アメリカと中国「半導体めぐる強烈な対立」の重み

【特集・アメリカの経済安全保障(第1回)】

アメリカ商務省が対中半導体輸出規制強化を発表した2022年10月7日は、おそらく同時多発テロが起きた2001年9月11日のように、「10.7」として記憶されるだろう。それほど、この輸出規制強化は重要な変化であり、米中関係を見る上で潮目となる変化と見られている。本特集「アメリカの経済安全保障」では、こうした潮目に差し掛かったアメリカの経済安全保障を多角的に分析するが、本稿では、アメリカの経済安全保障が米中対立の枠組みの中でどのように位置づけられているのかを中心に検討してみたい。
Index 目次

アメリカにおける「経済安全保障」の概念

日本では2022年5月に経済安全保障推進法が採択され、「経済安全保障」という言葉が頻繁に使われているが、アメリカにおいて経済安全保障の訳語となる「economic security」という概念は必ずしもきちんとした定義がなされているわけではない。しばしば、economic securityはsocial security(社会保障)やjob security(雇用保障)といった意味で使われる場合もあり、しばしば保護主義的な政策のニュアンスを含みうる。

混乱を避けるため、本特集ではアメリカにおける「経済安全保障」という場合、日本の経済安全保障の概念に含まれる、サプライチェーンの強靭化や技術情報の漏洩防止といったことに焦点を当てて論じることとする。

もう1点、アメリカにおける経済安全保障を論じるにあたって、日本で使われる経済安全保障の概念との違いとして、「意図」をめぐる問題に注意しなければならない。日本で経済安全保障を論じる場合、他国が意図して特定物資の輸出を停止したり、基幹インフラに悪意のあるソフトウェアを埋め込んだりするといったことに対抗することが想定されるが、アメリカでサプライチェーンの強靭化という場合、他国による意図的な供給の停止だけでなく、自然災害やゼロコロナ政策によるロックダウンなどの措置によって供給が停止されることも含まれる。

その意味では、アメリカにおける経済安全保障とは、他国の意図的な攻撃であろうが、自然災害による非意図的な障害であろうが、常にサプライチェーンにおける物資の供給が安定していることが重要となる。

このように見ると、アメリカの経済安全保障は、日本のそれよりも幅の広い概念であり、その違いを十分に認識しないまま、アメリカのカウンターパートと対話・交渉をする場合、話がかみ合わないことがあることに注意する必要がある。

米中対立の文脈

アメリカにおける経済安全保障、すなわちサプライチェーンの強靭化などが大きく取り上げられるようになったのは、バイデン政権になってからであるが、それ以前から経済安全保障と呼ばれてはいないものの、関連するさまざまな出来事があった。

トランプ政権の誕生を支えた、ラストベルト(古い工業地帯である五大湖周辺の州)における経済的苦境は、中国からの集中豪雨的輸出によるものとして、アメリカ通商法301条に基づく中国に対する追加関税をかけるなど、中国への圧力強化と、米中の「デカップリング」を実現することを目指した。

しかし、アメリカの対中依存は容易に変わることはなく、結果として対中貿易赤字を増やす結果となった。さらに、トランプ政権においては、アメリカの基幹インフラに中国製品が多数使われていることを問題視し、特に携帯電話の次世代通信網である5Gから、携帯電話機器最大手のファーウェイをはじめとする中国製品の排除を推し進めた。

こうした、経済的手段を通じて中国に対して圧力をかける、いわゆる「エコノミック・ステイトクラフト」を実施してきたアメリカだが、2020年から新型コロナウイルスによるパンデミックが長期化したことで、世界的な景気後退と、生産や流通の現場での人手不足などが重なり、半導体不足が起こったことで、サプライチェーンの脆弱性を認識するようになった。

そのため、バイデン大統領就任直後に大統領令を発して、「半導体」「蓄電池」「医薬品」「レアアース」の4品目に関するサプライチェーンの見直しを行うことを命じた。これら4品目の他にも政府各部局に対してサプライチェーンの総点検を命じたが、そこで重視されたのが、対中依存の状況である。

アメリカが「唯一の戦略的競争相手」として認識する中国に依存している状況は、戦略的な脆弱性を抱えることとなり、中国にチョークポイント(サプライチェーンにおける死活的な物資)を握られることを懸念した。

アメリカの対中貿易政策はトランプ政権が進めた「デカップリング」政策と、バイデン政権のサプライチェーン強靭化を中心に厳しい競争関係にある。第2次大戦後、自由貿易を国際経済秩序の原則としてきたアメリカは、その原則を歪めてでも中国との競争を生き抜こうとしている。こうした中国に焦点を当てた政策は、グレハム・アリソンがいう「ツキディデスの罠」、すなわち従来の覇権国家が、その覇権に挑戦する新興国との間で戦争が不可避になるという状況が、経済分野で起きているということができるだろう。

