高市外交を展望する

「高市外交」とは何か
2025年10月4日の自民党総裁選に勝利した高市早苗元経済安保担当相は、同月21日に国会での指名を受けて、石破茂首相を継いで新たに首相に就任した。それまで26年間連立のパートナーであった公明党が自民党との連立を解消するという危機に直面しながらも、日本維新の会との新しい連立を組み、日本の政治史上はじめてとなる女性総理の誕生となった。
高市早苗氏は、今回の自民党総裁選の5人の候補の中では最も保守的な思想を有する政治家とみられ、同時に自ら安倍晋三元首相の政策と伝統を継承することを公言してきた。それゆえ、日本のリベラルなメディアの一部は批判的な姿勢を続け、他方で保守系メディアは政権成立を歓迎する態度を示した。左右のメディアで、高市外交に対しては対極的な評価を行っている。
それでは、「高市外交」とはどのような特色を有するのであろうか。また、高市早苗首相はこれまで、その著書や、さまざまな演説などで、自らの外交姿勢をどのように示してきたのであろうか。たとえば、一年前の2024年9月に刊行した著書、『日本を守る 強く豊かに』のなかでは、序章のタイトルが「安倍晋三元総理の遺志を継いで!」となっており、自らが安倍外交の継承者であることを示唆している。また、国会での所信表明演説でも言及したように、「世界の中心で咲き誇る」ことを、日本外交の目標として掲げている。かつての安倍外交にように、国際社会でリーダーシップを示すことを目標にしているのだろう。
高市首相が模範とする安倍首相は、その外交においてしばしば軌道修正を行い、柔軟性を示してきた。たとえば首相就任後は、それまでの自らの対中強硬の発言を大きく修正して、よりプラグマティックな外交を展開し、中国との関係改善にも努力を惜しまなかった。安倍外交は、中国やロシアの首脳とも友好的な関係を構築するなど、多様な側面が見られた。また、第二次安倍政権においては、日米豪印の連携を軸として「アジアの民主的安全保障ダイアモンド」構想を示した初期の段階から、より包摂的で、開放的な「自由で開かれたインド太平洋」構想を展開した後期の段階へと進化していった。
はたして、高市政権が安倍政権同様に、プラグマティックに中国との関係を安定的に発展させて、地域の平和や安定に貢献する努力を示すのか。あるいは中国との間の緊張が高まって、日本を取り巻く安全保障環境は悪化していくことになるのか。ここでは、政権成立直後の現段階での、高市政権の外交の方向性について展望することにしたい。
安倍外交の継承
高市政権の外交を展望する上で、おそらく最も重要となるのは、安倍政権の政策の多くを継承しようとするその姿勢であろう。
外交の領域で、安倍外交を継承することへの強い意志は、その人事にも強く表れている。たとえば、第二次安倍政権で「自由で開かれたインド太平洋」構想形成に深く関わった外務省出身の市川恵一前内閣官房副長官補を、駐インドネシア大使発令を取り消してまで、外交および安全保障政策における司令塔役となる国家安全保障局長に就任させたことは、その一例であろう。また、安倍政権で首相補佐官と首相秘書官を兼務して安倍首相の最側近であった今井尚哉氏を、内閣官房参与として呼び戻している。安倍政権の中枢にいた側近を官邸に戻す姿勢は、安倍外交を継承する強い意志を示すものである。
実際に就任直後の10月28日の日米首脳会談では、訪日したトランプ大統領とともに、米空母ジョージ・ワシントンに乗艦し、トランプ大統領からは「日米同盟は最も卓越」しているという言葉を引き出した。日米同盟の強靱性を高市政権のもとでも示せたことは、その後の他国との関係にも大きな影響を及ぼすであろう。
安倍政権で強化された日米同盟をさらに発展させ、さらにCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)を政策の中枢に位置づけ、安倍外交の代名詞とも言える「自由で開かれたインド太平洋」構想に繰り返し言及する姿勢も、政策面で安倍外交を継承する強い意向と見られる。たとえば、10月24日の国会での施政方針演説で高市首相は、「『自由で開かれたインド太平洋』を、外交の柱として引き続き力強く推進し、時代に合わせて進化させていくとともに、そのビジョンの下で、基本的価値を共有する同志国やグローバルサウス諸国との連携強化に取り組みます」と明確に述べている。
ここで重要となるのが、高市首相がその演説の中で、菅義偉政権や岸田文雄政権で重視されていた「基本的価値を共有する同志国」との協力、さらには「グローバルサウス諸国との連携強化」にも言及していることである。2020年に安倍晋三首相が政権を去った時よりも、さらに厳しくなった日本を取り囲む安全保障環境を考慮すれば、ただ単に安倍外交を継承するだけでは十分ではない。その進化こそが、不可欠となる。とりわけ、安倍首相が「自由で開かれたインド太平洋」構想を提唱した十年ほど前と比較して、日本を取り巻く安全保障環境も、日本を含めた主要国の間でのパワー・バランスも大きく変化し、より厳しいものとなっている。このようにして、高市外交の本質において、安倍外交の継承と、その進化との、二つの側面が見られるのは注目すべき点である。
「自由で開かれたインド太平洋」の再活性化
おそらく、高市外交においてもっともその中心に位置づけられるのが、「自由で開かれたインド太平洋」構想の再活性化であろう。そのことは、自民党総裁選の際に、高市氏が繰り返しこの構想に言及したことにも表れている。自らが安倍外交の継承者であることを明瞭にするとともに、国際的にも高い評価を得てきたこの構想に繰り返し言及することは、内外に安心感を与えるという意味でも効果的であろう。
