中国の「自国産業保護」、日本が向き合う5大課題 - 官民間の人材面を含めた連携強化が焦眉の課題

【特集・中国の経済安全保障(第2回)】

2月13日配信の「中国の『経済安全保障』何をどう備えているのか」が指摘したとおり、中国の経済安全保障の実態は外部からわかりにくい。しかし近年、中国では国産製品を優遇し、外国企業に対して事実上の技術移転を強要する動向がより顕著となっている。これは日本および日本企業の対中戦略にどのような影響を及ぼすのだろうか。本稿では、経済安全保障の観点から動向を整理し、日本の対応を検討したい。

(本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています)

Index 目次

不透明なまま排除される外資

政府が物品やサービスを購入(政府調達)する際に、自国産業を保護し、国産製品を優遇するケースは世界各国でよくみられる。その中でも、中国は近年不透明な形で動きを強め、外国企業に不安を与えている。

そもそも中国は2001年にWTO(世界貿易機関)に加盟した際に、政府調達における自国企業と外国企業との平等な扱いを求める政府調達協定には参加していない。中国は2002年に政府調達法を制定したが、同法では、中国国内で入手不可能な物資等を除き、政府調達では国産の製品・サービスを使用すると規定する(第10条)。その後、中国との間の政府調達協定加盟交渉が開始されたが、対象となる政府調達の実施主体に地方政府等を含めたい日米欧と、対象を広げたくない中国との対立により交渉は遅々として進んでいない。

以前より排他的な中国の政府調達が経済安全保障の観点から注目され始めたのは、2019年頃から、パソコンや複合機といった一部IT製品に関して、データの「安全」を理由として政府調達から外資企業を排除していると指摘されたことに端を発する。これらIT製品の政府調達には、推奨企業や製品をリスト化した「安可目録」「信創目録」という内部リストがあり、リスト上には中国企業・製品しかないとされた。

2021年夏には、一部の医療機器や観測機器等について、政府調達で国産製品の購入割合を高める方針の内部通知が発出されたと報じられた。中国当局は同通知に言及していないが、ネット上では「内部文書」と書かれた同規則が閲覧できる状態にあり、事実上追認されている。

「安可目録」「信創目録」にせよ2021年の内部通達にせよ、公開されていない通達や、法令に基づかない措置は透明性を欠き、中国で活動する企業の予見可能性を大きく損なう。また2021年の内部通達は、政府調達における中国産製品の購入割合に枠をはめ、さらにその割合を上げていくことで輸入品を排除する方向だ。このような中央の政策は、地方政府が中国企業製品を優先する動きに容易につながり、実際、山西省や深圳市等では、医療機器等の政府調達から外資を排除する通知が出された。

対象となった医療品を製造する外国企業は、中国市場で生き残るためには生産拠点を中国に移すか、中国製部品を増やさざるをえない。そして、これは外国企業に「技術移転を迫られている」との懸念を与えている。

問題の広がり:強制規格、成分表示

政府調達に続き、中国当局は新たな規制(「情報セキュリティー技術設備安全規範」)を導入し、国産化を強制しようとしている。この規制では、政府部門で使われるプリンターやコピー機、スキャナー等について、「安全」上の理由から、中国国内で設計から開発、生産まで完結することを求め、その遵守状況を検査する制度の導入が検討されている。

これが実施されれば、政府調達の対象となるプリンター等は、設計段階を含めた生産の全過程を中国国内で完結する必要があり、外国企業は生産拠点の移転、開発を含めた技術の移転を強いられる。2022年10月に富士フイルムは上海の複合機工場を閉鎖し、中国からの撤退を決定したが、同決定にはこれらの懸念があると思われる。

また、政府調達以外の方法を使った技術移転を強制する動きも始まった。最近、中国当局は、化粧品メーカーに対し、原材料や比率を明記した調合表の提出を義務づけ、原料メーカーにも成分比率の開示を求めるよう規制を強化した。化粧品の成分に関する情報は企業秘密であり、この規制強化は企業に独自技術の開示を迫るものである。化粧品の組成情報等が中国側に渡れば、中国企業は同様の製品を作れる。外国企業にとっては、これも事実上の技術移転の強制である。

