解説 シンガポール総選挙:ウォン首相の信任、安定を求めた有権者

解説 シンガポール総選挙
2025年5月4日、シンガポールで総選挙(一院制、定数97)が実施され、1959年から政権を維持してきた与党・人民行動党(PAP)が87議席を獲得して圧勝した。得票率も前回選挙の61.2%から65.6%へと回復した。トランプ政権による関税政策が世界経済に混乱をもたらすなか、貿易依存度が極めて高いシンガポールにおいて有権者が安定を求めた選挙であったといえる。
他方、野党第一党の労働者党(WP)は議席数の増加には至らず、引き続き10議席を維持するに留まった。ただし、シンガポールには野党の議席が一定数(現在の規定では12議席)に満たなかった場合に、選挙区で敗れた野党候補者に議席を付与することで、野党に一定の発言権を確保する「非選挙区選出議員(NCMP)」という制度がある。この制度を通じて労働者党には追加で2議席が与えられ、同党の最終的な議席数は12となった。なお、前回選挙でNCMP制度を通じて初の議席を獲得したシンガポール前進党(PSP)をはじめ、労働者党以外の野党はいずれも支持を伸ばしきれず、今回の選挙では議席を獲得することができなかった。
今回の選挙は、2024年5月に就任したローレンス・ウォン首相にとって初の総選挙であると同時に、シンガポールの「創業家」であるリー(Lee)一族以外の首相で迎える初めての選挙でもあった。人民行動党が大勝したことにより昨年以来の指導部の移行プロセスを確立し、ウォン政権の立場を強化する結果となったといえる。しかし、生活費の高騰と住宅不足に対する国民の不満は高まりつつある。また、シンガポールでは経済成長と引き換えにメディア報道や集会の自由などの政治的自由を制限する規定が改善しつつも依然として残っているが、若年層を中心に政治的自由や拡大を求める声も大きくなってきており、こうした不満にウォン政権が今後積極的に対応していくことができるかどうか、もしくは野党がそうした不満を吸収して支持者と優秀な候補者を増やしていくのかどうかが注目される。

選挙は世界を変えるのか:岐路に立つ民主主義
選挙による国内政治のダイナミクスの変化は世界政治に影響を与え、地政学・地経学上のリスクを生じさせる可能性があります。また、報道の自由の侵害や偽情報の急増など、公正な選挙の実施に対する懸念が高まっているなか、今後の民主主義の行方が注目されています。本特集では、各国の選挙の動向を分析するとともに、国内政治の変化が国際秩序に与える影響についても考察していきます。
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研究員,
デジタル・コミュニケーション・オフィサー
専門はハンガリーを中心とした中・東欧比較政治、民主主義の後退、反汚職対策。明治大学政治経済学部卒業、英国・サセックス大学大学院修士課程修了(汚職とガバナンス専攻)、ハンガリー・中央ヨーロッパ大学大学院政治学研究科修士課程修了。埼玉学園大学経済経営学部非常勤講師、国際NGOトランスペアレンシー・インターナショナル(TI)外部寄稿者も兼職。 TIハンガリー支部でのリサーチインターンなどを経て、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)に参画。API/地経学研究所にて、インターン、リサーチ・アシスタント、欧米グループ研究員補(リサーチ・アソシエイト)を経た後、2024年8月より現職。APIでは、福島10年検証、CPTPP、検証安倍政権プロジェクトに携わった。シンクタンクのデジタルアウトリーチ推進担当として、財団ウェブサイトや SNSの活用にかかる企画立案・運営に関わる業務も担当。 主な著作に『偽情報と民主主義:連動する危機と罠』(共著、地経学研究所、2024年)、『EU百科事典』(分担執筆、丸善出版、2024年)、Routledge Handbook of Anti-Corruption Research and Practice(分担執筆、Routledge、2025年出版予定)などがある。 【兼職】 埼玉学園大学経済経営学部非常勤講師(秋学期担当、欧米経済事情、2単位) External contributor, Anti-Corruption Helpdesk, Transparency International Secretariat (TI-S)
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