同時に、この構想を継承し、発展させることには、それ以上の意味があるとも考えられる。今年の5月14日に、自民党内で、麻生太郎自民党最高顧問(当時)を本部長、そして高市早苗氏を本部長代理とする、「自由で開かれたインド太平洋戦略本部」が設置された。そこには、顧問として茂木敏充元幹事長が就き、第一回目の会合では安倍外交を外務事務次官として支え、この構想の立案に深く関わった秋葉剛男氏が講師として招かれている。この動きは、「保守結集『ポスト石破をにらんだ動き』か」(『産経新聞』2025年5月9日、電子版)とも報じられ、自民党総裁選で高市氏勝利に導く中心的な人物が結集している。それゆえにまた、「党内からは『明らかに参院選後に備えた政局的な布陣』といった声が出ている。石破政権の閣僚の一人は『警戒している』と語る」(『朝日新聞』2025年5月14日、電子版)とも報じられた。高市氏による「自由で開かれたインド太平洋」構想の継承は、自民党内の政局という文脈の中で語られた。
高市外交の「背骨」ともいえる位置づけが与えられているこの「自由で開かれたインド太平洋」構想は、政権成立に至る上で、高市氏を支持する自民党内のグループが結集する際の、一つの「シグナル」のような役割を担っていたと言えるだろう。
直面する危機
高市外交は、政権成立後に国民の高い支持を得ながら、安定的に発展する様相を示していた。そのような動きに、暗雲が漂ってきた。11月7日の国会で、元外相の岡田克也立憲民主党議員の質問に対して、高市首相が台湾有事の際に「存立危機事態」になりうると答弁したことに対して、少し時間を経過してから中国政府が強く反発するようになった。そのことが契機となり、日中関係は摩擦を強め、国際的にも波紋を投げかけている。
それについて、保守系の『産経新聞』では、一定程度高市首相の発言への理解を示しながらも、安倍政権においては、「政府内外の衆知を集め、詰将棋のように思案を巡らせた上で、大胆に踏み込むのが安倍氏の流儀だった」と記して、慎重さが求められる台湾有事に関連する発言において安倍首相が、政府内で徹底して検討していた様子を紹介する(『産経新聞』2025年11月18日)。そして、「そうした姿勢こそが自衛隊最高指揮官たる首相のあるべき姿だとすれば、高市首相の答弁に危うさがあることは否定できない」と苦言を呈している。それ以上に大きな問題であるのが、この発言が発せられたタイミングであった。
10月30日に、韓国でのAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会談の機会を利用して、トランプ大統領と習近平国家主席の間での、第二次トランプ政権がはじまって最初となる米中首脳会談が行われた。その具体的な内容については明らかにされていないが、以前よりトランプ大統領が中国との間で「ディール」を結びたがっていたことは、ワシントンDCでは繰り返し言及されていた。同時にアメリカの政権内での対中強硬派の影響力が後退していることも、しばしば言及されていた。
それゆえ、トランプ大統領が台湾の利益を犠牲にして、中国政府との間で何らかの「ディール」を生み出そうとする積極的な姿勢が、懸念されている。実際に、11月24日にはトランプ大統領と習近平主席の間で電話会談が行われ、そこでは台湾問題が議論されたことが明らかになり、また翌年4月にトランプ大統領が訪中することで合意が見られた。
現在の米中関係において、トランプ大統領が台湾問題の位置づけについて従来のアメリカ政府の立場を変えようとしているのかどうかは分からない。だが、このような微妙な時期において中国政府が日米同盟の結束を損なう言動を示したり、日本政府に揺さぶりを掛けたりすることが十分に考えられる。しばらくの間、米中関係における不透明性の増大と、中国政府の日本に対してのこの問題をめぐる圧力の増加は、続くであろう。そのような微妙な時期だからこそ、高市外交は不安定性や不透明性ではなく、安定性やルールに基づく国際秩序を強化するために動くべきである。
(出典: Kyodo News / Getty Images)

地経学ブリーフィング
コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。
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Director, International House of Japan

Group Head, Europe & Americas,
Director of Research, Asia Pacific Initiative
Director, International House of Japan
Yuichi Hosoya is professor of international politics at Keio University, Tokyo. Professor Hosoya was a member of the Advisory Board at Japan’s National Security Council (NSC) (2014-2016). He was also a member of Prime Minister’s Advisory Panel on Reconstruction of the Legal Basis for Security (2013-14), and Prime Minister’s Advisory Panel on National Security and Defense Capabilities (2013). Professor Hosoya studied international politics at Rikkyo (BA), Birmingham (MIS), and Keio (Ph.D.). He was a visiting professor and Japan Chair (2009–2010) at Sciences-Po in Paris (Institut d’Études Politiques) and a visiting fellow (Fulbright Fellow, 2008–2009) at Princeton University. [Concurrent Position] Professor, Faculty of Law, Keio University
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