米大統領選挙後の米中関係――経済と絡みあう政治構造

2024年11月の米大統領選挙の結果は、国際情勢にどのような影響を与えるのか。前回の地経学ブリーフィングで神保謙が指摘したように、いまのところ米国は「世界の多極化」という現象を十分に戦略論に落とし込めていない。そのことは米国と中国の対立構図にどのように反映されるのだろうか。本稿では、現在の米中関係の構造を踏まえて台湾をめぐる展望を論じる。
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「誰が望ましいか」の本当の焦点

「中国にとってどちらの候補の方が米国大統領として望ましいのだろうか」。今年に入ってから繰り返し耳にしてきた質問である。しかし米大統領選挙に対して中国当局は抑制的な発信に終始しており、その本音は計りかねる。たとえば外交部報道官の毛寧は8月7日の記者会見で、「米国の大統領選挙は米国の内政問題であり、中国側はコメントしない」と述べ、23日にハリス副大統領が民主党の候補者指名を受けたことについても「(米国の内政問題であるので)コメントしない」と繰り返していた。ただし中国側からしばしば聞こえてくるのは「選挙結果がどうであろうと対中政策が厳しいことに変わりはない」という諦観である。8月にフォーリン・アフェアーズに寄稿した北京大学国際関係学院の王緝思元院長および胡然助理研究員はその理由として、いずれの陣営も国内政治の制約をうけること、中国を米国に対する深刻な脅威とみなす点で一致していることを挙げている。

実際に、アメリカの対中姿勢は徐々に硬化し続けてきた。その端緒はトランプ政権(当時)のもとで中国とロシアを「修正主義勢力(revisionist powers)」と位置付けた2017年12月策定の国家安全保障戦略であろう。さらに18年10月にペンス副大統領が行った中国への失望と強い対抗意識を示す演説は、冷戦の到来を告げたチャーチル元英首相の「鉄のカーテン」演説を連想させるものであった。

バイデン政権も「競争を管理する」と掲げつつも、実態としては経済面での対中抑止を強化してきた。インフレ削減法(2022年8月施行)や半導体輸出規制の実施(22年10月、24年4月)に象徴されるように、いまや中国との競争は経済安全保障の領域へと幅広く拡大している。米国連邦議会下院が23年1月に365対65の賛成多数で設立を決定した「米国と中国共産党間の戦略的競争に関する特別委員会」は中国の「懸念されるバイオ企業」が米行政組織と関らないよう規制するBIOSECURE Actを上下両院に提出、同法案は24年9月に下院を通過している。さらに同委員会は24年6月に重要鉱物に関する政策作業部会を立ち上げており、遠からず新たな措置が策定される見込みだ。

米国側が「中国の戦略目標はアメリカを凌駕しうる強国になることだ」と認識する限り、こうした対中抑止策が変更されることはないだろう。他方で無謬性を重視する共産党政権が続く限り、中国が「社会主義現代化強国の構築」という従来の目標を取り下げることはない。すなわち誰が米国で大統領になろうと、この競争関係は長期化する構造にある。焦点はむしろ、その烈度にどのような振れ幅があると考えられるか、手段や時間軸の設定はどこまで可変なのか、にあろう。

米中対立と台湾政治の共振

その振れ幅が日本にとっても重要な問題の1つ、台湾をめぐる攻防にはどのような影響があるだろうか。そもそも台湾では1990年代から選挙に基づく民主主義が定着し、「本土化(台湾の主体性を重視する政治志向)」が進んできた。そして如実になったのが、世代交代と共に中国への帰属意識が薄れ、徐々に「台湾人」としてのアイデンティティーが広がる現象である。これは中国の観点からすれば、時の経過とともに台湾の人々は中国から益々離れることを意味し、何らかの手を打つ必要が生じることとなる。その手段として「武力」を選択させないことが米国と台湾、ひいては関係各国の共通目的と言える。

米台は対中抑止において、「強靭性(レジリエンス)」をキーワードに協調を進めてきた。米国では2022年12月に、2023年度の国防授権法(NDAA2023)の一部として「台湾強靭性促進法案」(Taiwan Enhanced Resilience Act:TERA)が成立、台湾が中国の威圧的行為に対抗するために5年間で最大100億ドルの無償軍事支援などを行うと決定した。また5月20日に総統に就任した頼清徳は、6月19日に開かれた就任1カ月の記者会見で新たに3つの委員会(国家気象変動対策委員会、全社会防衛靭性委員会、健康台湾推進委員会)設置を発表した。この2つ目の「全社会防衛レジリエンス委員会」では、防衛対策として民間人の訓練拡大や医療・避難先の整備などを推し進める狙いである。

一方、中国政府は6月21日に22条からなる「頑固な『台湾独立』分子が国家を分裂させ、国家の分裂を扇動するような犯罪を法に基づいて処罰することに関する意見」を通達した。これは中国最高人民法院、最高人民検察院、公安部、国家安全部、司法部の連名による意見書で、最高刑として死刑を規定する。さらに8月には同意見書に則して中国国務院台湾事務弁公室は「法に基づき頑なな『台湾独立分子』を処罰する」として蕭美琴副総統ら10人のリストを発表した。台湾に対するあからさまな圧力である。

