ドイツと欧州議会選挙――若者は右傾化したのか

【著者】東京大学大学院法学政治学研究科教授 板橋 拓己

本稿は、2024年6月に投開票された欧州議会選挙のなかでも、ドイツの選挙結果について分析する。とりわけ、日本の報道でも注目が集まった極右政党ないし右翼ポピュリズム政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の躍進、および緑の党の敗北について、若者の投票行動に注目しつつ、考察したい。なお、欧州議会選挙そのものについては、鈴木均氏の論考を参照されたい。
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選挙結果の概要

まずは選挙結果の概要を確認しておこう。第1党となったのは、国政では最大野党で中道保守のキリスト教民主同盟・社会同盟(CDU/CSU)で、29議席(得票率30%)を獲得した。AfDは前回の2019年選挙から4.9ポイント増の15.9%の票を得て2位に躍進し、議席数を9から15に増やした。ショルツ首相が所属する中道左派の社会民主党(SPD)は微減で得票率13.9%、14議席だった。2019年選挙で20.5%の票を獲得して躍進した緑の党は、前回から8.6ポイント喪失して得票率11.9%、議席数を21から12に落とした。国政ではSPD・緑の党とともにショルツ政権を支えるリベラルの自由民主党(FDP)は5.2%で、前回と変わらず5議席だった。

今回の欧州議会選挙における目玉のひとつは、新党「ザーラ・ヴァーゲンクネヒト同盟(BSW)」の登場であった。BSWは、人気政治家のヴァーゲンクネヒトが左翼党から離脱して立ち上げた政党で、旧東ドイツ地域を拠点とする左派ポピュリズム政党である。社会・経済的な争点では左派に位置するが、移民・難民の受け入れには反対、ロシア・ウクライナ戦争については即時停戦を支持している。BSWにとってこの欧州議会選挙が結成後初めての大きな選挙だったが、得票率6.2%で6議席を獲得した。一方、割を食ったかたちの左翼党は2.7%で議席を5から3に減らした。

ドイツの選挙制度としては「5%阻止条項」(比例代表で得票率が5%未満の政党には議席が与えられない)が有名だが、欧州議会選挙には適用されない。それに伴い、Volt(後述)やエコロジー民主党(ÖDP)といった環境政党など小政党7党が合わせて12議席を獲得している。

 

若者の投票行動――緑の党からAfDへ?

筆者も指摘してきたことだが、現代ドイツの投票行動は世代でかなり異なる。そして、最近まで若者世代から支持を得ていたのは、緑の党とFDPであった。約2年半前の2021年9月の連邦議会選挙(総選挙)では、18歳から24歳までの年齢層で最も支持されたのは緑の党(23%)であり、次いでFDP(21%)であった。

しかし、今回の欧州議会選挙ではまったく違う結果となった。ドイツでは今回から欧州議会選挙の選挙権年齢が18歳から16歳に引き下げられたが、AfDが、16歳から24歳の年齢層で16%を獲得し、前回の18歳から24歳の年齢層と比較して11ポイント上昇させた――もともとAfDは選挙権年齢の引き下げに反対していたので、皮肉な結果である。一方で、緑の党は24歳以下からの得票が11%にとどまった。これは前回から実に23ポイント減であり、緑の党が今回最も若者から票を失った政党となった。同じく若者から人気があると思われたFDPも7%にとどまる結果となった(とはいえ、2019年の欧州議会選挙では8%だったので、コロナ禍でロックダウンを批判して若者の票を集めた2021年の連邦議会選挙が例外だったとも言える)。

 

SNSの活用

今回AfDが若者たちのあいだで支持を伸ばした理由として、各種メディアが挙げているのが、短い動画を共有するSNSであるTikTokである。これまでもAfDは、Facebookや旧Twitterなど、ドイツの政党のなかで最もうまくSNSを活用してきた。そして、近年のTikTokでの存在感は他の政党をしのいで圧倒的である。

ドイツの政治家のなかで最もTikTokでフォロワーが多いのは、AfDのザクセン=アンハルト州議会議員団長のウルリヒ・ジークムントで、2024年6月現在約42万9000のフォロワーを抱えている。また、AfDの連邦議会議員団のアカウントも43万9000のフォロワーがいる。参考までに記せば、連邦首相府が鳴り物入りで開設したショルツ首相のアカウントのフォロワー数は29万、SPDの連邦議会議員団のアカウントは13万2000、緑の党所属のハーベック経済相は3万、CDU党首のメルツは2万2000に過ぎない。

TikTok上でAfDは、若者の代弁者のごとく振る舞い、若者の利益の擁護者であるかのように自己演出している。伝統的なメディアでは強面のイメージがあるAfDの政治家たちが、TikTokでは親しみのあるキャラクターを演じている。そして、短い動画のなかで次のようなメッセージを繰り返す。「連邦政府は君たちを憎んでいる」「君たちの母親は貧しい老後を迎えるだろう」「ウクライナでの戦争は他人事なのに、君たちの税金がつぎ込まれている」などなど。

なお、2023年11月にAfDの政治家を含む極右の活動家や実業家らがベルリンに集まって移民を北アフリカに追放する計画を立てていたことが暴露され、一大スキャンダルとなったのは記憶に新しいが、上述のTikTokフォロワー数トップのジークムントはその会合に参加していた人物である。そうした人物が日常的に短い動画でメッセージを発しているのだ。

