日本企業が直面するエネルギー安全保障の死角

ここでは、日本企業が見落としがちなエネルギー安全保障の構造変化とその背景、課題について考えてみたい。
政治的力学だけでは操作できぬエネルギー価格
エネルギーは身近である一方で、誰にとってもその全体像を把握しコントロールすることは極めて難しい。トランプ米大統領は2025年1月の就任演説で“We will drill, baby, drill”((化石燃料を)掘って、掘って、掘りまくれ)と唱え、米国内での化石燃料増産による燃料価格の引下げを示唆したが、エネルギー価格は、地政学的要素(紛争・制裁)、地経学的要素(供給網・技術覇権)、経済活動(エネルギー形態ごとの需給、為替、金利、投資採算)が複雑に絡み合い形成されるのであるから、覇権国である米国の大統領であっても、思い通りに操作できるものではない。米国内の原油に焦点を絞っても、価格が下がり過ぎればシェール掘削の経済性が崩れ供給だけでなく新規投資が縮み、かえって価格が反騰することもある。加えて、再生可能エネルギーのコスト低下が進めば、化石燃料増産のインセンティブ自体が弱まる局面も生じ得るなど、エネルギー価格の形成には多様な変数が複雑に関与し合っている。このようなことから、エネルギーの輸入依存度が高い日本にとってはなおさら深刻で、恣意的に操作することのできない制約条件となる。
日本のエネルギー安全保障の脆弱性
エネルギー資源に乏しい日本においては、半世紀ほど前の二度のオイルショックによる教訓を踏まえ、省エネ、調達先の多角化、長期契約、備蓄を組み合わせ、経済合理性を追いながらも、供給途絶リスクにも考慮した政策をとってきた。だが近年の国際環境変化による不確実性の高まりを受け、日本がコツコツと作り上げてきたエネルギーの安定供給の仕組みが根幹から揺らぎ、構造転換が必要となっている。言い換えれば、エネルギー安全保障が日本企業の経営にとっても周縁的な論点ではなく、中核的な戦略課題となりつつある。実際、ロシアによるウクライナ侵攻、中東の緊張、米国によるベネズエラ攻撃などは、エネルギーが依然として軍事力・制裁・外交を通じたハード・パワーの対象であることを改めて示したと言える。日本だけでなく各国の政策判断においても、経済合理性や環境適合性を重視しつつも、それ以上に安全保障上の要請を強く意識しなければならなくなっている。
こうした状況を踏まえ統計面を見ると、エネルギー安全保障をめぐる日本の脆弱性が一層浮き彫りになる。日本のエネルギー自給率(国際エネルギー機関(IEA)ベース)は、2024年度速報で16.4%(資源エネルギー庁「総合エネルギー統計」)にとどまり、依然として先進国の中で低水準である。同指標は一次エネルギーの国内産出を国内供給で除した値であり、準一次エネルギーとして原子力も国内産出に含んでいる。燃料のウランをほぼ輸入に頼る原子力が国産扱いされる点には地経学的リスクが潜んでいることも踏まえておく必要がある。
いずれにせよ、日本の化石エネルギー依存度は2024年度で80.1%であり、化石燃料への高依存構造は続いており、日本が原油の9割以上を中東に依存する現実は、地経学リスクが国民及び企業の活動に直結することを意味する。金額面で見ても、実に20兆円を優に超える鉱物性燃料(原油・石油製品、石炭、LNG(液化天然ガス)等)を輸入しており、この規模の資金が海外へ恒常的に移転することは、国内に回せる資金の流出につながり得るという認識は、政府文書の中で繰り返し強調されている。
脱炭素サプライチェーンを巡る中国の戦略
エネルギー安全保障は「どこから燃料を買うか」だけの問題ではない。脱炭素化が進むほど、再エネ設備、蓄電池、インバーター、重要鉱物といった「転換を支える装置と素材」のサプライチェーン維持が課題となる。供給不安は燃料だけでなく、設備調達、保守部品、サイバーセキュリティーを通じて、電力の質と量に波及する。
この点で、特に注目すべきなのが中国のエネルギー安全保障戦略である。中国は風力発電と太陽光発電の導入を国家主導で積み上げ、設備容量の規模では風力・太陽光の合計が1TW(テラワット)を超える水準に達したと整理される。中国は国内の供給安定を高めるだけでなく、エネルギー転換を支える装置・部材の供給国としての地位を同時に強めてきた。太陽光モジュールや蓄電池などの製造で中国企業が世界市場の大宗を担い、重要鉱物の精錬・加工でも高いシェアを持つという構図は、各種統計が概ね示すところである。すなわち中国は、「国内の戦略的自律性」を引き上げながら、「世界市場での戦略的不可欠性」を獲得することで、エネルギー安全保障と産業競争力を一体のものとして組み立てている。
