ホルムズ海峡と港湾・パイプラインの地政学 -地政学的チョークポイントを巡る攻防-

2026年2月28日に米国とイスラエルがイランへの武力行使を開始してから、およそ一か月が経過した。戦闘開始以降、イランはホルムズ海峡を通過する船舶に断続的に攻撃を行い、通航が困難な状況を作り出している。なぜ、イランはホルムズ海峡の事実上の封鎖を効果的に行うことができており、それをどのように活用しているのだろうか。また、サウジアラビアやアラブ首長国連邦(以下「UAE」)などの周辺諸国はどのような事前策を講じ、その有効性はどの程度発揮されているのだろうか。本稿では、地理的な特性を有効に活用しようとするイランの取り組みと、それに対する周辺諸国の備えという観点に着目して分析を行う。
海峡のコントロールと影響力の行使
2026年のホルムズ海峡危機は、現代においても地政学的なチョークポイントの概念が重要であることを証明した。チョークポイントとは、海峡や運河のような、ある地点から別の地点に移動する際に通らなければならない狭い交通路であり、その交通路を遮断すれば世界経済に多大な影響を及ぼす地点のことを指す。
ホルムズ海峡はオマーン湾とアラビア海の接点に位置しており、最も狭い地点では幅が約30km[1]となっていることから、代表的なチョークポイントとして位置付けられてきた。他のチョークポイント(例えばパナマ運河)は閉鎖されてもホーン岬を迂回するなど、コストをかければ代替のルートはあるが、ホルムズ海峡はペルシャ湾の出口であり、湾の交通を完全に遮断できる。また、地理だけではなく、経済的にも重要な役割を果たしている。ホルムズ海峡を通過する原油の量は、2024年時点で日量約2,000万バレルであり、これは世界の原油消費量の約20%に相当する。
もっとも、イランがホルムズ海峡の事実上の封鎖[2]を効果的に行うことができているのは、ホルムズ海峡の地理的な特性だけではない。その理由の一つとして、ドローンや対艦ミサイル、GPS妨害などが海上交通路(以下「シーレーン」)の寸断手法の在り方を根本から変革しているという点が挙げられる。従来のシーレーンの妨害手法の代表的な例として機雷があるが、機雷は⼀度敷設してしまうと撤去が困難であり、敷設する側にとっても実行のハードルが高い。これに対し、ドローンや対艦ミサイル、GPS妨害は烈度やタイミングを⾃由にコントロールすることが可能であるという特徴がある。特定の海域においてドローンなどによる散発的な攻撃が行われた場合、海運会社にとっては、船員を重大なリスクに晒すこととなり、また保険会社による海域への戦争リスク保険の停止などの問題も発生するため、航行が困難となる。このような点から、現代では、海峡を事実上封鎖するために、全ての船舶の航行を物理的に不可能にする必要性が減少しており、シーレーンの遮断はより⽤いるのが容易な⼿段となりつつあるといえる。
他方で、これまでに中国やインド、パキスタン向けの船舶はホルムズ海峡を通過したとされる。また、イランのアラグチ外相は3月20日、ホルムズ海峡における日本船の通過を認める用意があると語った。これ以外にも、イランは、国連安全保障理事会と国際海事機関(IMO)に対し、イランに非敵対的な船舶はホルムズ海峡を通過できる可能性があるとする書簡を送ったほか、イランの国会は、ホルムズ海峡を通過する船舶に対し、通航料を課すことを計画しているとされるなど、特定の国や条件のもとに、航行を認める姿勢も示している。
それでは、ホルムズ海峡の事実上の封鎖は、イランによる有効なパワーの行使となっているだろうか。政治学者のロバート・ダールは、パワーを「他者に、本来するはずのなかったことを行わせる能力」だと定義する。そうであるとすれば、イランは、特定の国や仕向け地向けの船舶に対して選択的に航行を許可することにより、他国を自国の陣営に引き込み、米国やイスラエルによる攻撃を停止させるというパワーを得ることを目指していると考えられる。しかしながら、3月18日に公表された「ホルムズ海峡に関する英・仏・独・伊・蘭・日・加及びその他諸国の首脳による共同声明」にみられるように、多くの国からのホルムズ海峡の事実上の封鎖への非難は主としてイランに向けたものとなっており、米国やイスラエルに対する非難とは直接的にはつながっていない。本来のイランの目的である、米国とイスラエルの武力行使を停止させるという点では、現時点では十分な効果を発揮できていないといえるであろう。
港湾とパイプラインの地政学
