ウクライナ戦争が今後の国際秩序を規定する理由

【特集・G7サミットでのウクライナ支援(第5回)】

ロシアのウクライナ侵攻から1年以上が経過したものの、未だに戦争収束の道筋は見えない。

ロシアの近隣諸国に対する武力行使は、近年でもジョージア紛争(2008年)、クリミア半島併合(2014年)、シリア介入(2015年)など枚挙にいとまがない。それでも、主権国家の政権転覆と占領を目的とする侵略行為であること、また国連安全保障理事会の常任理事国の行為であることにおいて、ロシアのウクライナ侵攻は極めて秩序破壊的だった。

現代の国際安全保障秩序の前提は、国連憲章第2条4項に明記される領土の保全や政治的独立に対し、武力による威嚇や行使を慎むことにある。国際法上の武力行使の例外は、憲章51条における個別的・集団的自衛権の行使と、憲章第7章における集団安全保障に限られる。

この基本的ルールに背いて他国を公然と侵略する国に対しては、国際社会から厳しいペナルティを課されることで秩序の前提は維持される。しかし公然たる武力行使がむしろ利得を生み出し、ペナルティも生じないとすれば、この秩序の前提は崩壊する。

ロシアのウクライナ侵攻が国際安全保障秩序にどのような変化をもたらすかは、現在進行している戦争の始まり方、戦い方、終結の仕方に大きく依存する。ウクライナ戦争がなぜ始まったかは、武力侵攻に対する抑止力と抑止失敗の教訓として記憶される。戦争がどのように戦われたかは、現代戦の勝利と敗北、利得と損耗のプロスペクト(見通し)に影響を与える。そして、何より戦争がどのように終結するかは、今後の侵略行為の起こりやすさにかかわってくる。

換言すれば、ロシアのウクライナ侵攻後に世界の安全保障秩序を軌道回復できるかが、問われているのである。国際社会がロシアの侵略行為を歴史的失敗に追い込むことができるか、それともペナルティなく追認してしまうかによって、安全保障秩序の基盤は大きく変化するからだ。国際社会はまだその最終的な答えに至っていない。
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戦争はどのように始まったか:抑止失敗の教訓

ロシアのウクライナ侵攻はなぜ起こってしまったのか。その原因について、プーチン大統領の偉大なロシア復活への野心(=選択した戦争)と、ロシアの地政学的懸念(=選択せざるを得なかった戦争)の対比に関する論争がある。しかし原因はどうあれ、仮にプーチン大統領が侵略の意思を固めたとしても、なぜロシアの侵略を抑止できなかったのか(抑止の失敗)は、国際安全保障秩序におけるより重要な論点である。

抑止力が成立するためには、相手が有害な行動をとったとしても利得が得られず、むしろ重大な損害が生じることを損得勘定にかけ、相手の行動を思いとどまらせることが必要となる。相手の侵略行為に対する反撃によって、相手に耐え難い損害を与えることが、懲罰的抑止の基本的考え方である。もう一つの抑止力は、相手が有害な行動をとったとしても、防御能力や強靭性によって作戦目的を達成できないようにし、相手の行動を思いとどまらせることだ。これが拒否的抑止の基本的考え方となる。

戦争開始前に、ロシアとウクライナの軍事力は明らかにロシア優位だった。ウクライナには、ロシアに耐え難い損害を与え得る反撃能力は存在しなかった。ウクライナが北大西洋条約機構(NATO)加盟国であれば、集団防衛の原則によって反撃能力を調達することができたであろう。しかし、当時のウクライナの安全保障を支えていた国際協定は、アメリカ、ロシア、イギリスがウクライナに安全の保障を約束した拘束力のない「ブダペスト覚書」(1994年)に過ぎなかった。実際、ロシアのクリミア半島併合、ドンバス軍事介入、ウクライナ侵攻に対して、同覚書は何の役にも立たなかった。

しかしNATO加盟国でないウクライナに対しても、アメリカや欧州諸国が任意に軍事介入する可能性を示唆し、ロシアの予見される行為に厳しい制裁を課すことにより、ロシアの行動を抑制する道筋は残されていた。しかし、アメリカ政府は早々にウクライナに地上軍を派遣することを否定し、欧州諸国も軍事介入の意思を示さなかった。プーチン大統領の戦略計算における損失の見通しが低く見積もられたことは、想像に難くない。

