「もしもトランプ」に備えた東アジア諸国の同盟政策

東アジアにおけるアメリカの同盟国は、アメリカ大統領選を、不安を持って注視している。アメリカの東アジア政策にどのような影響を及ぼすのか。仮にトランプ前大統領が勝利した場合、根本的な方針転換が生じるのか。日米同盟にとっての懸念材料は何か。共和党党員集会緒戦でトランプ氏が圧倒する中、「もしもトランプ(もしトラ)」の場合の影響を検討しておく必要性が増している。

少なくとも、トランプ氏が再選された場合の2期目は、多くのアメリカ国民、とりわけ政府の対外政策を担うエリートにとって、ストレスフルな日々となるだろう。トランプ政権で国家安全保障担当の補佐官を務めたジョン・ボルトン氏の回顧録によれば、首席補佐官であったジョン・ケリー氏は同氏に対し、「私がどんなにここから離れたいと思っているか、君には想像もできないだろうな。ここはひどい職場だ」と語った。大統領以前の問題として、直属の部下にこのようなことを言わせる人間には、組織のリーダーとして疑問符が付く。また単なる錯誤と思い込みに基づく政策決定の混乱も想定される。2019年、トランプは議会が決定した「ウクライナ安全保障援助イニシアティブ(USAI)」に基づく2.5億ドルの軍事援助予算の執行を迫られた際、アメリカ国内の援助枠組みであるにもかかわらず、(公平な防衛分担を行っていないと自身が糾弾してきた)「NATOに支払わせろ」と指示して判断を遅滞させた(同回顧録)。同様の混乱が台湾に対する軍事援助や、日米同盟、米韓同盟を巡る財政的な負担分担において生じる可能性は否定できない。

東アジアにおけるアメリカの同盟国は、誕生する可能性のある第2次トランプ政権の不確実性にどのように対処すべきか。それを考える上で最も重要となるのが、アメリカの力の相対的低下によってアメリカにとっての同盟関係の意義はこれまで以上に増しているが、同時にそれがゆえに、地域におけるアメリカの軍事的関与にも不確実性が増すという両義性の視点である。
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アメリカの東アジアにおける防壁としての同盟

東アジアを巡る地政学的現実は、アメリカに現状維持の利益を与えている。アメリカは、日本、韓国との間で防衛義務を伴う二国間の同盟条約を締結し、その兵力を前方展開している。また、防衛義務を伴う米華相互防衛条約に代わり、1979年に制定された台湾関係法(TRA)に基づき、台湾に防衛用の武器提供を行ってきた。この東アジアにおける同盟・パートナーシップの構造は、日本を含むアメリカの同盟国に自らの安全保障を担保する死活的な重要性をもたらすものだが、同時にアメリカの視点に立っても、旧ソ連や中国といった大陸国家が海洋進出し、アメリカをその領土の西側から脅かすことを遠方から防ぐ役割を果たしている。これにより、アメリカはハワイや本土西海岸を脆弱な形で脅威に晒すことを免れている。

そしてその役割は、「最も包括的かつ深刻な課題」と位置付ける中国との戦略的競争の激化により、かつてないほど重要性を増している。現在中国の公表国防費はアメリカのそれに及ばないが、対GDP比ではアメリカの1/2以下にとどまり、大きな伸び代を残している。また、多数の長射程ミサイルにより米軍の介入を阻止する態勢を整えるほか、最新鋭の艦艇を順次導入し、航空戦力では米軍と同規模の機数を揃えるに至っている。米軍が欧州や中東における対応のため兵力を割かなければならないことを踏まえると、インド太平洋地域における局地的な優位性も堅固なものとは言えない。アメリカの力の相対的な低下が認識される中で、同盟国との協力強化は、選択ではなく必然となっている。

