ウクライナとガザにおける国際人道法の政治学

ロシアのウクライナ主要都市に対するミサイル攻撃やイスラエルのガザ侵攻による文民の犠牲を目の当たりにし、国際人道法違反やその疑いが濃厚な行為への非難の声が国際的に拡大している。そのような行為の多発は、各国が遵守を約束し、慣習法化しているはずの法規範と、その下で構築されてきた国際秩序が揺らいでいるとの懸念も生じさせている。

しかし、問題が大きくなっているにもかかわらず、ウクライナ戦争、ガザ紛争における人道法上の課題の要因を、安全保障論の観点から論じたものはあまり見当たらない。人道法が属する国際法と、安全保障論が属する国際政治がそれぞれ高い専門性を有しており、両者の知見に依拠して論じることを難しくしているからだ。マシュー・エヴァンジェリスタらが以前から指摘していたとおり、国際法的視点の欠如は、安全保障研究の弱点の一つとして認識されてきた。本稿では、ウクライナ戦争やガザ紛争における人道法の違反行為が、安全保障にどのような影響や示唆をもたらすのかについて論じることとしたい。とりわけ、2つの武力紛争においてなぜ多くの人道法違反行為が報告されているのかについての要因を探索し、今後の課題を議論することとしたい。
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国際人道法を論じる上での軍事合理的視点の重要性

そもそも人道法、特に、戦争中の戦闘方法や手段を規制するハーグ法の礎を築いたのは軍人であった。その主要な淵源である1899年と1907年のハーグ平和会議では、各国から外交官のほか軍人が派遣されて委員を務め、ハーグ陸戦法規を含む戦時国際法の立案・交渉を担当したからだ。そのため、人道法は紛争当事者が遵守不能な理想論を掲げるものではなく、武力紛争の現実に深く根差した法体系を展開してきた。

その中で最も重要な考え方が、人道的考慮と軍事的必要性の均衡である。その均衡点の探索には常に両者の緊張関係が生じる。ただし、その一方の考慮要素である軍事的必要性を主張するには、紛争当事者が武力紛争を有利に進める上で必要な行為は何かという軍事合理性の視点が不可欠となる。このため、軍事的必要性の乏しい戦闘方法や手段は、人道的考慮の観点から真っ先に規制の対象となる。これにより、ダムダム弾など戦闘員に不必要な苦痛を与える兵器は規制され、また戦闘に参加していない文民や軍事活動に用いられていない民用物を攻撃対象とすることは禁じられた(軍事目標主義)。

判断が難しいのが均衡性原則である。人道法にいう均衡性原則とは、軍事目標への攻撃における付随的損害が過度となる攻撃を故意に行わない義務を意味する。したがって、攻撃により文民が死亡したことにより直ちに当該原則への違反が認定されるわけではなく、当該攻撃によって得られる軍事的利益との比較考量が必要となる。それがゆえに、人道法の遵守を徹底するためには、軍事合理性の意味を考えなければならない。裏を返せば、(単純化はできないが)専門的見地から軍事合理性を精査せずに遂行される武力紛争では、人道法違反が発生しやすいとも言える。

ウクライナ戦争における都市空爆の非合理性

このように考えれば、ロシアがウクライナ戦争においてなぜ多くの人道法違反行為を引き起こしているのかが明らかとなる。プーチン大統領は当初、ウクライナの武装解除を目的としてウクライナの三方向から部隊を侵入させたが、その多くの正面で苦戦を強いられた。その原因は多岐に渡るが、そのうちの一つが、ロシアが用いるミサイル攻撃が、前線における敵部隊への攻撃ではなく、地上軍の動きとは無関係なウクライナの都市への空爆の手段として行われている点である。

ロバート・ペイプは、空爆を通じ相手国にその意思と異なる結果を強要することに成功するのは、敵の都市を標的とした報復的戦略爆撃ではなく、敵の軍隊を標的とした拒否的空爆を行う場合であると論じた。プーチンはまさにその相手国の強要に失敗する空爆の典型を、ウクライナの継戦意思を挫く目的で続けている。結果、抗戦手段であるウクライナ軍部隊の活動にとって意味のないこのようなミサイル攻撃は、ロシアの偽情報の効果が高まっていないこととも相まって、ウクライナの抗戦意思を挫くのに成功していない。代わりにもたらされているのが、無用な文民・民用物への被害である。

