ロシア・ウクライナ戦争が世界に刻みつけた教訓

【著者】拓殖大学教授 佐藤丙午

 

国際社会は2022年に始まったウクライナ戦争から多くの教訓を学んだ。

まず、ウクライナ戦争に至った経緯を振り返ると、欧州における地政学的な関心は退潮していなかったことがわかる。政治指導者の個性やタイミングの問題はあるが、ロシア社会に根深く存在する拡張主義的な傾向は一貫していた。NATO(北大西洋条約機構)側も地政学的リスクには敏感であり、国際経済の中にロシアを取り込むことで脅威を緩和しようとしていた。ただ、その試みでは侵攻を止めることはできなかったのである。

ウクライナ戦争が、地政学の窓を広げたことの国際政治上の意義は大きい。ロシアの脅威を感じたスウェーデンとフィンランドは、今年5月にそれぞれNATO加盟を申請した。そして国際社会では、トルコやイラン、さらには中国などが、ロシアとの関係強化に動くなども見られた。これはすなわち、ロシアの周辺国が、独自の安全保障政策の推進を迫られていることの反映なのであろう。

 
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アメリカの対ロ政策の評価には時間要す

ウクライナ戦争が発生したのち、アメリカの対ロ政策が十分であったかどうか議論されている。ただ、アメリカの政権交代など、政策の一貫性に影響する要因も多く、ロシアによる侵攻の発生とアメリカの政策との因果関係を評価するには、まだ時間が必要である。

ところで、2014年のクリミア問題を含め、ウクライナ戦争では、領土防衛の意義が再確認された。2022年のウクライナ戦争において、当初ロシアはウクライナの政権交代(および武装解除)を主要な目的にしていたとされる。

そこでは、2003年のイラク戦争におけるアメリカのように、大規模で直接的な軍事行動を相手の核心地に展開し、相手の政権の崩壊か強制的な交代を想定する。ただロシアはこれを実現できず、作戦の第2段階として、クリミア半島をはじめ、それまでに獲得したウクライナの各地域の確保を目指す戦略に転換した。

ロシアの戦略の変化を捉え、ウクライナが反転攻勢できなかったのは、その軍事力の現状を反映したものである。そして、ロシアが攻勢作戦を諦め、占拠した地位の確保と、ウクライナの反撃を撃退(あるいは反撃による占領地域の漸進的な拡大)する戦術に転じたことで、ウクライナ戦争は長期化の様相を呈してきた。

このような状況では、とある時点で紛争終結を求める声が出てくる。そうなると、現状が固定され、戦争が事実上ロシアの勝利で終わることになる。土地をめぐる戦争では、占拠して既成事実を作ったほうの立場が強くなる。

しかし、ここでロシアが成功するとなると、国際社会がロシアに向ける警戒は、21世紀の後半以降にまで続くことになる。

ウクライナの反撃に学ぶ

ウクライナがロシアの初期の攻撃に耐え、政権崩壊を食い止め、戦線の膠着状態を作り出せたことは、国際社会に大きな教訓を残すものとなった。もちろんそこにウクライナの決定的な勝利は存在しない。しかし、当初亡命を勧められたともされるゼレンスキー政権が、政権内の親ロ勢力を摘発してまでもロシアとの対決で国論を統一したことは、国際社会を大いに驚かせた。

ウクライナの反撃にはいくつか注目点がある。まず、クロスドメイン作戦の一部とされる、社会や人間の認知領域における戦いが重要な意味を持つということである。ロシアのこの作戦としては、2014年のクリミア併合における「ハイブリッド戦争」が有名である。

ウクライナ戦争では、ロシアとウクライナ双方が、サイバー領域を活用した「心理戦」などを積極的に活用した。さらに、情報通信技術の活用による敵勢力の情勢把握などでは、ウクライナ側は約30万人とされる「IT軍」に加え、民間人によるSNS等への情報発信が、ウクライナの抵抗活動を支えたといわれている。

さらに、認知戦により、ウクライナは国際世論の形成に成功した。ウクライナによる戦術的な情報発信や、民間人による自発的な情報拡散により、ブチャなどでのロシア軍の残虐行為や、民間施設に対するロシアの攻撃などが効果的に発信された。

国際法の重大な違反を疑われるロシア軍の行為は、国際社会におけるロシアの立場を極めて悪くした。ロシアは国際規範の不遵守に対する説明責任を負わされた。ただ、NATO側にすると、これは戦争の終わり方を難しくした。

この問題は、世界史的な意味がある。20世紀は戦争の違法化が進んだ世紀である。ロシアの「特殊軍事作戦」が、個別的自衛権の行使でなければ、侵略と規定されることになる。そして国際法秩序のもとで、不正義に対する国家および個人の責任を曖昧にした状態での停戦や終戦は、正当化しにくい。

