個人独裁も利害調整は至難(日本経済新聞「経済教室」)
○集団指導の形式的継続が体制固めに寄与
○党の正統性の根拠を社会主義の具現化に
○日本は強制力ある国際ルールの共有図れ
本稿は、2022年11月10日付日本経済新聞「経済教室」 からの転載です。
個人独裁も利害調整は至難 3期目・習政権の中国
第20回中国共産党大会が10月22日に閉幕し、その政治方針と中央委員人事が示された。翌23日の第20期中央委員会第1回総会で発足した新指導部では、習近平(シー・ジンピン)総書記が3期目の再任を果たして長期政権の道を開いた。
大きな混乱と挫折をもたらした毛沢東時代の教訓として重視されてきた「制度に基づく権力移譲」システムの終わりを意味する。
また政治局常務委員の新規メンバー4人は習氏の側近で固められ、党の序列上位24人からなる党中央政治局委員も習氏と個人的な関係のある「習派」が大勢を占めた。新指導部の中に習氏に異を唱え得る人材は見当たらない。総じて習氏による事実上の個人独裁に近づいたと評価できる。
他方で、党大会で繰り返し言及された習氏の権威を絶対化する標語「2つの確立」は、22日採択の改正版・党規約に記載されなかった。代わって党規約に記載されたのは「2つの擁護」という、習氏と党中央への忠誠を示す標語である。
主な相違は、党中央が統治の主体であることを意味するか否かにある。党規約に「2つの擁護」のみ記載されたことで「党中央による集団指導体制」のレトリック(修辞)は維持された。また大会前に取り沙汰された党中央委員会主席(党主席)の職位が復活しなかったこと、党規約に「習近平思想」や「人民の領袖」など習氏個人の権威を高める文言が用いられなかったことも同様に、習氏を統治の主体と位置付ける表現を避けたものだった。
ただし、これは必ずしも習氏の権威が下がったことを意味しない。党大会後の27日、常務委員7人全員が中国革命の聖地とされる陝西省延安市を訪問したことは、苦難の時期を乗り越えた「延安精神」への初心回帰と同時に、常務委員会メンバーの一体性を強調するパフォーマンスでもあった。常にその中心に立つ習氏の権威は、一体化した党中央の重要性を高めることにより、むしろ間接的に底上げされた。すなわち、集団指導体制の形式を残す政治構造の中で、個人の権力が強化されたことになる。
なぜこうした形での集権化が図られたのか。「個人崇拝」に直結する体制には党内に根強い反対があったことも一因だろう。過剰に権力集中が進むことへの懸念の声は様々な場面で聞かれ、党の「団結」を標榜する習指導部としては考慮せざるを得なかったはずだ。
だが同時に、集団指導の形式的な継続が非・習派の政治指導者を排除する方便となった可能性がある。16日の活動報告で習氏は過去5年間を「極めて特殊で、極めて特異な5年」と振り返り「外部からの威嚇、抑制、封鎖、極限の圧力」があったと述べた。厳しい国際情勢の下での国家安全保障への危機感を示し、そのために「党中央を中心に緊密に団結する」との主張からは、強いリーダーシップと機能的な党運営チームが必要だとの意図がにじむ。
こうした情勢認識の下で3期目を続投するにあたり習氏は「指導部の団結」を掲げて自らに近い人物の登用を正当化したのだろう。
では何をもって習体制の正統性が確保されるのか。党大会の議論から浮かび上がるのは、社会主義国家の建設を完成させる「紅い遺伝子」を有する指導者像だ。習氏は活動報告で、自らの名を冠して憲法に記載されている「新時代の中国の特色ある社会主義思想」について「マルクス主義の中国化・時代化の新たな飛躍」であり、「この革新的理論で武装」すると説明した。
「マルクス主義の中国化」とは社会主義の理論を中国の国情と伝統文化に合わせることを意味し、1930年代から共産党が表明し、後に毛沢東思想として結実した概念だ。すなわち習氏は毛沢東思想を踏まえてマルクス主義を時代の変化に合わせて発展(時代化)させ、2049年の「社会主義現代化強国の建設」を達成する政治指導者と位置付けられる。
これまで歴史認識(過去の功績)と経済発展(現在の功績)に依拠してきた共産党の正統性を、社会主義の具現化(未来の功績)に移行させる試みだ。実際に習指導部が掲げる「共同富裕」とは、富の再分配により格差を是正して皆が豊かになる社会への移行を意味し、経済発展を最優先とした改革開放政策からの脱却ととらえられている。
