カナダの対中関係の再調整:北米ミドルパワー国の地経学リスクヘッジ

2025年にトランプ政権が復帰した米国は、同盟国を含む国際社会に対し、関税措置や安全保障政策、国際秩序へのコミットの急激な変化を通じて強い不確実性をもたらしてきた。かかる状況の下、韓国、カナダ、欧州の複数国が、近年悪化していた中国との関係を再調整(recalibrate)し、積極的な首脳外交を展開しており、米国の振る舞いが同盟国・それまで米国と友好的だった諸国を中国側に追いやっているかの如き構図となっている。とはいえ、東アジアの安全保障環境、経済安全保障、貿易不均衡等、中国を巡る懸念は払拭されたどころか、むしろより複雑化しているとも言える状況にある。そうしたリスクに中国と関係を改善する国々はどのように向き合うのか。
こうした問題意識から地経学ブリーフィング中国特集では、日本にとっての「同志国」の中から、昨今に中国との関係の再調整に踏み切った4つの国々――カナダ、英国、インド、韓国――の対応と課題を考察し、5本目の論考にて、日中関係の現在地と展望を検討する。初回となる本稿では、カナダの対中関係再調整と地経学的リスクヘッジの実態を扱う。
依存してきた米国との緊張
北米に位置し、地理的・制度的に米国と不可分の関係にあるカナダは、輸出の7割以上、輸入の6割を米国に依存する対米依存型経済である。しかし、2025年にドナルド・トランプ政権が復帰すると、カナダは関税攻勢の主要な標的の一つとされ、幾度に渡り追加関税に見舞われた。加えて、トランプ大統領からの「カナダは(米国の)51番目の州に」などと主権を軽視するかのような発言も相次いだ。 実際、トランプ政権による対カナダ追加関税と、それに対するカナダ側の対抗措置は、両国関係の緊張を際立たせた。こうした圧力の中で、3月に首相に就任したカーニー氏は対米追随ではなく、一定の距離を取りつつ対抗姿勢を示して国内の支持を集め、4月28日に行われた総選挙で、トルドー前首相の不人気でそれまで劣勢にあった与党自由党を勝利に導いた。
対中関係の再調整
カナダと中国の関係は、2018年の中国企業Huaweiの孟晩舟CFO(当時)の逮捕やそれに続く中国でのカナダ国民の拘束で急速に悪化し、その後も制裁や貿易制限の応酬が続くなど緊張が常態化してきた。こうした中、2026年1月14日~17日にカーニー首相が訪中し、習近平国家主席との首脳会談を通じて新たな戦略的パートナーシップを打ち出し、両国関係の改善を印象付けた。経済、エネルギー、治安・法執行協力、人的交流と多分野にわたり協力の再構築が図られ、多国間主義やグローバル・ガバナンスへの言及も含め、両国関係は実務的協調へと再始動した。
そもそも両国の経済構造は相互補完可能な部分も多く、カーニー首相は両国関係について「双方に大きな機会をもたらしてきた」と強調した。また最近の関係進展について、中国との関係は米国より「予見可能」であるとの認識も示しており、安定的な対話と具体的成果の積み重ねに期待を述べている。
近年の両国経済関係の緊張を象徴していた2024年に米国と足並みを揃える形で始まったカナダの対中国EV(電気自動車)の100%の追加関税、それに対抗しての中国の対カナダ・キャノーラ油製品へのアンチダンピング課税を巡る動きという両国の一連のエコノミック・ステイトクラフト(経済的国策)の応酬も、この度の訪中を経て、中国のネット世論で「EVとキャノーラ油の交換」と揶揄される「幕引き」がなされた。カナダは、一定の枠内で中国製EVへの追加関税100%を課さないこととし、中国側もカナダ産菜種に対するアンチダンピング課税について、調査段階で最大約80%水準も取り沙汰されていたのに対し、最終的に5.9%に留めることで決定した。
チャイナ・リスクはコントロールされるのか
カナダの対中接近を評価する上で重要なのは、その出発点としての対中依存度の低さである。カナダの対中輸出は全体の約4%、同輸入割合も10%強程度にとどまり、対中貿易依存度が約20%に達する日本とは構造的に異なる。すなわち、今回の再調整は依存深化というよりは、2018年以降の関係悪化からの「部分的な回復」に過ぎないとも言える。中国との関係には「ガードレール」を設けるとカーニー首相も言及しており、トルドー政権時に導入されたHuawei・ZTEの5G排除、政府支給端末上でのWeChat利用禁止といった中国製製品・サービスの規制は維持されている。
協力セクターも慎重に選択的かつ限定的にとどめている。カナダ側はAI、サイバー、ロボティクスといった機微技術分野を協力対象から慎重に除外しており、国家安全保障と直結する領域では明確な線引きを維持している。
こうして限られた枠内で、中国との協力は厳格にコントロールされている。例えば、上述の中国製EVについては最恵国待遇の低関税での受け入れ上限を49000台と設定し、自動車市場シェアの3%程度に抑制される設計となっており、国内産業への影響を管理する姿勢を明確にしている。
カナダの新たな対外戦略は、中国との関係再調整にとどまるものではなく、むしろ関係の分散と選択肢の拡張にある。2月27日〜3月2日にかけてインドを8年ぶりに訪問し、2026年内の包括的経済連携協定(CEPA)締結を目指すことで合意したほか、3月5日にはオーストラリアとの間で重要鉱物・防衛・AI分野の協力強化を打ち出した。さらに3月6日には日本との関係を包括的戦略的パートナーシップへ格上げしている。これら一連の動きは、カーニー外交が単なる「対中傾斜」ではなく、地経学的リスクを分散する多元化を志向していることを示している。
カナダと中国双方は、2026年1月の首脳会談を通じて関係改善を強調したが、中国側も手放しで楽観しているわけではない。そもそも両国関係は2010年代中盤には良好であったものの、2018年の孟晩舟事件を契機に急速に悪化した経緯を持つ。現在の接近も、地政学的環境の変動の中で再び反転し得る不安定な均衡の上にある。
対中接近は米国と向き合うための梃か?諸刃の剣か?
カナダの対中接近は、単なる関係多様化にとどまらず、対米交渉におけるレバレッジとしての側面を持つとも解される。とりわけ、トランプ政権が関税や通商圧力を通じて「力の論理」を前面に押し出す中、他国との関係強化を示すこと自体が交渉上のポジショニングとなり得る。カナダ政界においては、7月に見直しを控え、交渉の山場を迎えるCUSMA(貿易協定USMCAのカナダでの呼称。カナダ・アメリカ・メキシコ協定)の維持が超党派的最優先課題であり、対米関係が決定的に重要である点に変わりはなく、中国カードの活用は、対米圧力に対抗する手段となりうる。ただし、行き過ぎれば米国の怒りを買い、交渉を不利にしてしまうリスクも伴う「諸刃の剣」となりうる。
それでも、カナダが対中関係の「再調整」に踏み切ったのは、こうした戦術的な意図以上に、構造上の配慮があったのだろう。「ダボス演説」はとかく、「反米色」が強調されて論じられがちだが、実際は「大国間対立」の世界をいかに乗り切るかが主題であり、カーニー首相の不信はもう一方の大国の中国にも向けられている。米国の「予測不可能性」が高まる中、両大国との「二正面」で対立的な関係で居続けることは、カナダ外交として背負い難いものだったのだろう。
中国側も、カーニー首相の「ミドルパワー結集」論への冷ややかな認識がある。彼の言う「ミドルパワー」とは、米国を除く西側諸国であり、中国やグローバル・サウスも包含しない「西側世界の懐古主義」とし、中国の目指す外交ビジョンとは相容れがたいものとの認識がある。
対米・対中依存の構造や中国との地理的距離、安全保障環境は日本とは大きく異なり、カナダの対中関係「再調整」を「対中融和」や「依存深化」と批判するのは、実態と必ずしも合致しない。カナダ政府は、中国製EVの追加関税措置の緩和を含め、対中「デリスキング」の枠内で、中国との通商関係をマネージしようとしている。ただ、地経学リスクは、単に国全体の貿易依存度のみならず、主要セクター毎の依存度もネックとなり得る。農産品分野ではカナダ産キャノーラが重要な対中輸出品であるが、中国が過去に農産品輸入を交渉カードとして用いてきた経緯を踏まえれば、潜在的なリスクは残存する。にも関わらず、中国との関係改善を急ぐのは、既存の秩序よりも「力」を信奉するトランプ2.0の米国と対峙するに当たり、自国のポジションを高めるアプローチをとらざるを得なかったからだろう。トランプ大統領の機嫌を損ねないように振舞うのとは別の形での、カナダの「ミドルパワー」地経学リスクヘッジ策の有効性が発揮されるのか。まずは7月のCUSMAの見直しで試される。
(出典: Getty/Bloomberg)