また侵略行為に対する強靭性(防御)に関しても、ロシアがウクライナ軍の抵抗能力、ウクライナ国民の団結、欧州諸国の対ウクライナ支援に関する見通し、ロシアに対する経済制裁を過小評価していたことは明白である。ロシア軍の戦力優位を利用して、迅速かつ効果的にウクライナを制圧できると考えたのであろう。これが明らかな自らへの過信と相手に対する過小評価であったことは、その後の戦争の経緯が証明している。

戦争の始まり方における教訓は、侵略する意図を持った指導者に侵略のコストを過小評価させたことにある。NATOが軍事介入の可能性を強く示唆し、ウクライナ軍の強靭性や苛烈な経済制裁によってロシアに甚大な損害が及ぶことが事前に示せていれば、この戦争は防げていたかもしれない。

戦争の戦い方:継戦能力の維持と防御優位

2022年2月の戦争開始から1年間で、ロシア・ウクライナ戦争は4つのフェーズ—-①初期のロシアの電撃作戦の失敗と北部撤退戦、②ロシア軍の東部2州制圧と南部侵攻を経た東南部4州の併合、③ウクライナ軍の反攻・反転攻勢(ハルキウ・ヘルソン)とロシア軍の追加動員、④戦線の膠着と打開に向けた欧州諸国の支援とウクライナ軍兵装の転換—-が展開した。

この戦争の経過において、もっとも特筆すべきは、ウクライナ軍が組織的抵抗力と継戦能力を維持し、ロシア軍の作戦遂行能力を拒否し続けたことだった。

ウクライナ軍の抵抗力・継戦能力を支えた決定的要因は、ウクライナ軍の防空能力が維持され、ロシア軍が各フェーズにおいて制空権を獲得できない環境下で、地上戦を継続できたことにある。ウクライナ軍は米軍およびNATO諸国から防空システムの供与や情報支援を受け、ロシア軍の効果的な航空作戦と制空権獲得を困難にした。また、地上では地理的要因を生かした遊撃戦術や携行型の対戦車・対空ミサイルの効果は顕著で、榴弾砲や多連装ロケットによる砲兵火力でもロシア軍に多大な損耗を与えた。

ロシア軍はウクライナ軍に対して圧倒的な機動部隊(戦車・機械化歩兵)と火力の優位を誇りながらも、ウクライナ軍の抵抗により甚大な損耗を被っている。戦争開始から1年間でロシア軍は全軍が保有する戦車の半数近い1500両以上を喪失し、歩兵戦闘車両の喪失も2000両を超える。ロシア軍が効果的に機甲戦による攻勢作戦を展開できなかったことにより、激戦地においてはしばしば第一次世界大戦を彷彿させる塹壕戦が展開されるようになった。両軍の戦況の膠着は徐々に消耗戦の様相を強めていった。

今後の戦況の変化を見通すことは困難であるが、西側諸国によるレオパルト2やM1エイブラムス等の戦車の集中投入によってウクライナ軍の機甲戦を抜本的に立て直し、NATO諸国から提供される戦闘機の投入によって航空戦を優位に展開できれば、ウクライナ軍が東部および南部において戦局を打開し、領土奪還のための攻勢作戦へとフェーズを移す可能性がある。

しかし、ロシア軍も追加装備の動員や、ミサイル対地攻撃の強化によってウクライナ軍の攻勢を阻止し、さらに追い込まれればワイルドカードとしての戦術核兵器の使用も視野に入れざるを得ない。ロシアが戦争エスカレーションや核兵器の使用を示唆して、NATO諸国の直接的な軍事介入を抑止する構図には変化がない。

戦争の戦われ方における教訓は、継戦能力の維持と持続性・強靭性を担保することによる防御優位の軍事態勢の重要性である。継戦能力の維持には指導者・軍・国民の士気を前提にして、組織的に軍事作戦を遂行できる能力、中でも武器・弾薬の生産・供給能力を系統的に維持し続ける能力が重要となる。こうした防御優位の軍事態勢によって、作戦遂行を拒否し、軍事侵攻を成功させないことを示したことが、国際安全保障秩序への大きな教訓となる。