だが社会の高齢化や厳しいコロナ対応の影響もあり全体のパイが大きくならない状況で、富を再分配するには誰かの取り分を切り崩す必要がある。様々な既得権益層を取り込み党員数が9600万人を超えるまで膨らんだ中国共産党で、どこからも不満の出ない利害調整をすることは難しい。特に経済の構造的課題である不動産問題や税制改革は困難を極める。つまり皮肉なことに、強いリーダーシップを希求して国家運営のかじを社会主義に切るならば、おそらく共産党の求心力は落ちる結果となる。
習氏と共産党の求心力を高める手段として重要になるのが、社会主義イデオロギーに基づく世論誘導だ。習政権第2期の思想教育の強化は著しく、21年からは習氏の政治思想を学ぶことが小学校から大学院までのすべての教育課程で必須となった。さらに今次の党大会活動報告では「理想・信念教育の常態化・制度化を推し進める」方針や「青年関連活動」強化も明示した。
若年層を中心に社会主義イデオロギーの「正しさ」が浸透すれば、中長期的には中国社会の価値認識は根本的に変容するだろう。
習体制の下で国家のあり方までも変わりつつある中国と、日本はどのように共存すればよいのか。
党大会を経たいま着目すべきは、習指導部による政治路線の確定と、それに対する米国の競争戦略の強化だ。バイデン政権は10月12日に発表した国家安全保障戦略で「地政学的競争相手をしのぐ」と表明した。11月初旬に筆者が米国で実施した複数の意見交換でも、主として先端技術を巡る競争において中国の「強国」化を容認しない見方で一致していた。日本は地経学的な対立がもたらすデカップリング(分断)の拡大に早急に備える必要がある。
米中対立の最前線にあるのが台湾問題だ。人民解放軍が8月に実施した大規模軍事演習を受け、米国では台湾への軍事支援強化など対中抑止の検討が進む。
一方、第20回党大会の活動報告は「『台湾独立』勢力による分裂行動と外部勢力による台湾の事柄への干渉というゆゆしき挑発」に対し「重要な闘争を展開」したとの情勢認識を示した。数年内に台湾侵攻が起きる可能性は高くないものの、24年の台湾総統選に向けて軍事的緊張は高止まりとなるだろう。
有事を防ぐために日本は防衛力強化を図りつつ、戦略的コミュニケーションを通じて中国と危機認識を共有する必要がある。同時に、強制力のある国際ルールを共有し、互いの行動予測可能性を高めることが相互利益につながる。ルールに基づく関係構築を働きかける現実的な外交が肝要だ。
(Photo Credit: Getty Images)
Senior Fellow & Group Head, China
ETO Naoko is Professor at the Department of Political Science, Gakushuin University. Her main research interests include contemporary Chinese politics, Japan-China relations and East Asian affairs. Before taking up her current position, she was an associate senior research fellow at the Institute of Developing Economies, Japan External Trade Organization (IDE-JETRO) and a research fellow at the Center for Area Studies, National Institutes for the Humanities (NIHU). She was also a visiting research fellow at the School of International Studies, Peking University and the East Asian Institute, Singapore National University. She holds an MA in international policy studies from Stanford University and a PhD in political science from Keio University. [Concurrent Position] Professor, Department of Political Science, Gakushuin University
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