その中でも、「最も効果的な同盟国」(NSC125/2(1952))であり続けてきたのが日本である。日本は、その地理的関係性からアメリカにとっての防波堤であるのみならず、朝鮮半島と台湾という潜在的紛争地域に米軍を展開する上で不可欠の役割を果たしている。2021年に菅義偉元総理とバイデン米大統領が発出した日米首脳共同声明は「台湾海峡の平和と安定の重要性」に言及したが、実は1969年の日米共同声明においても、「韓国の安全」と「台湾地域における平和と安全の維持」が日本の安全にとって重要である旨が盛り込まれていた。同文言は、沖縄返還に際して、沖縄を拠点とする米軍の戦闘作戦行動についての日米安保条約に基づく事前協議の方針を含意するため調整されたものだった。52年前と同様の文言の登場は、再び重要性を増した日本の地政学的重要性を示している。

加えて、日本自身が果たし得る防衛上の役割がある。CSISが2023年1月に公表した台湾有事に関する机上演習の結果をまとめた報告書は、日本が在日米軍基地の台湾有事への使用を認めるか否かがその勝敗を決するとしつつ、日本自身の参戦も対中軍事バランスを好転させる効果をもたらすとして注目している。さらに、2022年の戦略三文書により防衛力を抜本的に強化する日本は、対中バランス変化により大きな影響を与えることになる。

このような東アジアにおける同盟政策のアメリカにとってのメリットと、中国等の台頭によるその重要性の更なる向上を踏まえれば、次期大統領が誰になろうとも、アメリカが東アジアの同盟関係から手を引く可能性は高くない。

 

有事における軍事介入の不確実性

しかし、アメリカにとって同盟の利益が向上していることは、同時にアメリカの地域における軍事バランスが相対的に低下していることの表れでもある。そうだとすれば、このような同盟構造の必要性が、有事におけるアメリカの圧倒的な軍事介入を常に保証するとは限らない。仮にトランプ氏が大統領に再任され、その在任中、中国や北朝鮮が軍事危機を引き起こした場合、アメリカはどのように対応するのか。もし近視眼的な利益に基づきトランプ氏が不介入を判断したら、危機が現在進行形で動いている中で、政府・議会が大統領の不作為判断を覆すことはできるだろうか。

このような有事における介入の不確実性は、韓国・台湾防衛における在日米軍の意義をその大きな要素としてきた日米同盟にも影響を及ぼし得る。もっともそれのみで日米同盟の必要性が損なわれるわけではないが、アメリカとの協力や支援を地域紛争における対応のベンチマークとして参照してきた日本は、根本的な発想の転換を迫られることになる。その際最も難しい判断は、地域紛争で日本が直接攻撃されていない場合であって、通常想定されるアメリカの軍事介入が不在のとき、それでもなお日本が主導的に介入すべきか否か、そしてその場合、いかなるレベルまで行動すべきかという点だろう。また、トランプ氏が大統領となるか否かにかかわらず、アメリカの軍事力の相対的な力の低下は、いずれにしても同盟国の役割の拡大を必要とするようになる。それはアメリカにとっての必要性でもあり、不確実性に対する同盟国にとってのリスクヘッジでもある。

 

日本の役割拡大とスポークス間の協力

このような可能性に備えておく意味でも、日米の共同作戦や指揮統制における協力の検討を、今後日本が大きな役割を担う方向で段階的に行っていくことが重要となる。日本では2024年度末までに陸海空の一元的指揮を行う統合作戦司令部が創設される予定であり、また、アメリカでも、2024年度国防授権法(NDAA)において、自衛隊との合同活動の促進等のため在日米軍の指揮関係の見直しの検討に着手すべきことが盛り込まれた。こうした動きを契機として、不測の事態に備えた頭の体操として、日米共同作戦における日本の役割の拡大を議論すべきである。具体的には、エリアや機能に応じて、日米いずれかの指揮官が作戦統制を柔軟に両国の部隊に及ぼせるような柔軟なアレンジメントを提言したい。指揮関係を整理し、部隊レベルにおける共同運用を具体的に議論することは、アメリカの関与を制度化する意義もある。

