選挙イヤーが映した変化と継続性: SNSでの「空中戦」と交錯する現場での「地上戦」
2024年の選挙では、多くの国々でSNSを活用した選挙活動やその課題が注目を集めた。しかし、「選挙イヤー2024」を改めて振り返ると、多くの場合、SNSが単独で選挙結果を決定づけたわけではなく、SNSでの「空中戦」と現場で展開される「地上戦」が交錯する構図が浮き彫りとなったのではないか。
2025年においてもドイツの総選挙や韓国の大統領選挙など、複数の国々での議会選挙や大統領選挙が予定されている。本稿では、こうした選挙に備える一つのきっかけとして、2024年に行われた各選挙の分析に加えて、筆者を中心とした若手研究者3名による研究レポート『偽情報と民主主義:連動する危機と罠』の内容も踏まえながら、「共振」、「不信」、「交錯」という3つのキーワードを軸に、昨今の選挙の変化と継続性についての整理を試みたい。
偽情報と分極化の共振
1つ目のキーワードは「偽情報と分極化の共振」である。世界経済フォーラムが昨年発表した『グローバルリスク報告書2024年版』によれば、人々を惑わすために意図的に作られた偽情報や、故意ではないが虚偽である誤情報は「最大の短期的リスク」であるとされている。実際、2024年の選挙イヤーでは、外国、特に権威主義国家からの偽情報がSNS上に氾濫した。
米国大統領選挙においては、ハイチ出身の移民が複数回投票したと主張する偽の動画が、あるインフルエンサーによって投稿され、このインフルエンサーがロシアの工作員から報酬を受け取っていたことが大きな問題となった。モルドバでも、大統領選やEU加盟を問う国民投票に際して、ロシア政府は関与を否定しているものの、ロシアからの偽情報の拡散や票の大規模な買収が行われていたとする指摘が複数なされている。
こうしたデジタル空間における情報操作の試みは国外からのアクターに限らない。米国大統領選において、当時大統領候補であったドナルド・トランプが生成AIを活用して、トランプへの投票をテイラー・スウィフトが呼びかけているかのように見える偽画像を生成し投稿したことはその一例である。
AIによる偽情報や誤情報の急増が近い将来の課題として懸念されてはいるものの、SNS全体における偽・誤情報の割合は現時点では限定的である。
しかし、そもそも偽情報は事実よりも拡散されやすい特性を持っており、国内の政治的分断(分極化)が米国をはじめとする多くの国々で進む中では、偽情報や誤情報はより拡散されやすくなっている。偽・誤情報に対しては、NPOやメディアを中心にファクトチェックが積極的に実施されているが、分極化が進む状況下ではファクトチェックが必ずしも効果を発揮するとは限らず、むしろ偽・誤情報の露出を高め、結果としてその拡散を促進するリスクを生じさせる可能性もある。
さらに偽情報は、『偽情報と民主主義』報告書の序章でも指摘したように、社会を混乱させ、情報に対する不信感を植え付けるのみならず、国内の政治的分断を加速させる効果も同時に持っている。こうした効果を狙い、権威主義国家が民主主義国家に対して数多くの偽情報を発信・拡散している現状は、世界の多くの国で安全保障上の重要課題として認識されつつある。
つまり、国内の政治的分断の深刻化と国内外から発信・拡散される偽情報は、双方に負の影響を与える現象となっていると言える。「偽情報と分極化の共振」とも呼べるこの現象は、2025年以降の選挙戦略や手法を読み解く上でも重要な視点となろう。
不信、不満、不安
しかし、より重要なのは、これらの偽情報が直接選挙結果を決定づけたわけではないということであろう。2024年の選挙の多くは、既存の政治システムに対する強い不満や不安、不信を改めて浮き彫りにした。
グローバル化の恩恵を享受できず、インフレや、雇用不安、拡大する経済格差を背景に、労働者層や貧困層を中心に既存の政治的枠組みに対する疑念が強まっている。伝統政党が経済運営への不満のはけ口となっている現象は、1992年の米大統領選でクリントン陣営が掲げた「It’s the economy, stupid(重要なのは経済だ、ばかもん)」というスローガンを想起させる。しかし、「取り残された」と感じる人々の不安や、伝統的な政党・メディアへの不信は、単なる再分配への要求にとどまらず、自分たちの主張や社会での現状を肯定的に認識、承認し、それに応じた対応をしてほしいという訴えを含んでいるのではないだろうか。
前述のモルドバ大統領選挙では、偽情報の拡散や票の買収疑惑が取り沙汰されたことは事実であるが、多くの支持者が極端な政策を支持した背景には、親EU派によるインフレ対策の失敗に対する国民の不満が存在した。また、フランス総選挙では、都市部の労働者や農村部の有権者による移民に対する漠然とした不満や不安がマリーヌ・ル・ペン氏率いる極右政党「国民連合(RN)」への支持につながった。
既存政党や伝統的なメディアへの不信も増している。
10月に実施されたブルガリア総選挙では、親ロシア派政党「リバイバル(Revival)」が「ブルガリア・ファースト」を掲げて第三党となる躍進を見せた。国民の既存政党への不信が強まり、親ロ政党や極右政党への支持が拡大し、組閣が一層難しくなるという悪循環が続いている。
ルーマニアの大統領選挙の初回投票でも、親ロシア派のカリン・ジョルジェスク候補が、「ウクライナ戦争の背後で帝国主義軍産複合体が暗躍している」などの極端な主張を展開したにもかかわらず、有力候補を破って決戦投票に進んだ。この投票は外国政府や非国家主体による大規模な介入が示唆されたことを受けて裁判所により最初からやり直しとなった。しかし、ジョルジェスクがTikTokなどのSNSを中心とした選挙活動により既存メディアをあえて避け、若年層を中心に幅広い層から支持を集めたことは特筆されるべきであろう。
「空中戦」と「地上戦」の交錯
ただし、偽情報や既存政党への対抗の有無にかかわらず、SNS上のキャンペーンだけで選挙に勝利する事例は少数にとどまったことも事実であった。ルーマニアのようにSNSによる「空中戦」だけで多くの支持を獲得した事例もあったが、他の多くの選挙では、SNSと組み合わせて、地方での「地上戦」も積極的に行われていた。
例えば、ハンガリー保守系の新興野党「ティサ(TISZA)」を率いるマジャル・ペーテルは、これまで都市部を中心に支持を集めていたリベラル系の野党とは異なり、オルバーン・ヴィクトル首相が訪れないような地方の田舎の町まで出向き集会を行った。また、その集会の大多数ではSNSでのライブ配信も同時に行い、知名度を飛躍的に向上させた。その結果、6月に実施された欧州議会選挙では第二党に躍り出るとともに、2010年以降継続的に政権を担ってきた与党・フィデスの得票率を政権発足以来最低の50%以下に抑え込んだ。
