ハンガリー流「異次元の少子化対策」、日本はもっとできる?

2024年の出生数は72万988人(速報値)と9年連続で過去最少を記録した。思い返せば2023年に岸田前首相が「異次元の少子化対策」をぶち上げたが、さしたる効果は見られず、日本の人口は減っていくばかりだ。そんな中、ユニークな家族政策を打つことで少子化に立ち向かっている国がある。「2人以上の子どもを持つ母親の『所得税生涯免除』」を発表したハンガリーだ。2010年から首相を務めるオルバーン氏は大胆な家族政策を打つことで出生率を引き上げたという実績がある(2010年=1.25→2021年=1.59)。ハンガリーを専門に研究を続ける石川雄介氏に話を聞いた。(聞き手:湯浅大輝 フリージャーナリスト)
驚くレベルの給付や税控除の数々
──ハンガリーのオルバーン首相が2人以上の子どもを持つ母親の所得税を生涯免除すると発表しました。ハンガリーは世界の中でもユニークな少子化対策を打っている国として知られていますが、同国の家族政策にはどのような特徴があるのですか。
石川:「少子化に対して国家として立ち向かっていく」という意思が非常に強い国だと言えるのではないでしょうか。
今回の母親に対する所得税免除に限らず、ハンガリーでは2010年にオルバーン政権が発足してから「婚姻数を上げる」「夫婦にできるだけたくさんの子どもを持ってもらう」ために、さまざまな施策を打っています。
例えば、子どもが生まれた時に受給できる「住宅購入補助」や夫婦が子どもを持つ前に政府から無利子で借りられる「出産ローン」、子どもの数によって毎月約5000〜6600円受けられる「家族手当」など、実に多様な優遇措置が用意されています。
ただ、これだけの施策を打っていても、最近は思うような成果を残せていません。2021年の出生率は1.59だったのに対して、2024年は1.38、婚姻数も2021年に7万2000件から2024年は4万件台に落ちています。
この行き詰まりは急激なインフレやコロナ禍という理由も大きいと思いますが、少子化に対して政治が及ぼせる影響力の限界も示唆されます。
それでもハンガリーの少子化対策は欧州の近隣諸国より出生率を一時的に回復させ、所得税生涯免除のような大胆な政策を打ち出したことで、ハンガリー国内外の保守派を中心に注目を集めています。「国が中長期的な視点に立って本気で少子化に立ち向かっていく」という姿勢を見せていることは、未曾有の少子化に悩む日本にとっても参考になると思います。
5年以内に産めなかったら全額返済
──「母親の所得税の生涯免除」が象徴的ですが、オルバーン首相は伝統的なジェンダー観に根差した家族政策を志向しているのでしょうか。
石川:はい。オルバーン首相は同性愛に対して非常に厳しい思想を持っていますし、政権が打ち出す家族政策も「結婚は(子どもを産み育てることを前提とした)男女の結びつきであり、子育ては母親(もしくは祖父母)が主導する」という伝統的なキリスト教の家族観に根ざしています。
こうした家族観を元に運営される家族政策は欧米の保守派からも注目を集めていて、イーロン・マスクやアメリカの保守政治団体、保守派のジャーナリストから好感を得ています。リベラル陣営との戦いを余儀なくされる欧米の保守派にとっては、ハンガリーは一種の「理想郷」として映っている面もあるのです。
一方で、ハンガリー国民が一枚岩かというと、そうとも言い切れません。地方では伝統的な価値観に沿って生きている人が多いのに対して、特に高いレベルの教育を受けた都市部のエリート層の若者はリベラルな価値観を持つ傾向にあります。
ハンガリーでも所得が高い人ほど子どもを持ちますが、彼ら/彼女たちの政治信条は往々にしてリベラルであり、(保守的な国から逃げるべく)EU圏内の諸外国に移住するという選択肢もあります。
──どのような政策が不興を買いかねないのでしょうか。
石川:例えば、オルバーン政権の「出産ローン」は、母親が35歳未満で、初婚の夫婦に約440万円を無利子で貸し付けるものの、「5年以内に子どもができなかったら直ちに全額返済」という風に厳しい条件が付いています。また、ローン残高の全額返済免除の対象は3人以上の子どもを持つ家族に限っていることにも、疑問を感じる人も多いのではないでしょうか。
さらに、オルバーンの家族政策においては税控除や現金給付こそ充実しているものの、設備投資は控えられていることも明記しておくべきでしょう。エアコンが故障し続けている公立病院などもあり、国民の非難を浴びています。
その点、昨年から急速に支持を伸ばしている保守系新興野党の「ティサ」は「税控除や現金給付の前に保育施設の拡充や病院の充実など福祉に力を入れるべきだ」と訴えかけ、多くの支持を取り付けています。オルバーン政権では汚職が多く、それが国民の信頼を毀損していることも付言しておきましょう。
少子化対策は「いろいろ試せ」
──日本では子どもをたくさんつくらない理由のひとつに「都市部の住居が狭く・金額も高い」という点を指摘する識者もいます。ハンガリーの住宅購入補助政策の効果はどれほどあるのでしょうか。
石川:2015年から実施されていた住宅購入補助政策(CSOK)は、子ども1人の夫婦が新築物件を購入する場合、最大25万円ほど、3人以上の場合は最大約415万円の補助が受けられました。
昨年からは、子どもの人数に応じて最大金利3%、最大約2000万円のローンを組める制度(CSOKプラス)に変更となり、融資額が引き上げられる一方で、母親の年齢制限が導入されるなど給付条件が厳しくなりましたが、住宅政策に政府が力を入れていることに変わりはないでしょう。
ハンガリーの少子化政策として注目すべきは、住宅購入補助政策をはじめとして、子どもを3人以上持つことで優遇措置がかなり拡大していく政策が多いということです。ただ、私が分析したところによると、ハンガリーでは「3人以上産んでもらう」という政策に対しては、思うような結果を残せていません。
