ロシアへの経済制裁は一体どの程度効いているか

地経学ブリーフィングでは、過去3回にわたって、ロシアのウクライナ侵攻は「新しい戦争」という側面があったのかについて、論じてきた。

8月29日の齊藤論文(「戦場と民間の接近」ウクライナ侵攻が示した側面)では民間企業や一般市民が戦場に参加している点に着目し、9月5日の佐藤論文(ロシア・ウクライナ戦争が世界に刻みつけた教訓)では認知戦、法律戦、そして「ストック」と「フロー」の戦いという点で新たな教訓が得られる戦争だと明らかにした。9月12日の小泉論文(ウクライナ戦争が古典的な戦いになった3つの訳)では新しい点はありながらも古くさい戦争である点に特徴があることを示した。

本稿では、対ロ制裁に焦点を当て、経済制裁が戦争にもたらす影響を検討してみたい。
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抑止力にならなかった経済制裁

ロシアがウクライナ国境に兵力を集め、侵攻が今にも始まるという段階で、アメリカは早々にウクライナへの派兵を否定し、武力によってロシアの侵攻を阻止するという選択肢を捨てていた。しかし、その代替手段として、厳しい経済制裁を科すと宣言をすることでロシアの行動を抑止しようとしていた。

こうした経済制裁による脅しが抑止効果を持たなかったのは驚くことではない。一般的に、経済制裁は経済的合理性に訴え、制裁が実行されれば経済的損失を招くことになるから行動を控えよ、というメッセージを発するものである。

しかし、戦争を開始するということは、経済的合理性に基づくものとは限らず、ロシアのウクライナ侵攻も、経済的合理性よりは、ロシアの安全保障上の要請や、領土拡大といった野心によって突き動かされているものである。つまり、経済的合理性を上回る理屈で戦争を始めようとするロシアを経済制裁で抑止することは無理な注文であったと言えよう。

早く、固く、広い制裁だが強くはない

ロシアのウクライナ侵攻が始まってすぐにG7を中心とした西側諸国は、異例の早さで経済制裁を実施することを決断した。2月24日に大規模な侵攻が始まった直後、国ごとに第1弾の制裁を実施したが、G7においては3月11日(日本時間12日)に共同声明が出され、その後も引き続きG7で歩調を合わせた制裁の強化が実施された。日本も2014年のクリミア半島の占拠に対する制裁では遅れて参加したが、今回はG7の迅速なとりまとめに対応し、ほかのG7諸国からの高い評価を受けることとなった。

また、迅速に決定されたにもかかわらず、西側諸国の結束が乱れていないのも今回の制裁の特徴である。経済制裁は後でも述べるように自国の経済にも大きな損害を与える可能性があり、さらにはロシアの報復も想定されるため、各国は自国の利益を優先して、制裁に及び腰になる可能性もある。

しかし、今回はロシアの国際法違反というだけでなく、ブチャの虐殺のような残忍で非人道的な行為に対する社会的な批判も強く、各国が経済的な損失のリスクを抱えながらも、さまざまな制裁措置を実施することで歩調を合わせている。

さらに、制裁のメニューもほかの制裁にはない広範な制裁となっているのが特徴的である。金融制裁、とりわけSWIFTからロシアの銀行を切り離し、ロシア連邦中央銀行の国外資産を凍結し、ロシア国債の外貨での起債に制限をかけるといった措置を取っただけでなく、暗号資産の取引の制限強化や奢侈品(ぜいたく品)の規制、半導体などのハイテク製品の規制、新興財閥(オリガルヒ)などプーチン政権に関与する個人や団体の資産凍結など、さまざまな制裁が盛り込まれた。加えて、ロシアの航空会社の乗り入れ禁止やロシア人旅行者に対するビザ発給の優遇条件の撤廃といったメニューまで含まれる広さがある。

ただ、ロシアの天然ガスに依存している欧州各国は、その輸入をいきなり止めることはできず、ロシア経済に決定的なダメージを負わせることはできていない。過去の制裁は、イランにしても、北朝鮮にしても、いずれも西側諸国から見れば依存度が低く、制裁を実施しても、自国の経済へのダメージは小さい制裁対象であった。

しかし、ロシアはそれらの国々とは比較にならないほど大きな貿易相手であり、とりわけ化石燃料や鉱物に関しては、欧州各国はロシアに強く依存している状況であった。それだけに、制裁を実施することで、自らの経済への影響が甚大であるという点は、これまでの制裁では見られなかった状況である。

それゆえ、今回の対ロ制裁は、ほかの制裁と比較しても「強い」制裁とは言えず、その結果、ロシアの経済に十分なダメージを与えるということは難しい制裁でもある。

制裁の目標設定

これまでの制裁は、それによって対象国の行動変容を促し、制裁の対象となっている行為を止めさせ、交渉のテーブルに着かせることを目的としていた。イランや北朝鮮に対する制裁は、制裁解除と引き換えに核開発を止めさせることを目的としていた。イランに対しては2015年のイラン核合意が成立したことで、制裁は一定の効果があったと認められるし、北朝鮮に対しても、一度は六者協議という場を設定することはできた(現在ではその枠組みは機能していないが)。