ホルムズ海峡がチョークポイントであるという地理的条件は人為的に変更ができないものだが、周辺諸国は輸送設備の建設や港湾の整備によって、この制約から解放されることを目指してきた。2026年3月時点において、ホルムズ海峡を介せずにサウジアラビアとUAEの原油を輸出することができる港湾が2か所存在する。
一つ目は、サウジアラビアの紅海側に位置するヤンブー港である。サウジアラビアは、ホルムズ海峡の脆弱性を部分的に克服することを目的として、イラン・イラク戦争中の1981年に、東西パイプライン(アブカイク・ヤンブーパイプライン)の建設を開始した。同パイプラインはサウジアラビア東部の油田から、アラビア半島を横断し、紅海沿岸までを結ぶ全長1,200kmのパイプラインで、日量約500万バレルの輸送力を持っている。なお、サウジアラビアの国営石油会社サウジアラムコは、同パイプラインの輸送量は日量700万バレルにまで拡張されたとしているが、最大容量で継続的な操業が可能なのかどうかについては不明である。いずれにせよ、サウジアラビアが45年前に行った取り組みは、今日サウジアラビアにとって最も重要な資産となりつつあるといえるだろう。
二つ目は、UAEのフジャイラ港である。フジャイラ港はホルムズ海峡より先のオマーン湾に位置しており、海峡の封鎖には影響されずに原油をタンカーに積み込み、輸出することができる。フジャイラ港までの原油の輸送には、ハブシャン–フジャイラ原油パイプラインが用いられている。ハブシャン–フジャイラ原油パイプラインは、アブダビの陸上油田があるハブシャンから、インド洋側のフジャイラまでを結ぶ全長370kmのパイプラインで、輸送能力は日量180万バレルとなっている。このパイプラインは、チョークポイントとなっているホルムズ海峡を経由せずに原油を出荷することを目的に、2008年にアブダビ首長国の政府系ファンドが建設を決定した。パイプラインは2012年7月に完成し、2013年4月から原油の出荷を開始している。
しかし、これらの代替ルートには問題もある。第一に、パイプラインの輸送量の上限が挙げられる。ホルムズ海峡を通過する原油は日量約2,000万バレルであり、これらのパイプラインの輸送能力を組み合わせた約680万バレルでは十分な代替手段にはなりえない。サウジアラビアとUAEの取り組みは、リスク回避を目的としたものであったが、あくまでも一部を代替するもので、今回のように、ホルムズ海峡の通航がほぼ全面的に不能となり、かつそれが長期的に続く可能性を想定したものではなかったといえる。
第二に、港湾やパイプラインなどのインフラ自体が攻撃を受けるリスクがある。実際、3月19日には、ヤンブーのサムレフ製油所が攻撃を受けており、UAEのフジャイラ港も複数回の攻撃を受けている。それ以外にも、サウジアラビアのヌスタナラ製油所やカタールのラスラファン工業地区にあるLNGプラント、UAEのルワイス製油所などが、イランからドローンによる攻撃を受けている。
第三に、両港湾から出航した船舶が攻撃を受けるリスクがある。特に、紅海ではヤンブー港から出航した船舶がバブ・エル・マンデブ海峡を通過することとなるため、イエメンの親イラン武装勢力フーシ派による攻撃を受けるリスクがある。特にサウジアラビアは、二つのチョークポイントに挟まれた難所に位置しており、両岸からのリスクにさらされているといえる。
このうち、UAEのフジャイラ港のルートについては、イランとの地理的近接性から、特にリスクが高いといえる。また、サウジアラビアのヤンブー港から、バブ・エル・マンデブ海峡を通過し、紅海に至るルートについては、特にフーシ派の動向に注意が必要である。イランはフーシ派に対して、紅海航路の船舶への攻撃を準備するように指示したとされており、リスクが高まっている。つまり、ホルムズ海峡封鎖リスクを避ける方法も万全ではなく、リスクを避ける選択肢は限られる。その中でも、ヤンブー港からスエズ運河を経由し、アフリカの喜望峰を経由して日本に輸送するルートは、比較的安全性が高いと考えられる。
海洋国家日本の選択肢
日本は、原油輸送の多くをホルムズ海峡に依存しており、同海峡の事実上の封鎖に対して極めて脆弱性の高い国である。他方で、イランへの武力行使を行った米国の同盟国でもあり、日本を取り巻く安全保障環境の悪化を踏まえれば、米国との二国間関係を損なうわけにはいかないという、困難な立場に置かれている。このような中で、日本はどのような対応をとるべきであろうか。
まず、海峡のコントロールというパワーの行使を受け入れることのリスクを考慮に入れるべきである。イランは国連海洋法条約を批准していないものの、ホルムズ海峡は輸送量や船舶航行量の実績から、慣習国際法上、国連海洋法条約における国際海峡と位置付けて良い海域であろう。国際法上、一定の条件のもとで、船舶には通航の権利が認められており、また国際海峡沿岸国に対しては、そのような船舶に対して、通航を妨げてはならないこととされている。
