保守派の国際的「知の拠点」を目指すハンガリー

オルバーン政権は近年、保守系国際会議の開催や他国シンクタンクとの協力、米国大統領選挙におけるトランプ陣営との関係構築を通じて積極的な保守外交を展開してきた。大国と比較して限定的な自国の軍事力や経済力を補完し、思想的な支持基盤を国外に拡大しようとする試みだ。特に米国保守派との連携強化は、ハンガリーの統治スタイルに対する米国政府からの批判を、トランプ再選によって回避するという成果を生みつつある。
(本稿は、新潮社フォーサイトからの転載です。)



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「オルバーン首相は偉大な指導者であり、素晴らしい指導者だ」[1]――11月5日の米大統領選で再選が決まったドナルド・トランプ次期大統領が、2024年3月にハンガリーのオルバーン・ヴィクトル首相と会談した際に述べたこの発言は、その後の選挙戦でも繰り返し言及され、トランプ氏にとってオルバーン首相が大きな存在感を持つことが示された[2]

2020年の選挙戦ではほとんど取り上げられなかったオルバーン首相が、なぜ2024年にここまで頻繁に言及される存在となったのか。その背景には、オルバーン政権が国際的な保守派との関係強化に積極的に取り組んできた経緯がある。

11月の米国大統領選挙に際して、欧米の大手メディアでは、オルバーン政権とトランプ陣営、さらには米国保守派との関係に関する分析や報道が相次いだ。これらの報道や発言を整理すると、オルバーン政権は伝統的な家族の価値観を訴えるキリスト教主義や、グローバリゼーションや地域統合に対抗し自国の主権と利益を優先する主権主義といった保守的理念を掲げ、国際的な影響力を拡大しようとしていることがうかがえる。本稿では、国際会議の主催やシンクタンクとの連携、そして選挙戦略を通じて、ハンガリーがどのように保守外交を展開してきたかを整理する。

ハンガリー主催の保守系国際会議

ハンガリー保守派が米国へのアプローチを本格化させたのは比較的最近のことである。以前は在米のハンガリー系団体やロビイストを通じて支援を得ていたが、2019年5月にオルバーン首相とトランプ大統領が首脳会談を行ってから、オルバーン政権およびハンガリー保守派は米国の保守派層へのアプローチを積極的に進めるようになった[3]

2019年の首脳会談において、当時のトランプ大統領はオルバーン政権の移民政策やキリスト教の価値観を称賛し、「移民問題に関して正しいことをした」、「キリスト教コミュニティーに対して素晴らしい対応をしてきた」などと述べた[4]。これをうけて、ハンガリー政府は同年9月に「Budapest Forum for Christian Communicators」と称する、キリスト教の価値観やジャーナリズムの在り方について議論する国際フォーラムを主催した。

ブダペスト欧州大西洋統合民主主義センターのシニアフェローであるイノタイ・エディットは、この会議を「(オルバーン首相が掲げる)「非自由主義」を新たなキリスト教民主主義運動として再定義し」(括弧内は筆者補足、以下同様)、オルバーン首相率いるハンガリーを「キリスト教の価値観の擁護者として描こうとするオルバーン政権の試み」であると分析する[5]。この会議に参加していた保守系雑誌『アメリカン・コンサーバティブ(American Conservative)』編集長ロッド・ドレーアー[6]によれば、オルバーン首相は会議の場で「ブダペストを(キリスト教保守派の)知の拠点と考えてほしい」と訴えたという[7]

2020年以降、パンデミックによる一時的な中断を経たものの、ハンガリーは米国の保守派へのアプローチをさらに強めていった。2022年には、ハンガリー政府系シンクタンク「基本的人権センター(Center for Fundamental Rights) 」の主催により、米国の保守派による大規模集会「保守政治活動会議(CPAC)」がハンガリーの首都ブダペストで開催された。

