香港・「中国式化」する政治と経済 -習近平型「一国二制度」の夢と現実-

2020年の「香港国家安全維持法(国安法)」制定以来、香港の自治・自由・民主は大きく後退し、国際社会は香港が「一国一制度」になったと非難した。しかし、習近平国家主席は「一国二制度」は「良い制度」と述べ、これを長期にわたり維持すると述べている。


「中国式」統治の下で変質した香港において、習近平はどのような「一国二制度」を維持したいのか。香港の習近平型「一国二制度」の夢と現実を見ることは、彼が近年進めようとしている「中国式現代化」の実現可能性を測る手がかりとなる。




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「中国化」と「中国式化」

香港と中国大陸の関係の特徴とは何か。香港と同様に中国の強大なパワーに直面する台湾との比較で考えてみる。

政治の面において、香港はすでに中国の主権下の一地方である。香港の政治体制の枠組みを定める権限は、各種法規の規定と運用により、北京の中央政府が完全に確保している。中央政府は一方的に、自ら設計した政治制度を香港に強制することができる。他方、台湾は別個の政府によって統治されているので、いかに中国が圧力を高めようが、それだけで台湾が有する民主的な政治体制が失われる可能性はない。圧倒的に統一を望まない台湾の民意に反して中国が台湾を「平和統一」することは、現実にはあり得ない「中国夢」に過ぎない。

他方、経済面では、中国にとって香港は自国経済の一部であるのに対し、台湾は事実上外国経済と変わらない性質を持つ。中国は台湾に窮乏化を強いて政治的圧力とするような敵対的政策を採りうる一方、香港経済を壊すのは中国にとって自傷行為となる。中国政府は農産物の禁輸などを通じてしばしば台湾経済に打撃を与えるが、こうした政策が香港に対して採られる可能性はまずない。

台湾が経験するのは、中国によるアメとムチの影響を受けた、主に経済や社会のいわゆる「中国化」である。これに対し、香港が経験するのは政治権力の直接運用による統治システムの書き換えであり、筆者はこれを「中国式化」、即ち香港が従来持ってきたイギリス型のシステムの、社会主義中国のシステムへの変更と論じてきた。

「中国式」の政治経済への変貌

実際習近平政権は、近年香港の政治体制をがらりと変えた。2019年の巨大抗議活動を受けて、北京は2020年に国安法を制定し、抗議活動の参加者や民主派の主要人物を次々と逮捕した。また、選挙制度を改変し、香港の議会や政界から民主派を一掃した。

この改革を政権は「愛国者治港(愛国者による香港統治)」と称する。言うまでもなく、この改変は民主主義の潰滅や、自由の急速な縮減、人権の抑圧などを意味するが、中央政府は西側の批判を内政干渉との論理で一切受け入れない。

従来民主派議員が政府批判を繰り広げ、重要法案の廃案も繰り返された香港の議会・立法会は、全員が親政府派議員で構成される翼賛議会へと姿を変えた。「愛国者治港」の導入以来、香港では政策を立てるに際に、それが国家戦略に符合していると強調しないといけなくなってきている。

一方習近平は、香港経済を発展させ、「中国式現代化」の手段として活用したいとも考える。しかし、これは政治の改造のような権力の直接運用で実現できるものではない。

現在の香港経済は、国際金融と不動産業が中心である。米ドルとの事実上の固定相場制をとる香港ドルの地位に支えられた香港の国際金融センターとしての役割は、中国企業の海外進出と、海外企業の対中投資の双方において、今も欠かせない重要性を持つ。習近平も香港の国際金融センターを維持すると繰り返し明言している。

しかし、習近平政権が掲げる「中国式現代化」は、電気自動車や太陽光パネルなどに代表される先端技術を核とした、中国独自の製造業のイノベーションによる発展を重視する。残念ながら、製造業は香港の強みではない。イギリス統治期以来、香港では市場に対する政府の干渉を避ける自由主義・市場主義の経済政策が採用され、多くの国際評価で世界一自由な経済と評されてきた。それは商業や金融業にとって理想的であったが、特定の産業の育成を支援する戦略を欠くため、高度な製造業が育たなかった。香港は世界ランク上位の大学を多く抱え、ノーベル賞級の研究者も多数在籍するにも関わらず、そのイノベーション産業は、深圳やシンガポールはおろか、蘇州・杭州にも大きく後れを取っているとも指摘される。