今日の国際社会では、大国間の権力政治による安定の実現という選択肢を選ぶことができない。ウクライナが、中小国の利益の重要性を主張し続け、特にクリミア半島の奪回を反撃の目標と規定する理由も、それを狙ったものであろう。

ウクライナ戦争が戦略面で残した教訓として、国際法上の正当性があり、国際世論の支持が獲得できれば(国際的な認知戦に勝利できれば)、中小国でも大国に一定程度対抗できるということである。この場合、国際的な支持とは、軍事的な支援を意味する。

もちろん、核の拡大抑止を含め、ウクライナは欲しているすべての兵器や政治的関与の支援を得たわけではない。しかし、NATO諸国、特に米英は、戦争の各局面に応じ、ウクライナ軍が領土内でロシア軍を撃退するのに必要な兵器を提供している。

ウクライナ戦争の戦われ方の意味するもの

ウクライナのロシアへの反撃では、多様な兵器が必要となる。たとえば、キーウへのロシア軍の突入占領を阻止するために必要な兵器と、ウクライナ東部および南部の支配をめぐる戦いで使用される兵器、あるいはロシアの支配地域に対して遠距離からの砲撃等で使用されるものや、原子力発電所などの拠点を奪回するために必要な兵器や部隊等は異なる。

ただ、今回の戦争では、ウクライナがロシアに対抗できるだけの戦力を用意できたことが、最大の驚きといってよい。

この事実は、21世紀の戦争のあり方に、大きな示唆を残すものである。

第1に、継戦能力の有無と、その柔軟な運用が、結果を左右する影響があるということである。この問題は、戦争を「ストック」で戦うのか、それとも「フロー」を重視するのかという、軍事学における重大な論点とも関係する。

戦時において、自国生産や輸入を含め、必要な兵器を継続的に入手できる能力は、極めて重要な意義を持つ。戦争が長期化すると、兵器の「ストック」はいつか尽きる。さらに、戦争の局面に応じて、兵器のアップグレードや新兵器の投入が必要となる。

つまり、それを可能とする産業基盤や技術基盤の存在が不可欠となる。もしそれを保有していないのであれば、輸入でそれらを確保する状況を作っていることが重要になる。ウクライナはこれを効果的に実現できた。

ただし、「フロー」で戦う戦争には、兵器の入手先の国や企業などに、戦争を管理されるリスクが存在する。また、「フロー」とは、兵站や、産業基盤そのものであるが、有事の際、戦う体制が整う前に、国内の士気が萎え、戦うより降伏を求める勢力が出現して、国内基盤が侵食される可能性もある。また、兵站が確実に確保される保証はない。海洋国家である日本にとって、これは極めて大きな課題になる。

第2に、領土をめぐる、ある意味で伝統的な戦争は健在であり、その方法についても大きな変化はないということである。つまり、領土をめぐる紛争では、伝統的な軍隊の役割は変わっていない。ただ、もし土地の確保が戦争の本質なのであれば、その後の占領統治を円滑に実施する方法について、ソ連やアメリカなどの大国の過去の失敗から何を教訓として学ぶかという問題が残る。

戦争後の住民の生活を考慮する必要がある「占領と併合を目指す戦争」と、懲罰的に軍事力を行使する「政権交代を目指す戦争」とでは、戦い方が異なる。占領と併合を目指す戦争では、マンパワーが重要な意味を持つ。後者では、エアパワーが重要とされる場合が多い。そして、インド太平洋地域における紛争がどのような性格を持つか考えると、これは日本として真剣に検討する必要がある課題になるだろう。

戦争の終わりと国際主義の復活

ウクライナ戦争は、ウクライナはもちろんのこと、国際社会に深い傷を負わせた。ロシアの拡張主義的政策に対する警戒感が「再び」浮上することになり、周辺国が安心を取り戻すまでには多くの時間が必要になる。さらに、ロシア軍が行った残虐行為は、責任者の処罰なしに、問題を決着させることはできないだろう。そして、今回の戦争の終わり方次第だが、ロシア周辺国の多くは、NATOに安全保障を求め、欧州の二分化は加速する。

つまり、国際社会はこれまでの常識が通用しない世界になり、秩序を再構築する必要が生まれている。それを国際条約交渉などの国際主義的政策が機能不全に陥っている中で行わなければならない点に、現在の国際社会の課題がある。

振り返ると、アメリカがソ連との間で軍備管理条約の交渉を実施する際、「信頼するが、検証する(trust but verify)」を原則として堅持することを訴え、まったく信用できない敵対勢力との交渉という難しい課題に取り組み、徐々にアメリカ内あるいは国際社会の信頼を得ていった。

であるとすれば、ウクライナ戦争後の国際主義の再確立において、どのような問題を出発点とし、どのような原則を用い、国際主義の復興を図ればよいのだろうか。われわれは、この戦争が戦われている最中に、戦後を展望しながら、国際主義のあり方を検討する必要があるのである。

(Photo Credit: The New York Times / Redux / Aflo)

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コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

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