ウクライナの反転攻勢は戦勝へとつながるか
ウクライナのゼレンスキー大統領は6月10日にはじめて、ロシアに対する反転攻勢を開始したことを認めた。そして、11日には、ウクライナ軍はブラホダトネとネスクチネ、そしてマカリフカという、それまでロシアに占領されていたウクライナの領土を解放したことを明らかにした。このウクライナ軍による新しい攻勢によって、いよいよ戦争は新しい段階に進むことになる。
依然として戦線は膠着しており、ロシア軍の防衛と抵抗は屈強とみられており、この戦争は長く続く可能性が高い。ウクライナの反転攻勢が挫折に終わる可能性もあり、それによって国際社会のウクライナ支援も終止符を打つかもしれない。
そもそも、この戦争がどの程度長く続くか、またどのように停戦に至るべきか、あまりにも不透明な要素が大きい。そのことが、多くの人々を不安にさせている。これほどまでに世界情勢の見通しがつかない時代は、稀であろう。
そのような中で、ウクライナが本格的に始動した反転攻勢の行方は、この戦争の趨勢を大きく左右するだろう。ただし、それは決して平坦な道ではなく、軍事的に大きな苦境を経験することになるであろう。それではなぜ、このタイミングでウクライナは反転攻勢を開始したのだろうか。
政治的に必要であった反転攻勢
ウクライナが、このタイミングでロシアに対する反転攻勢を開始したのは、政治的にも重要な意味を持つ。というのもそれは、5月のG7広島サミットと、7月にリトアニアでの開催が予定されるNATOサミットの、2つの「サミット」に挟まれる重要な時期であるからだ。対面でG7広島サミットに参加したゼレンスキー大統領は、参加した各国の首脳に、自らの軍事行動の正当性とウクライナに対する国際社会からの支援継続の重要性をアピールした。
その1つの帰結として、インドのモディ首相は「インドは解決のためにできる限りのことをするつもりだ」と、ゼレンスキー大統領との対面の会談で述べている。さらには、自らのSNSの投稿で、「ウクライナの人々への人道支援を継続する」と明言した。
そして、軍事的に重要なこととして、G7広島サミットの最中にNATO加盟国がF16戦闘機の供与を決断したことが挙げられる。これによって、ロシアの占領地域の後背地に対する空からの攻撃が可能となれば、ウクライナ軍はレオパルト2のような高性能の戦車を擁する部隊をより安全に前進させることが可能となる。NATO諸国はウクライナの勝利に向けて、よりいっそう深く関与するようになっている。
他方で、欧米諸国内では長期化する戦争において、自国経済を犠牲にしてまでウクライナへの支援を継続することへの不満の声が大きくなっていく可能性もある。
また、来年のアメリカ大統領選挙でトランプ前大統領が仮に勝利すれば、それまでのアメリカのウクライナ支援は大きく後退するかもしれない。これらのことからも、ウクライナとしては政治的にも、この反転攻勢によって確実にその戦果を示し、ウクライナの勝利の道程を見せる必要があるのだ。
これまでNATO加盟国の中でも、とりわけロシアの侵略に厳しい批判を示し、ウクライナの防衛努力に同情的なリトアニアがサミットの議長国となることは、ウクライナにとっての大きな好機となるであろう。7月に開催されるNATOサミットは、ウクライナ支援をこれからも継続していく上での、重要な画期となるであろう。
だからこそ、その前にウクライナ政府としても一定の軍事的な成果を示す必要があったのだ。
チャーチルに自らを重ねるゼレンスキー
ゼレンスキー大統領が模範とし、しばしば参考にするのが、第2次世界大戦中のイギリスの首相ウィンストン・チャーチルである。
チャーチルは次のように論じる。「多くの災厄、測りがたい犠牲と苦難が待ち受けているであろう。しかし、終着点についてはもはや疑いはなくなった」。チャーチルは、日本の真珠湾攻撃を経てアメリカが参戦したことで、自らの勝利を確信したという。その上でチャーチルが何よりも重視したのが、政治と軍事を結びつけて戦争指導を行うことであった。
『危機の指導者 チャーチル』の著者で、外交官の冨田浩司駐米大使は、同書の中で、次のように記す。「英国の国力の限界が顕在化する中で、軍事力を補完したのが外交力であり、その最も強力な武器がチャーチルであった。彼自身も自らの役割を熟知し、これを最大限利用しようとした」。
イギリス一国の軍事力のみで、巨大なナチス・ドイツに対して勝利を収めることは困難であった。むしろ、その外交力を用いて、より幅広い国際的な連携を確立することが、チャーチルにとって勝利の鍵となるのである。