ロシアがウクライナ戦争でこれほど多くの人道法違反行為を現出させている理由は、ロシア軍事ドクトリンにいう「非核抑止」の下、軍事合理性のない都市空爆をウクライナの「武装解除」に必要な手段と信じているからである。ロシアの軍事行動に人道的考慮があるのか自体に疑問が生じるが、その上でさらに、そこには人道的考慮と均衡させるべき軍事的必要性も乏しい。誤った政治目的の手段としてのみならず、その目的を達成するために不適な手段を用いるという「二重の過ち」を犯しているからこそ、jus ad bellum(武力行使の合法性を問う法)上違法な武力行使において、jus in bello(国際人道法)上も違法な行為を上塗りしているのである。

ガザ紛争における軍事的手段への過度な負荷

イスラエルによるガザ侵攻は、より複雑な状況にある。イスラエルの軍事行動は、2023年10月のハマスによる攻撃を受けた自衛権行使を主張して継続されている。ハマスという武装集団(非国家主体)に対する自衛権行使の可否そのものが国際法上確立されておらず、2014年の米国によるシリアのisilへの自衛権行使の際も問題となった。イスラエルによるガザ侵攻は、より複雑な状況にある。イスラエルの軍事行動は、2023年10月のハマスによる攻撃を受けた自衛権行使を主張して継続されている。ハマスという武装集団(非国家主体)に対する自衛権行使の可否そのものが国際法上確立されておらず、2014年の米国によるシリアのisilへの自衛権行使の際も問題となった。

仮にイスラエルの自衛権行使が当初jus ad bellum上認められたとしても、次に問題となるのがjus in bello、すなわち人道法上の合法性である。特に、イスラエルのガザ侵攻に伴い文民や病院を含む民用物に対する深刻な被害が発生しており、軍事目標主義や均衡性原則との関係が問題となっている。イスラエルがハマスの「戦闘員」を無力化するため軍事作戦が必要だと考えたとしても、それに伴う文民への被害が付随的損害として正当化できなければ、均衡性原則上許容されるものとはならない。

個々の攻撃の合法性はイスラエル自らが立証しなければならないが、その上でそれより根本的な問題は、軍事行動とその政治目的との関係性にある。ネタニヤフ・イスラエル首相は、ガザ紛争に係る平和の条件として「ハマス殲滅」や「ガザの非武装化」を掲げて軍事行動を継続しているが、これを遂行するために、本格的な地上侵攻や空爆が適当かつ十分な手段だったのかについては疑問が残る。面積365㎢、幅5-8kmしかない人口過密のガザ地区で大規模軍事作戦を行い、ハマスの殲滅を目指せば、文民への被害を局限することは極めて難しい。非国家主体であっても致死性の高い火力を用いることができる「火力拡散の時代」が到来し、非対称戦の困難性が増している中、ネタニヤフの政治目的は、正規兵力で構成される軍事的手段に過剰な負荷をかけている。この目的と手段の不整合、すなわち軍事作戦にとっての高過ぎるハードル(政治目標)が、人道法違反の疑いの濃い行為を多発させている一つの要因だろう。

ロシアとイスラエルの差異が投げかける諸課題

このように考えると、ロシアとイスラエルの軍事作戦と人道法との関係においては、似ている点と似て非なる点があることが分かる。相似点は、いずれの主体もそれぞれが目指す政治目的とそれを達成するために用いている軍事的手段に不整合が生じているということだ。一方、異なるのは、イスラエルの作戦がハマスを一定程度無力化する限りにおいて軍事合理的に許容され得る部分があり、問題はその目的のハードルが高過ぎるという点にあるのに対し、ロシアの都市空爆はそれ自体軍事合理的に疑問符が付くものであるという点であろう。

したがって、安全保障論の観点からは、ロシアによる軍事効率性を踏まえない行為が人道法違反を招くことに対する理解は難しくない。一方、人道法の観点からは、ロシアが考える戦略の論理が人道法の遵守意識に優先していることが、国際法秩序への深刻な挑戦であると捉えられるだろう。

