トランプ関税が高市政権に強いる日米欧3極協調のアップデート

高市政権を岐路に立たせるトランプ関税
高市政権は、国内の高い支持率に支えられた船出となった。だがそれは、同盟諸国間の溝が決定的に大きく開く時期と重なってしまった。これまでと大きく異なるのは、特にNATO(北大西洋条約機構)に加盟する欧州諸国による、米国に対する深い失望、あるいは「離反」ともとれる潮目の変化だ。唯一の日米同盟に「すがる」我が国にとり、日米欧3極で関税の相互低減などグローバルに連携してきたG7サミット(主要国首脳会議)など協調の枠組みがかつてない岐路に立たされている。
高市総理は10月24日に所信表明演説を行い、日米同盟を基軸とする抑止力を打ち出して同盟の重要性を確認し、国内の成長戦略を説く。この中で「関税」への言及は2か所あり、物価高対策(物価上昇を上回る賃上げ)、そして影響を受ける中小企業への支援だ。日本の国益は日米同盟を出発点にしつつ、その同盟国である米国から一層の経済負担を負わされ、国内向けのサポートを強調せざるを得ない構図だ。高市総理は日本が直面する地経学的な課題への対応、経済安全保障や安全保障に必要な「危機管理投資」を成長のエンジンに据えるが、成長を実現するための国際環境、外交についてはどうか。
表1 歴代総理の所信表明演説「外交・安全保障」における言及内容と順番

