日本が安全保障力を着実に高める為の5つの方策
【特集・新国家安全保障戦略のリアル(第4回)】
自民・公明両党による防衛力強化に向けた戦略3文書の見直し協議を踏まえ、国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画が新たに策定された。
これらが示す国際情勢認識、政策課題や事業の内容は、その広がり・深さ・規模のいずれをとっても、画期的なものである。国際社会の多面的な構造変化に対応し、わが国として「分野横断的な実践的対応力」の緊急的整備と「機能的・限定的な抑止力」の構築により「不可分一体の安全保障力」の実現を目指すものといえる。
中長期計画に示されている政策の実現および「能力の実装化」には10年単位を要する。内容があらかじめ特定され、優先度の高い事業もあれば、具体的な方向性を見極めがたいものもある。今回の戦略文書には、新たな状況の下で、「最悪の事態をも見据え」、前例のない、多様な課題が数多く含まれている。それゆえ、その具体化には従来の戦略の実施過程とは全く異なる発想と格別の努力が求められている。
前提を覆すような事象が起きる現実がありうる
これに加え、戦略文書策定直後において、その前提を覆すような事象が起きる現実がありうることも覚悟しておかなければならない。動的防衛力の構築を目指した22大綱策定直後の東日本大震災の発生や、ロシアとの戦略的協力の構築を前提にした国家安全保障戦略策定直後のロシアのハイブリッド戦によるクリミア併合などがその例である。
その意味で、戦略文書そのものの評価もさることながら、これを履行し、結果を検証し、状況の変化によって生じた不備を迅速に是正する措置を取り続けることが特に重要である。計画上優先度の高い事業だからといって、「お墨付き」を振りかざし、そのまま実施するようなアプローチは改めなければならない。
われわれはウクライナ侵攻におけるウクライナの柔軟な適応力を学ばねばならない。戦局の推移に応じ、それまで構築されていた手段をあっさり捨て、新たな手段を繰り出したり、長い間忘れられていたものを活用したりするといった手法である。ドローン・情報通信技術・AIの組み合わせにより「航空優勢」の概念を変えるような状況を創り出したのはその成果である。
計画の実施に当たっては、新たな前提自体が時代のさらなる変化に取り残される宿命にあるという認識に立って柔軟性を確保することが不可欠である。これには、事業の全面的見直し・凍結、前倒し・拡大、計画外事業の取り込みなどが含まれる。
同時に「検討」を先送りせずに結論を出す「スピード感」と、事業の「見える化」など透明性のあるプロセスの確立が不可欠である。言い換えれば、計画は本来静的な「歯止め」や「到達点」といったものではなく、動的に「回転させて」手応えを確かめるべきものなのである。
「策定よりも具体化が困難」という前提に立って
今回の戦略では、こうしたプロセスの確立に資するため、高次のレベルでの国家の対応の統合や機動的に予算を確保するための新たな施策が随所に盛り込まれている。本稿では、計画の策定よりもその具体化がいかに困難かという筆者の経験を踏まえつつ、効果的な戦略の実施に必要な5つの方策について述べたい。
1 官民協力体制の確立のためのソフトウェアの強化(Interaction)
今回の諸計画策定に当たっては、防衛産業基盤の強化、グローバルサプライチェーンや安全保障上必要なインフラの強化、国民保護の充実など日本に対する攻撃への強靭性の確保などが重視された。このためには、何よりもまず一方通行ではない官民協力体制の充実が不可欠であり、ともに行動する習慣を構築するためのソフトウェアの強化が重要である。
具体的には、政府による積極的な情報発信、関係者間における機微なものを含む情報共有を可能にする制度の導入、国民の安全保障意識の形成、定期的な訓練やセミナーなどを通じたオールジャパンとしての能力の検証などが不可欠である。また、こうしたソフトウェアが確保されれば、官民を通じた安全保障関連の事業やデータの共有化が進展するとともに、統一的な手法により、多様なニーズに応じた適切な情報管理が可能となる。
2 変化に応じて柔軟に計画・事業を見直すメカニズムの確立(Improvisation)
年度予算制度の制約の克服や安全保障環境への変化の加速化という観点からは、状況変化に応じて機動的にかつスピーディーに計画を実施していくことが重要である。例えば研究開発における目標水準の引き上げやリスクが高くとも先端的な内容を目指す研究に対する支援の拡大 、事業の進捗の加速化に対するインセンティブ規定の活用、集中的整備のための予算の柔軟配分、基金による機動的な資金の活用や会計手続きなどの簡素化である。