CPACは米国外でも開催されることがあり、例えば日本では2017年以来毎年実施されているが、欧州での開催はハンガリーが初めてかつ唯一の国である。ハンガリーでのCPACは2022年以降毎年開催されており、これまでにヤネス・ヤンシャ元スロベニア首相、アンドレイ・バビシュ元チェコ首相など欧州の保守派リーダーに加え、トランプ政権下で首席補佐官を務めたマーク・メドウズ、元FOXニュースのタッカー・カールソンら米国の共和党要人やジャーナリストも集結した。

2024年のハンガリーでのCPACにおいては、トランプ前大統領(当時)からのビデオメッセージも公開された。トランプは「米国大統領として、オルバーン首相とともに両国の価値観と国益を推進できたことを誇りに思う。不法移民の取り締まりを強化し、国境を守り、雇用を創出し、また伝統的価値観およびユダヤ・キリスト教的価値観の擁護に取り組んだ」と述べるとともに、「私が第47代アメリカ合衆国大統領の就任宣誓式を終えた後には、再びオルバーン首相と緊密に協力していく」と表明した[8]。米誌『ナショナル・インタレスト』のジェイコブ・ハイルブルン編集長は、2024年のハンガリーでのCPACを「聴衆の中には、オルバーンとトランプを『世界の救世主』として描いたTシャツを着ている者もいた」、「米国の右派ポピュリスト・ナショナリストと欧州右派の(中略)驚くべき絡み合いを目撃」したと振り返った[9]

ハンガリーのCPACでの演説において、オルバーン首相は自国の保守戦略や思想を繰り返し宣伝している。2022年の演説では、メディア戦略やネットワーク構築の重要性などを含むハンガリー流の「保守プレーブック」を披露し[10]、2024年の演説では、リベラル派のメディアによって保守派は「攻撃」をうけているとして、リベラルなエリートが共産主義者と同じ手順で国家機関を抑圧の道具に変えていると主張した[11]。このフォーラムは、ハンガリーが欧米の保守派とのネットワーク拡大を通じてオルバーン政権の主張を広げるための一つの重要な場となっているといえよう。

保守系シンクタンクとトランプ陣営にも入り込む

オルバーン政権は、ハンガリーの政府系シンクタンクと米国の保守系シンクタンクとの積極的なネットワーキングも推進している。ハンガリーの保守思想外交の動向を追う識者たちは、基本的人権センターと同じく2013年に設立されたハンガリーの政府系シンクタンク「ドナウ研究所(Danube Institute)」と、米国の保守系シンクタンク「ヘリテージ財団」との連携に注目している。ドナウ研究所は、2022年にヘリテージ財団のケビン・ロバーツ会長をブダペストに迎え、地政学に関する年次国際会議を共催するとともに、ハンガリーの政策に関する研究促進を目的とした客員研究員受け入れを行う協力協定を締結した。

こうした協力に関してオルバーン首相は、「(ハンガリーはヘリテージ財団において)名誉ある地位を占めている」と述べるなど、両シンクタンクの密接な関係性やハンガリーの保守的価値観が米国の保守層で高く評価されていることを強調している[12]。実際、ヘリテージ財団のロバーツ会長は、オルバーン首相のリーダーシップを「保守政治のモデル」と賞賛し[13]、2024年3月にオルバーン首相がトランプ前大統領との会談を実施するに先立ち、ヘリテージ財団はオルバーン首相を招待し、ロバーツ会長とのパネルディスカッションを実施した[14]。米CBSテレビや英ガーディアン紙のレポーターであるフローラ・ガランヴルジは、ドナウ研究所は「外国の保守派知識人との協力を通じて、オルバーンのハンガリーの文化的に保守的なビジョンを推進する上で重要な役割を果たしてきた」と評した[15]

