防衛費増額に伴う税負担議論が説得力を持つためには
また、戦略三文書発表と同日、紛糾していた税制措置の方向性に一定の結論が出された。与党税制改正大綱の発表である。税制改正大綱では、①2027年度に向けて複数年かけて段階的に税制措置を実施し、2027年度において1兆円強を確保する、②課税方法は、法人税の付加税、復興特別所得税の税率を1%引き下げるとともに新たな所得税付加税1%の追加、たばこ税の税率引き上げによる、③施行時期は2024年度以降の適切な時期とする旨が記載された[1]。その前提として、同日に行われた岸田総理の記者会見では、必要となる財源の3/4を歳出削減、剰余金、税外収入の活用などで賄う道筋をつけ、残りの1/4の1兆円強を税制で対応することが示された[2]。
しかし、これらの方針に対して、与党幹部はおろか、一部閣僚からも反対の声が上がっており、本年度の税制改正大綱では税制の方向性だけを決め、具体的課税時期を含む詳細については、来年度の税制改正大綱で議論することとされた。
増税が受けないのは普遍的現象である。しかし、政府与党や多くの国民の間で防衛力強化の方向性が支持されている一方、その財源の議論がなぜこれほどまでに定まらなかったのか。説明不足や拙速な決定という批判は当然あるだろう。しかし、そうした紋切型の議論を超えて、本稿ではその構造的な要因と今後の見通しを考察してみたい。
増税決定のタイムリミットはいつか
財源の議論が揺れている要因として、まず挙げられるのが、増税が来年度(2023年度)に始まる話ではないという点だ。その前提として、防衛予算では、装備品の購入や維持整備の契約が単年度で終わるものばかりではなく、複数年度に渡る契約が多いため、そのような契約に必要な予算では、後年度における支出を約束しておく国庫債務負担行為や継続費の仕組みが用いられる。その場合、初年度に契約したものの支払が翌年度以降に(も)歳出化経費として発生し、このような経費が束になると、支払時期が後年度に少しずつ部分的にずれた予算が組み上がっていくこととなる[3]。このことを逆に言うと、今回のような防衛費の急拡大を行う場合、大きな装備品や大規模研究開発プロジェクトになればなるほど、単年度では契約が終了しないので、多数の予算規模の大きな契約を初年度に締結することを計画したとしても、その歳出予算が必ずしも自動的に積み上がるわけではない。このため、「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」第3回会議で財務省が提出した資料に示されたように、歳出予算が5年をかけて階段状に増えていく予算構造が予定されることとなる[4]。実際、報道においても、2023年度防衛費は6兆円台半ば(6.8兆円との報道もあり)とし、その後、毎年度1兆円ずつ増やしていくことが指摘されている[5]。
一方、政府与党の方針によれば、2023年度から2027年度までの追加財源の大部分や、2027年度以降毎年発生する4兆円の増加分のうち3兆円分は、歳出改革、決算剰余金の活用、税外収入を活用することによって賄うこととされている。
これらの内訳は必ずしも明らかにされてない。ただし、その中で、今後の5年間の追加必要財源約17兆円については、報道によれば、歳出改革で3兆円強、決算剰余金で3.5兆円、税外収入、特別会計からの繰入金をプールして活用する「防衛力強化資金」4.6兆円程度の計11.1兆円を賄い、残り6兆円を増税で確保する方針だという[6]。
こうした内訳と、今後5年間で防衛費が段階的に増えていくことを前提とした場合、毎年発生する歳出改革と決算剰余金で捻出した金額を5年で均等に割り振り、足りない部分を防衛力強化資金で充てていくとすれば、2024年度防衛費の規模の大きさにもよるが、真に増税が必要となるのは、2025年度以降となる可能性がある(もっとも、歳出改革や剰余金等の実際の金額にも左右されるため一概には言えない。)。税制改正大綱が「2024年度以降の適切な時期」と表現をぼかしたのは、こうした前提を踏まえ、増税時期を2024年度か2025年度のいずれとするか現時点では定まっていないことがその背景にあるのかもしれない。
いずれにせよ、増税の導入まで猶予があるのだとすれば、本年末のこのタイミングで全てを決定するインセンティブは低下してしまう。一方、歳出増の方針である戦略三文書だけ先に決定し、歳入増の方針を示さないことは政治的に不誠実だと受け取られかねない。増税の方向性決定を来年度以降に後倒しする意見への反論として、総理が「将来、国民の皆様に御負担いただくことが明らかであるにもかかわらず、それを今年お示ししないことは、説明責任を果たしたことにはならない。誠実に、率直に、お示ししたい」と応じた背景は、このようなところにある[7]。
安定財源を必要とするのは防衛費だけか
増税に対する国民的支持が広がらないもう一つの要因は、増額する防衛費は継続的性格があり、したがってそれに特化した安定財源を要するという議論が、さほど受け入れられていない点にある。そもそも現在の一般会計予算の3割弱は赤字国債発行によって賄われており、防衛費は一般会計予算で特定財源の紐付きがないので、理論上2兆円弱は既に国債によって賄われていることになる。また、例えば、同様に継続的に必要とされる社会保障費なども、国庫負担分が2022年度で約36兆円に上っており、そのうち当然国債発行によって対応している割合が生じる。