「多子世帯」自体はそれほど増えていないのです。その理由は夫婦のライフステージの問題なのか、先にお伝えしたインフレの問題なのかは分かりませんが、いずれにしても「広い家を用意したから」子どもが増える、というわけでもないのでしょう。
一方で、ハンガリーの住宅補助政策が全くの無意味と断ずる訳にもいきません。実際日本の大都市の不動産購入価格は庶民では手の届かない水準になっています。空き家の有効利用や、普通の所得の人でも「家族が安心して暮らせる住居」に住めるような施策を打っていく必要はあるでしょう。
ハンガリーはユニークな少子化対策を用意する国として知られていますが、その全てが成功しているわけではありません。例えば最大103万円を補助する「マイカー購入支援」などは3年で中止しています。それでも、多種多様な政策を組み合わせることで、子どもを増やす努力をしていることも事実。
日本もすでに少子化は「有事」と化しており、悠長に構えている余裕はありません。多少の失敗は織り込み済みとして、思い切ってさまざまなアイデアを考え、実行すべきタイミングだと思います。


Research Fellow,
Digital Communications Officer
Yusuke Ishikawa is Research Fellow and Digital Communications Officer at Asia Pacific Initiative (API) and Institute of Geoeconomics (IOG). His research focuses on European comparative politics, democratic backsliding, and anti-corruption. He also serves as External Contributor for Transparency International’s Anti-Corruption Helpdesk, and as Part-time Lecturer in European Affairs at the Department of Economics and Business Management, Saitama Gakuen University. Prior to his current roles, he was Research Associate at IOG and API, contributing to its translation project of Critical Review of the Abe Administration into English and Chinese. Previously, he has worked as Research Assistant for API's CPTPP program and interned with its Fukushima Nuclear Accident and Abe Administration projects. His other experience includes serving as a full-time research intern at Transparency International Hungary and as a part-time consultant with Transparency International Defence & Security in the UK. His publications include NGOs, Advocacy, and Anti-Corruption (Routledge, 2025) and A Dangerous Confluence: The Intertwined Crises of Disinformation and Democracies (Institute of Geoeconomics, 2024). He has been featured in national and international media outlets including Japan Times, NHK, TV Asahi, Neue Zürcher Zeitung (NZZ), Handelsblatt, and Expresso. He received his BA in Political Science from Meiji University, MA in Corruption and Governance (with Distinction) from the University of Sussex, and another MA in Political Science from Central European University. During his BA and MAs, he also acquired teacher’s licenses in social studies in secondary education and a TESOL (Teaching English to Speakers of Other Language) certificate. [Concurrent Positions] Part-time Lecturer, Department of Economics and Business Management, Saitama Gakuen University External Contributor Consultant, Anti-Corruption Helpdesk, Transparency International Secretariat (TI-S)
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