第二に、このような不確実性は、アメリカの同盟国相互間の協力を深化させるのに十分な契機となる。アジアでは欧州と異なり、歴史的経緯や同盟国の管理を重視するアメリカの意図、複数の脅威国の存在により、単一の多国間同盟は形成されてこなかった。それらの課題は現在も完全に解決されたわけではなく、近い将来、アメリカを中心とするハブ・アンド・スポークス型の同盟構造に代えて、NATOのような多国間同盟が現出する可能性は低い。しかし、ジュニア・パートナーにとっての多国間同盟の意義が強大な同盟国への影響力の極大化にあるのだとしたら、アジアにおける同盟国は、それぞれの二国間同盟を維持しつつも、そのメリットを得られる方策を検討すべきかもしれない。例えば、強大な同盟国に関する共通の懸念に対処する上で、日韓豪での協議や防衛協力の枠組みなどは検討に値する。航空機や艦艇の相互ローテーション展開を通じた戦略的縦深性の確保や、それぞれが一義的に対処する作戦への後方支援の検討など、共同防衛のコミットメントに至らないレベルで可能なことは多くある。

アメリカで不確実性の高い指導者が選出された場合、ハブ抜きでスポーク同士が協調する枠組みの必要性はさらに増していくだろう。

(Photo Credit: Mark Wilson / Getty Images)

地経学ブリーフィング

地経学ブリーフィング

コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

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小木 洋人 主任研究員
防衛省で総合職事務系職員として16年間勤務し、2022年9月から現職。2007年防衛省入省。2009年から防衛政策局国際政策課で米国以外の国では初となる日豪物品役務相互提供協定(ACSA)の国内担保法を立案。2014年から2016年まで外務省国際法局国際法課課長補佐として、平和安全法制の立案や武力行使に関する国際法の解釈を実施。2016年から2019年まで防衛装備庁装備政策課戦略・制度班長として、防衛装備品の海外移転の促進、ウクライナへの装備支援でも活用された外国軍隊への自衛隊の中古装備品の供与を可能とする自衛隊法規定の立案、防衛産業政策などを主導。2019年から2021年まで整備計画局防衛計画課業務計画第1班長として、陸上自衛隊の防衛戦略・防衛力整備、防衛装備品の調達を統括。2021年から2022年まで防衛政策局調査課戦略情報分析室先任部員(室次席)として、ロシアのウクライナ侵略、中国の軍事動向を含む国際軍事情勢分析を統括。 2007年東京大学教養学部卒、2012年米国コロンビア大学国際関係公共政策大学院(SIPA)修士課程修了。
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小木 洋人

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防衛省で総合職事務系職員として16年間勤務し、2022年9月から現職。2007年防衛省入省。2009年から防衛政策局国際政策課で米国以外の国では初となる日豪物品役務相互提供協定(ACSA)の国内担保法を立案。2014年から2016年まで外務省国際法局国際法課課長補佐として、平和安全法制の立案や武力行使に関する国際法の解釈を実施。2016年から2019年まで防衛装備庁装備政策課戦略・制度班長として、防衛装備品の海外移転の促進、ウクライナへの装備支援でも活用された外国軍隊への自衛隊の中古装備品の供与を可能とする自衛隊法規定の立案、防衛産業政策などを主導。2019年から2021年まで整備計画局防衛計画課業務計画第1班長として、陸上自衛隊の防衛戦略・防衛力整備、防衛装備品の調達を統括。2021年から2022年まで防衛政策局調査課戦略情報分析室先任部員(室次席)として、ロシアのウクライナ侵略、中国の軍事動向を含む国際軍事情勢分析を統括。 2007年東京大学教養学部卒、2012年米国コロンビア大学国際関係公共政策大学院(SIPA)修士課程修了。

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