同盟国に転嫁されるコスト:米国海事産業政策の現実

海を制する者は世界を制する」とされるように、造船・海運からなる海事産業と海軍を基盤とするシーパワーは、海洋国家の安全保障と繁栄に決定的な役割を果たすとされる。米国は19世紀末以降、強大なシーパワーを築いてきたが、冷戦後はその基盤が徐々に劣化し、とりわけ海事産業においては中国に大きく後れを取るようになった。こうした中、海事分野における対中脆弱性を低減することを目的に、トランプ政権は海事産業基盤の再建を掲げ、2025年4月に大統領令を発出した。しかし、それから1年が経とうとしている現在、米国の海事産業政策がとる方向性は、徐々に当初の目的から乖離しつつある。
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安全保障のための海事産業

トランプ政権が海事産業政策を強力に推進している背景には、海事産業の再建が安全保障上不可欠であるという超党派の合意が存在する。

米国が本格的に海事産業政策に取り組み始めたのは第一次大戦期であり、商船被害と欧州への輸送所要の増大を受け、造船・海運の強化が政府主導で進められた。その後、1980年代までは安全保障上の要請から保護主義的政策によって産業基盤が維持されたが、以降はコスト重視の流れの中で造船や商船隊は縮小した。この政策転換が許容された背景には、外国建造船や他国船籍であっても、所有・運航主体が米国であれば一定の統制が可能であり、安全保障上のリスクは限定的であるとの認識があったためである。

2020年代初頭以降、海事産業における中国由来のリスクが政策コミュニティで広く共有され、有事において米国が海運を十分にコントロールできなくなるのではないかとの懸念が高まった。例えば海運分野では、中国国有企業である中国遠洋海運集団の船員に中国共産党への忠誠が求められる点や、中国が関与しない便宜置籍船でも戦時の米軍支援に使いにくく、中国の威圧に脆弱である点が問題視されている。造船分野については、米国や同盟国が中国の軍民両用造船所に依存すれば、その利益が中国海軍の能力向上や、台湾侵攻時に戦力となり得る民間船舶の開発・建造に転用されることが指摘された。

こうした議論を背景に、バイデン前政権の米国通商代表部は2024年4月、中国の海事産業に対する通商法301条に基づく調査を開始し、あわせて韓国をはじめとする同盟国との協力も進めた。連邦議会でも超党派でSHIPS法案(米国の繁栄と安全のための造船および港湾インフラ法)が提出され、成立には至らなかったものの、海事産業基盤強化への機運の高まりを示した。

一方、当時大統領候補であったトランプ氏とその陣営も早期から海事産業再興に関心を示していた。トランプ氏が大統領に返り咲いた時のために保守系シンクタンクであるヘリテージ財団が主導し、2023年に発表された政策提言集『プロジェクト2025』では、海事産業の重要性が言及され、その後、政策提言が具体化された。政権発足後、トランプ政権は2025年4月に海事産業基盤再建の大統領令を発出し、関税を通じて日韓からの大規模投資を誘致した。さらに2026年2月には、SHIPS法案やこれまでの政策提言を反映した海事行動計画(MAP)を発表し、人材育成、米国商船隊の需要創出、財政支援、研究開発、規制緩和などを包括的に打ち出した。

他国へのコスト転嫁戦略

トランプ政権の海事産業政策の特徴として、2つの方法を通じて他国にコスト負担を求める構造となっていることが挙げられる。第一に、日本や韓国といった同盟国に対し、関税措置を交渉カードとして用い、米国内の造船基盤への投資を促す手法が採られている。2025年11月の関税合意では、日本については造船分野への投資額は明示されなかったものの、総額5,500億ドルの投資枠の中に造船が含まれた。他方、韓国については米国の造船基盤に対して1,500億ドル(約22兆円)規模の投資が確約された。

第二に、他国の海運から継続的に資金を確保する仕組みが構築されている点である。米国内で商船を建造・運用する場合、コスト面で他国に劣るため、政策的に需要を創出する必要がある。この文脈でMAPは、外国建造船の米国港湾入港に対する料金導入を打ち出し、その収入を造船能力の拡充や商船隊の増強に充てる海事安全保障信託基金に投じるとしている。また、外国船利用のコストを引き上げて米国船の需要を促す目的もあると考えられる。具体的な料金設定は未定であるが、例えば1キログラム当たり25セントの課徴金であれば10年間で約1.5兆ドル規模の収入が見込まれると同文書内で試算されている。さらに、対米輸出国に一定割合の米国建造船の利用を求める措置である米国海運優先要件(USMPR)も盛り込まれている。

他方で、トランプ政権は当初中国に向けられていた問題意識に比して、中国へのコスト転嫁を十分に実現できていない。本政策は、もともと中国を対象とした通商法301条調査を出発点としており、トランプ政権も当初は中国船社や中国建造船に対する課徴金導入案を提示していた。しかし、2025年10月導入予定であったこれらの措置は、中国との協議を理由に先送りしており、5月中旬に予定している米中首脳会談が穏便に終わればさらに後ろ倒しになる可能性が高い。