確かにチャーチルとゼレンスキーでは、政治家としてのその歩んできた道のりが異なる。だが、軍事力で劣るなかで、外交でその国力を補完し、自らを「その最も強力な武器」として世界を飛び回るゼレンスキー大統領は、その国民を鼓舞する姿、そして国際世論を味方に付ける姿において、チャーチルと重なる。
その懸命な外交活動により、徐々に国際社会のウクライナ支援が拡大している。すでに触れた戦闘機F16の供与は、その1つの重要な証左といえる。チャーチルにとっても、ゼレンスキー大統領にとっても、戦争に勝利するための鍵は、その外交力によって幅広い国際的連携を確立することだ。
1942年2月9日のラジオ演説で、チャーチルは次のように述べていた。「武器を与えてほしい。そうすれ我々が仕事を片付ける」。おそらく、現在の戦争においてゼレンスキー大統領も、同様の認識を持っているはずだ。
2022年12月23日のワシントンの連邦議会上下両院に対して、ゼレンスキー大統領は次のように述べている。「私たちには武器があり、感謝しています。それは十分でしょうか? 正直なところ、十分ではありません」。
そして、「バフムトを守るためには、より多くの大砲と砲弾が必要です」と述べた。かつてのチャーチル同様に、ゼレンスキー大統領もまたアメリカに対して「武器を与えてほしい」と求めている。
ゼレンスキー大統領は、自らをチャーチルに重ね合わせることによって、イギリスやアメリカの世論を味方に付け、また勝利への確かな道筋を示しているのかもしれない。また、チャーチルが日本の真珠湾攻撃と、アメリカの参戦をもって、戦争の潮流が大きく変化したと感じたように、ゼレンスキー大統領もG7広島サミットへの対面参加、さらにはこの反転攻勢の開始をもって、戦争の潮流を逆転させたいのではないか。
ただしまだ、勝利への道のりは確かではない。
ウクライナの反転攻勢が成功するために
国際社会のウクライナへの支援が無限に続くわけではないし、時間とともに支援国の国内での批判や不満も拡大していくであろう。ウクライナが、勝利の見通しとその道程を示すことができなければ、対ウクライナ支援や、対ロシア制裁は、時間とともに緩やかに後退していってもおかしくはない。
だからこそ、戦争勃発から1年以上が経過して広島でのG7サミットと、リトアニアでのNATOサミットが開催される狭間のこの時期に反転攻勢を開始して、軍事的な成果を国際社会に示すことによって、ウクライナへの支援の継続を確かなものにしたかったという政治的な動機があったのだろう。
日本もまた、G7広島サミットで岸田文雄首相がゼレンスキー大統領と対面での会談を行った際に、自衛隊が持つトラックなど100台規模の車両を提供することを伝えている。また、「ウクライナ復興は貢献の柱」として、5月15日に首相官邸で「ウクライナ経済復興推進準備会議」の初会合を開催して、日本はウクライナ復興で指導的な役割を担う意気込みを示している。
30年ほど前の湾岸戦争の際に、日本は平和や安全の回復のための積極的な貢献を示すことができなかった。だが、日本国憲法前文では、「いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」という国際協調主義の精神が刻まれている。
だとすれば、現在の日本のウクライナ支援、そしてウクライナ復興へ向けた具体的な措置は、憲法が本来擁していた国際協調主義に基づいた平和主義の精神の1つの体現であるというべきであろう。
(Photo Credit: www.president.gov.ua)
地経学ブリーフィング
コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。
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欧米グループ・グループ長
立教大学法学部卒業、英国バーミンガム大学大学院国際学研究科修了(MIS)、慶應義塾大学大学院法学研究科修士課程および博士課程修了。博士(法学)。北海道大学法学部専任講師、敬愛大学国際学部専任講師、プリンストン大学客員研究員(フルブライト・フェロー)、パリ政治学院客員教授(ジャパン・チェア)などを経て現職。安倍晋三政権において、「安全保障と防衛力に関する懇談会」委員(2013年)、および「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」委員(2013年-14年)、国家安全保障局顧問会議顧問(2014年-16年)を歴任。自民党「歴史を学び、未来を考える本部」顧問(2015年-18)。 【兼職】 公益財団法人国際文化会館理事 アジア・パシフィック・イニシアティブ研究主幹 慶應義塾大学法学部教授
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