「TACO」か「The Art of the Deal」か?

2025年4月2日、トランプ米大統領が相互関税を発表した「解放の日(Liberation Day)」後の一連の動きは、ある単純な理論を裏付けるかのように見えた。トランプ大統領が大規模な関税措置を打ち出すと、10年物米国債利回りが上昇した一方で市場は急落した。その後、関税が一時停止されると、株式市場は世界金融危機以降でも屈指の急反発を見せ、急騰した。一部の投資家にとって、その教訓は明白だった。トランプ氏がエスカレートすると市場は下落し、彼が後退すると市場は上昇する。こうしてある種のトレード、一つの理論が生まれた:「Trump Always Chickens Out(トランプはいつもびびってやめる)」、略して「TACO」である。

第二次トランプ政権が始まって1年が経ち、この市場主導型のTACOナラティブ(物語)が現実を説明しているのか、それともトレーディング(取引)戦略に組み込まれた前提にすぎないのかを問い直す価値がある。問題は、市場がトランプに影響を与えるかどうかではない(それは明らかに与えている)。問題は、その影響がどのように作用し、彼の意思決定を形づくっているのかである。
Index Index

市場ナラティブの限界

TACOの魅力はその単純さにある。それは、取引可能なくらい頻繁に繰り返されるパターンを捉えているように見える。しかし、意思決定の説明としては不十分である。とりわけ異なる文脈に単一の市場主導の論理として適用される場合、この見方は相関関係を因果関係と取り違え、最も目立つ瞬間――すなわち見かけ上の後退――に焦点を当てる一方で、交渉の全体的な過程や最終的な結果を見落としている。

「解放の日」自体が、TACO理論の長所と限界の双方を示している。投資家は関税発表に強く反応し、政権は方針転換したが、政策は現状維持には戻らなかった。10%の一律関税は維持され、ディール志向(交渉路線)への転換は、全面的な撤回ではなく再調整に過ぎなかった。重要なのは、この局面が関税の一時停止で終わらなかった点である。最終的には主要な米国の貿易相手国の大半と貿易枠組みを構築し、関税水準は以前より高い状態が残った。また、関税停止のタイミングだけをもって、トランプ氏のディール志向への転換が当初から計画されていなかったと断定することもできない。

さらに決定的なシグナルは、株式市場よりもむしろ債券市場から発せられた可能性が高い。借入コストの上昇や金融環境の引き締めは、より直接的にマクロ経済および政治に影響を及ぼすからである。市場は重要だった――しかし、すべてが同じように重要だったわけではない。実際、当時の報道によれば、債券市場のショックがトランプ氏の関税一時停止への転換を加速させた可能性があるが、これは戦略の根本的な転換というよりも、交渉戦略の中でのリアルタイムな調整と一致するものである。

同様の力学はその後の事例にも見られる。2025年の対中関税サイクルでは、繰り返されるエスカレーションが市場の緊張をもたらし、その後の一時停止や部分的な合意につながったが、関税率はエスカレーション前よりも明らかに高い水準にとどまった。同様にインドとの通商交渉では、50%の関税威嚇は、より低いとはいえ依然として高い18%での決着へと引き下げられた。また、グリーンランドをめぐるデンマークとの対立では、過激な政治要求が市場の不安と重なった後、より限定的な結果に落ち着いたが、それでも米国のプレゼンス拡大や資源アクセスの強化に向けて交渉の出発点は押し上げられた。これらの事例では、反応は主として株式やリスク資産に集中し、債券市場からのシグナルは「解放の日」と比べて相対的に弱かった。

この「圧力から部分的後退へ」という力学は、他の事例にも見出される。トランプ政権第1期でのメキシコへの関税威嚇、2018年の米中貿易戦争、最近の米大企業への圧力キャンペーン、さらには期限を区切った対外関税交渉などである。これらを総合すると、TACOが市場の思考に定着した理由は理解できる。しかし、それだけではトランプ氏の行動の論理を説明するには不十分である。

市場はどのようにトランプの意思決定を形づくるのか

もう一つの、より有用な枠組みは、トランプ氏のアプローチをレバレッジ(影響力)の観点から捉えることである。彼が一貫して重視してきたのは――ビジネスキャリアにさかのぼり、1987年の著書『The Art of the Deal(取引の芸術)』で明確に示されているように――安定した立場を維持することではなく、交渉上の優位を獲得することである。トランプ氏は通常、極端な要求から出発し、相手(および市場)の反応を引き出し、その後要求を絞り込みつつ成功を主張する。この点を踏まえると、TACOがなぜ誤解を招きやすいのかが明らかになる。それは初期の威嚇を「本当の政策」と見なし、ディエスカレーションの過程に注目する一方で、トランプ大統領の交渉戦略そのものを見落としているからだ。重要なのは、トランプ大統領が最大限の要求から後退したかどうかではなく、最終的な結果が以前よりも交渉における強い立場強い交渉ポジションをもたらしたかどうかである。

この文脈では、市場のボラティリティ(変動性)は単なる制約ではなく、交渉上の手段にもなり得る。TACOのようなパターンが広く予想されるようになると、市場の規律と見えるものが逆にレバレッジの源泉となる。投資家がトランプ大統領はいずれ圧力の下で政策を緩和するだろうと予想すれば、早い段階で「押し目買い」を行い、下振れリスクを抑え、場合によっては強い決意を信憑性をもって表明するコストをなくさせる。

