世界が中国の「経済的恫喝」に屈しない為の知恵
増加する中国の経済的恫喝
中国が、その経済力を使い地政学的な目標を追求する動きは強まっている。劉暁波(Liu Xiao Bo)氏へのノーベル平和賞授与に対するノルウェーからの鮭の購入停止、尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件に対する日本へのレアアースの輸出制限、スカボロー礁領有権主張に対するフィリピンからのバナナ輸入の制限、THAAD(終末高高度迎撃ミサイルシステム)配備に対する韓国への観光の制限、そして新型コロナウイルスの発生源の独立調査の提案に対する豪州からの牛肉・大麦の輸入制限と観光の制限など、中国による「経済的恫喝」(economic coercion)の事例は枚挙にいとまがない。
世界第1位の人口と第2位の経済規模を有し、かつ共産党が国民や企業活動を管理する中国は、「経済的恫喝」を使いやすい環境にある。地政学的目的を達成するために経済的手段を活用することを「地経学」と呼ぶが、「経済的恫喝」は「地経学」の一形態である。
「経済的恫喝」は、①行使国に対する対象国の経済依存度が高く、②行使国に比較し対象国の経済規模が小さいほど、効果を発揮する。各国の輸出額に占める中国向けの比率を見ると、フィリピン13%、日本20%、韓国は25%以上、豪州は30%以上となっている。
こうした中国の「経済的恫喝」に屈しないためには、どうしたらいいか。3つのことを考える必要がある。
1つ目は、WTOを含めた国際ルールの強化である。WTOルール(GATT第21条)は自由貿易の原則に対する安全保障の例外を規定し、アメリカ等は、安全保障を理由とした例外措置は援用する当該国の判断が最終的でWTOの紛争解決手続きの管轄に服さないと主張してきた。
幸い、2019年春にロシアとウクライナが争った事案において、パネル(紛争処理委員会)は安全保障の例外も無制限ではなくパネルの管轄に服すとの判断を示したが、安全保障の例外を含めて、貿易に関連した「経済的恫喝」を効果的に縛るためにはWTOルールのさらなる強化が望ましい。また、現行のWTOルールでは(公的補助金の定義が狭く)補助金を用いた中国の略奪的貿易慣行を効果的に防げていないといった問題もある。
ただ、160カ国以上が加盟するWTOルールの改正は容易ではない。また、紛争解決機能についても、日本に対するレアアースの輸出制限では、日本はWTOのパネルと上級委員会で勝利したが、2010年の事案発生に対して勝訴確定は2014年8月と時間がかかった。
加えて、現在WTOの上級委員会は任期を迎えた委員の後任が選任されず、昨年の12月より最低必要人数の3人を切り、機能を停止している。こうした状況下、国際ルールの整備・強化は極めて重要であるが、それだけでは不十分であろう。
中国への依存度低下と有志国の連携
2つ目は、中国に対する経済的依存度を低下させることである。COVID-19を契機にサプライチェーンの中国依存への警戒が高まった。サプライチェーンの問題は、効率性(efficiency)と強靭性(resilience)のトレードオフに関して、民間企業が自ら考える最適点を超えて、政治としてどれだけ政策誘導や規制を行うかが焦点となる。
強靭性を高めるためには、一定の在庫の確保、危機時にも輸出制限を行わないという関係国間での約束などさまざまな方策がありうるが、製造大国である中国への依存が極めて高い現状につき、品目の重要性を考慮しながら、投資先分散や国内回帰で依存度低減を進めることは有効な政策となる。しかし、中国への政策的な依存度低減は効率性の低下を通じて投資国(貿易相手国)にもコストが生ずる。
したがって、依存度の低減には限界があり、これのみに依拠することはできない。また、販売先としての中国市場への過度の依存を是正することも「経済的恫喝」への耐性を高めるために重要だが、これも、中国という巨大市場から得られる経済メリットを限定するというコストを伴う方策であり「全面デカップル」は非現実的であることから、本措置のみでは不十分である。
3つ目は、有志国が助け合うことで「経済的恫喝」の悪影響を緩和するとともに中国に対しても「経済的恫喝」の安易な使用を牽制する方策である。中国は個々の国を選び「経済的恫喝」を行うため、アメリカ以外の国にとり、自国よりも巨大な中国に経済的圧力をかけられる構図となる。価値観を共有する有志国が連携することで、この経済規模の大小を逆転できる。では、この有志国の連携は具体的にどのように達成できるか。
「経済的恫喝」に対応するために有志国が連携する方法としてはさまざまなやり方がありうるが、強固で機能的な連携を達成する手段として「自由連合基金(Freedom Alliance Fund)」の設立を提案したい。
「自由連合基金」は、価値観を共有する有志国が参加し設立。各国が中国との経済的関係の深さに応じてプレミアムを支払い、「経済的恫喝」事象が発生した場合には基金から推定被害額を上限に、被害国への資金供与が行われるという仕組み。
価値観を共有する国々が希望に基づき参加するオープンな基金とするが、例えば、「自由で開かれたインド太平洋構想」を支持、あるいはそれと連携するようなアジア・欧州を含めた多数の国々の参加が想定されよう。
プレミアムを中国との経済関与の度合いに応じて決めるのは、モラルハザードを避けるためである。中国の「経済的恫喝」は、貿易、投資、観光など、中国との経済的関与を逆手にとって行われる。
