日豪協力の可能性

「日本に対する敵意は、去るべきだ。常に記憶を呼び覚ますより、未来を期待するほうがよい。」(Hostility to Japan must go. It is better to hope than always to remember.)
これは、第2次大戦後に日本との関係を再開するにあたって豪州のメンジー首相が述べた言葉だ。80年前、日本と豪州は敵であった。シンガポールやボルネオ島での日本軍による豪州捕虜への過酷な扱い、ダーウィン空襲による被害など、戦争は豪州の人々の心に深い傷跡と憎しみを残した。そうした中で、日本との関係を再開させた豪州のメンジー首相について、安倍首相は2014年7月に豪州議会でのスピーチで感謝を示し、さらに、豪州の人々に「皆さんが日本に対して差し伸べた寛容の精神と、友情に、心からなる、感謝の意を表します」と述べた。かつての敵は友となった。
現在、豪州から見て日本は、2番目に大きな輸出相手国であり、3番目に大きな輸入相手国だ。日本にとっても豪州は3番目に大きな輸入相手国であり、特に資源に関しては、石炭の3分の2、LNGの3分の1、鉄鉱石の60%が豪州からの輸入だ。レアアースに関しても、特定国への過度な依存が問題視される中で、豪州はその重要度を増している。貿易収支は日本の大幅な赤字であり、日本から豪州への輸出額の約4倍を日本は豪州から輸入している。これは資源を中心に、豪州が日本にとって必要なものを産出しているからであり、豪州に対する赤字は全く問題視されていない。(ちなみに、4月2日に発表された米国USTRの計算方式を使うと、日本が豪州に課すべき関税率は37%となる。しかし、そのような非常識な議論は日本では生じていない。)
現在、日豪は友であり、日豪関係は強固だ。この土台には「相違」と「共通」がある。日本と豪州は、資源賦存状況が全く異なる。豪州は国土が広く、人口は比較的少なく、天然資源に恵まれている。豪州から日本への輸出の上位3品目は、石炭(39%)、天然ガス(30%)、鉄鉱石(9%)だ。逆に日本から豪州への輸出の上位3品目は、乗用車(41%)、商用車(9%)、精製油(9%)だ。両国の産業構造は大きく異なっており、この「相違」が貿易のメリットを拡大し、両国の相互補完関係の基礎をなす。「相違」の故に両国間では競合が少なく、貿易を含む両国の交流は直接的なwin-win関係を形成し、相互補完的な環境の中で両国関係は強化されてきた。同時に忘れてならないのは、両国の「共通」点の重要性だ。我々は、「法の支配」を重視する「民主主義国家」で、選挙を通じて国民が政府を選び、表現の自由が守られ、独立した司法を持つ。日豪はこうした「共通」の「価値」を持つ。もう一つ「共通」なのは、我々が共に西太平洋に位置し、一方的な現状変更の動きを見せる中国に近接しており厳しい安全保障環境に直面していることだ。中国の軍事費は日本の6倍、豪州の10倍。また、中国の経済規模は日本の4倍、豪州の10倍だ。2020年に豪州がCovid-19の独立調査を求めた際に、中国は豪州からの大麦・ワイン・牛肉などの輸入に制限をかけるなど、いわゆる経済的威圧を使ったことは記憶に新しい。このような「地経学の時代」にあっては、経済規模に劣るが共通の価値を有する国の間で緊密に協調・連帯することは極めて重要だ。
さらに、日豪は、予測可能性が低減しつつある米国に対応するにあたっても、相互に緊密に協調する必要があろう。鉄鋼・アルミ関税、自動車関税、相互関税など、一方的に米国が繰り出す関税はWTOルールに反し、「ルールに基づく国際秩序」を傷つけるものだ。米国は、日豪双方にとって同盟国であり、安全保障の観点からも、また貿易投資といった経済の観点からも不可欠な大国であり、我々は米国との関係を断絶することはできない。しかし、それは米国に何ら反論せずに常に唯々諾々と従うべきということではない。米国自身のためにも、声を上げるべき時はあるのであり、その際に、バラバラではなく日豪が協調して米国に意見する方が有効な場合があろう。日豪の役割は重要である。
日豪の人的交流は深い。2023年の国別の在留邦人数を見ると1位は米国で41万人だが、豪州は3位の10万人だ。(2位中国の10万人とほぼ同数。)豪州が米中よりもはるかに人口が少ないことも考えれば、豪州の在留邦人数は極めて多数であり、これは両国の良好な関係の礎だ。在留邦人が多い理由としては、豪州への留学の人気が高いことに加えて、資源やインフラを中心に日本から豪州への投資が相当程度あることも要因だろう。日本から豪州への投資が継続し、ビジネス面で成功することは、良好な日豪関係のためにも重要だ。シドニー大学と国際文化会館地経学研究所が共同で5月に実施したワークショップでは、両国関係強化・ビジネス成功のために様々な意見が出たが、豪州において新たな政策を導入する際には事前に十分に企業と意見交換すべきという意見が多かった。企業・ビジネスはサプライズを嫌う。企業に追加負担が生じても公共の利益のために実施すべき政策はあり得るが、事前に企業の意見を聞いておけば防げた意図せざる企業負担の発生は、豪州向け投資を不必要に阻害する点で、豪州経済にとってもマイナスだ。官民で十分な意見交換や連携を行い、日豪間での投資・貿易がさらに拡大することは、両国のビジネスにメリットがあると共に両国関係をさらに強化するという政治・外交的な意義も大きいだろう。