昨年11月のアイルランド下院選挙でも、中道右派の連立与党である統一アイルランド党(FG)と共和党(FF)が、SNSを駆使する戦術と地道な現地活動を組み合わせることで、ナショナリスト政党のシン・フェインの台頭を抑え込んだ。「TikTok宰相」の異名を持つサイモン・ハリス統一アイルランド党党首は、SNSを活用した選挙戦で注目を集めた一方、ミホル・マーティン共和党党首は、ハリス党首がいずれ「息切れ」すると見越し、地味ではあるが頼りになるリーダー像を構築する戦略をとった。両党の異なる戦術の組み合わせが連立与党としての地位を維持するカギとなった。
ハンガリーやアイルランドの事例は、SNSの選挙活動だけで選挙に勝てる時代でも、戸別訪問などの地元の活動のみで選挙に勝てる時代でもなく、その組み合わせが今後の選挙の肝であることを示している。
伝統的な中道派政党やメディアがこうした変化に適応し、信頼を回復しつつ「取り残された」人を包摂しながら、穏やかな政策論争を展開することができるのか。それとも極端な主張を掲げる政党やメディアが有権者の支持を獲得するとともに、国内の政治的分断を進めることになるのだろうか。「選挙イヤー」が終わった今も、「空中戦」と「地上戦」という二つの選挙戦が組み合わさる中で、2025年以降の選挙の動向を注視し続ける意義は十分にある。
Research Fellow,
Digital Communications Officer
Yusuke Ishikawa is a Research Fellow and Digital Communications Officer at Asia Pacific Initiative (API) and Institute of Geoeconomics (IOG). Since 2024, he also works remotely as an external contributor for the Anti-Corruption Helpdesk at Transparency International Secretariat (TI-S) in Berlin. His research focuses on European comparative politics, democratic backsliding, and anti-corruption. He has published multiple commentaries and videos on European politics, such as elections in V4 countries, Hungarian politics and foreign policy, and corruption in Ukraine, for internal and external outlets. At API, as a digital communications officer, he is also responsible for the planning and management of the website and SNS (especially YouTube and LinkedIn). In addition to his research and PR-related roles, he previously worked as an intern for the Fukushima Nuclear Accident project and Abe administration project (Oct 2020 – Jan 2021), as a research assistant for CPTPP program (Jan 2021 – Jun 2022), and as a research associate for IOG’s Europe & Americas group and a translation project of the book “Critical Review of the Abe Administration” (Bungei Shunju, 2022) into English and Chinese (Jul 2022 – Jul 2024). Prior to joining API, he worked as a full-time research intern at Transparency International Hungary on a project to measure and interview concerned parties on the transparency of major banks in Hungary. This research was funded by Central European University (ISP Remote Internship Fund). He has also worked as a part-time consultant at Transparency International Defense & Security in the UK for Defense Companies Anti-Corruption Index. He received his BA in Political Science from Meiji University, MA in Corruption and Governance (with Distinction) from the University of Sussex, and another MA in Political Science from Central European University. During his BA and MAs, he also acquired teacher’s licenses in social studies in secondary education and a TESOL (Teaching English to Speakers of Other Language) certificate.
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