つまり現状では、米大統領選の結果がどのようになろうとも米中対立の大きな構図は変わらず、中国から頼政権への多様な圧力が強まる傾向にある。頼総統は2017年に「台湾独立工作者」と自認したこともあり、このこと自体は想定されてはきた。だが台湾では立法院で過半数を占める政党がおらず、第3政党の民衆党主席である柯文哲氏が汚職の疑いで逮捕されるなど政治の不安定要素が拡大している。またトランプ前大統領は7月に「台湾は防衛費を払うべきだ。われわれは保険会社のようなものだ」と費用負担を台湾に求める趣旨の発言をしており、対台湾政策を大幅に変える可能性が排除できない。これらは中国からすれば、台湾内政の先行きと米大統領選の結果次第では台湾と米国との離間を図る好機となり得る、と圧力のかけ方を調整するインセンティブとなるだろう。

こうした状況を踏まえて米台の当局者は、密接なコミュニケーションを殊更に演出することで中国をけん制していると考えられる。バイデン政権としては独立志向の強い頼清徳氏の本意を見定める段階にあり、実質的にも頼政権とのコミュニケーションを通して穏健な蔡英文路線の継続へと方向づけたいところであろう。

複雑に絡み合う米中・台湾・経済安全保障の行方

台湾問題は東アジア情勢の焦点であると同時に、米中関係における政治カードでもある。中国政府は5月20日の頼政権発足に合わせ、3日連続で米国に対する制裁措置を発表した。20日には米軍需産業の3社を「信頼できないエンティティーリスト」に追加、21日に「米国と中国共産党間の戦略的競争に関する特別委員会」の中心人物であるギャラガー元下院議員を「反外国制裁法」に基づき制裁対象に指定し、22日には同じく「反外国制裁法」に基づいてアメリカの防衛関連企業12社や幹部らを制裁した。これらの制裁発表は、アメリカの台湾支援をけん制するシグナリング(外部に対するサインやメッセージの発信)と捉えられる。

中国は制裁や規制に関連する法整備を2020年前後から進めてきたが、実はこれらを用いたシグナリングの烈度が2023年にかけて徐々に上がっていた。23年2月には米国で中国の気球が撃墜された直後に米企業2社を制裁対象としており、これは「信頼できないエンティティーリスト」に初めて外国企業を掲載した事案として注目を集めた。5月には米半導体企業であるマイクロン・テクノロジー製品に対して重大なセキュリティーリスクがあるとして調達停止を通達した。ただし、これらの対象企業は中国との関係が深くはなく、危機的な痛手を与えるものではなかった。

これと対照的に、中国が生産をほぼ独占するガリウム、ゲルマニウムの関連製品を7月に輸出管理の対象とし、12月にグラファイト(黒鉛)の輸出を許可制にしたことは、経済カードの強度を一段上げたものであった。2024年になると中国商務部はEUに対してブランデー、豚肉とその副産物、乳製品に対するダンピングや補助金に関する調査を次々に発表したが、EUの中国製電気自動車への追加関税に対する対抗措置と捉えられている。経済安全保障の法的手段を手探りで学ぶ段階から、積極的に実行する段階に移行したと言える。頼政権成立を控えた5月19日には、米国のみならずEU、台湾、日本に対してもポリアセタール樹脂のアンチダンピング調査を行うと発表していた。こうした傾向に鑑みれば、中国が台湾に関連させて強い制裁措置を採る可能性は高まったと評価できる。だがそれは米中間の経済安全保障をめぐる駆け引きと相まって、周辺諸国を巻き込んだ圧力合戦に発展しかねない。

そのようなエスカレーションを想定するとき、冒頭に述べた、米国に「戦略論」がないことの重みが改めて浮かび上がる。ゆえに日本としては、ASEAN諸国、オーストラリア、韓国、EU、ニュージーランド、カナダなどの周辺国との協力枠組みを多層的に構築し、米中両国に対するバーゲニングパワーを強化することが望ましい。

(Photo Credit: Reuters / Aflo)

 

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地経学ブリーフィング

コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

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Naoko Eto Senior Fellow & Group Head, China
ETO Naoko is Professor at the Department of Political Science, Gakushuin University. Her main research interests include contemporary Chinese politics, Japan-China relations and East Asian affairs. Before taking up her current position, she was an associate senior research fellow at the Institute of Developing Economies, Japan External Trade Organization (IDE-JETRO) and a research fellow at the Center for Area Studies, National Institutes for the Humanities (NIHU). She was also a visiting research fellow at the School of International Studies, Peking University and the East Asian Institute, Singapore National University. She holds an MA in international policy studies from Stanford University and a PhD in political science from Keio University. [Concurrent Position] Professor, Department of Political Science, Gakushuin University
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Naoko Eto

Senior Fellow & Group Head, China

ETO Naoko is Professor at the Department of Political Science, Gakushuin University. Her main research interests include contemporary Chinese politics, Japan-China relations and East Asian affairs. Before taking up her current position, she was an associate senior research fellow at the Institute of Developing Economies, Japan External Trade Organization (IDE-JETRO) and a research fellow at the Center for Area Studies, National Institutes for the Humanities (NIHU). She was also a visiting research fellow at the School of International Studies, Peking University and the East Asian Institute, Singapore National University. She holds an MA in international policy studies from Stanford University and a PhD in political science from Keio University. [Concurrent Position] Professor, Department of Political Science, Gakushuin University

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