矛盾したアプローチ

こうした状況は、トランプ政権の海事産業政策によるコストを同盟国に偏らせる構造を生み出しており、その結果として中国由来の海事リスクに必ずしも十分対応できるものとはなっていない。言い換えれば、米国の造船基盤強化が、中国ではなく日本や韓国の造船基盤の弱体化の上に成り立つ可能性があるということである。

関税による日韓からの大規模な対米投資誘導は、両国の海事産業への資源配分を弱める可能性がある。加えて、米国の政策は日本の海事産業シェアを侵食する方向に作用することが懸念される。トランプ政権の想定する商船隊規模は不明だが、中国のレバレッジ(影響力)を排除するには少なくとも約1300隻規模の商船隊が必要だとヘリテージ財団は試算しており、これを米国内建造ですべて賄うには造船能力を十数倍に拡張する必要がある。足元では需要は高いものの、造船は需要変動の影響を受けやすいことから、将来的に供給過剰となるリスクは否定できない。こうした長期的な市場環境の下で、外国建造船への入港料や米国海運優先要件が中国と同様に日本にも適用されれば、価格競争力で劣る日本の造船業は不利な立場に置かれ得る。さらに、米国海運優先要件は、北米航路を担う海運会社や船主に対して、コストパフォーマンスに劣る米国建造船の使用を事実上強いるものであり、追加的な負担となる。

これは当初の目的である安全保障の観点から見れば本末転倒である。台湾有事などのシナリオにおいて、中国に海運を握られることを回避しつつ米国が戦略目的を達成するために、米国だけでなく、日本などの海事産業も重要な役割を果たすことが想定される。それにもかかわらず、同盟国の造船基盤や商船隊を損なう政策を採用すれば、同盟全体の海事能力を弱体化させ、結果として安全保障上のリスクをかえって高めかねない。

日本がとるべき対米造船投資方針

日本政府は、米国の海事産業政策を中国リスクの低減という目的に沿った形へと誘導していく必要がある。例えば、同盟国で建造された船舶に対する課徴金等については、中国建造船と比較して大幅に低い水準とするよう働きかけるべきである。その際には、米国のみならず日本自身も強靭な海事産業を維持することが、日米双方の安全保障にとって不可欠であることを強調し、同盟全体の海事能力という観点から議論を構築することが求められる。

米国への投資では、安全保障上重要で、かつ韓国と競合しない分野を選定するべきである。韓国がLNG(液化天然ガス)運搬船、車両甲板を持つRORO船、タンカー、コンテナ船などの建造を進める中、日本が同じ分野に参入するのは得策ではない。むしろ、海底ケーブル敷設・修理船や海底資源掘削船といった、韓国が手がけていない特殊船が有望であろう。これらの分野は、高市政権の成長戦略会議で打ち出されている他の分野とも相乗効果が見込める。また、日米海軍種において重要性が高まりつつある無人艦艇の開発促進を視野に、無人船の研究開発や建造、さらにはルール整備を主導することも有力な選択肢である。

トランプ政権が、中国リスクの低減という当初の目的から逸れた形で海事産業基盤の強化を図っている以上、日本としては自国への負の影響を最小限に抑えつつ、米国の政策を自国の安全保障や国益に資する形で活用するという発想が求められる。

(出典: YONHAP NEWS/アフロ)

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Rintaro Inoue Research Fellow
Rintaro Inoue is a Research Fellow at the Asia Pacific Initiative (API) & the Institute of Geoeconomics (IOG), the International House of Japan (IHJ), a Tokyo-based global think-tank, where he focuses on U.S. security policy, the U.S.-Australia alliance, Japanese defense policy, and economic statecraft including defense industrial base policy. Prior to assuming his current position, he joined the Asia Pacific Initiative (API) as an intern and contributed to multiple projects including the Japan-U.S. Military Statesmen Forum (MSF). He is currently researching defense industrial policies of other countries in the International Security Order Group. He received his BA and MA in law from Keio University and is now a PhD student.
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Rintaro Inoue is a Research Fellow at the Asia Pacific Initiative (API) & the Institute of Geoeconomics (IOG), the International House of Japan (IHJ), a Tokyo-based global think-tank, where he focuses on U.S. security policy, the U.S.-Australia alliance, Japanese defense policy, and economic statecraft including defense industrial base policy. Prior to assuming his current position, he joined the Asia Pacific Initiative (API) as an intern and contributed to multiple projects including the Japan-U.S. Military Statesmen Forum (MSF). He is currently researching defense industrial policies of other countries in the International Security Order Group. He received his BA and MA in law from Keio University and is now a PhD student.

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