中国による一方的な現状変更の動き、ロシアによるウクライナ侵略、北朝鮮やイランなど核拡散の動き(懸念)、イスラエル及び米国によるイランへの先制攻撃(preemptive strike)、米国によるWTOルールを無視した一方的な追加関税など、「ルールに基づく国際秩序」は現在大きく揺らいでいる。もちろん、主権国家が併存し、それを超える世界政府が存在しない今日の状況の中で、我々は、国内秩序と全く同じように国際社会においてもルール形成とルール執行が整然と行われるという幻想を頂くべきではない。ソ連「封じ込め」を構想したジョージ・F・ケナンは、「世界問題に対する法律家的アプローチは、明らかに戦争と暴力をなくそうとの熱望に根差しているのだが、国家的利益の擁護という古くからの動機よりも、かえって暴力を長引かせ、激化させ、政治的安定に破壊的効果をもたらすのは、奇妙なことだが、本当のことである」と警鐘を鳴らす。また、リアリズムの泰斗であるハンス・J・モーゲンソーは、「国家は、政治的信条への十字軍的精神と手を切ってはじめて、その国益を合理的に観察することができる。」と指摘したうえで「(前略)外交官が直面する選択の仕事は、合法か非合法かを選ぶことではなくて、政治的英知と政治的愚かさのどちらかを選ぶか、ということである。」と主張する。こうした先哲の箴言は、我々を理想主義の誇大妄想から救ってくれるが、しかしこれは「ルールに基づく国際秩序」が実態のない戯言で意義なきものということを意味するものではない。多くの国々にとって、仮に完全ではないとしても、一定のルールが尊重される国際社会の方が、「力が正義」という弱肉強食のジャングルよりも好ましい。大国にとっても、ジャングルで生活し続けるのは疲れるものだ。
ここで、ミドルパワーである日本と豪州の役割は極めて重要だ。大国ではない日豪両国は、大国以上に「ルール」を必要としている。同時に、小国でもない日豪は、小国以上に「ルールに基づく国際秩序」を守るためにその影響力を発揮できる。日豪はCPTPPの中心メンバーだ。CPTPPは新たに英国をメンバーに迎え入れたが、今後、EUをはじめ価値を共有する国・地域にメンバーを拡大していくにあたって日豪は重要な役割を果たし得る。また、米国の一方的な追加関税に関しても、「ルールに基づく国際秩序」を重視する観点で両国は(公式および非公式に)連携して米国に対応することも考えるべきであろう。中国等が経済的威圧を用いる場合にも、両国は、被害軽減のために相互に助け合い(保険機能)、またレバレッジを高めるべく共同して対抗措置をとれるよう(反撃機能)、枠組み整備を進めていくべきであろう。さらに、安全保障の観点からも、同盟国である米国との緊密な関係を維持しつつ、ハブ&スポークを超えた格子状の防衛システムの一環として日豪の防衛協力の強化は西太平洋の平和と安定のために重要である。
もちろん、これらを実際に進めて行く際に様々な困難やハードルが待ち受けている。しかし、かつて敵であった日豪は、怨念を超えて今、最良の友人となったのだ。協力すれば我々に超えられないハードルは無い。


Visiting Senior Research Fellow
Mr. Oya assumed current position from November 2024. Prior to that, he worked at the Japan Bank for International Cooperation (JBIC), where he was involved in financing infrastructure and resource projects and launching a carbon fund, and also served as head of JBIC New Delhi office and Director, head of the European Bank for Reconstruction and Development (EBRD) Tokyo office. Chief Analyst of Sojitz Research Institute from August 2024. Master of Laws, Boston University Master of Finance, George Washington University
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