オーストラリア国防戦略の構想と実態―日豪防衛協力の深化に向けて―

オーストラリアは、日本の「特別な戦略的パートナー」であると同時に、防衛装備品移転の観点からも重要な国である。しかし、日本の戦略コミュニティにおいては、オーストラリアの国防戦略やその実態が十分に共有されておらず、日豪防衛協力のさらなる深化に向けた議論が停滞しているのが現状である。本稿は、オーストラリアが2024年4月に発表した2つの戦略文書を分析することで、日豪防衛協力の更なる発展に貢献することを目的とする。

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要約

オーストラリアは、我が国にとって「特別な戦略的パートナー」あるいは「準同盟国」と呼ばれる極めて重要な国である。2022年10月に発表された「安全保障協力に関する日豪共同宣言」では、両国の安全保障に影響を及ぼす緊急事態に際して、「相互に協議し、対応措置を検討する」との方針が明記された。対応措置の具体的な内容は明らかにされていないものの、岸田政権が同年12月に閣議決定した国家防衛戦略では、自衛隊の平素からのオーストラリアへのローテーション展開や「事態生起時には、…後方支援や情報共有等を中心に連携する」としている。同盟理論の研究者であるポール・ポースト(Paul Poast)は、同盟を「有事の際に共同対処を前提とした関係」と定義している。そのような理解に基づけば、日豪関係は実質的に同盟関係に極めて近い段階にあると評価できよう。

もっとも、現在のところオーストラリアは「同盟国」ではなく、「同志国」として位置付けられている。「同志国等との協力・連携」による抑止力の強化は、日本の抜本的な防衛力強化や日米同盟の深化と並び、「我が国の防衛の基本方針」における三本柱の一つとされている。

政府が「同志国」と分類する国は複数あるが、オーストラリアとは他国に先駆けて、部隊間協力円滑化協定(RAA)や物品役務相互提供協定(ACSA)といった相互運用性の向上を目的とする協定を締結してきた。さらに、運用面での協力も他の同志国と比して際立って進展している。各種実働演習に加え、1982年以来、日米間のみで実施されてきた日米共同方面隊指揮所演習(ヤマサクラ)に、2023年からオーストラリアが正式に参加するようになった。また、2024年9月に開催された日豪外務・防衛閣僚協議では、相互の司令部への連絡官派遣や、日米共同情報分析組織(BIAC)へのオーストラリア要員の受け入れが決定されるなど、「共同の抑止力(collective deterrence)」の構築に向けた協力も加速している。こうした制度面・運用面の双方における着実な進展を踏まえれば、日本政府がオーストラリアを最も重要な同志国と認識していることは、疑いのないところである。

我が国の防衛におけるオーストラリアの重要性は明らかであるが、日豪防衛協力の更なる深化には壁が存在する。シドニー大学米国研究センターのマイケル・グリーン(Michael Green)所長は、日豪両国はとりわけ防衛・安全保障政策の分野において、日米や米豪ほど十分な相互理解を築けていないと指摘する。

日豪の戦略コミュニティにおける相互理解の不足は、二つの点から問題である。第一に、日豪防衛協力の深化のために必要な議論の停滞を招いてしまっている。その結果、緊密な安全保障関係を築いているにもかかわらず、有事の際に両国がどのような形で連携・協力すべきかといった戦略的なビジョンが、少なくとも政府外ではほとんど議論されていない。また、日豪双方の比較優位を活かした協力のあり方についての検討が進んでいないのが実情である。仮に取り上げられたとしても、日豪同盟論のようにオーストラリアに過大な期待を寄せるもの、あるいは逆に過小評価するものに偏ってしまっている。

日豪は現在、運用における協力の在り方を定める日豪RMC(役割・任務・能力)とも称されるSOF(範囲・目的・形態)の策定に向けた議論を進めているが、両国の戦略コミュニティからほとんど注目されていない。米国の同盟コミットメントの信頼性が揺らぐ中、同志国との連携がこれまで以上に重要性を増している現状において、こうした課題は2027年に予定されている国家防衛戦略の改定までに解消される必要がある。

第二に、装備移転のモメンタムの停滞を招きかねない。オーストラリア海軍の次期汎用フリゲート艦の選定プロセスが開始されたことを契機に、日本から同国への防衛装備移転に対する機運が高まっている。こうした中で、装備品移転のモメンタムを維持・加速していくためには、日本側からオーストラリア側の装備需要を的確に把握し、積極的に掘り起こしていく取組が不可欠である。この努力は政府や防衛産業に限らず、日本の戦略コミュニティ全体にとっても重要な課題であろう。

そこで本稿は、オーストラリア政府が2024年4月19日に発表した、同国初となる「国家防衛戦略(2024NDS: 2024 National Defence Strategy)」と「統合投資計画(2024IIP: Integrated Investment Program)」について概説し、その実現可能性を包括的に分析する。2024NDS/IIPをはじめとするオーストラリアの戦略文書に関しては、国内でもいくつか優れた分析が見られるが、本稿では、とりわけ戦略を裏付ける戦力整備の実態に焦点を当てて検討することを試みる。