これらの課題については、「総合的な国力を最大限活用」するという観点から、国家安全保障会議において指針を示したうえで、計画や事業の重要性、緊急性、所要経費の規模など各種要素を考慮しつつ、計画の中止・延期・組み換えも含め柔軟な予算執行を行うことが求められる。平素からこうした運用を重ねることで、国全体としての緊急事態への備えもやりやすくなる。
3 関係府省の各種事業の見える化・生きたデータベース化(Integration)
政府内はもとより官民連携を真に確保するためには、平素から取り組んでいる各種施策における安全保障関連要素やその欠落が浮かび上がるような形での事業体系の「共有化」が必要である。その対象は「研究開発、公共インフラ整備、サイバー安全保障、国際協力」の4分野にとどまるものではない。
安全保障サイドから具体的な緊急事態において必要となりうる施策について提起し、それに応じて各府省が具体的な検討を行う。それに加え、各府省が主体となって自ら極力幅広く課題を想定し、政府全体として講ずべき措置あるいは共有すべき情報・事業について双方向的にニーズを組み込むといった体制が必要である。
目立つ事業だけに絞らない
特定の目立つ事業だけを切り取り、安全保障関連事業として管理していくという手法に陥ることなく、関係府省の見えにくい事業にも光を当て、有機的な連関を構築することを目指すのが望ましい。
このためには、目標、内容、達成時期を具体的に示し、部局間の壁を越えて各種事業に関するガバナンスを高めうる、統一的な情報・事業管理手法を確立する必要がある。これにより、実効的な「見える化」が図られ、それぞれの相互関係、融合・加速化、コストの違い、欠落・不備是正事項がより明らかになることも期待できる。
4 平素からの国際的な情報共有と調整システムの確立(International cooperation)
戦略の効果的な実施のためには、同盟協力、二国間・多国間協力、地域協力を含む国際協力が不可欠である。分野別ないし特定の問題が生起した際にそれに焦点を当てた枠組みを構築することと並んで、平素からの分野横断的な国際協力体制の構築が重要である。
国を越えて統合された安全保障力を追求するとともに、さまざまな問題の連関を考えながら国際的に協力して対応していく力が試されており、新たな構造変化に全体として適応するような各国の連携能力がますます重要になってきている。
特に、秩序に挑戦する国に対する抑止のためには、政府内、日米間はもとより、ASEANを含むインド・太平洋にとどまらず、EU、NATOや欧州各国との協力も含めて、24時間絶え間なく日常的な情報の共有と政策の機動的・分野横断的な遂行・調整を行っていく「場」とシステムの構築が不可欠である。
5 諸計画の戦略的・機動的実施のためのメカニズムの構築(Implementation)
政府の体制整備に加え、複数のシンクタンクや有識者の連携により、計画に関する「統合・履行・検証・提言メカニズム」を構築し、その履行、状況変化への対応、成果の検証、緊急措置の必要性などに関して、定期的に検討を行い、提言を含む報告書をまとめることとすべきである。
この前提として、政府が諸計画のアクション・アイテムを網羅的に、目標とするタイムラインと併せた形で示すことが望まれる。これにより、国民をはじめマスコミ、研究機関やNGOに対して、諸計画の透明性が確保され、国民の認識の向上や知識の共有化につながる。また、民間からの情報提供を含む要望の発出や計画の機動的な実施・変更などに対する理解を得る契機とすることができる。
戦後最も厳しく複雑な安全保障環境を生き抜くために
以上の5つの施策は、「戦後最も厳しく複雑な安全保障環境」を生き抜くためには、最低限必要なものであり、先を見通すための情報の統合力の向上、変化に対する感度豊かな戦略的機敏さの発揮、そして計画を実行・検証・改善し続ける粘り強さの確保に資するものと考える。
重要なことは、わが国として安全保障に関連する総力を結集し、国際環境に積極的に働きかけるための創造的イニシアティブの発揮、抑止が破られる場合に備えて必要となるハード・ソフトの緊急的な整備および将来を見据えた中長期的な国力の強化の実現を図ることにある。
(Photo Credit: Reuters / Aflo)
地経学ブリーフィング
コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。
おことわり:地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。