北朝鮮の制裁に限らず、多くの経済制裁は、十分な成果を上げているとは言いがたいが、今回のロシアに対する制裁では、ロシアの行動変容を促すようなことが困難だと言える。すでに述べたように、ロシアに強く依存している欧州各国は、制裁を実施しながら、同時にロシアからの天然ガスを輸入し、その代金を支払っているだけでなく、ロシアは戦略的に天然ガスを「武器化」し、欧州各国を脅している。

また、制裁によってロシア経済を破綻させるや、その結果として国民の不満が高まり、政権転覆や政策変更を求めることも困難である。なぜなら、ロシアに経済的な打撃を与えたとしても、国民の不満は強権的に抑圧され、市民のデモや反体制運動は抑え込まれ、ロシア指導部に影響を与えるのが困難だからである。

「弾切れ」状態にするのが1つの目的

では、ロシアに対する制裁の目的は何であろうか? それは、ロシアが戦争を遂行するうえでのコストを高めること、そして継戦能力を奪うことである。この点でとりわけ重要になるのが、半導体などのハイテク製品の輸出制限と、外国でのロシア国債の起債の制限である。

ソ連崩壊後のロシア経済は西側諸国のサプライチェーンに強く依存している。とくに、ロシアの半導体産業は事実上存在しないというほど国際競争力がなく、半導体製造は台湾のTSMCにほぼすべて依存している。また航空機などの部品も西側諸国に依存しており、ロシア製のドローンで使われている電子部品などは、西側諸国の電化製品などから流用したものであるとの報道もある。制裁によって武器の調達だけでなく、部品の調達ができないことでロシア国内での兵器生産に影響を与え、「弾切れ」状態にするというのが制裁の1つの目的である。

また、ロシアは原油や天然ガスを中国やインドに売ることで継続的に外貨収入を得ることができるとはいえ、膨大な戦費や占領地における「ロシア化」に必要な費用など、これまでのような原油や天然ガスの収入だけでは十分賄えない状況にある。原油価格の高騰で一定の収入は確保できているとはいえ、原油は大幅に安売りせざるをえず、戦費を調達するのは困難である。

そのため、戦時国債を発行せざるをえない状況にあるが、制裁によって、そうした資金調達には高いハードルが設けられている。つまり「資金不足」によって継戦能力を奪うというのが制裁の目的となる。

対ロ制裁からの教訓

今回の対ロ制裁から日本が学ぶ点は多いが、何よりもまず重要な点は、潜在的に対立する国への過度な依存は大きなコストを伴うというものである。日本ではサハリン2の問題などはありつつも、欧州諸国ほどロシアに依存していなかったことで、自らの経済に対する影響はそれほど大きくはなかった。しかし、それでも原油価格や天然ガスの価格は高騰し、ただでさえ物価状況局面にある中で、さらなる物価高をもたらすこととなった。その意味でも経済安全保障の観点から、潜在的対立国への過度な依存は早急に解消すべき問題である。

もう一点は潜在的対立国が自国の経済にどの程度依存しているのかを把握することである。ロシアの継戦能力を奪うという目標設定からすれば、最も効果があるのはロシアが強く依存している半導体や西側諸国の部品の供給停止であり、金融制裁である。

こうした制裁のメニューは、ロシアがどの程度西側諸国に依存しているかを把握したうえで効果を発揮する。そのためにも、潜在的対立国との経済関係は維持しつつ、相手が自国に強く依存するような状況をいかに作れるのか、ということが戦略的課題となる。日本はまだ他国にはまねできない製品を作る能力は残っている。その強みや「不可欠性」を強化し、他国が依存する状況を創り出すことこそ、制裁の効果を上げる手段なのである。

(Photo Credit: Reuters / Aflo)

地経学ブリーフィング

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コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

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おことわり:地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

鈴木 一人 地経学研究所長/経済安全保障グループ・グループ長
立命館大学大学院国際関係研究科修士課程修了、英国サセックス大学大学院ヨーロッパ研究所博士課程修了(現代ヨーロッパ研究)。筑波大学大学院人文社会科学研究科専任講師・准教授、北海道大学公共政策大学院准教授・教授などを経て2020年10月から東京大学公共政策大学院教授。国連安保理イラン制裁専門家パネル委員(2013-15年)。2022年7月、国際文化会館の地経学研究所(IOG)設立に伴い所長就任。 【兼職】 東京大学公共政策大学院教授
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研究者プロフィール
鈴木 一人

地経学研究所長,
経済安全保障グループ・グループ長

立命館大学大学院国際関係研究科修士課程修了、英国サセックス大学大学院ヨーロッパ研究所博士課程修了(現代ヨーロッパ研究)。筑波大学大学院人文社会科学研究科専任講師・准教授、北海道大学公共政策大学院准教授・教授などを経て2020年10月から東京大学公共政策大学院教授。国連安保理イラン制裁専門家パネル委員(2013-15年)。2022年7月、国際文化会館の地経学研究所(IOG)設立に伴い所長就任。 【兼職】 東京大学公共政策大学院教授

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