もちろん、TikTokがどこまで得票につながっているかは今後の精緻な研究をまたねばならない。ともあれ、いまやTikTokこそが、ドイツの若者――とりわけ地方在住の――が政治に関する情報を摂取する場となっており、やはりその影響力を過小評価することはできないだろう。

 

ドイツの若者は何に不安を感じているか

それではドイツの若者はどのような政治問題に関心を寄せて投票しているのだろうか。2010年から実施されている世論調査「ドイツの若者(Jugend in Deutschland)」の2024年版によれば、若者が不安を感じている問題は、上位から順に、インフレーション(65%)、ヨーロッパおよび中東における戦争(60%)、住宅問題(54%)、社会の分断(49%)、気候変動(49%)だった。2022年と比べると、インフレへの不安が19ポイント増、社会の分断への不安が9ポイント上昇している。他方で、気候変動への不安については6ポイント減少した。

また、ドイツのTUI財団は、2017年以来、ドイツ、フランス、イタリア、ギリシャ、スペイン、ポーランドの6か国の16歳から26歳までの若者のアイデンティティや考え方を調査し、『若者のヨーロッパ(Junges Europa)』という報告書を発表しているが、その2024年版には注目すべき変化がみられた。23年までは長らく「環境・気候保護」が最も関心の高い政治テーマだったが、24年には「移民・難民」が36%でトップとなり、「環境・気候保護」と「経済・金融政策」が26%で並んだのである。とりわけ「移民・難民」を重要なテーマと考える割合はドイツの若者が最も高く、46%にのぼった。

 

ドイツの若者は右傾化しているのか

では、ドイツの若者は右傾化しているのだろうか。ここで必要なのは、他の年齢層との比較である。年齢層ごとにみると、16歳から24歳の年齢層が、他の年齢層に比べて、特段AfDを支持しているとは言えない。そもそも16%という支持率は、全年齢層平均と同じ割合である。最もAfDを支持しているのは35歳から44歳の年齢層であり、20%にのぼる。25歳から34歳までと、45歳から59歳までの年齢層からもAfDは18%の票を得ている。AfDは、若者からの支持を伸ばしたとはいえ、依然として中年――とくに男性――から支持される政党だと言えよう。

また、確かに緑の党は若い有権者の支持を大きく失ったが、他の進歩的な政党は躍進している。その筆頭がヴォルト(Volt)という政党であり、16歳から24歳の年齢層で9%を獲得した。Voltは、再生可能エネルギーの拡大、産業界からの温室効果ガス排出の削減といった環境争点を掲げるとともに、ヨーロッパの連邦化を支持する、親ヨーロッパ的な小政党である。Voltの綱領は緑の党よりも環境重視(「緑の党より緑」と言われる)で、党員の平均年齢は緑の党(48歳)よりも、はるかに若い(35歳)。

ここで留意すべきは、ドイツの若者は、他のヨーロッパ諸国の若者と比べれば、親ヨーロッパ的で環境重視なことである。前述の世論調査『若者のヨーロッパ』の2024年版によれば、ドイツの回答者の3分の2が自国のEU加盟を「良いこと」だと考えており、この割合は調査対象6か国のなかで最も高い。さらに、環境・気候保護を最も重要な政治問題と考える若者の割合もドイツが最も高く、33%であった(全体平均は26%)。

左派全体を見渡せば、実のところ、SPDの得票率は若年層では前回比で微増している。また、前述の左派ポピュリズム政党BSWも6%を獲得した。左翼党も7%から6%と微減にとどまり、全年齢層のなかで若年層からの得票率が最も高い。つまり、総体的に言えば、若者は左派を見放したわけではない――BSWを単純に「左派」と分類してよいかは悩ましいところだが。

今回若者のあいだで最も得票が多かったのはCDU/CSUで、前回より5ポイント増の17%を記録した。これをもって若者の「保守化」を論じる者もいる。しかし、全年齢層の支持率30%と比べると、かなり低いことには変わりがない。

確かに、ドイツの若者は以前に比べて右傾化したのかもしれない。ただ、それは他の年齢層にも言えることである。緑の党の支持率の激減も、それがただちに右派に流れたわけではなく――おそらくは国政与党となった緑の党のパフォーマンスに失望して、あるいはウクライナ支援の先頭に立ち「好戦的な」同党を忌避して――他の左派政党・環境政党に流れたのだと、現在のところ解釈できる(より詳細なデータをまつ必要があるが)。

むしろ、ドイツの若者の投票行動で注目すべきは、その流動性の高さであろう。ベルリン自由大学の政治学者トールステン・ファースは、「〔ドイツの〕若者は、最も多様で変化に富んだ投票行動をとるグループである」と指摘している。そもそも、連邦議会に議席をもつ7つの政党以外の政党の得票率が合わせて28%、実に4分の1以上の若者が小政党に票を投じているのである。

若者の不安や不満を、極右の――TikTokで打ち出されているような――物語に回収させることなく、うまく解消できるか。既存の諸政党の未来はそこにかかっている。そして、組織化されていない若者層を民主主義にいかにしてつなぎとめておけるかは、日本も含む世界の民主主義諸国共通の課題だろう。その意味でドイツの事例は示唆に富む。

(Photo Credit: AP/ Aflo)

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