トランプ政策のイノベーションへの影響――米中技術覇権競争への示唆

トランプ氏の就任式への一部のビッグテックのCEOらの出席や、政府効率化省(DOGE)のトップへのイーロン・マスク氏の任命など、テック企業との近さが目立つ米新政権は、既に、AI開発における規制緩和や対内直接投資促進など、今後の米国のイノベーションに影響するであろう政策を打ち出している。技術分野は、今後の国際秩序を決定する最大の要因である米中対立の鍵だが、その基盤となるのがイノベーション創出力だ。開始間もない第二次トランプ政権の技術政策の全容を理解するには時期尚早だが、現時点での政策インプリケーションの整理は、今後、政策動向を注視する上で有用だろう。

本論考では、米国のイノベーションに影響を与えると想定される、AI開発規制、国内直接投資、反トラスト法におけるM&A審査基準、多様性に関する制度における変化を整理し、示唆を示したうえで、米国のイノベーションと技術覇権への影響を分析する。
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AI開発の規制緩和

トランプ氏は就任早々に、バイデン前大統領によるAIの安全性管理を義務付けた大統領令の撤回を指示した。AI分野で前政権が重視した規制よりも開発の優先へと方向転換した上、その直後に巨額投資を発表するなど、AIでの優位性確保を目指す姿勢を鮮明にした。また、180日以内に新たな規制枠組みの提案を命じている。

バイデン政権下のAI規制も、国際的に見れば企業活動に配慮したものであり、現政権での「規制緩和」は、一層の開発重視へのシフトと解釈できる。これは、企業が規制に縛られることなく開発を行うことができるようになる点で、米国のイノベーションを促進しうる。企業側もこの機会を利用して技術覇権を取るべく巨額投資を続けており、年間投資額はマイクロソフトで800億ドル、メタで650億ドル、スターゲートで1,000億ドルに及ぶ。AI開発において米中覇権争いが激化する中で、優位性確保のため官民の利害が一致したと解釈できる。

一方で、そもそもAI規制の議論が進展してきた背景である、AIがもたらす安全保障、人権、安全性等へのリスクを軽視した開発偏重は、これらのリスクを米国のみならず世界で顕在化させ、規制を重視してきた欧州と対立を生み、ガバナンスにおける国際連携を乱す可能性がある。また、DeepSeekショックやその後の米xAIのGrok3提供で示されたように、そもそも動きの速いAI開発において、今後は開発体制もイノベーションを左右しうる。オープンソース型とクローズドソース型の開発が別れる中で、技術力、それを支える資金力に加え、スタンダード設定力も重要な要素だ。従って、今回の規制緩和は、あくまでイノベーションの一側面にプラスに作用するにすぎない。

対内直接投資の促進

トランプ氏は就任前、自身が立ち上げた企業が運営するSNSであるTruth Social上で、10億ドル以上の対米投資に関する一連の承認を迅速化することを発表した。就任直後には、ソフトバンクグループが巨額投資を伴う「スターゲート計画」を発表した。米オープンAI、米オラクル、アラブ首長国連邦アブダビ首長国の投資会社MGXと共同出資する新会社スターゲートは、生成AIの利用拡大で需要の高まるデータセンターを全米に建設予定であり、ソフトバンクは190億ドル(約3兆円)を出資する予定だ。また、相次ぐ追加関税も、先端技術に留まらず、外国企業の米国への直接投資を一定程度促すだろう。一方で、対米外国投資委員会(CFIUS)に戦略分野への中国からの投資規制を命じる覚書に署名しており、前政権同様、対中強硬姿勢は継続している。

対内直接投資の増加は、先端技術開発が米国内で増加することを意味し、ネットワーク効果や技術移転、人的・経済的資本強化、競争激化等を通じて、イノベーション創出の機会を広げる。また、製造技術もイノベーションにおいて重要な要素であり、製造業での製造拠点が増えることもプラスだろう。一方で、関税や産業政策等、他の政策との組み合わせによって、自国中心主義、保護主義的であると同盟国やパートナー国が看做し、事業環境の安定性が損なわれれば、外国企業の対米投資は頭打ちとなる可能性が高いことには留意が必要だ。

反トラスト法におけるM&A審査基準

バイデン政権下では、ビッグテックへの更なる力の集中を阻止すべく、連邦取引委員会(FTC)が反トラスト法におけるM&A審査基準を厳格化し、ビッグテックへの同法への抵触を判断するための調査を行い、買収計画阻止を試みてきた。一方で、今日のスタートアップの出口戦略の主流は買収であり、ビッグテックは主要な買い手であるため、出口が絞られれば必然的に入り口も絞られる状況(VCからスタートアップへの資金流入の減少)が懸念されてきた。新政権は、FTC委員長に、消費者保護に寄り企業規制を強硬に進めてきたカーン氏に代わり、一連の企業規制に反対してきたファーガソン氏を起用した。M&A審査基準を緩和するとの見方があったが、直近の発表にて、安定性を重視したバイデン政権下の審査基準維持の方針を明らかにした。

M&A審査基準はスタートアップの出口戦略に直接的に影響し、そこからスタートアップへの資金流入をも左右する点で、米国のイノベーションに影響を与える。より具体的な方針は、ファーガソン氏のガイドライン運用が待たれるが、今回の発表から、前政権よりもバランスの取れたアプローチを取りつつ、市場競争を歪めるようなビッグテックによる買収は引き続き規制対象となることが推測される。

