2024経済安全保障100社アンケート 暫定速報:トランプ2.0に身構える日本企業、中国市場における二極化と、経済安全保障対応の見直し
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2024年調査の概況
本年度で4回目となった2024年アンケート調査では、前年2023年調査と同様の企業に新規企業も加えて105社に依頼し、2025年2月10日の時点で70社から回答をいただいた。実施期間は2024年11月上旬~2025年2月初旬、アンケート結果に関する数値はすべて、回答企業70社が母数。製造業が61.40%、非製造業が38.50%、業種ごとの内訳は別表のとおり。全設問の集計結果および回答企業一覧は後日公開を予定している。
トランプ2.0対応身構える日本企業
2025年1月20日、米国トランプ大統領の就任式が執り行われた。トランプ政権第2期目(トランプ2.0)では、組閣人事と並行してトランプ大統領のSNS発信が相次ぎ、「一方的な関税引き上げ」が就任早々にカナダとメキシコに対して予告され(実施は1か月延期)、中国に対する10%の追加関税が施行第1号となった。地経学研究所では1月より「#2025年 トランプ政権は世界をどう変えるか」と題し、トランプ政権が次々に打ち出す政策および措置について逐次タイムリーな分析を提供している。
今年度の調査は、米国大統領選の投開票(2024年11月5日)の直後に「質問票」を発出し、新政権誕生に対する日本企業の受け止めを把握することにつとめた。米国市場での事業環境の変化に加え、米国をはじめ西側諸国に対し報復措置に出る中国と現地事業環境への懸念が、今年度の回答に鮮明に出た。これに伴い、経済安全保障推進法(2022年5月可決)以降に進んできた日本企業の経済安全保障対応が、見直しと強化に向かっていることがわかった。
「経済安全保障の具体的な取り組み内容」について、高位回答は、本年度と先回調査(2023年)において同じ項目が同じ順位で並んだが、「専門部署の設置」が38.3%から50%に顕著に増加した。別の設問「(経済安全保障への取り組みの)一番の課題」において回答率が急伸したのは「社内体制の構築」であり、前年28.9%から40%に伸びた。トランプ2.0に伴い、組織としての対応、体制づくりが再考され、新たな強化フェーズに入ったことがわかる。
不透明性が増す一方で、企業による米国市場への期待にはどのような影響が出たのか。
米国第一を声高に掲げるトランプ大統領は、貿易黒字国に対して関税を課すと警告し、米国への投資を求める。「米国の売上比率を変える中長期目標」について、「増やす目標がある」と回答した企業は46.5%から46.9%に微増、「現状維持」が14.1%から15.6%に微増となり、引き続き2社に1社が米国事業の強化を目指していることがわかった。
他方、実際に米国市場における売り上げが伸びるか否かは見通せない。「(経済安全保障対応によって)影響を受けることが予想される事項」への回答傾向に大きな変動はなかったものの、唯一「売上(への影響)」が前年26.9%から47.1%へ顕著に増加し、3位に上昇した。こうした見通しの背景として、米国における政治環境の不透明性が増していることが指摘できよう。
米国事業を展開する上での「留意する事項」について、「新大統領の打ち出す新たな政策」を回答した企業が、過去のどの選択肢よりも圧倒的に高い回答率となった。今回調査から新設した選択肢「米国経済の動向」が上位5位以内に入り、例年は高率回答だった「米国の中長期的な対中政策の見通しづらさ」(2023年調査の1位回答、61.3%)が微減、「米国の中国企業排除の激化」(同2位)が56%から微増となった。
こうした懸念を反映し、今回新設した回答「ワシントンDCオフィスの開設や強化など、経済インテリジェンスの強化」を、4社に1社が選んだ。「地政学リスク」(2023年:42.7%)の回答が増加しており、後述する中国市場における懸念が一層深まる一方で、「米国こそが地政学リスク」との認識も広がりつつある。この点については後述する。
不透明感を増す米中関係
企業における経済安全保障への取り組みとして「一番の課題」と回答されたのは、例年1位回答である「国際情勢に関する情報収集」(2023年:67.5%)が減少した結果、「米中関係の不透明性」(2023年の2位回答、65.1%)が僅差で1位に上昇した。
米中板挟みとなり、「米国事業か中国事業かを選ばなければならない(場合の)意思決定の判断軸」について、前年に比して「リスクの大きさ」(2023年:31.2%)が増加し、企業の判断軸としてリスク要因が上昇したことがわかる。
中国市場におけるリスクについては次項でも詳しく見ていくが、米国の中国政策に由来する米中対立の「影響が出ている」あるいは「今後想定される影響」について、4年連続で1位回答となったのは、「米国の規制強化(関税含む)によるコストや売上の変動等」(2023年:57.8%)であり、回答率が上昇して1位を維持した。新たに「米国による半導体規制(2022年10月以降、日本による規制も含む)によるコストや売上の変動等」が25%から微増し、2位グループに仲間入りした。半導体関連政策への注目と先行きへの不安が徐々に増しているといえよう。
中国対応の二極化とASEANへの競争の拡散
米国トランプ政権の政策に対する懸念が増す一方で、中国市場における日本企業の対応とリスクに対する見方にも変化が見られた。
