NATO+IP4から見る欧州・大西洋とインド太平洋の不可分性
他方で、両地域の不可分性を強調する動きに対し、米国の戦略コミュニティの一部からは批判が出ている。欧州とインド太平洋は異なる地域として見るべきであり、それぞれの同盟網は各々の地域の安全保障問題に集中するべきだとしている。本稿では、こうした議論を背景に、なぜ欧州とインド太平洋をまたいだ協力が必要かを安全保障の観点から論じることとする。
欧州・大西洋とインド太平洋の不可分性
西側の同盟網は、欧州・大西洋のNATOと、インド太平洋のいわゆるハブ・アンド・スポークス同盟の二つの異なる同盟枠組みによって成り立っていると理解されてきた。こうした理解は一面では正しいものの、全体像をとらえきれていない。どちらの同盟網も米軍の来援を前提としているため、片方の地域で戦争が勃発し、米軍がその地域に兵力を集中すれば、戦争が勃発していない地域では抑止力が低下してしまう構造的脆弱性を抱えている。つまり、両地域は、お互いの平和と安定に依存し合っており、片方の地域で発生した安全保障上の課題はもう一方に伝播しやすい関係にあると言える。
同盟網の起源は、米英軍が冷戦初期に考案した西側防衛戦略に求めることができる。米軍は第二次大戦が終結した翌年から、西欧・中東・極東をソ連の侵略から守る戦争計画を立案していた。しかし、戦後直後の動員解除によって戦力不足に陥っていたため、欧州と太平洋の同盟国・友好国にさまざまな役割を担ってもらう必要があった。米英軍は1950年に、どの同盟国にどういった役割を担当させるかについてグローバルな視点を持って調整を進めた。こうした過程を通じて出来上がった西側防衛戦略を成り立たせるためには、西欧と太平洋の同盟国がそれぞれ求められた役割を果たすことが肝要であった。つまり、この頃から、例え同盟網が別個のものであったとしても、西側防衛戦略上、欧州・大西洋とインド太平洋の防衛は深く結びついているものとして理解されていた。
両地域の不可分性については、西側防衛戦略を作り上げた米英のみならず、同盟国側も認識していた。例えば、IP4のメンバーであるオーストラリアは、自らの安全保障や自国軍の派兵先が欧州情勢に大きく影響されることを深く憂慮していたため、米国から防衛コミットメントを引き出したANZUS条約策定時には、NATOに対する発言権を求めていた。また、西欧の国々は、朝鮮戦争やベトナム戦争などが勃発すると、米軍が太平洋に傾斜しすぎており、欧州における抑止力が低下しているのではないかという不安に駆られるようになった。こうした同盟国の言動は、両地域の不可分性に基づくものである。
ウクライナ戦争によって強化された不可分性の認識
ウクライナ戦争勃発後、米国がウクライナ支援に集中すれば、インド太平洋の国々が見捨てられる恐怖を感じるのではないかと一部で懸念されていたが、IP4を含め、そうした問題は表出しなかった。むしろ、インド太平洋の国々はウクライナ支援を好意的にとらえ、自らも様々な方法でウクライナを支えようとしている。インド太平洋の戦略環境が戦後最も不利な状況にあるとも言われている中、なぜIP4はウクライナ支援を支持し続けているのか。
一つ目の理由は、インド太平洋の国々から見て米国の対応が合理的に映ったからであろう。米国がウクライナ支援を限定的なものにとどめたため、インド太平洋から兵や装備を引くということがなかった。そのため、ウクライナ支援は自らの安全保障とのトレードオフの関係にはないと認識した。また、ウクライナ戦争が勃発しても米国が対中姿勢をほとんど変化させなかったことに安心感を覚えたのだろう。
二つ目は、インド太平洋と欧州の不可分性に対する認識が強化されたからである。例えば日本の防衛白書は、「欧州とはロシアが位置するユーラシア大陸を挟んで対極に位置するわが国としては、欧州と東アジアを含むインド太平洋の安全保障は不可分である」との考えを示している。また、オーストラリアやニュージーランドは、欧州における出来事は、ルールに基づく国際秩序全体に影響をもたらし、それがひいては自らの安全保障に影響することを懸念していた。
IP4のインド太平洋と欧州の不可分性に対する認識は強化される一方であり、プーチン大統領の北朝鮮訪問後に見られた韓国の動きは象徴的であった。韓国は、今年6月にロシアと北朝鮮が締結した「包括的戦略パートナーシップ条約」をきっかけに、問題意識を高め、露朝軍事協力を「朝鮮半島と欧州の平和と安全保障に対する決定的な脅威である」と呼び、ウクライナ支援の強化を検討するようになった。
不可分性の認識は、インド太平洋側だけでなく、欧州側でも高まっている。中国がデュアルユース製品などをロシアに輸出し続けていることや、北朝鮮がロシアにミサイルや砲弾等を直接提供していることから、ウクライナ戦争とインド太平洋を切り離せない関係にあるとの認識を欧州諸国は強めている。このように、両地域の不可分性に対する認識の深化がNATO+IP4の開催に繋がったのであろう。