そのような中で、なぜ追加増額分の防衛費のみがそれに紐付く特定の税制を要するのか、その説明はあまり行われていない。同様に用途を明示した税として復興特別所得税があるが、これは復興特別会計という特定の収入・支出を一般会計から切り離して資金の流れの透明化等を図る仕組みとセットの制度であり、一般会計のみに依拠する防衛費と同列に論じても、必ずしも税制の切り出しによる納得感が向上するわけではない。もちろん、そもそも全体の財政状況が悪化の一途を辿っていることが問題の出発点であることは間違いないので、そのことを今一度想起した上で、防衛費増額分のみ切り出して安定財源を得ることと他の一般会計経費の扱いとの切り分けについて、納得感の得られる整理を示すことが重要だろう。
活用できる余剰資金の内訳は示されたか
最後に、増税以外の手段として、歳出改革、決算剰余金の活用、税外収入の活用などを今後5年間の防衛費増額分の主要財源とするとともに、2027年度以降の毎年度3兆円規模の財源とすることが示されたが、果たしてこの金額が妥当なのか。当該財源により手当てしてもなお、1兆円強の増税以外に財源を手当てする選択肢がないのかを判断する材料が今のところ明確に示されていない。報道で伝えられているもののほか、政府がこうした活用可能な余剰資金の内訳を正式に示していないからだ。活用できる余剰資金のボリュームを把握できなければ、1兆円強の税額負担の納得感は向上しない。
そこで、報道されている案を個別に見てみる必要があるが、その際重要なのは、その財源が一度限りのストックなのか、恒常的に発生するフローなのかという視点だ。後者の方が安定財源で筋が良い。前者であっても、その規模が大きければ、報道されている「防衛力強化資金」にプールして平準化して使用することにより、一定期間は疑似フローとして活用できる。一方、他の予算とのゼロサムゲームになるようなものは、歳入を改善するものではない。
こうした観点も踏まえると、まず、歳出改革は防衛省以外の他省庁の予算の合理化を企図するものであり、その見込みとして5年間で3兆円強という数字が報道されているが、これは他省庁予算とのゼロサムの性質を有し、おのずと限界がある。
また、前年度の剰余金についても、国債の返済財源のほか、補正予算の経済対策等に使用されており、これを防衛費に充てれば経済対策のための予算を縮小するか別途国債により手当てする必要が生じ、必ずしも追加的な財源という性質のものにはならない。ただし、新型コロナ関連予算の未執行分などで剰余金が大きく上振れする場合には、これを弾力的に活用する方法が想定される(2021年度決算においては約37兆円もの剰余金受入れがあり、また、同年度で不用となった新型コロナ関連予算は約3.7兆円とされる[8]。)。
「防衛力強化資金」の原資とされる特別会計の剰余金を活用する案は、これらと比べると比較的筋が良いだろう。2021年度の各種特別会計における剰余金の合計額は11.4兆円に上る。ただし、その全てを一般会計に繰り入れているわけではなく、当該特別会計の翌年度予算への繰入れ等もあり、また、剰余金の全てが防衛費への転用に馴染むとは限らない[9]。一方、今後一定程度継続的に収益が出て、かつ、それが当該特別会計の翌年度予算繰入れによっても直ちに活用されないようなものであれば、安定財源として活用できる。この点、報道では、今後5年間で外国為替資金特別会計から3.1兆円程度、財政投融資特別会計から0.6兆円程度捻出するとされている。
外国為替特別会計の剰余金は、米国債の金利上昇等に由来するものであり、しばらく活用できる可能性はあるが、外生的な要因に左右されるため、継続的な財源とできるかは疑問が残る(2021年度決算では2.3兆円の剰余金)。
一方、金額は大きくないが、政府が保有するNTT株やJT株の運用益などを原資とする財政投融資特別会計投資勘定には一定の余力がある。2021年度決算では、剰余金が5000億円近くに上るほか、そもそも歳入のベースとなる運用収入が、歳出のベースとなる官民ファンドなどの産業投資支出を恒常的に上回っている黒字会計であり[10]、大きくはないが継続的な財源として活用できる。
そのほか、国有財産の売却益なども財源として考えられているようだが、これらは一度限りのストックという性質が強い[11]。
こうして見てみると、余剰資金の活用は、一度限りのものが多く、継続的・恒常的に安定財源となり得るものは多くないように思われる。ただし、それを政府が一覧性をもって整理し、内訳を示すことで、足りない部分は増税で賄うしかないという主張の説得力が向上する。
厳しい安全保障環境を考えると、財源の紛糾により防衛力強化が中断される事態は避ける必要がある。確かに、増税導入について、その原因行為たる歳出計画(戦略三文書)の決定の時期と併せて説明し、決定しようとする岸田総理の意図は、「誠実に率直に伝える」との言葉どおりだと思われる。そうであれば尚更、来年以降に行われる税制措置具体化に当たっては、その他の財源の内訳提示とセットで、説得力をもってその必要性を説明する努力が求められる。また、防衛力整備計画では、5年間43兆円の総経費のうち、0.9兆円程度の効率化必要分が掲げられている。防衛省は、強化する能力への注力だけでなく、レガシー装備や部隊の合理化・見直しを一層進めることにより、これに真摯に取り組んでいく必要があるだろう。
注