中国市場における「売上比率を変える中長期目標」について、「現状維持」(2023年:24.6%)が微減となった一方で、「減らす目標がある」(同1.4%)が増加し、「増やす目標がある」(同21.7%)も微増だった。中国市場における日本企業の対応は、コミットメントを減らす「引く企業」と、これを増やす「攻める企業」の間で二極化していることがわかった。
「中国事業を展開する上で留意する事項」として、1位回答「地政学リスク」(2023年:90.7%)は増加し、過去最高値を更新した。また今年度より新たに加えた選択肢が高い回答率となり、2位に「中国経済の動向」が入り、不動産業などを中心に景気減速が伝えられる現地経済を日本企業が懸念材料として注視していることがわかる。他方でディープシーク(DeepSeek)の「成功」や自動車輸出などの例もあり、中国経済全体が減速しているわけではない点にも注意が必要である。中国市場における「売上比率を変える中長期目標」を「減らす目標がある」と回答した企業は主に精密機械および原材料関連であった一方で、近い業種の他企業は「増やす目標がある」と回答しており、まだら模様の分布となっている。
中国事業における「留意事項」3位には、深圳での事件を受け、「反スパイ法、邦人拘束、現地駐在員および家族の安全等」が回答率、順位ともに上昇した。5位の「人材、技術情報の流出」(2023年:73.3%)も4位から一つ後退したが、回答率が増加した。
前年に2位回答だった「中国政府の方針変更による事業存続リスク」(2023年:77.3%)は微増ながら6位に後退し、同じく3位「台湾有事を想定した対応」(2023年:76%)が4位に後退しながらも回答率は増加した。中国政府が中国への投資を歓迎するメッセージを発している一方で、有事に対する懸念が日本企業の間で高まっている。
中国におけるリスクは減っておらず、むしろ増加している。「中国の競合企業の成長」(同66.7%)、「サプライチェーンの混乱」(同62.7%)、「サイバー攻撃」(同54.7%)、「技術移転の強要」(同45.3%)など、これまでも2社に1社以上の企業が回答してきた中国市場におけるリスクの回答率がそれぞれ増加している点にも注意を払う必要がある。
中国市場のおける競争は、どのように変容しているのか。
2023年に初めて1位に上昇した「研究技術開発(R&D)の強化」(47.9%)は、回答率が一層増加し、単独1位を維持した。2022年調査以来、一貫して回答率が増加している項目である。そして回答率が倍増し2位に急浮上したのが、「サイバーセキュリティ対策」(2023年:28.8%)だ。
今回の調査で新たに加えた回答選択肢のうち、最多回答率は「現地他社との競争激化、過剰生産能力の把握」25.9%、次いで同率で「アジア、ASEAN市場など中国企業の進出先での競争」および「現地景気動向の把握」22.4%が並び、中国現地における競争と景気後退、東南アジア諸国での中国企業との競争など、競争環境の激化を4社に1社が回答した。
中国市場における機会とリスクが二極化し、中国市場における競争がアジア諸国へ広がりはじめている中で、日本企業と政府はどのように対応し、どこへ向かうのか。
「米国こそが地政学リスク」なのか
サプライチェーンの脱中国依存、「デリスキング」の傾向は、ぶれない大きな潮流と新たな変化が同居したまだら模様となった。「サプライヤーの変更や多元化、販売先の変更や多元化、生産拠点移管、投資計画の変更を行う先として重視している国や地域(複数選択可)」として、1位回答は2023年に引き続き「日本」(76.6%)へのリショアリング、2位「米国」(57.8%)、3位「インド」(43.8%)となり、変動はなかった。
次いで4位に「タイ」(2023年34.4%)と「ベトナム」(同34.4%)がEU(同:37.5%)と逆転し上位に食い込み、前年7位だった「中国」(28.1%)は回答率を減らし、「インドネシア」(同23.4%)と同率7位に落ち着いた。2023年比で回答率が伸びた国は、「タイ」(同34.4%)、「マレーシア」(同20.3%)、「台湾」(同12.5%)、「シンガポール」(同7.8%)であり、アジア太平洋諸国が移転先として上昇していることがわかった。
米中対立の激化を受け、サプライチェーンの強靭化・多元化を進める日本企業は、政府による外交や内政に何を期待するのか。
日本の経済安全保障戦略を進めるために「関係を強化するべき地域・枠組」を選ぶ設問では、2022年以来「優先順位を1から3まで付けて」回答を得ていたが、今年からは、必要と思う全ての選択肢を回答できるようにした。例年、一部の選択肢に回答が集中したことから、これまであまり選択されなかった地域・枠組にも票が入るように回答方法を改めた。
前年には「日米同盟の維持・強化」が1位となり、2023年調査では日米回帰が話題となったが、今回2024年度は、2022年まで1位回答だった「アジア太平洋における日本のリーダーシップと信頼」が再び首位に復活し、日米同盟が突出した2023年から回答傾向が変化した。
特筆すべき対比として、QUAD(日米豪印)、EU、グローバルサウスへの期待の高さと、それに比してCPTPPへの期待の低さが顕著に出た。トランプ政権2期目を迎え、日本が期待する「米国のTPPへの復帰」が絶望視されている表れであろう。