戦争の終わらせ方:今後の国際安全保障秩序を規定

ウクライナ軍とロシア軍の双方が継戦能力を維持する中で、ウクライナ戦争の早期終結の見通しは立たない。しかし、この戦争がどのように終結するかは、今後中長期にわたる国際安全保障秩序に決定的な影響を与えることは確実である。

ウクライナ戦争の終結には、①交渉による両当事者の停戦・和平合意、②いずれか一方の軍事的勝利(もしくは優位性を固定化した状態)による終結、③消耗と厭戦による戦闘維持能力の喪失による停戦という主たるシナリオがある。千々和泰明氏が「戦争終結の理論」(『国際政治』第195号、2019年3月)で論じたように、「妥協的な和平」と「紛争原因の根本的解決」にはジレンマが生じやすい。

前者については、早期の妥協的和平は戦争による人的・物的犠牲を抑えるだろうが、その間の優勢勢力側の優位を確定し、将来の危険(当事国のさらなる主権侵害や国際安全保障秩序の劣化)を増すことにつながる。ロシア・ウクライナ双方に早期停戦を促すことは、ロシアが侵略によって獲得・支配した地域の現状を固定化することに結びつく。それは、結果として侵略戦争の利得を是認する態度と切り離すことは困難である。

しかし後者の紛争原因を根本的に解決すること、すなわちウクライナが侵略された国土を回復(2月24日以前の状況に回帰)することは、ウクライナ軍が攻勢を続けて戦況を打開して東南部地域の実効支配を再獲得するか、ロシア軍の損耗率を高めて組織的な戦闘能力を低下させるか、ロシアに対する経済制裁を強化して国家として戦争を継続する能力を奪うか、いずれかの方法を追求する以外にない。このいずれもが、甚大な人的・物的・経済的な損失を伴うものとなる。

ロシアに対する経済制裁が十分に効果を上げていないことも、戦争を長期化させる原因となる。ロシア連邦統計局が発表した2022年の国内総生産(GDP)は、前年比-2.1%に過ぎなかった(ウクライナは前年比-30%とみられる)。経済制裁の影響によりロシア国内の個人消費や生産活動は落ち込んだが、輸出の要である原油・天然ガスの価格高騰がGDPの下支えに寄与したとみられている。リーマンショック時には-7.8%(2009年)、新型コロナウイルス感染拡大の影響時に-2.7%(2020年)だったことと比較しても、経済制裁の効果は限定的であることを物語る。

重要なことは、ロシアのウクライナ侵攻が歴史的に失敗であると位置付け、戦争を可能な限り早期に終結させることである。ウクライナ軍が剥奪された領土を奪還する権利を支持し、その軍事作戦を支援するとともに、ロシアの継戦能力とそれを支える国家的体力を奪うことが、現時点での解である。そのために国際社会が努力すべきことはまだまだ多い。

(Photo Credit: AFP / Aflo)

地経学ブリーフィング

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コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

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神保 謙 常務理事(代表理事)/APIプレジデント
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程修了(政策・メディア博士)。専門は国際政治学、安全保障論、アジア太平洋の安全保障、日本の外交・防衛政策。 タマサート大学(タイ)で客員教授、国立政治大学、国立台湾大学(台湾)で客員准教授、南洋工科大学(シンガポール)客員研究員を歴任。政府関係の役職として、防衛省参与、国家安全保障局顧問、外務省政策評価アドバイザリーグループ委員などを歴任。 【兼職】 慶應義塾大学総合政策学部教授
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神保 謙

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慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程修了(政策・メディア博士)。専門は国際政治学、安全保障論、アジア太平洋の安全保障、日本の外交・防衛政策。 タマサート大学(タイ)で客員教授、国立政治大学、国立台湾大学(台湾)で客員准教授、南洋工科大学(シンガポール)客員研究員を歴任。政府関係の役職として、防衛省参与、国家安全保障局顧問、外務省政策評価アドバイザリーグループ委員などを歴任。 【兼職】 慶應義塾大学総合政策学部教授

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