- [1]自由民主党・公明党『令和5年度税制改正大綱』(2022年12月16日)。
- [2]岸田総理大臣記者会見(2022年12月16日)、https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/statement/2022/1216kaiken.html。
- [3]防衛省『我が国の防衛と予算 令和4年度予算(令和3年度補正を含む)の概要』(2021年12月)、49ページが分かりやすい。https://www.mod.go.jp/j/yosan/yosan_gaiyo/2022/yosan_20220324.pdf。
- [4]財務省提出資料「総合的な防衛体制の強化に必要な財源確保の考え方」国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議(第3回)(2022年11月9日)、1ページ、https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/boueiryoku_kaigi/dai3/siryou3.pdf。
- [5]「23年度防衛予算6兆円台半ばを想定、弾薬調達などで1兆円増額=関係筋」ロイター(2022年12月9日)、https://jp.reuters.com/article/defence-budget-idJPKBN2ST0LP;「来年度の防衛費、6.8兆円 過去最大、トマホークに2千億円」『共同通信』(2022年12月16日)、https://nordot.app/976167350447489024。
- [6]「防衛財源は剰余金など5年11.1兆円 財務省、建設国債も」『日経新聞』(2022年12月13日)、https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA132H30T11C22A2000000/;占部絵美「防衛費増5年分の財源、11.1兆円を税外収入や決算剰余金で確保-資料」『ブルームバーグ』(2022年12月13日)、https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2022-12-13/RMTGFWDWLU6B01。
- [7]岸田総理会見(2022年12月16日)。
- [8]財務省『令和3年度決算の説明』222ページ、https://www.mof.go.jp/policy/budget/budger_workflow/account/fy2021/kessan_03_zenntaibann.pdf;会計検査院「新型コロナウイルス感染症対策に関連する各種施策に係る予算の執行状況等について」『令和 3 年度決算検査報告』489ページ、https://www.jbaudit.go.jp/report/new/summary02/pdf/fy02_tokutei_01.pdf。
- [9]財務省「令和3年度特別会計の決算概要」(2022年7月29日)、https://www.mof.go.jp/policy/budget/budger_workflow/account/fy2021/ke040729tokkai.pdf。
- [10]2020年度を除く。2021年度決算では前年度の剰余金受入れを含まない運用収入と歳出額の差額は1000億円程度に上る。「財政投融資特別会計」財務省ホームページ、https://www.mof.go.jp/about_mof/mof_budget/special_account/zaitou/index.html。
- [11]「防衛費増へ財源確保に苦心 財務省、特別会計活用も検討」『日経新聞』(2022年12月2日)、https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA012KX0R01C22A2000000/。
地経学ブリーフィング
コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。
おことわり:地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。
主任研究員
防衛省で総合職事務系職員として16年間勤務し、2022年9月から現職。2007年防衛省入省。2009年から防衛政策局国際政策課で米国以外の国では初となる日豪物品役務相互提供協定(ACSA)の国内担保法を立案。2014年から2016年まで外務省国際法局国際法課課長補佐として、平和安全法制の立案や武力行使に関する国際法の解釈を実施。2016年から2019年まで防衛装備庁装備政策課戦略・制度班長として、防衛装備品の海外移転の促進、ウクライナへの装備支援でも活用された外国軍隊への自衛隊の中古装備品の供与を可能とする自衛隊法規定の立案、防衛産業政策などを主導。2019年から2021年まで整備計画局防衛計画課業務計画第1班長として、陸上自衛隊の防衛戦略・防衛力整備、防衛装備品の調達を統括。2021年から2022年まで防衛政策局調査課戦略情報分析室先任部員(室次席)として、ロシアのウクライナ侵略、中国の軍事動向を含む国際軍事情勢分析を統括。 2007年東京大学教養学部卒、2012年米国コロンビア大学国際関係公共政策大学院(SIPA)修士課程修了。
プロフィールを見る