地域間協力の課題
欧州・大西洋とインド太平洋の安全保障協力には課題が残る。例えば、NATO+IP4の枠組みは、欧州の安全保障を主たる関心対象とするNATOで議論されているため、必然的に議題が欧州中心になってしまう。しかし、両地域の不可分性を考えれば、議題を広げていかなければならない。
NATO+IP4は三回目となる今回の会合から、地理的制約を受けない安全保障上の問題についても触れるようになり、協議対象が少しずつ広がりを見せるようになった。旗艦事業として発表された4事業のうち、サイバー防衛と偽情報を含む敵対的情報への対策、テクノロジーの三つはウクライナとは直接関係しない分野である。さらに、日本はこれに合わせて、今年度中にNATO諸国や同志国を招き、戦略的コミュニケーションをテーマとした会議を開く方針を明らかにした。
こうした議題の拡大は好ましいものの、十分とは言えない。現在のNATO+IP4では、インド太平洋の情勢を含む国際安全保障環境について取り上げているものの、あくまでも認識の共有にとどまっており、インド太平洋の安全保障を強化する具体策については触れられていない。インド太平洋に焦点を当てた議論を深めていくためには、欧州が中心となるNATO+IP4ではなく、IP4が主体となるIP4+NATOの会議体を新たに創設した方が望ましいのかもしれない。
また、NATO+IP4は、西側同盟の最大の問題である通常戦力の不足について、議題にすら上げることができていない。米軍は冷戦期であれば、二正面作戦に対応できるだけの戦力を維持していたため、片方の地域で戦争が勃発しても、もう一方の地域における抑止力が大きく低下することはなかった。しかし、現在ではそうした戦力を保有していないため、もう一方の地域における抑止力低下はこれまで以上に顕著となる可能性がある。そのため、NATOの欧州加盟国とIP4にとって通常戦力の不足は、極めて重大な課題となっている。
更なる協力に向けて
二つの地域の安全保障が不可分であるならば、連携を通じてそれぞれの地域における安全保障環境の改善に努める必要がある。NATO欧州加盟国とIP4は、まずは、相対的に低下しつつある米国の軍事力を補完するよう、通常戦力の増強に取組まねばならない。その方法の一つとして、地域をまたいだ防衛産業協力をさらに進めていくことが有効策として考えられる。例えば、両地域で重要とされている装備品である防空ミサイル等の製造で協力を模索することも一案だろう。こうした議論を進めるためにも、NATO+IP4は、ウクライナ支援にとどまらず、インド太平洋や通常戦力の課題についても切り込んでいくべきではないか。
(Photo Credit: AP / Aflo)
地経学ブリーフィング
コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。
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Research Assistant
Rintaro Inoue is a Research Assistant at the Asia Pacific Initiative (API) & the Institute of Geoeconomics (IOG), the International House of Japan (IHJ), a Tokyo-based global think-tank, where he focuses on U.S. security policy, the U.S.-Australia alliance, Japanese defense policy, and economic statecraft including defense industrial base policy. Prior to assuming his current position, he joined the Asia Pacific Initiative (API) as an intern and contributed to multiple projects including the Japan-U.S. Military Statesmen Forum (MSF). He is currently researching defense industrial policies of other countries in the International Security Order Group. He received his BA and MA in law from Keio University and is now a PhD student.
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