フィジカルAIをめぐる国際競争と日本の戦略的位置

2026年1月の総理大臣年頭記者会見において、高市首相は『我が国が強みを有する製造業やサービス業が積み重ねてきた質の高いデータを集積し、学習させることで、ロボットが自律的に人間を支援する、精密なものづくりを行う工場が無人で制御される、といったことが可能となる「フィジカルAI」が実現できます…(以下に続きます)
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日本の製造業とフィジカルAI

2026年1月の総理大臣年頭記者会見において、高市首相は『我が国が強みを有する製造業やサービス業が積み重ねてきた質の高いデータを集積し、学習させることで、ロボットが自律的に人間を支援する、精密なものづくりを行う工場が無人で制御される、といったことが可能となる「フィジカルAI」が実現できます。日本はこれで世界に打って出ます。』と述べた。また同年1月6日、世界最大規模のテックイベントである米国のCES2026において米半導体大手NVIDIAのジェンスン・フアンCEOは、最も大きく重要なものはフィジカルAIだと述べた。日本では2025年3月に「一般社団法人AIロボット協会(AIRoA)」が設立され、AIロボット用の基盤モデル開発を目指している。NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)でもAIロボット・フィジカルAIに関する研究公募を行っている。昨今はメディアでもAIが搭載されたヒューマノイドロボットを見る機会が増えた。従来、製造業や産業用ロボットに競争力を持つ日本企業もフィジカルAIへの関心が高い。

一般にフィジカルAIとは、現実世界において空間構造や物理法則を認識・理解し、それに基づいて行動を生成・実行するAIを指す。フィジカルAIで用いられるモデルには、人間がロボットを遠隔操作したデータを用いた模倣学習(Imitation Learning)や、それに強化学習(Reinforcement Learning)を組み合わせる手法がある。また、視覚と言語を統合的に扱うVLM(Vision-Language Model)を用いて環境認識を行うものや、動画を基に行動を生成するVAM(Video-Action Model)等がある。AIモデルをロボットのような物理システムに搭載し、アクチュエータを制御することで現実世界での自律的な動作が可能となる。

フィジカルAIはソフトウエアとハードウエア技術の融合であり、AI開発競争に立ち遅れた日本企業が製造業の強みを活かしてAI開発競争に追随できるといった言説が根強い。しかしながらこの言説は無条件に正しいとは言い難い。その理由は、ロボット分野の価値がハードウエアから知能であるAIの基盤モデルに移行しつつあるためである。本稿では技術アーキテクチャの変化、技術の応用対象、バリューチェーンという枠組みで考えてみたい。

フィジカルAIと従来型産業用ロボットの非連続性

フィジカルAIは、従来の産業用ロボットの延長線上にある技術ではない。産業用ロボットは管理された環境で決まった作業を高速、高精度、高再現性で実現してきた。一方でフィジカルAIは、初めての環境や想定外の状況でも柔軟に対応できる点に本質がある。これは「ゼロショット適応」と呼ばれ、人間がロボットの動作を設定せずとも環境に適応可能となる。技術アーキテクチャとしてのフィジカルAIはマルチモーダル認識(画像やセンサなど複数のデータの統合的認識)、拡散モデル(高精度なデータ変換)、LLM(大規模言語モデル)を統合したAIモデルに重心があり、ハードウエアは頭脳であるAIモデルに従属する存在となる。フィジカルAIの世界で、ロボット用の基盤モデルを開発する米Physical Intelligence社のロボットは二つの腕で乾燥機から服を取り出してカゴに入れ、そのカゴを作業台に運び、服を畳むことができる。フィジカルAIは様々な環境で動作可能な汎用性を目指しており、既存の産業用ロボットの決まった環境での動作と本質的に異なる。

日本のフィジカルAIの現状

フィジカルAIの応用先をロボットの制御と想定した場合、技術的価値の中心はAIモデルにあり、ハードウエアは必須ではあるが付加価値は劣後する。生成AI開発においては地経学研究所の『生成AIの開発競争をめぐる地経学 -新興技術はいかにして国家のパワーとなりうるか-』でも詳述したように、日本は計算資源、リスクマネー、研究者の不足から構造的に米国と中国に開発競争で劣位にある。フィジカルAIでも米中に伍しているわけではない。また現状で最もフィジカルAIが応用されているのは自動車である。自動運転では刻一刻と変化する周辺環境に応じてAIがハードウエアを制御している。自動車ではAIが周辺環境を認識し運転の制御までを行うE2E(End-to-End)の技術開発が進むが、この技術を日系メーカーは米国、英国、中国のAI企業に依存している。2025年9月には日産自動車が銀座の路上で英国企業のWayve TechnologiesのE2E技術による走行を行っている。中国でもHuawei、Momenta、Xpengといった企業が開発を行っている。

日本の製造業のデータの蓄積が、AI開発に有用か否か、その答えとしては、中国企業が公道で自動運転の大規模なデータ収集を行って優位性を確立したように、同様のデータ収集を現場で行う必要がある。日本の製造業を活用する成長戦略として、AIの学習環境構築のための投資、現実世界のデータを大規模に収集・共有する制度設計が必須となる。中国では、既にヒューマノイドを出荷している企業であるAgiBot Innovation Technologyが家庭や工場を模した環境でロボットを人間が遠隔操作しデータ収集を行っている。