保守系シンクタンクへの働きかけは、ヘリテージ財団以外にも広がりを見せている。その一例として、第二次トランプ政権下で複数の幹部の入閣が予定されている「アメリカ・ファースト政策研究所(AFPI)」へのアプローチが挙げられる。前述のハンガリー基本的人権センターは、グローバリストに対抗する保守的な人材ネットワークの構築を目指し、「ウォークバスターズ・イニシアティブ(Wokebusters initiative[16])」という新たな取り組みを推進している。この活動の一環として、2024年9月にはAFPI国土安全保障・移民センター所長のロバート・ローがハンガリーへ招待され、滞在中には初回会合に参加するとともに、保守系メディア「ハンガリアン・コンサーバティブ(Hungarian Conservative)」からのインタビューにも応じた[17]。ロバート所長は、3月にも同センターによってハンガリーへ招待されており、その際にはハンガリーとセルビアの国境視察を行い、政府関係者と面会したほか、国境警備に関するイベントで講演を行っていた[18]

さらには、オルバーン政権による影響力強化の試みは、国際会議の主催やシンクタンクとの連携にとどまらず、トランプ陣営の中枢への積極的なアプローチにも及んでいる。オルバーン首相は「トランプ大統領チームの政策立案システムに入り込んだ」[19]と自負しており、米CBSテレビや仏ル・モンド紙によれば、オルバーン・バラージュ政治担当首相補佐官がこの接触において中心的な役割を果たしているとワシントンでも認識されているという。

2023年4月には、オルバーン・バラージュ補佐官が、のちにトランプ陣営の副大統領候補となるJ・D・バンス上院議員との面会を実現し、ヴァンス副大統領候補を「ハンガリーの良き友人」[20]と称賛したことにより、両者の緊密な関係が浮き彫りになった。その後2024年5月には、ヴァンス上院議員も「(オルバーンの政策は)アメリカも見習うべき賢明なものだ」と評価した[21]。欧米の多くの国がヴァンス次期副大統領との接触を模索している段階にある中で、ハンガリー政府とトランプ次期政権との密接な関係は特筆に値する。

今後の展望

これまでの議論を総括すると、ハンガリーのオルバーン政権は、米国の保守勢力への接近を積極的に試み、保守系のジャーナリストや政治家とのネットワークを着実に構築してきた。保守系国際会議の開催やシンクタンクとの協力、さらには米国のトランプ陣営との関係構築に至るまで、オルバーン政権の保守思想を用いた外交は、オルバーン首相がハンガリーの軍事力や経済力が大国と比較して限定的であることを補完し[22]、思想的な支持基盤を国外に拡大しようとする試みであるといえよう。

オルバーン首相は、今回の米国大統領選において、FOXニュースが米国メディアの中で最初にトランプ候補の当確[23]を出してからわずか40分後に、X(旧Twitter)において祝福の意を示すとともに「世界が待ち望んでいた勝利」であると主張した[24]。インドのナレンドラ・モディ首相やイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相、「スペインのトランプ」とも呼ばれる極右政党ボックス(VOX)のサンティアゴ・アバスカル党首などよりも早かった。トランプ候補の当選がオルバーン首相にとって待ち望んでいた結果であったことは間違いないであろう。オルバーン政権がこれまで築き上げてきた保守系ネットワークが、今後の第二次トランプ政権との外交関係でどのような成果を上げるかは注目される点であり、短期的には大統領就任後にトランプ大統領とオルバーン首相との首脳会談がいつ実現するかが焦点となる[25]

ハンガリーのジャーナリストであるデジェー・アンドラーシュは、米国大統領選挙の結果が明らかになった直後、独立系メディア「Telex」において、米国がこれまでハンガリーを批判してきた対ロ政策や反移民・反LGBTの姿勢、権威主義的な統治スタイルに対して批判を受けなくなるだけでも、オルバーン政権にとって政治的成功といえると指摘した[26]。この観点からすれば、たとえ外交面で顕著な成果を得られなくとも、米国からの政治的批判を回避できる可能性が高まったこと自体が、オルバーン政権にとって望ましい結果であったといえよう。トランプ再選を契機に、トランプ次期政権や国際的な保守層との関係をさらに深め、政治的利益の拡大を図ることが予想される。