このような中国の戦略は、隣国である日本のエネルギー安全保障政策にも大きな影響を及ぼす。また日本企業にとっては、脱炭素投資を進めるほど新たな対中依存が生まれ得るというリスクと、競争環境が一段と組み替わるという機会・脅威という両面がある。調達面では、設備・部材・素材などの依存度の見える化が不可欠であり、事業面では日本企業が強みを持つ高効率機器、電力制御、系統安定化、信頼性といった領域を、他国にとって代替しがたい価値へと転化できるかが問われる。
日本のエネルギー基本計画が示す課題
エネルギー安全保障が重要となる中で、多くの諸国にとって安定した電力供給は喫緊の課題であり、それは日本においても例外ではない。第7次エネルギー基本計画は、DX(デジタル化)やGX(脱炭素・持続可能化)の進展による電力需要増加が見込まれる中、それに見合った脱炭素電源を国際的に遜色ない価格で確保できるかが産業競争力に直結すると明記している。生成AIの普及で拡大が見込まれるデータセンター、戦略物資として位置づけられる半導体はいずれも国際的に遜色ない価格で安定した品質の電力を必要とする。電力広域的運営推進機関(OCCTO)の需要想定も、データセンター・半導体工場の新増設等により、電力需要が増加に転じ得るとしている。猛暑や厳冬による需給ひっ迫が現実に起きている中、AI需要が上振れすれば、ピーク時の供給余力が想定以上に薄くなることを忘れてはならない。
一方で、こうした危機感が実装の速度と規模に直結するかはなお不透明だ。エネルギー政策は投資回収やインフラ整備に長い時間を要するのに対し、政治は選挙サイクルの影響を受けやすい。2月の総選挙では短期的な物価対策が与野党共通の争点の一つとなる中で与党が圧勝した。しばらくの間、政府が腰を据えて取り組める環境が整った今こそ、基本計画に記載されている中長期的課題について、具体的な行動として実行に移すことを期待したい。
日本企業の打ち手
日本はエネルギー資源に乏しいことを嫌というほど理解した上で、化石燃料の安定供給を前提とした強靱性を高めてきた。端的な例として、石油備蓄は官民合計で250日分に迫る。それにもかかわらず、企業活動に不可欠なエネルギーはコモディティー品(差別化しにくく、ありふれた品)のように扱われ、安定供給が当然視されてきた。他方、発電施設や石油精製設備の多くは老朽化が進み、減価償却費が減少している状況は資本更新力の低下を示唆する。加えて、再エネについては、系統・調整力・蓄電、設備・重要鉱物の調達まで含めた安定供給の仕組みが十分ではなく、投資が後回しになりやすい。
日本のエネルギー安全保障に関する不確実性が増しリードタイムも長い環境下で、(エネルギー需要家としての)日本企業が意識するべきは、燃料・電力・設備・重要鉱物の一極依存を避け、供給途絶や価格変動への耐性を高める「戦略的自律性」と、再エネ・系統安定化・省エネ・高効率機器・制御で代替しにくい価値を提供する「戦略的不可欠性」の二つの軸で整理できる。企業の業態や資産状況、立地などによって対応すべき範囲や規模は異なるものの、燃料だけでなく装置・素材まで含めた依存度の棚卸しと調達の分散、再エネ導入や省エネ・電化投資を「環境対応コスト」ではなく「安全保障と競争力の投資」と捉える発想転換、サプライチェーンと事業継続計画(BCP)の再設計、トップダウンでシナリオ分析を回すガバナンス強化が求められる。
日本企業は比較的長期間にわたり安定したエネルギー供給の下で事業を展開してきた故に、足元の環境下においてもなお、エネルギーを単なる「安く安定的に調達すべきコモディティー品」と捉えてしまっていないだろうか。現状に鑑みればエネルギー供給不安が発生する蓋然性は低くない。強靱性を高めるための投資を「コスト」と捉えてしまえば、判断が後手に回りがちになる。エネルギーを「地政学リスクと産業競争力に直結する戦略資源」として捉え直し、調達・投資・BCP・ガバナンスを中期課題として具体化できるかどうかが、多くの企業にとって持続的成長の成否を左右する。
(出典: Getty Images)

地経学ブリーフィング
コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。
おことわり:地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。


プログラムコーディネーションマネージャー
慶應大学理工学部卒、物質化学専攻修士課程卒。 昭和シェル石油株式会社入社 取引先経営指導、統合管理システム導入プロジェクト、BPRプロジェクトに参加、ロイヤルダッチシェルにて企業構造改革プロジェクトに参加。全国昭和シェル石油労働組合専従(書記長、執行委員長歴任)。内閣府 政策統括官(防災担当)付 企業向け「事業継続ガイドライン」策定、企業によるBCP導入促進事業に従事、PRプランナー。2024年6月より現職。
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