防衛産業とフィジカルAI

フィジカルAIと親和性が高いものにドローン(無人機)がある。ロシア・ウクライナ戦争においてドローンは軍事的に重要な要素となった。攻撃型ドローンは無人、頻繁な環境変化、通信妨害の回避、低コストかつ消費用途という特徴を持つ。既存の兵器では人間が、目標の識別、目標への指向、決断、目標の破壊を実行していたが、AIを搭載したドローンは自律的に一連のプロセスを実行できる。未知の環境での適応力はドローンの作戦領域を拡大させる。高市政権は防衛産業の強化にも注力しているが、こうした技術の劣位は安全保障上の懸念となり得る。

従来、AI兵器、すなわち自律型致死兵器システム(LAWS: Lethal Autonomous Weapon Systems)において人間が介在しないことの倫理的問題が議論されてきた。AIの自律的行動が法的、倫理的に正当性を欠く結果を招く可能性がある。フィジカルAIの応用先として有用なドローンは技術的論点と規制の二つの側面から日本も議論を進める必要がある。

日本の戦略的位置

フィジカルAIは基盤モデルを頭脳として現実世界で物理的な作業を行うため、応用範囲は物理世界を学習した基盤モデルに依存する。そのためバリューチェーンでは基盤モデルが最上流に存在し、高い付加価値を持つ。現状では基盤モデルを開発する能力と実績を持つ企業は米国と中国に偏っている。基盤モデルを保有しないロボットや自動車メーカーは他社のモデルを利用することになる。このモデルはやがて標準化、コモディティ化する可能性がある。日本企業は莫大な投資が必要なロボット用基盤モデルの開発競争に加わらずに、ハードウエア開発に注力することも考えられる。また、他社のモデルのチューニングとハードウエアに付随するアプリケーションソフトウエアへの関与度合も論点となるだろう。

フィジカルAIの自律性が有用な環境として家庭、店舗等の非定型領域があるが、現状では作業スピード、長時間稼働などに課題がある。既存の工場の標準化された量産工程では、同一作業の高速・高精度・高再現性が今後も不可欠であり、日本企業による産業用ロボットの優位は当面維持されよう。産業用ロボットをAIによって完全自律型にする必要はなく、人間による工数を必要としたティーチング(教示による設定)の軽減や、ロボットへの自然言語での指示による環境適応を目指すべきである。これは日本の製造業の属人的な作業を低減することにつながる。

NVIDIAはフィジカルAIの開発プラットフォームにより学習とシミュレーションを提供している。ロボット開発の基盤ソフトウエアはオープン化が進んでおり、日本の産業用ロボットメーカーはハードウエアの制御をどこまで外部のAIに依存するかが課題となる。日本企業はAI領域を手掛けずバリューチェーンにおいて堅牢かつ精密なハードウエアのサプライヤーに徹するのか、ソフトウエア企業が持たない現場のデータを収集した上でセキュリティを高め、ソフトウエア領域も手掛けるのか選択を迫られている。一方、ハードウエアも技術力が向上した中国メーカーによる模倣と価格競争は免れない。日本の製造業が2026年現在においてデータ収集と学習を進めることはできよう。製造業が関わるフィジカルAIのバリューチェーンにおいてハードウエアだけでなく、AI領域で日本企業が深く関与する最後の機会が訪れている。日本企業は製造業のデータを活かし、同盟国・同志国に信頼されるフィジカルAIを提供するべきだろう。

(出典: Shutterstock )

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コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

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Makoto Shiono Group Head, Emerging Technologies/Director of Management
Makoto Shiono holds a B.A. in Political Science from the Faculty of Law at Keio University and a Master of Laws (LLM) from Washington University (St. Louis) School of Law. He served as a member of the planning committee of the Intellectual Property Strategy Headquarters, Cabinet Office; the Working Group on Key and Strategic Areas, National Standards Strategy Subcommittee, Cabinet Office; and the Working Group of the Green Innovation Project Subcommittee of the Industrial Structure Council. He also participated in drafting the Ethics Guidelines (2017) as a member of the Ethics Committee of the Japanese Society for Artificial Intelligence. [Concurrent Positions] Co-Managing Director & CLO, IGPI Group Director & Managing Director, Industrial Growth Platform, Inc. (IGPI) Member, Startup Investment Committee, Japan Bank for International Cooperation(JBIC) Executive Officer, JBIC IG Partners
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Makoto Shiono

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Makoto Shiono holds a B.A. in Political Science from the Faculty of Law at Keio University and a Master of Laws (LLM) from Washington University (St. Louis) School of Law. He served as a member of the planning committee of the Intellectual Property Strategy Headquarters, Cabinet Office; the Working Group on Key and Strategic Areas, National Standards Strategy Subcommittee, Cabinet Office; and the Working Group of the Green Innovation Project Subcommittee of the Industrial Structure Council. He also participated in drafting the Ethics Guidelines (2017) as a member of the Ethics Committee of the Japanese Society for Artificial Intelligence. [Concurrent Positions] Co-Managing Director & CLO, IGPI Group Director & Managing Director, Industrial Growth Platform, Inc. (IGPI) Member, Startup Investment Committee, Japan Bank for International Cooperation(JBIC) Executive Officer, JBIC IG Partners

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