「自由連合基金」は「経済的恫喝」の悪影響を和らげるためのものだが、本措置により結果的に中国リスクが軽減し、中国との経済的関与が深化するのは不適切であり、こうしたモラルハザードを避けるためにプレミアムは中国との経済関与の度合いに基づくべきであろう。
なお、各国は必要なプレミアムを、中国との経済関与の度合いに応じて自国企業等から徴収することで、企業のモラルハザードの防止と国家財政への中立性(負担ゼロ)を達成できる。
2段階で考える「経済的恫喝」への対応
「自由連合基金」は、中国の「経済的恫喝」への対応を2段階で考える。1段階目は、被害を受けた対象国からの申請に基づきメンバー国が協議を行い、「経済的恫喝」を認定し公表する段階。被害を受ける対象国は、有志国との連携がなければ非対称な経済力の中で厳しく孤独な状況に置かれる。
1段階目で行われるメンバー国による被害認定とその公表は、連帯(solidarity)の表明であり、被害国に正統性と勇気を与え、同時に中国に対してレピュテーション効果を通じて当該措置の継続を牽制する。
2段階目は、中国の「経済的恫喝」が一定期間継続した場合に被害額を算定し、それを上限に「自由連合基金」から被害国に資金供与を行う段階。実際に被害が生じるのは、酪農家や大麦農家や観光業者などだが、国内被害に関する情報と行政能力は当該国政府に比較優位があることから、「自由連合基金」は政府に資金を供与する形をとる。
先述のとおり、「経済的恫喝」の認定は被害国の申請に基づくが、自由連合基金の事務局は中国の「経済的恫喝」の状況を継続的にモニタリングし、それを全メンバー国および必要に応じて世界に公表し、各国への注意喚起と中国への牽制の機能を果たすことも期待できる。また、必要に応じ、自由連合基金が中国との間で対話・交渉を行うことも考えられる。
なお、1段階目と2段階目の双方の機能を持つ「自由連合基金」の形が最も効果を発揮すると考えるが、実際の資金供給を行う2段階目の仕組みの設立には時間を要す可能性がある。その場合には、まず、1段階目の中国の「経済的恫喝」を参加国で認定・公表するという仕組みを「自由連合イニチアチブ」として先行して立ち上げることも考慮すべきであろう。現在の国際状況に鑑みれば迅速な対応の必要性は高い。
より広く中国に対する地経学的手段の行使を考えた場合に、いくつかの局面が想定できる。
① 香港の一国二制度の不遵守に対して関係当局者の資産凍結を行うといった措置で、これを地経学の積極的行使(proactive exercise)と呼ぶことができよう。
② 中国が対象国に地経学的手段を使用した場合に、これに反撃して中国に対して地経学的手段を行使する場合。これは地経学の対抗的行使(counter exercise)と呼ぶことができる。
③ やはり中国が対象国に対して地経学的手段を使用した場合に、有志国が協力して中国を非難し被害軽減のために協力を行うという場合。これは地経学の緩和的行使(mitigating exercise)と呼ぶことができよう。
緩和的行使は対抗的行使との併用も可能
「自由連合基金」はこの3つ目の地経学の緩和的行使に該当する。緩和的行使は、状況に応じて対抗的行使と併せて行使することも可能である。
「自由連合基金」は、中国への反撃というより有志国間での痛みの共有である。しかし、これを通じて強い連帯と明確なメッセーが発せられれば、中国の「経済的恫喝」に一定の抑止効果も持つ。中国の「経済的恫喝」がますます活発になる中、有志国の連携強化は喫緊の課題であり、「自由連合基金」はそれを達成するめの有効な手段となりうる。
地経学的手段は、目的達成の方法としては血を流す戦争よりも望ましいものだが、そのハードルの低さのゆえに過剰な使用のリスクをはらむ。「自由連合基金」は過剰な地経学的手段の行使への対策であり、間接的に有志国自身にも自らの地経学的手段行使の適切性を省みる契機を与える。「経済的恫喝」のないルールに基づく自由で公正な国際秩序は、有志国と中国の双方にとってより望ましい世界であろう。

地経学ブリーフィング
コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。
おことわり:地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。


Visiting Senior Research Fellow
Mr. Oya assumed current position from November 2024. Prior to that, he worked at the Japan Bank for International Cooperation (JBIC), where he was involved in financing infrastructure and resource projects and launching a carbon fund, and also served as head of JBIC New Delhi office and Director, head of the European Bank for Reconstruction and Development (EBRD) Tokyo office. Chief Analyst of Sojitz Research Institute from August 2024. Master of Laws, Boston University Master of Finance, George Washington University
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