中央政府はそんな香港経済の改造に自ら乗り出した。11月8日、中央香港マカオ弁公室(港澳弁)の夏宝龍主任が深圳を訪問し、「財界座談会」を開催した。この会議には香港の主要な不動産開発業者の経営者クラスや、行政長官以下多数の高官などが集められた。夏宝龍は、香港の財界が実際の行動を通じて「愛国」を実践せよと、企業にイノベーションとテクノロジーへの多額の投資を勧めた。

国家戦略産業への投資の程度が「愛国心」の尺度として中央政府に審査されるとすれば、香港財界にとって大きな圧力となるだろう。民間企業が自由に市場で活動してきた香港経済は、今後変質してゆくかもしれない。

政治の意図と経済・国際関係の現実

この国家計画主導の経済への改造は、香港のさらなる繁栄につながるのか。

近年の香港経済は冴えない。国安法とゼロコロナ政策によって外資は香港への疑念を強め、エリート香港人も多くが欧米諸国などへ移民した。期待されたコロナ明けの大きな回復も見られない。特に、不動産価格の低迷が、経済と政府財政の重荷になっている。その背景には大陸の不動産不況の影響が強く及んでいる。「爆買い」客が減った町では小売りが深刻な不振に陥り、企業の撤退によりオフィスも空室が目立っている。

住宅価格の下落自体は、香港社会にとって必ずしもマイナスとは言えない。周知の通り、最近まで香港では不動産の暴騰が社会問題化していたからである。しかし、不動産開発が香港の基幹産業であることもまた事実であり、地価が下がれば今度は経済にダメージが広がる。地価低迷を受け、不動産開発業者が土地購入を手控えているため、政府による開発用地の競売は入札不調が続出し、政府財政も大きく悪化している。

「財界座談会」の後、李家超行政長官は早速香港財界に対し、深圳との協力でハイテク化を目指す「北部都会区構想」への投資を、「愛国」の具体的貢献として勧めた。大規模なインフラ建設や開発区の設置により、深圳や広州などの珠江デルタの都市およびマカオとの経済融合を図る「グレーター・ベイエリア構想」は、国策であると同時に香港政府の肝いりのプロジェクトである。香港南部に位置する金融都市に加え、従来は郊外農村地域であった北部が北隣の深圳と接続すれば、香港は南の金融と北のハイテクという二つの中心を持つ都市に成長できると政府は主張する。開発には莫大な資金が要る。政治力で財界を動員し、政府財政の投入をできるだけ減らしたいというのが政府の意図であろう。しかし、不況下で赤字も懸念される冒険的な大プロジェクトに、実際に財界が大量の土地を政府から購入し、開発するという「貢献」を、どの程度実践できるか疑問の声も強い。

そもそもベイエリア構想が香港の利益になるのか、疑問視する声もある。香港の小売りの不振の一因とされるのは、より物価の安い深圳に消費活動が吸い取られていることである。こうした現象は、市街地がより近接するマカオと北隣の珠海の間でさらに顕著であり、マカオ行政長官は「一日三食すべて珠海ではなく、少なくとも一食はマカオで食べよう」と市民に呼びかけたほどである。香港とベイエリアの間では橋や高速鉄道などの建設が進んでいるが、インフラ整備はストロー効果とも裏腹である。また、経済融合は大陸の政治的影響力の増大も伴う。マカオには12月20日、初めて中国大陸出身の行政長官が就任する。それも香港にとっての前例となるのであろうか。

そして、香港経済は不安定な国際関係にも左右される。かつて、香港は「地獄に落ちる」とも表現したトランプ大統領が再来したとき、香港に対して何をするか分からないが、人民元の国際化の進展が遅く、世界の米ドル基軸通貨体制が揺るがない現状では、中国政府も、香港の金融機関も、米国の圧力を当面は耐え忍ぶしかない。米中対立の中、香港は中国企業がニューヨークに代わって上場する市場として活況を呈するのではないかとも一時は予想されたが、株価の低迷により香港には新規上場も集まっていない。

習近平が長年掲げている「中国夢」の体現を目指した香港の「中国式化」がこれから直面するのは、経済と国際関係の現実である。

(Photo Credit: 新華社/アフロ)

 

執筆者

倉田 徹(立教大学法学部教授)

1975年横浜市生まれ、東京都豊島区で育つ。東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程修了。2003~06年に在香港日本国総領事館専門調査員。金沢大学国際学類准教授などを経て、現職。専門は香港現代政治。著書に『香港政治危機』(東京大学出版会、大平正芳記念賞)。『中国返還後の香港』(名古屋大学出版会、サントリー学芸賞)など。

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