接脳に電極やチップを埋め込んだりして脳の発する微細信号を受信し、コンピューターに繋げていくというもので、人間の脳の計算能力の限界を突破し、人間の思考能力をコンピューターの力を借りて拡張するというものである。また、もう一つはナノボットである。こちらは、赤血球ほどの大きさのナノボットが血管中を移動し、各種データの取得、健康課題の特定、部分的な修復を行うという話である。もはや荒唐無稽と言われても仕方ない領域であるが、カーツワイルは、現代の技術では到底不可能と思われることも、一たび技術ブレークスルーが起これば可能になるため、将来的に十分起こる可能性があるとしている。現に、スマートフォン登場前は、アプリ一つでどんなことも手許でできるようになるといった世界は想像できなかったが、現状既にそうなっているではないか、と指摘する。

4.シンギュラリティの観点で見たCES2025

さて、シンギュラリティの世界観をつかんだところで、現在に目を向けてみると、今年のCESでは、果たして上記①から③までの方向性がどれほどシンギュラリティに近づいたのであろうか。4,500以上の出展者をすべて確認することはできないが、ここでは、メディア向けプレゼンテーションの機会を持った比較的目立つ出展者や、SNS等で話題になった出展者に限定し、その状況を掴んでみたいと思う(末尾に簡単な出展者リストを掲載)。

まず、①の「環境負荷を減らし社会の持続可能性を高める」という観点であるが、CESが元々消費者向けのイベントであったこともあり、現在多少コンセプトは変わってきているとは言え、大規模なエネルギー転換、太陽光発電の技術進化、培養肉、プラントベース代替肉、植物工場と言った消費者の手許からは少し距離感のある技術の出展は、必ずしも目立ってはいなかった。但し、トヨタのWoven Cityでは、まさにエネルギーの効率利用が推進され、また自動車や建機、農機の各社がこぞって電動化を進めていること自体、環境負荷の低減に大きく寄与するものであると考えられる。全体として進んでいる印象ではあるが、シンギュラリティの観点で考えると、もう少し太陽光発電の劇的な進化の流れが前面に出てきてもよいのかもしれない。

注目される太陽光発電技術の一つにペロブスカイト太陽電池がある。薄いガラスやプラスチックの基板上に液体を塗って焼結・製造するため、製造コストも安く、設置場所もはるかに柔軟に設定できる。非常に注目される技術であるが、今回のCES2025のアプリで「ペロブスカイト」で検索すると、1社、アウトドアで使えるポータブル発電装置が紹介されていたのみであった。今後増加が見込まれる領域と考える。

一方で、米国のベンチャーで非常に印象的であったのが、Aptera Motorsの充電不要の3輪ソーラーEVである。一般的な自動車は空気抵抗が大きいことに注目し、車体を軽量複合材料による流線形とし(2人乗り)、ソーラールーフでの発電で1,600kmの航続距離を持つというものである。EVの航続距離、電池の問題を解決できるモビリティができるとすれば、これは大きな革命である。

【Aptera Motorsの3輪ソーラーEV】

(筆者撮影)

次に、②の「AIによる効率化で人間の生活を向上させる」という観点であるが、これは、労働力不足に対応するための自動運転、予兆保全に加え、長寿、ウェルビーイング等の観点が重要になる。まさにCESで最も活発に出展されているテーマである。

AI活用による高齢者見守りソリューション、スマートおむつ、睡眠支援、ペットを飼えない人の為のAI小型犬、癒し系AI対話ロボット、スマートベビーベッド、塩分を加えずに風味を高める電子スプーン、40言語対応のリアルタイム字幕メガネ、対話型AI車等など、実に多様な試みが為されている。この流れは精力的に続くものと思われるが、実際に社会実装されていくものがどれだけあるかが重要である。

ビジネスとして成功する為には、やはり「nice to have」に留まるニーズではなく、「must have」となるニーズに応えているかが重要であろう。その観点では、病気の診断や創薬におけるAI活用、労働力不足への対応等は、比較的スムーズに社会実装に進む可能性が高いと考える。例えばクボタの、ぶどう園で使用される収穫用隊列トラクターは、センサーで果実の糖度を確認した上で、適切な対象物のみ収穫するといったものである。労働力不足をAIにより補うもので、注目される。こうしたコンセプトは、同業他社でも見られ、どれだけはやく社会に実装されるかが今後の要フォローのポイントになると考えられる。