前掲の設問7「(米中対立の)影響が出ている」具体例として、「米国の規制強化(関税含む)によるコストや売上の変動等」が前年57.8%から61.4%に増加した。対照的に「中国の規制強化(関税含む)」を回答した企業は34.4%から31.4%に減少した。米中についての日本企業の回答傾向が対照的に動き、米国に対する日本企業の懸念が増している。米国の政策に由来する中国事業の課題と併せ、「米国こそが地政学リスク」との回答傾向が強まっているといえる。
今年度調査では、米国においてトランプ政権2期目が発足したこと、これに伴う一層の米中対立、そして米国市場における事業環境、日米関係やASEAN諸国における機会とリスクが焦点となった。前年、2023年度調査において、日米回帰と台湾有事の想定、中国市場における競争の質の変化が特徴だったこととの対比が鮮明である。同時に、ウクライナ情勢、台湾(および南シナ海)有事の想定など、前年に提起した諸問題に加え、ガザ地区をめぐる中東諸国の対立など、アンケートにおいて質問しつつも当「暫定速報」で触れなかったイシューも、過ぎ去ってはいない。トランプ2.0対応は、自社にとっての米中での直撃弾に注意を払うと同時に、予見可能性の低下に抗し、様々なイシューの玉突き的な相互作用にも広く俯瞰して目を配る必要がある。
※地経学研究所では大企業を対象とした当「100社アンケート」と並行し、2024年4月より「中堅・中小企業経済安全保障に関する意識調査」に着手しており、人的・予算的な制約の大きい中小企業においてどこまで対応が進んでいるのか把握に努めた。近日中に「暫定速報」の公表を予定している。
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経済安全保障100社アンケート
地経学研究所(IOG)は、初回である2021年から数えて4回目となる経済安全保障100社アンケートを実施しました。ウクライナ情勢を受けて、対ロ制裁は企業のコスト増や事業の将来性など経済活動に様々な影響を及ぼすとともに、米中対立や台湾有事への危機意識も高まっています。そのような中で、日本企業は、情報管理の強化やサプライチェーン強靭化など、安全保障と経済活動のはざまで苦悩しつつ様々な取組を進めています。経済安全保障をめぐり、企業は何を課題とし、どのように対処しようとしているのか、アンケートの結果などを踏まえて考察を深めます。
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地経学ブリーフィング
コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。
おことわり:地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。
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Senior Research Fellow,
COO, LLC future mobiliTy research
SUZUKI Hitoshi (PhD) was Associate Professor at the Graduate School of International Studies and Regional Development, University of Niigata Prefecture, Japan. He received his Ph.D. in History and Civilization from the European University Institute in December 2007 and has focused on Japan’s relations with the EC/EU, as well as Japan’s auto and aero-space industry in Europe. He was visiting fellow at the Monash European and EU Centre, the London School of Economics and Political Science, and was Deputy Director of the Economic Partnership Agreement Division of the Ministry of Foreign Affairs Japan. As of December 2021, he serves as a Visiting Fellow & Staff Director, CPTPP Project, Asia Pacific Initiative. His publications include Thatcher and Nissan Revisited in the Wake of Brexit (Palgrave Macmillan), “The New Politics of Trade: EU-Japan” Journal of European Integration 39(7), “Post-Brexit Britain, the EU and Japan” Europe and the World 4(1), and Suzuki et.al. “Japan and the European Union,” Oxford Encyclopedia of European Union Politics
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