多様性に関する制度の変化

トランプ政権は、連邦政府のDEI(多様性、公平性、包摂性)プログラムの廃止を命じ、教育省は関連助成金を打ち切りとした。企業側も、トランプ政権始動前から、Google、Amazon、メタといったシリコンバレーを代表するビッグテックがDEI縮小に踏み切っている。

確かに、DEIプログラムの廃止は、能力主義の実現やコスト削減に繋がり、民主党政権下で行き過ぎたDEIへの取り組みの揺り戻しという側面もある。しかし、多様性への思想自体が衰退すれば、米国でのイノベーション創出を中長期的に妨げる可能性もあるだろう。米国のイノベーションの源泉は、移民を含むオープンな知的ネットワークにある。ある研究によると、移民は発明家のうち16%を占め、この16%の発明家が全体の23%程度の特許を創出、スピルオーバー効果という正の外部性を含めると総イノベーションの36%を創出しており、米国でのイノベーションにおいて移民は多大な貢献をしている。米国の強みである多様性が損なわれれば、テック企業の担い手でもある移民の活躍の場が縮小する可能性がある。

米国のイノベーションと技術覇権

AI開発の規制緩和、対内直接投資の促進、反トラスト法におけるM&A審査基準ガイドラインの維持は、いずれも米国内の競争を誘発し、イノベーションにプラスの影響をもたらしうる。

しかし、これらの政策が、真の意味でのイノベーションに繋がるのかは、議論の余地がある。まず、時間軸で考えると、短期的には、AI規制緩和は開発に資源を集中させ、DEIの縮小も企業のコスト削減に繋がるが、長期的には、AIの安全性が損なわれ、テック人材の多様性が確保されなくなれば、長期的なイノベーション創出のためには持続的な政策ではない。また、政策分野で考えても、関税賦課や国内直接投資や産業政策の行き過ぎ、対中投資規制や輸出規制がもたらす非効率を凌駕し、中国よりも速いペースで米国内でイノベーションサイクルを維持・強化することは容易ではないと考えられる。

さらに、米国が技術覇権を維持・強化するためには、攻めと守り、全ての面で同盟国・同志国との連携が必要だが、現政権の政策は技術協力や政策調整を難航させる可能性が高い。既に、2025年2月にパリで開催された「AIアクションサミット」において、J.D.ヴァンス米副大統領がこれまでのテーマであったAIの安全性ではなく、技術開発促進のための枠組みを議論すべきとの姿勢を鮮明にし、共同声明に参加しないなど、その溝は深まっている。また、個別分野の規制を超え、多様性を含む価値観の変化は同盟国間で深刻な分断を生む可能性がある。従来の人的環流が妨げられれば、国際的なイノベーション創出力も低下し得る。さらに、関税やその他の自国産業優遇策と相まって、米国の自国優先主義に立脚した政策が継続すれば、同盟国・同志国との関係において一層亀裂を生むこととなり、これは米国が持つ最大の強みの一つを失うことを意味する。対中強硬派で政権を固め、同盟国連携を掲げる第二次トランプ政権だが、一方的な行動を続ければ、同盟国の協力は得られない。

米国は破壊と創造で成長してきたのであり、今回もその延長と捉えることもできるかもしれない。しかし、狭い視野で破壊を繰り返し、同盟国・同志国を遠ざけてしまっては、結果的に米国のイノベーション創出力、延いては米国のパワーそのものを削ぐことになろう。総力戦で技術覇権争いに挑む中国を相手に、経済の非効率を生み、同盟国・同志国を遠ざけている余裕は、米国にはないかもしれない。

(Photo Credit: ロイター/アフロ)

 

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地経学ブリーフィング

コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

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Mariko Togashi Visiting Research Fellow
Mariko Togashi has been a Visiting Research Fellow at the Institute of Geoeconomics (IOG) since January 2024. Prior to IOG, Mariko was a Research Fellow for Japanese Security and Defence Policy / Matsumoto-Samata Fellow at the International Institute for Strategic Studies (IISS) in London for two years, focusing on Japan’s economic security policy. She also worked as a research assistant to Dr. Kent Calder at Edwin O. Reischauer Center for East Asian Studies, as well as a research intern at CSIS’ Economics Program, focusing on the economic security of the U.S., Japan, and China. Before taking her master’s degree, Mariko worked as an equity analyst in the Japanese machinery sector at Deutsche Bank and Bank of America Merrill Lynch (currently BofA Securities) for more than five years. Mariko earned her master’s degree in international economics and strategic studies from Johns Hopkins University School of Advanced International Studies and her bachelor’s degree in international law from Keio University, Tokyo.
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Mariko Togashi

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Mariko Togashi has been a Visiting Research Fellow at the Institute of Geoeconomics (IOG) since January 2024. Prior to IOG, Mariko was a Research Fellow for Japanese Security and Defence Policy / Matsumoto-Samata Fellow at the International Institute for Strategic Studies (IISS) in London for two years, focusing on Japan’s economic security policy. She also worked as a research assistant to Dr. Kent Calder at Edwin O. Reischauer Center for East Asian Studies, as well as a research intern at CSIS’ Economics Program, focusing on the economic security of the U.S., Japan, and China. Before taking her master’s degree, Mariko worked as an equity analyst in the Japanese machinery sector at Deutsche Bank and Bank of America Merrill Lynch (currently BofA Securities) for more than five years. Mariko earned her master’s degree in international economics and strategic studies from Johns Hopkins University School of Advanced International Studies and her bachelor’s degree in international law from Keio University, Tokyo.

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