中国の台湾政策に行き詰まりが見えて仕方ない訳
2022年8月2日から3日にかけて、アメリカのナンシー・ペロシ下院議長が台湾を訪問した。中国はこれに対して強く反発し、ペロシ下院議長が台湾を離れるのに合わせて、8月4日から7日にかけて大規模な軍事演習を実施したことで、台湾海峡における緊張が高まった。
今回の危機における中国の行動をどのように見ればよいだろうか。中国は危機をうまく利用して台湾に対する圧力を強化するさまざまな手を打った。中国のパワーの向上に伴い、中国が用いることのできるツールが増えていることは間違いないだろう。フィリップ・デービッドソン・前アメリカインド太平洋軍司令官は2027年までの台湾侵攻の可能性を指摘していたが、確かに中国の能力の増大はそうした危機感をアメリカにもたらしている。
ただし、今回の危機における中国の行動からは、中国が抱えるジレンマも明らかだった。中国の台湾海峡における軍事的圧力が高まり、かつてよりも台湾への軍事作戦を行う可能性が高まっていることは事実であるが、他方で中国も内外における難しい現実に直面している。
むしろ台湾統一という中国の目標から見て、不利な要素が明らかとなったのが今回の軍事演習でもあった。したがって2027年以前の台湾への武力侵攻というシナリオには難しさが付きまとっているともいえる。
危機を利用した反応
中国のペロシ議長訪台に対する反応は、事前によく練られたものだった。中国には、「危機」をうまく利用することで機会に転じることができるという発想がある。何か事件が起きたときに、単にそれに対応するだけでなく、その事件を利用して自国の利益を得ようとするのである。ペロシ訪台が避けられなくなった時点で、中国はこの危機を利用して台湾海峡の現状変更を加速させようとした。
今回の演習において、中国は、台湾本島を取り囲むように演習エリアを設定し、台湾本島東側海域において実弾訓練を実施し、台湾本島を飛び越えるミサイル発射を行うなど、それまでよりも演習のレベルを引き上げた。
また今回の演習に当たって、中国は演習の相手方世論・心理に与える影響や法律上の自国の主張を強化することを重視していた。中国は、世論戦、心理戦、法律戦の三戦を公式の軍の政治工作として掲げてきた。今回の演習では、そうした手法が明らかに用いられている。
中国が世論戦・心理戦をよく準備していたことは明らかである。各部隊の演習の映像は準備されており、これが一斉に流された。またセブンイレブンのモニターが乗っ取られ「戦争商人のペロシは台湾から出ていけ」と表示された。
また演習そのものが世論戦・心理戦と組み合わされていた。例えば短距離弾道ミサイルのコースは、台北上空を飛び、台湾本島を飛び越えている。これも台湾世論に対して圧力をかける試みと言える。さらに台湾が包囲されるような演習地図を作ったのも、オペレーション上の必要性だけでなく、相手に与える心理的インパクトを計算していたと思われる。さらに演習は法律戦でもあった。演習海域を台湾の領海にかぶせることで、台湾は中国の一部であり、領海は存在しないと主張した。
アメリカのコミットメントは止まらず
しかし、それでも中国にとって明らかだったのは、台湾問題の難しさである。中国の決意の表明や警告はアメリカの行動にほとんど影響を与えなかった。
中国は、強まるアメリカの対台湾コミットメントに対して有効な対抗策を持っていないことが明らかだった。中国側は再三警告し、首脳会談において習近平国家主席自らの要請を行ったにもかかわらず、ペロシ議長の訪台は止められなかったし、その後の米欧の議員の台湾訪問を止められていない。
危機における中国の行動は、実際のところアメリカに対してかなり慎重だった。中国の軍事演習は、ペロシ議長が台湾を去ってから始められた。また演習は、アメリカを刺激するような内容、例えば対艦弾道ミサイルの発射実験は避けられた。アメリカ軍機や艦艇に対する挑発的な行動はとられなかった。
軍事演習後も各国の議員の台湾訪問が相次いでいる。また9月2日にはレーダーシステムや対艦ミサイルなど11億ドル相当の兵器売却が発表された。さらに9月14日には上院外交委員会において安全保障協力や台湾の国際機関への参加における協力などを盛り込んだ台湾政策法案が可決された。そのほかにもバイデン大統領は台湾の防衛へのコミットメントを認める「失言」をすでに4回繰り返している。
