高市政権は成長戦略と経済安保の二兎を追えるか

本稿では、この成長戦略が経済安全保障の観点から見て、どのような意味を持ち、その戦略の結果、日本がどのような国際的地位を得ることになるのかを検討してみたい。
成長戦略における防衛の位置づけ
高市政権の成長戦略の大きな特徴の一つは、「危機管理投資」と「成長投資」という二つの政策軸を持っていることである。「危機管理投資」とは、日本が抱えるリスクや社会課題を踏まえ、それらに対して先行して手を打ち、必要な措置を講ずる能力を高めていくための投資である。これまで成長戦略と言えば、経済成長が見込めそうな分野に集中的に投資をすることで、いわゆる「勝ち筋」を強くするということが想定されていた。今回の成長戦略の中でも「成長投資」として、既に日本が優位制を抱える分野を特定し、その分野への投資を進めるということが目指されている。
しかし、何と言っても特徴的なのは、必ずしも経済成長に直結するわけではないリスクや社会課題の分野に投資をすることが、「成長戦略」として位置づけられていることである。その中でもひときわ重要であるのが防衛を成長戦略の中に組み込んだことである。これまで、防衛産業や防衛技術への投資は、あくまでも国家安全保障の文脈の中で語られ、経済成長とは切り離して考えられてきたものであるが、今回の成長戦略は必ずしも経済成長に限定することなく、国家としての能力を成長させる戦略でもある、という位置づけになっている。もちろん、この背景には、日本を取りまく安全保障環境の変化が大きなリスクとなっており、そのために防衛産業や防衛技術の強化が「危機管理投資」として必要との認識がある。
11月10日に行われた高市首相の発言でも、「防衛調達も含む官公庁による調達や規制改革など新たな需要の創出や拡大策」と取り入れると明言している。また、こうした調達にかかる予算を複数年度にわたってコミットしていくと発言している。これは防衛調達を強化することで産業界に新たな需要を生み出し、産業界が予見可能性を持って投資をすることが可能となる、ということを目指していると考えられる。
しかし、現実問題として、防衛分野における複数年度の予算措置を確保することができるのであろうか。宇宙分野における「宇宙戦略基金」や脱炭素を目指した「グリーンイノベーション基金」のような、基金として複数年度の仕組みを作ることはできるとしても、防衛という幅広い技術にまたがり、装備の運用や調達までを基金で賄うことは難しいであろう。調達に関しては防衛力整備計画などで予算へのコミットメントは示せるだろうが、伝統的な防衛調達と変わらない結果になってしまう恐れもある。
成長戦略は経済安全保障を推進するのか?
成長戦略は「危機管理投資」と「成長投資」という二つの政策軸を中心に17の戦略分野が位置づけられているが、これを経済安全保障という切り口で見るとどう位置づけられるのか。経済安全保障で重要となるのは、「戦略的自律性」と「戦略的不可欠性」の二つを強化することである。
まず、戦略的自律性、すなわち既に特定の国に高く依存しており、他国による経済的威圧を受けやすい状況を避けるための戦略が重要となる。戦略的自律性の低い分野は、17の戦略分野の中では資源・エネルギー、デジタル・サイバーセキュリティ、創薬・先端医療、情報通信などが挙げられる。これらは経済安全保障推進法でも特定重要物資として取り上げられている分野でもあるが、必ずしも特定重要物資と重複しているわけではない。つまり、成長戦略には自律性を強化するという発想はあまり強くなく、他国への依存を減らすということが成長戦略にはつながらないということなのだろう。
他方、戦略的不可欠性は、日本が持つ技術的・産業的優位性を世界の中で不可欠なものにしていく点から、成長戦略と相性が良い。日本が強みを持つコンテンツ分野や、航空機などに使われる複合材や宇宙デブリ除去などの技術を含む航空・宇宙分野、ラピダスによって2ナノメートルの半導体を作ろうとしているAI(人工知能)・半導体分野など、17の戦略分野は日本が不可欠性を持つ分野を多くカバーしており、成長戦略が戦略的不可欠性を伸ばしていくことは期待出来る。