イランとしては、ホルムズ海峡は自国の領海であり、主権を行使することが可能な立場である。しかしながら、通航料を課したり、国籍や仕向け地に応じた選択的な通航許可などは、開かれた海洋の原則に反する。仮に日本のみが何らかの条件を受け入れるような形で航行の許可を得た場合、東シナ海や台湾海峡、南シナ海などで強硬な行動をとる中国に対しても、誤ったメッセージの発信にもなりかねないという点に留意が必要である。日本としては、自国のみの通航を認めてもらうという形ではなく、あくまでも3月18日に公表された「ホルムズ海峡に関する英・仏・独・伊・蘭・日・加及びその他諸国の首脳による共同声明」に基づき、多国間での連携のもとで対応していくことが重要である。
次に、慎重にリスクやコストを見極めつつも、ヤンブー港などの代替ルートの最大限の活用、新たな調達先の模索、石油備蓄の活用という手段を組み合わせ、需要を賄っていく必要がある。地政学的にみれば、日本の特徴は海洋に囲まれており、調達先の自由が高いということがいえる。内陸に位置し、パイプラインにより輸送先、調達先が固定される内陸国(landlocked country)とはその性質が根本的に異なる。このような、海上輸送の自由度のメリットを最大限に活用することが欠かせない。
例えば、サウジアラビアのヤンブー港からスエズ運河を経由し、アフリカの喜望峰を経由して日本に輸送するルートの場合、イランに地理的に近いUAEのフジャイラ港や、フーシ派からの攻撃リスクのあるバブ・エル・マンデブ海峡を通過するルートと比較して、比較的リスクが低く、海運会社にとって課題となっている戦争リスク保険の問題も解決することができるであろう。ただし、日本を含めたアジア諸国が、ヤンブー港で積み出された原油をスエズ運河経由で輸送するコストは多大なものとなる。輸送コストの増加や、それに伴うエネルギー価格の高騰に対しては、場合によっては政府による補助金なども検討する必要があると考えられる。
各社による代替調達の取り組みも進められている。石油連盟の木藤会長は3月23日、加盟各社による原油調達として、北米や、エクアドル、コロンビア、メキシコなどの中南米の地域が候補になるとの認識を示した。日本の多くの製油所の設備は中東産原油に最適化されていることから、原油の性状を見極めながら調達先の検討を進めていくこととなるであろう。
日本政府も、中東情勢の悪化に備えて何の対策もとってこなかったわけではない。日本は2025年12月末までに、約8ヶ月分の石油備蓄を行ってきた。備蓄された石油は、ホルムズ海峡の事実上の封鎖に対する恒久的な解決策ではないが、解決までの時間的なバッファをとることを可能としている。この時間的なバッファを最大限に活用しつつ、代替ルートによる調達や、新たな調達先を模索していく必要がある。
しかしながら、原油輸入量のうち、ホルムズ海峡を通過する原油が93%を占める日本にとっては、新たな調達経路や調達先、石油備蓄だけでは、日本の国内需要を長期にわたって賄っていくことは困難である。日本は1973年の石油危機の後、インドネシアや中国、メキシコ、マレーシアなどからの原油輸入によって、1985年には中東依存度を68%にまで低減させたが、その後の各国における産油量の減少や、自国内需の増加などによって、中東依存に回帰せざるを得なくなったという経緯がある。
ホルムズ海峡封鎖による影響は各国によって異なるが、現在の状態が続けば世界経済への影響は免れ得ない。米国の石油会社大手は、トランプ政権に対し、エネルギー危機悪化の可能性を警告したとされる。米国が2024年にホルムズ海峡を経由して輸入した原油は日量約50万バレルであり、米国の石油消費量の2%にしか相当しないが、米国も原油価格高騰やそれによる世界経済の悪化の影響は受けることとなる。
日本としては、紛争当事者に対してそれぞれ異なるアプローチをとることが求められる。イランに対しては、欧州や東南アジア各国と連携し、「航行の自由」に関する原則からのアプローチを行うとともに、米国やイスラエルに対しては、両国におけるインフレーションや景気の後退、国際社会からの孤立化といった「現実に生じ得る損失」が、紛争を通じて得られるメリットを上回るを強調する形で、停戦や航行の再開に向けた働きかけを強めていく必要があるだろう。
注
(出典:ロイター/アフロ)
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