歴代政権発足の冒頭、所信表明の中の「外交・安全保障」項目において、総理が言及する(しない)国、地域や制度枠組みには個性が出る。かつて安倍総理はTPP(環太平洋パートナーシップ)協定交渉に入る2013年3月、日本の参加を国家百年の計と強調し、同盟国の米国をはじめ自由、民主主義、法の支配など普遍的価値を共有する国々とのルール作りは安全保障上の大きな意義があると述べた。安倍総理はその前年末、憲政史上最長となる長期政権を発足させ、年初に行った所信表明の「外交」項目にあまり長い時間を割かなかった。だが大きな方向性として、「地球儀を眺めるように世界全体を俯瞰して、自由、民主主義、基本的人権、法の支配といった基本的価値に立脚し、戦略的な外交を展開していく」と打ち出した。安倍外交と呼ばれる各国との戦略的な連携は、その後FOIP(自由で開かれたインド太平洋)など徐々に形成されていった。
これに対し、安倍外交の継承をかかげる高市総理は、歴代政権と同様に日米同盟の重要性を最初に挙げた後、アジア太平洋における米国の同盟国(韓国、フィリピン、豪州)を列挙し、安倍外交のレガシーであるQUAD(日米豪印)とFOIPをとおした緊密な連携を強調する。そしてこれらを梃子にグローバルサウスやASEAN(東南アジア諸国連合)諸国とのつながりの重要性を指摘し、CPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)にも言及する。だがそこには、ヒビが入り始めている日米欧3極協調の枠組みであるG7(:石破総理)や、G7に参加する英国の他、仏独をはじめ欧州連合・EU(:岸田総理)が登場しない。いまこそ、日本が重視する同志国として言及するべきではなかったか。
EUが打ち出した「経済コミュニケーション」に隠れた落とし穴
12月3日、EU(欧州連合)は「経済コミュニケーション(政策文書)」を発表したが、奇しくも高市政権と呼応する政策内容が並ぶ。コミュニケーションは2023年に発表された経済安全保障戦略の具体化として、6つの政策領域を提示する。①モノとサービスにおける域外依存の戦略的低減、②安全な投資の誘致、③欧州の防衛・宇宙産業など重要セクターの支援、④重要技術におけるリーダーシップの確保、⑤機微情報とデータの保護、そして⑥重要インフラの保護だ。目玉は、①に新たに含まれた「RESourceEU」と、②新たな投資審査ガイドラインであり、①は重要鉱物と半導体に焦点を当て域外(米中)からの自律を訴える。EUは日本の独立行政法人JOGMEC(エネルギー・金属鉱物資源機構)をモデルとする「欧州重要原材料センター」を2026年に開設し、中国依存の脱却を支援する。
こうした政策文書上の文言には、経済安全保障対応において先頭を走ってきた日本にとり、目新しい内容は少ない。EU関係者も、日本の実践に学んだと証言する。だが問題は、文書に書かれていない、EUにおける対米感情の変化だ。経済コミュニケーションが発表される前週、筆者は欧州の2都市で取材したが、一言で言えば、それは今後、米国を欧州の将来のパートナーとしてはもう期待しないが、米欧間の合意は可能である、という米国離れである。
NATOを軽視する発言はトランプ1.0の時分から度々あったが、欧州の頭越しに米ロでウクライナ停戦交渉を急ぐトランプ2.0に対し、欧州諸国は「民主主義の武器庫(arsenal of democracy)」という言葉を使い、自律した防衛産業の強化・拡大を唱える。これは「欧州統合の父」ジャン・モネが1940年代初盤、米欧の緊密な戦時連携を訴えた際に言及し、米ルーズベルト大統領の演説に採用された言葉だ。それがいま、米国を抜きに欧州の自律を目指すキーワードとして再登場するのは、歴史の皮肉だ。QUADや「弱い政策」しか打ち出せないEUのような「ミニ」ラテラルな枠組みでは、米中ロの大国間競争には太刀打ちできない、との危機感が度々論じられた。
現地でもう一つ気になったのは、EUの産学官それぞれが経済安全保障、レアアース(希土類)の脱中国依存を、欧州の安全保障として議論していた点だ。EUが中国依存の地経学リスクを議論する最中、ドイツの化学大手BASFが対中投資を拡大するなど、かえって中国依存が拡大していることへの危機感が強い。EUの中には、欧州の防衛産業に必要な重要鉱物やレアアースの脱中国依存を進める安全保障の論理を、民需における中国依存に歯止めをかけるためにも使おうとする意図が見え隠れする。これまでWTO(世界貿易機関)を形骸化させてきたのは、米中がそれぞれ「安全保障例外」を訴え、自国の安全保障を理由にグローバルな自由貿易を保護主義的な措置によって徐々に後退させてきた事実がある。これに、EU諸国までもが合流しようとしている。EUは、WTOこそが最良の多国間枠組み、と言葉では言うが、政策内容はこれと逆行しはじめている。日本までもがこの潮流に乗るのか、抗するのか、あるいは日米欧3極の新たな協調のあり方を提案するのか。
日米欧3極から三国志へ? 盟主を降りる米国と日本の役割
EUが経済ドクトリンを発表した翌日の12月4日、米国はNSS(国家安全保障戦略)2025を発表した。米国は欧州や中東よりも中南米など西半球への米軍再配置を強調し、欧州の過度な規制や経済力低下を批判する。そして中国に対する抑止力の強化を訴えつつ、日韓など同盟国には地域でのより大きな責任と負担を求める。自由貿易やグローバル化を見当違いで破壊的と切り捨て、同盟国が自国防衛のコストを米国に押し付け、米国にとって重要ではない遠く離れた紛争や対立に巻き込まれてきたと断罪する。米国は民主主義や法の支配など価値を共有する西側諸国の盟主であることを降り、国際公共財よりも自国の国益を優先する「普通の国」に後退した。
1970年代の石油危機以来、G7サミットの発足とともに日米欧3極が協調して貿易摩擦などの危機を乗り越え、WTOの前身であるGATT(関税と貿易に関する一般協定)の下での関税の相互低減をグローバルに実現してきた。G7はその事前調整、3極のコンセンサス形成の場であり、日本は一貫してこれらを外交の優先事項として重視してきたが、トランプはこの歴史に逆行しようとしている。経済だけではない。イラン革命やソ連のアフガニスタン侵攻を受け、G7は1979年、安全保障も政策協調のトピックに加え、ソ連の崩壊と中国の台頭に対応してきた。2026年6月のエビアン・サミットはフランスが議長国だが、2027年は米国が議長国となる。ウクライナをはじめ中・東欧諸国への領土的野心を捨てないロシアを加えたG8に戻るリスクや、中国を加える奇策の他、G7史上、初の非開催などのシナリオに備える必要がある。日米欧3極の協調はいま緊張状態に陥り、新たな方向性を探る段階に入っている。
中国の専門家によれば、中国ではいま「三国志」、つまり米中ロによる三強体制が世界秩序として語られている。ウクライナ侵攻によって経済的・軍事的な対中依存が深刻化したロシアが単独の極として欧州を支配するか疑問だが、米国は南北アメリカを、中国はアジア一円を「支配」することを所与とし、米中G2が現実味を帯びて聞こえる。だが中国の弱点の一つは、欧州への依存である。例えば三国志よりも現実的な見方をする中国現地の専門家は、中国は米中ロにEUを加えた「4極」と見ているという。中国は日本よりもEUにモノの貿易で依存しており、皮肉にもEU側の対中貿易赤字拡大がEUの急速な安全保障旋回を促し、脅威としての中国(および米中「手打ち」に傾く米国)に対する懸念を増幅し、対中政策を明確化するきっかけになったのである。
欧州現地の関係者は、レアアースの調達などで歩調を合わせるG7やG7プラスにおける話し合いの促進に加え、中国からも調達した国内・域内企業を縛ったり罰則を与えたりする規制面の協調も必要と訴える。日本の本音は、IOGが行う経済安全保障100社アンケートの結果が毎年示してきたとおり、このような判断は規制よりも、企業の自主性に余地を残すべきである。だが加盟国が27もあるEUでは、域内の立場の違いを超えて一丸となって「市場の大きさがもたらす不可欠性」を発揮するためにこそ、企業に脱中国を義務付けて徹底したい思惑が透ける。
レアアースの脱中国依存において、日EUは近いアプローチをとりはじめており、日米・米欧に比べて3極の最も弱いリンクと呼ばれ続けてきた日欧が、今度こそ真価を発揮するチャンスである。防衛産業・安全保障の根幹にも関わる脱中国依存の実務的な協調には、実利を求める米トランプ政権も同調する余地が大きい。トランプ関税など日米欧3極の協調が難しいテーマを無理に提起せず、実現可能なイシューに絞って前進させつつ、過剰規制や調達上の重複の回避などを政財学で連携する新たなアプローチを、日本が主導することが期待されよう。高市政権は成長戦略と経済安保の二兎を追うと同時に、米国と欧州という二兎も追い、日米欧3極の新たな章を開く必要がある。
(出典: Leon Neal / Getty Images)

地経学ブリーフィング
コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。
おことわり:地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。


主任研究員
慶應義塾大学大学院法学研究科修士、European University Institute歴史文明学博士。新潟県立大学国際地域学部および大学院国際地域学研究科准教授、モナシュ大学訪問研究員、LSE訪問研究員、外務省経済局経済連携課を経て、2021年に合同会社未来モビリT研究を設立。現在、日本経済団体連合会21世紀政策研究所欧州研究会研究委員、東京大学先端科学技術研究センター牧原研究室客員研究員、フェリス女学院大学非常勤講師。2021年12月にAPI客員研究員兼CPTPPプロジェクト・スタッフディレクター就任。 【兼職】 合同会社未来モビリT研究 代表
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