中でも興味深いのは、造船が戦略分野の中に含まれたことである。これまで造船は労働集約的な産業であり、韓国や中国との競争で消耗しているだけでなく、構造的不況業種だとみられてきた。しかし、その造船分野が戦略的に重要だとするのは、日米関係の中で、米国の造船業の衰退を日本が補うことが期待されているからである。日本はLNG(液化天然ガス)運搬船等では中国にシェアを奪われているが、燃費効率の良い船を作る技術で優れており、裾野の広い船舶の建造過程をカバー出来る産業の広がりがある。そのため、日本は世界において不可欠とはいえずとも、米国との関係においては不可欠性を持つ分野であり、成長戦略で造船を強化していくことは、不可欠性の強化にもつながるであろう。
このように成長戦略は戦略的不可欠性については部分的に触れつつも、それを最重要課題としては位置づけておらず、また、戦略的自律性については意識的に強化しようとしているわけではなさそうである。
成長戦略の国際的インプリケーション
成長戦略は、一義的には日本の経済成長を目指すものであるため、経済安保に関する意識が優先されていなくても不思議ではない。しかし、米中貿易摩擦が激しくなり、米国による関税政策と、その対抗措置としての中国のレアアースなどの重要鉱物の輸出規制、さらには中国の「内巻」と呼ばれる過当競争と過剰生産がもたらすグローバルな影響は大きく、日本も逃れることは出来ない。成長戦略を経済成長につなげるためにも、他国への依存を減らし、AIやフードテック(食分野の最先端技術)など、次世代の産業を担う分野における自律的な能力を確立していかなければならない。
しかし、高市政権の成長戦略のポイントは、やはり防衛分野における予算的コミットメントと防衛産業を成長産業と位置づけることであろう。2026年末には、国家安全保障戦略をはじめとする安保関連三文書の改定が予定されており、その中には防衛産業強化のための方策や、防衛技術への投資といったことが組み込まれることであろう。中でも重要となるのは、防衛装備移転三原則の運用指針で定められた5類型の撤廃であろう。これまで救難、輸送、警戒、監視、掃海の5類型のみが輸出の対象となっていたが、それを撤廃し、殺傷能力のある武器であっても輸出を可能にすることで、防衛産業の売り先を増やし、産業強化につなげ、経済成長の原動力となることが期待されている。確かに、英伊と共同開発するグローバル戦闘航空プログラム(GCAP)や、「もがみ」型護衛艦の豪州との共同開発・生産といった動きがある中、防衛装備輸出に対する期待は高まっている。しかしながら、自動車や半導体等の電子部品のような規模での輸出が望めるわけではなく、防衛装備輸出だけで経済成長が達成できるわけではない。
むしろ、高市政権は、造船や航空・宇宙、防衛分野の産業政策の強化を通じて、同盟国・同志国との関係を深め、軍事戦略においても日本が不可欠な存在になっていくことで、日本の安全保障に資する産業政策を進めていくことになるであろう。これは、成長戦略を通じて経済的に安全保障を強化していくことを意味しており、防衛産業への危機管理投資は輸出による経済成長への貢献は期待できるが、それ以上にリスクに対する備えとしての投資としてのニュアンスが強いだろう。経済安全保障との関連においては、これまでの自律性を強化するといった経済安全保障の考え方から、他国、とりわけ同盟国・同志国にとっての不可欠性を強化する経済安全保障の考え方に転換していくことを示唆している。つまり、高市政権の成長戦略は、経済成長だけでなく、日本を国際社会における不可欠な存在とすることで、地経学的なプレゼンスを高めていく戦略でもあるといえよう。
(出典: 毎日新聞社 / アフロ)

地経学ブリーフィング
コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。
おことわり:地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。


地経学研究所長,
経済安全保障グループ・グループ長
立命館大学大学院国際関係研究科修士課程修了、英国サセックス大学大学院ヨーロッパ研究所博士課程修了(現代ヨーロッパ研究)。筑波大学大学院人文社会科学研究科専任講師・准教授、北海道大学公共政策大学院准教授・教授などを経て2020年10月から東京大学公共政策大学院教授。国連安保理イラン制裁専門家パネル委員(2013-15年)。2022年7月、国際文化会館の地経学研究所(IOG)設立に伴い所長就任。 【兼職】 東京大学公共政策大学院教授
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