地経学ブリーフィング
国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、地経学研究所の研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。
おことわり:地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。


Senior Research Fellow
Senior Research Fellow of the China Group at the Institute of Geoeconomics (IOG). Doi specializes in China and the world (geoeconomic issues, such as development finance and emerging technologies), and global governance in the social development sectors, including education and health. He graduated from the University of Kitakyushu with a B.A. in International Relations (Contemporary China Studies) and a Master of Public Policy from the University of Tokyo. Doi joined the Japan International Cooperation Agency (JICA) in 2008, where he worked on the implementation of the Japanese government’s foreign aid to China at the JICA Beijing Office and conducted financial investments in economic and social infrastructure, sovereign credit risk analysis and research on China’s development cooperation with the Global South at the Africa Department. In 2018, he began his doctoral studies in the Department of Education Economics at Peking University in China, where he received his PhD in Public Policy in 2022. Doi served as a senior researcher and advisor at Diinsider Co., Ltd, a China-based international development consultancy, and as an adjunct researcher at the Center for the Study of International Cooperation in Education, Waseda University, before being appointed to his current position in August 2024. His research has been published in books by international publishers, including Routledge and Springer Nature, as well as in international peer-reviewed journals such as Development Policy Review, Higher Education Research & Development, Public Health Action, and Compare. [Concurrent Positions] Adjunct Researcher, Center for the Study of International Cooperation in Education, Waseda University, Japan. (2023-Present) Visiting Lecturer, Department of International Business and Management, Kanagawa University, Japan. (2025-2026).
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