したがって、中国からみて、中国の行動は、アメリカにさらなる台湾へのコミットメント強化を躊躇させるような効果を発揮していないということになる。このことは中国にとって、現在の問題がこの先も続くことを示している。
予想外の国内の失望感
もう1つの難しい問題は、中国国内の反応である。中国は危機の際に国内動員を強化することで、自国の決意を見せつけようとする傾向にある。2012年の尖閣諸島の所有権移転(いわゆる国有化)に際して、強烈な外交的反発とともに、大規模な反日デモを動員することで中国人民の意思として対日強硬策をとった。ただしデモや民衆の「怒り」は中国共産党が定める範囲内で表出される必要がある。
今回、中国では多くの国民がペロシ訪台に対する強硬な反応を支持し、ペロシが台北に降り立とうとするときに中国側は実力でもってこれを阻止するという期待を持って見ていた。これは政府や軍が公開の声明でペロシ議長が訪台すれば「重大な結果を招く」と繰り返し警告したことによるものだった。いまだに世論に強い影響力を持つ胡錫進元『環球時報』編集長は、ペロシ議長が台湾を訪問すれば、中国はその飛行機を撃墜すべきと主張していた。
しかし実際に行われた中国の行動は、こうした期待からすれば何もしなかったに等しく中国のメンツがつぶれたととらえられた。大規模な軍事演習もそれほど大したものではないかのように受け取られた。
中国政府からすれば、今回の軍事演習は、アメリカなどに対して自国の意思を示し、圧力を加える一方で、それがコントロール不能になることは避けねばならなかった。その意味で国内のこうした反応は心地よいものではなかったはずだ。中国政府は「理性的愛国」の必要性を強調し、世論の誘導を重視せざるをえなかった。
中国政治にとっての意味
中台間のパワーバランスは、中国が圧倒的に有利となっているものの、中国の台湾政策はその目標達成に近づいているとは言いがたい。
台湾政策の行き詰まりは、国内政治において扱いの難しい問題になりうる。1つは台湾政策の失敗がエリート政治に及ぼす影響である。中国共産党の歴史的経験から見て、対外政策が習近平の最高指導者としての地位に直接影響することはないだろう。
習近平への権力集中が進んだ現在では、台湾政策の失敗の責任を習近平が直接問われることはない。しかし台湾問題における失敗は、国内政治の不協和につながりうる。たとえば、台湾政策の行き詰まりを打破するために、政策変更を求める声は、習近平への挑戦ととらえられかねない。
もう1つは強気すぎる国内世論である。中国において、国内世論は対外政策の決定を直接左右することはないかもしれない。しかし強気すぎる国内世論は、危機時の行動を左右しうる。例えば、対外政策において強硬姿勢を見せ、国内宣伝を繰り広げる中で、妥協することは難しくなるだろう。
中国にとって困難があるということは、台湾海峡において何も行動をとらないということではない。今後の展開としては、従来の台湾政策が行き詰まり、またアメリカなどの対台湾関与が深まる中で、中国はさらなる意思を示す必要があると認識している可能性がある。1995年から1996年の第3次台湾海峡危機のように、年をまたいで再び大規模な軍事演習が行われる可能性はあるだろう。
また中国の台湾に対する武力侵攻を困難にさせるうえで核心となるのは、アメリカのコミットメントが継続的かつ安定的に強化されることである。アメリカ軍が積極的に台湾海峡の状況に関与し、日本がそれを確実に支えることは、中国にとって気にすべき要素を増やし、その計算を複雑なものにさせることができる。現在の台湾政策のコストを中国に見せ続けることが重要となろう。
(Photo Credit: Reuters / Aflo)
地経学ブリーフィング
コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。
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