最後は、③の「人間そのものの機能を拡張する」という観点であるが、やはり、ナノボットといった技術は出展者検索の中では該当が無かった。一方で、Brain-Computer-Interface(BCI)の方は、「brain」という単語で出展者検索すると米国2社、フランス1社、イスラエル1社、韓国2社、中国1社が確認できた。脳波のセンシングにおいては、ヘルメットを装着するタイプの非侵襲型と直接人体に移植する侵襲型とがあるが、韓国のGbrain社はパーキンソン病等の脳波モニタリングと治療刺激を、薄膜ポリマーの直接移植によって実現する技術を展示していた(3月より韓国で治験開始)。カーツワイルは、BCIによって人間の脳がクラウドと直接つながることまでを想定しているが、現在はまだそうした機能拡張が明白なニーズとなっているとは思われない。しかしながら、病気や先天性疾患の治療でBCIの技術が進展した将来においては、健常者が自らの機能拡張の為にこうした技術を使うこともないとは言えないだろう。

【クボタのぶどう園用農機】

(筆者撮影)

5.結論

今回、シンギュラリティの観点から現在の発展状況を捉えてみた。結論を一言で言えば、既にデジタル化が進んだ現代においては、AI活用は瞬く間にすべての領域に浸透し、もはやAIを使うとか使わないと言った議論ではない状況になる可能性が高い(実際、CES2024とCES2025を比較しただけで、「AI活用」を敢えて謳わなくなった傾向が見て取れるのは前述の通りである)。それが何年になるかは分からないが、遅かれ早かれシンギュラリティという状況が訪れるだろうことは、今回のCES2025でも十分に感じることができた。

今後に向けた視点としては、シンギュラリティの課題とリスクが重要である。一つは、米中技術覇権競争の中で、誰が最初にシンギュラリティに到達するかという観点である。今回、出展数で米中が拮抗する中で、米国が経済制裁を課している中国企業は出展していなかった。トランプ政権における制裁の状況によっては、CESの顔ぶれも大幅に変わる可能性もある。また、CES自体は民生用途の展示会であるが、軍事用途での技術革新も隣り合わせで存在する。更に、AI活用やビッグデータ保有で強みを持つ企業や国家が経済的にも優位に立つことも想像に難くない。AI、シンギュラリティは、地経学的にも非常に重要な意味を持つことを忘れてはならない。

一方で、倫理面等での課題も重要である。G7広島サミットの「広島AIプロセス」の中でも、AIの課題・リスクとして、透明性、偽情報、知的財産権、プライバシー、個人情報保護、公正性、セキュリティと安全性と言ったことが挙げられた。広島AIプロセスの課題感と、カーツワイルの期待するシンギュラリティとの間には、にわかには埋め難い距離があるようにも思われる。ビジネスのイベントであるCESにおいても、一部に倫理面の課題を問うセッションも設けられていた。もっとも、何とかビジネス化できるかどうかという勝負のときに、過度にリスクに注目し過ぎてはビジネス化は覚束ないかもしれない。AIは既に社会基盤の一部になりつつあり、環境負荷の低減、人間生活の向上等に不可欠であることは論を待たない。その中で、リスク・課題とどうバランスを取っていくか、そこに今後のCESを見る際の一つの重要な視点があると考える。AIが素晴らしいともてはやす時代は早晩終わり、より落ち着いてリスク・課題を見極めながら粛々と社会実装を進めることが期待される。1年後のCES2026では、果たしてどの様な姿が見られるであろうか。

(画像出典:REX/Aflo)

おことわり:報告書に記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことを御留意ください。記事の無断転載・複製はお断りいたします。

Eiki Tagami Visiting Research Fellow
Eiki Tagami is a visiting research fellow in Institute of Geoeconomics at International House of Japan from May 2024. With over 30 years of experience at a Japanese trading house, Mr. Tagami has specialized in risk management and industry analysis. From 2006 to 2017, he worked at a think tank within the trading house, covering a wide range of industry analysis work with a particular focus on value-chain analysis. In 2021, he was appointed to be in charge of economic security in the trading house. He completed the Executive Management Program at the University of Tokyo and holds a BA in Political Science from Waseda University
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Eiki Tagami

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Eiki Tagami is a visiting research fellow in Institute of Geoeconomics at International House of Japan from May 2024. With over 30 years of experience at a Japanese trading house, Mr. Tagami has specialized in risk management and industry analysis. From 2006 to 2017, he worked at a think tank within the trading house, covering a wide range of industry analysis work with a particular focus on value-chain analysis. In 2021, he was appointed to be in charge of economic security in the trading house. He completed the Executive Management Program at the University of Tokyo and holds a BA in Political Science from Waseda University

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