国際社会におけるアメリカの地位を脅かす存在としての中国に依存することは、ツキディデスの罠においてさらなる脆弱性を生むことになり、その回避がアメリカにとって最優先の課題となっているのである。

半導体の特殊性

そのツキディデスの罠が明確に現れているのが半導体を巡る米中対立である。冒頭に述べた10月7日の対中半導体輸出規制強化は、米中対立の争点となっている蓄電池や医薬品、レアアースなどと半導体は大きく異なる点に注意が必要である。蓄電池は中国製品がグローバル市場の3分の1を占め、その材料となるリチウムなども中国が市場の70%を支配する。医薬品の有効成分(API)もアメリカは多くを中国に依存している。

レアアースは中国がグローバル市場の80%を握っていると言われている。しかし、アメリカは半導体に関しては中国に依存しているわけではない。先端半導体の製造は台湾や韓国、その設計はアメリカ、半導体製造装置は日米オランダに強みがあり、中国はいずれの分野においても劣位にある。つまり、中国は自国で使う先端半導体は台湾から輸入し、自国の半導体産業で使う設計データや装置は西側諸国に依存している。

こうした中で、アメリカが対中半導体輸出規制を強化するのは、とりもなおさず中国の半導体産業の成長を押さえつけ、その間に西側諸国が協力して、さらなる先端半導体の開発を進め、中国との能力のギャップを拡大することを目的としているからである。

つまり、アメリカと西側諸国が持っている優位性を強化し、中国が追いつけない状況を作ることで、先端半導体を必要とするスマートフォンやデータセンターのサーバー、さらには人工知能(AI)やスーパーコンピュータ、量子技術などの発展を阻害することを目的としている。ただし、注意しなければならないのは、対中半導体輸出規制の強化はあくまでも先端半導体に限定されているものであり、全ての半導体を対象としているわけではない点である。

こうした技術的な優位性を維持し、中国の台頭を阻止するのは、AIや量子技術が次の世代の軍事技術として重要なものであり、この分野での技術的優位性を維持することは、アメリカの軍事的優位性を維持することに直結すると考えられているからである。そのため、半導体は、中国に依存していないにもかかわらず、蓄電池などとともにサプライチェーンの強靭化の対象となり、中国との「部分的デカップリング」を進める対象として強調されているのである。

日蘭両国に試している同盟国の覚悟

10月7日の対中半導体輸出規制強化を通じて、アメリカは半導体技術を西側諸国に囲い込み、中国との技術格差を維持することで、アメリカの軍事的優位性を維持しようとしている。特に半導体製造装置において国際競争力を持つ日本とオランダがアメリカと同等の規制を導入しなければ、中国の技術開発を止めることは困難になる。

ゆえにアメリカは日蘭両国に圧力をかけているが、それは両国の経済的利益とアメリカの戦略的目的を天秤にかけることを求めていることを意味する。言い換えれば、覇権国に挑戦しようとする新興国の勢いを止め、ツキディデスの罠にはまることを避け、中国がアメリカに対して挑戦できないようにするために日蘭両国の同盟国としての覚悟を試しているのである。

(Photo Credit: Reuters / Aflo)

地経学ブリーフィング

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コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

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鈴木 一人 地経学研究所長/経済安全保障グループ・グループ長
立命館大学大学院国際関係研究科修士課程修了、英国サセックス大学大学院ヨーロッパ研究所博士課程修了(現代ヨーロッパ研究)。筑波大学大学院人文社会科学研究科専任講師・准教授、北海道大学公共政策大学院准教授・教授などを経て2020年10月から東京大学公共政策大学院教授。国連安保理イラン制裁専門家パネル委員(2013-15年)。2022年7月、国際文化会館の地経学研究所(IOG)設立に伴い所長就任。 【兼職】 東京大学公共政策大学院教授
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研究者プロフィール
鈴木 一人

地経学研究所長,
経済安全保障グループ・グループ長

立命館大学大学院国際関係研究科修士課程修了、英国サセックス大学大学院ヨーロッパ研究所博士課程修了(現代ヨーロッパ研究)。筑波大学大学院人文社会科学研究科専任講師・准教授、北海道大学公共政策大学院准教授・教授などを経て2020年10月から東京大学公共政策大学院教授。国連安保理イラン制裁専門家パネル委員(2013-15年)。2022年7月、国際文化会館の地経学研究所(IOG)設立に伴い所長就任。 【兼職】 東京大学公共政策大学院教授

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