これに対し、戦術的な軍事合理性を突き詰めたイスラエルの行為は、安全保障論の立場からは人道法との両立に難しい課題を投げかけている。すなわち、目標のハードルが高過ぎるとしても、ハマス掃討という軍事的必要性を突き詰めれば、人道的考慮との均衡が脅かされてしまうという問題だ。これは、過去に米国等がテロとの戦いにおいて経験し批判されてきたことの延長線上にもある。致死性の強い火力に関する軍事技術が非国家主体を含め拡散する中、人道法を遵守し、文民を保護しつつ必要な軍事作戦を行う困難さは益々高まっている。加えて、戦術的な軍事合理性を突き詰めた行為が国際的な支持を失い、自国の安全保障を結果として損なうという可能性も見逃せない。

一方、人道法の観点からは、イスラエルの行為が国際法秩序そのものへの挑戦とは言えないものの、具体的な法規則のレベルで課題を投げかける。既存の人道法が予定してこなかったハマスのような非国家主体との越境型武力紛争を人道法上どのように位置付け(国家間の国際的武力紛争なのか、非国家主体との非国際的武力紛争なのか)、いかなる規則を適用するかについての国際的な一致がないからだ。

いずれにせよ一つだけ確かなのは、国際秩序の揺らぎといった大枠の議論だけでは不十分であるということだ。軍事技術の進展を加味しつつ、軍事的必要性・合理性と人道的考慮との均衡を図る具体的、専門的な議論がこれまで以上に求められている。そのためには、安全保障論と国際法の研究者が相互に連携しつつ課題解決を検討すべきである。例えば、対価値攻撃を旨とする戦略抑止の人道法上の再検討、軍事技術の進展を踏まえた区別原則の議論、越境型武力紛争における法規範の適用などは議論に値するだろう。

(Photo Credit: Reuters / Aflo)

地経学ブリーフィング

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コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

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小木 洋人 主任研究員
防衛省で総合職事務系職員として16年間勤務し、2022年9月から現職。2007年防衛省入省。2009年から防衛政策局国際政策課で米国以外の国では初となる日豪物品役務相互提供協定(ACSA)の国内担保法を立案。2014年から2016年まで外務省国際法局国際法課課長補佐として、平和安全法制の立案や武力行使に関する国際法の解釈を実施。2016年から2019年まで防衛装備庁装備政策課戦略・制度班長として、防衛装備品の海外移転の促進、ウクライナへの装備支援でも活用された外国軍隊への自衛隊の中古装備品の供与を可能とする自衛隊法規定の立案、防衛産業政策などを主導。2019年から2021年まで整備計画局防衛計画課業務計画第1班長として、陸上自衛隊の防衛戦略・防衛力整備、防衛装備品の調達を統括。2021年から2022年まで防衛政策局調査課戦略情報分析室先任部員(室次席)として、ロシアのウクライナ侵略、中国の軍事動向を含む国際軍事情勢分析を統括。 2007年東京大学教養学部卒、2012年米国コロンビア大学国際関係公共政策大学院(SIPA)修士課程修了。
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小木 洋人

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防衛省で総合職事務系職員として16年間勤務し、2022年9月から現職。2007年防衛省入省。2009年から防衛政策局国際政策課で米国以外の国では初となる日豪物品役務相互提供協定(ACSA)の国内担保法を立案。2014年から2016年まで外務省国際法局国際法課課長補佐として、平和安全法制の立案や武力行使に関する国際法の解釈を実施。2016年から2019年まで防衛装備庁装備政策課戦略・制度班長として、防衛装備品の海外移転の促進、ウクライナへの装備支援でも活用された外国軍隊への自衛隊の中古装備品の供与を可能とする自衛隊法規定の立案、防衛産業政策などを主導。2019年から2021年まで整備計画局防衛計画課業務計画第1班長として、陸上自衛隊の防衛戦略・防衛力整備、防衛装備品の調達を統括。2021年から2022年まで防衛政策局調査課戦略情報分析室先任部員(室次席)として、ロシアのウクライナ侵略、中国の軍事動向を含む国際軍事情勢分析を統括。 2007年東京大学教養学部卒、2012年米国コロンビア大学国際関係公共政策大学院(SIPA)修士課程修了。

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