 

本稿の構成

1.2024NDSの背景

オーストラリアは冷戦初期から1980年代まで脅威ベース・アプローチで戦力整備を進めてきたが、その後は特定の脅威を想定しない能力ベース・アプローチに転じた。2000年代後半には中国の台頭を意識し始めたものの、脅威ベース・アプローチに本格的に回帰したのは2024NDS/IIPの策定まで待たねばならなかった。同戦略の実現には限られた予算内での「選択と集中」が必要とされ、国防省内では対立も生じた。

2.戦略の方向性

2024NDSは、政府・国家全体で国防に取組む「国家防衛」とA2/ADを作戦構想とする「拒否戦略」を柱とし、対中抑止の強化を重視する戦略である。そのため、予算は海洋領域に重点的に配分されている。ただし、「10年以内の大規模戦争」のリスクを見積もりながらも、戦力整備は中長期的計画にとどまっており、脅威認識と戦力整備計画との間にずれが生じている。

3.拒否戦略を支える戦力整備

2024NDS/IIPでは、原子力潜水艦や水上戦闘艦への重点が予算からも明確に示されている。また、宇宙やサイバーといった新領域にも高い予算比率が割かれている。統合防空ミサイル防衛(IAMD)については、完璧を追求するあまり開発費が膨張し、納期も遅れるという国防省の構造的課題が表れている。

4.予算に関する課題

アルバニージー政権は、2033–34年度にGDP比2.4%で約1,000億豪ドルの国防予算を目指しているが、規模として不十分との批判がある。予算の増額はあり得るものの、大幅な増加は見込まれない。加えて、現在の経済成長率では、この目標自体が達成困難であろう。

5.戦略の実現可能性

戦略自体が覆る可能性は低いものの、実行段階の各事業が妨げられる恐れがあり、戦力整備の遅れにつながり得る。加えて、オーストラリアの国防産業基盤は小規模であり、人手不足も深刻である。国防軍でも人材確保が課題となっており、国防省は隊員数を補うために募集対象を外国人にも広げる方針である。

おわりに

日本政府および防衛産業にとっては、オーストラリアとの防衛協力や防衛装備品移転の取組を、同国の戦力整備計画に内在する多様な課題と現実的な時間軸を十分に踏まえた上で推進することが不可欠である。たとえば、運用面における協力の範囲・目的・形態(SOF)については、国防軍の強みを最大限に活用できるよう設計すると同時に、戦力態勢の進化に応じて柔軟に見直すことも視野に入れる必要がある。

防衛装備移転については、オーストラリア国防軍の接近阻止能力やIAMD能力の早期強化に資する分野に重点を置き、同国の弱点を補完する取組を推進すべきである。加えて、有事の際に日本と後方支援などで連携できるよう、オーストラリア側の国防産業基盤を強化する施策も必要となる。また、将来的には、オーストラリアの国防産業が自衛隊向けの装備品や弾薬を製造できるようになることが望ましい。そのためには、日本がオーストラリアの国防産業が強みを持つ装備品を積極的に導入することも一つの選択肢となるだろう。

日豪防衛協力の在り方について、さまざまな選択肢を模索しつつ、日本の防衛に最も資する形で深化させていく必要がある。そのためには、両国の政府関係者だけでなく、戦略コミュニティが互いの戦略に対する理解を深め、実態を分析することが必要不可欠となる。

(画像出典:U.S. Navy photo by Mass Communication Specialist 2nd Class Markus Castaneda/Released, CC BY-NC 2.0, https://flic.kr/p/2k4sHXi)

Rintaro Inoue Research Associate
Rintaro Inoue is a Research Associate at the Asia Pacific Initiative (API) & the Institute of Geoeconomics (IOG), the International House of Japan (IHJ), a Tokyo-based global think-tank, where he focuses on U.S. security policy, the U.S.-Australia alliance, Japanese defense policy, and economic statecraft including defense industrial base policy. Prior to assuming his current position, he joined the Asia Pacific Initiative (API) as an intern and contributed to multiple projects including the Japan-U.S. Military Statesmen Forum (MSF). He is currently researching defense industrial policies of other countries in the International Security Order Group. He received his BA and MA in law from Keio University and is now a PhD student.
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Rintaro Inoue is a Research Associate at the Asia Pacific Initiative (API) & the Institute of Geoeconomics (IOG), the International House of Japan (IHJ), a Tokyo-based global think-tank, where he focuses on U.S. security policy, the U.S.-Australia alliance, Japanese defense policy, and economic statecraft including defense industrial base policy. Prior to assuming his current position, he joined the Asia Pacific Initiative (API) as an intern and contributed to multiple projects including the Japan-U.S. Military Statesmen Forum (MSF). He is currently researching defense industrial policies of other countries in the International Security Order Group. He received his BA and MA in law from Keio University and is now a PhD student.

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