脚注

(Photo Credit: AP/アフロ)

おことわり:報告書に記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことを御留意ください。記事の無断転載・複製はお断りいたします。

Yusuke Ishikawa Research Fellow/Digital Communications Officer
Yusuke Ishikawa is a Research Fellow and Digital Communications Officer at Asia Pacific Initiative (API) and Institute of Geoeconomics (IOG). Since 2024, he also works remotely as an external contributor for the Anti-Corruption Helpdesk at Transparency International Secretariat (TI-S) in Berlin. His research focuses on European comparative politics, democratic backsliding, and anti-corruption. He has published multiple commentaries and videos on European politics, such as elections in V4 countries, Hungarian politics and foreign policy, and corruption in Ukraine, for internal and external outlets. At API, as a digital communications officer, he is also responsible for the planning and management of the website and SNS (especially YouTube and LinkedIn). In addition to his research and PR-related roles, he previously worked as an intern for the Fukushima Nuclear Accident project and Abe administration project (Oct 2020 – Jan 2021), as a research assistant for CPTPP program (Jan 2021 – Jun 2022), and as a research associate for IOG’s Europe & Americas group and a translation project of the book “Critical Review of the Abe Administration” (Bungei Shunju, 2022) into English and Chinese (Jul 2022 – Jul 2024). Prior to joining API, he worked as a full-time research intern at Transparency International Hungary on a project to measure and interview concerned parties on the transparency of major banks in Hungary. This research was funded by Central European University (ISP Remote Internship Fund). He has also worked as a part-time consultant at Transparency International Defense & Security in the UK for Defense Companies Anti-Corruption Index. He received his BA in Political Science from Meiji University, MA in Corruption and Governance (with Distinction) from the University of Sussex, and another MA in Political Science from Central European University. During his BA and MAs, he also acquired teacher’s licenses in social studies in secondary education and a TESOL (Teaching English to Speakers of Other Language) certificate.
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Yusuke Ishikawa is a Research Fellow and Digital Communications Officer at Asia Pacific Initiative (API) and Institute of Geoeconomics (IOG). Since 2024, he also works remotely as an external contributor for the Anti-Corruption Helpdesk at Transparency International Secretariat (TI-S) in Berlin. His research focuses on European comparative politics, democratic backsliding, and anti-corruption. He has published multiple commentaries and videos on European politics, such as elections in V4 countries, Hungarian politics and foreign policy, and corruption in Ukraine, for internal and external outlets. At API, as a digital communications officer, he is also responsible for the planning and management of the website and SNS (especially YouTube and LinkedIn). In addition to his research and PR-related roles, he previously worked as an intern for the Fukushima Nuclear Accident project and Abe administration project (Oct 2020 – Jan 2021), as a research assistant for CPTPP program (Jan 2021 – Jun 2022), and as a research associate for IOG’s Europe & Americas group and a translation project of the book “Critical Review of the Abe Administration” (Bungei Shunju, 2022) into English and Chinese (Jul 2022 – Jul 2024). Prior to joining API, he worked as a full-time research intern at Transparency International Hungary on a project to measure and interview concerned parties on the transparency of major banks in Hungary. This research was funded by Central European University (ISP Remote Internship Fund). He has also worked as a part-time consultant at Transparency International Defense & Security in the UK for Defense Companies Anti-Corruption Index. He received his BA in Political Science from Meiji University, MA in Corruption and Governance (with Distinction) from the University of Sussex, and another MA in Political Science from Central European University. During his BA and MAs, he also acquired teacher’s licenses in social studies in secondary education and a TESOL (Teaching English to Speakers of Other Language) certificate.

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