また、一部の投資家はトランプ大統領の行動のタイミングに一定のパターンがあることも指摘している。主要な発表はしばしば金曜の市場終了後に行われ、反応は先物市場で現れた後、週末に再評価される。意図的かどうかは別として、この時間差は月曜の市場再開前に解釈や情報伝達、交渉の余地を生む。また、急落と、それに続く同程度の急反発という、お馴染みの展開を生み出す余地を与える可能性もある。重要なのは、トランプ大統領が市場の動き(特に株価指数)を政治的な成績表として扱うことで知られており、こうした反発を政策成功の証拠として積極的に提示してきた点である。たとえば「解放の日」の関税の一時停止後に株価が過去最高値を更新した際、それを関税が有害ではないことの証左として位置づけ、景気回復そのものの政治的価値を強化した。

もっとも、市場は他の民主主義国家の指導者と同様に、トランプ大統領に対して制約としても作用する。しかし、場合によっては、その制約は財政的なものではなく、むしろ対象国側が有する対抗的なレバレッジに起因する。TACOの代表例としばしば見なされる市場主導型のケースにおいても、中国によるレアアース輸出制限の威嚇は米国に貿易政策の調整を迫ったが、決定的な制約となったのは市場のボラティリティではなく、サプライチェーン上のレバレッジであった。

さらに、対象が敵対国であり、政策の撤回の可能性が低い場合には、TACOの限界はより一層明確になる。イラン戦争が始まった際、一部の投資家はエスカレーションとディエスカレーションの繰り返しというおなじみのパターンを想定した。この期待自体が初期の市場の反応を形づくった。しかし、関税とは異なり、軍事的な対立の力学は――地域安全保障上のコミットメントやエネルギー市場へのリスクを含め――迅速かつ一方的な巻き戻しを許さない。このような場合、市場の圧力が迅速な後退をもたらすという前提は、はるかに当てはまりにくくなる。

結局のところ、TACOは市場行動の一つの現実的な側面を捉えている。投資家は急激なエスカレーションの後には一定の緩和が起こると期待するようになった。しかし、トランプ大統領の意思決定を説明する理論としては、その範囲が狭すぎる。交渉上のレバレッジの役割を過小評価し、株式市場の重要性を過大視し、圧力が全面的な後退ではなく、より有利な新たな基準を生み出すケースを説明できない。

より正確に言えば、市場はトランプ大統領にとって制約要因であると同時に、手段としても機能している。市場は、特に債券市場を通じてコストの上昇を知らせる一方で、意思決定が行われる政治的環境を形づくる――すなわち、緩和への期待が織り込まれることでエスカレーションのコストを引き下げる。市場は確かにトランプ大統領に影響を与える。しかし、景気後退への恐れが彼に「常に」譲歩を強いるというのは、「神話」に過ぎない。その意味で、『The Art of the Deal』はTACOよりも有用な指針であり続けている。

(出典: Anadolu / Getty Images)

経済安全保障100社アンケート

地経学ブリーフィング

国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、地経学研究所の研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

詳細を見る

おことわり:地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

Andrew Capistrano Visiting Research Fellow
Andrew Capistrano is a geopolitical risk consultant based in Tokyo, and Director of Research at PTB Global Advisors in Washington, DC, where he specializes in industrial policy, international trade and capital flows, and US-China relations. He is also a visiting scholar at the Waseda Institute of Political Economy and a visiting lecturer at the School of Political Science and Economics, Waseda University. Previously, he worked at the US Embassy’s American Center Japan, and as a research associate at the Rebuild Japan Initiative Foundation/Asia-Pacific Initiative. Dr Capistrano holds a BA from the University of California, Berkeley; an MA in political science (international relations and political economy) from Waseda University; and a PhD in international history from the London School of Economics. His academic work focuses on the diplomatic history of East Asia from the mid-19th to the mid-20th centuries, applying game-theoretic concepts to show how China's economic treaties with the foreign powers created unique bargaining dynamics and cooperation problems. During his doctoral studies he was a research student affiliate at the Suntory and Toyota International Centres for Economics and Related Disciplines (STICERD) in London.
View Profile
List of Research
List of Research Activities
Researcher Profile
Andrew Capistrano

Visiting Research Fellow

Andrew Capistrano is a geopolitical risk consultant based in Tokyo, and Director of Research at PTB Global Advisors in Washington, DC, where he specializes in industrial policy, international trade and capital flows, and US-China relations. He is also a visiting scholar at the Waseda Institute of Political Economy and a visiting lecturer at the School of Political Science and Economics, Waseda University. Previously, he worked at the US Embassy’s American Center Japan, and as a research associate at the Rebuild Japan Initiative Foundation/Asia-Pacific Initiative. Dr Capistrano holds a BA from the University of California, Berkeley; an MA in political science (international relations and political economy) from Waseda University; and a PhD in international history from the London School of Economics. His academic work focuses on the diplomatic history of East Asia from the mid-19th to the mid-20th centuries, applying game-theoretic concepts to show how China's economic treaties with the foreign powers created unique bargaining dynamics and cooperation problems. During his doctoral studies he was a research student affiliate at the Suntory and Toyota International Centres for Economics and Related Disciplines (STICERD) in London.

View Profile

Download Report PDF