日本企業に必要なしたたかさ

中国は国産製品を優遇することで国内において完結するサプライチェーンを構築し、中国経済の「安全」を確保する動きを強めている。では、日本企業にはどのような対応が取れるか。中国市場の規模や日中企業間の相互依存性を考えれば、中国市場なくして日本企業の成長はありえないのも現実である。

1つの選択肢は、中国に製造過程を依存しすぎず、調達先を分散化、多様化することである。上述の富士フイルムの撤退や、ダイキンによる中国に依存しないサプライチェーンの構築等、既に実例はある。また、主たる生産拠点は中国外に移しつつも、「地産地消」の形で中国市場に残るのも選択肢だ。アップルは、アメリカ向けのiPhoneの最終組み立て工程を段階的に中国から撤退させつつ、中国向けは中国企業による委託生産を増やし、中国国内で販売すると見られている。

さらに、競争性が高くない技術、数年で中国が追いつく技術であれば、現地企業として中国で活動することも経営上1つの判断であろう(株式を上場するか否かは別途要検討である)。中国は「一帯一路」を通じて、東南アジア等周辺諸国への中国企業の進出を後押ししている。いわば現地企業として「一帯一路」政策を利用して周辺諸国での市場拡大をするくらいのしたたかさが日本企業にあってもいいのではないか。

日本政府は国を挙げた対応を

日本政府は企業と連携・役割分担しながら前面に出て、企業を守り、中国に向き合わねばならない。中国は国を挙げて「安全」を盾に特定の領域で政策的な外資の排除を始めているからである。筆者の意見を交えて5点挙げたい。

まず、政府は、生産拠点移転のための企業への経済的支援や、不透明・差別的な経済政策の是正を求める申し入れといった既存の取り組みを一層強化しなければならない。日中ハイレベル経済対話や中国日本商会の白書等を使った中国側への働きかけは、官民でより連携し、強化して行われる必要がある。

第2に、官民のより緊密な連携のため、政府・企業間での人材登用が欠かせない。アメリカの官民「リボルビングドア」と同様、中国は人材が共産党のネットワークで動き、企業と政府との間で流動的な人材移動が行われている。日中両国の政府と企業との関係は根本的に異なるが、人材面を含めた政府と企業との間の緊密な連携がなければ中国に太刀打ちは難しい。

第3に、改善されない場合を見据えて、日本企業を守るという観点から、技術移転を強制する特定国に対する輸出管理等、技術流出の防止策を検討する必要がある。新幹線技術のように、中国への技術移転により世界市場を奪われるといった経験を繰り返すべきではない。状況に応じて関連部品や産業に対して柔軟に輸出管理を行えるような体制の検討を始めておく必要がある。

第4に、同様に中長期的かつ経済活動の公平性の観点から、日本企業が政府調達へのアクセスを制限されている国に対して、同国企業による日本の政府調達へのアクセスを限定できる措置の検討が求められる。この点、昨年8月に発効したEUの国際調達規制(International Procurement Instrument)が参考となる。同措置は、域外国がEU企業による政府調達へのアクセスを十分に認めない場合には、当該域外国企業によるEU側の政府調達へのアクセスを認めないことを可能にする。

第5に、CPTPP加盟交渉の戦略的な利用が不可欠だ。CPTPPは、政府調達における公平性や透明性、適用範囲の拡大といった高い要求水準を設けている。それ以外の分野でもWTO協定以上の内容を多く含み、中国の参加ハードルは相当高い。

中国のCPTPP加盟交渉を認めたうえで、交渉過程において中国の差別的な産業政策を徹底的に取り上げて改善を迫り、例外を容易に認めず、約束の実現可能性を厳しく検証するのが現実的である。中国の体制内には、CPTPPをWTOに続く第2の外圧として利用し、国内の改革を進めたい勢力もある。これら勢力に呼応することが、日本政府・企業にとっても有意義である。

地経学ブリーフィング

地経学ブリーフィング

コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

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おことわり:地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

町田 穂高 主任客員研究員
東京大学法学部卒業後、2001年4月に外務省入省。中国・南京大学及び米国・ハーバード大学(修士号取得)を経て、在中国大使館において勤務。その後、中国・モンゴル課において、4年間に10回の首脳会談、12回の外相会談などのハイレベル会談の準備に従事した他、「日中高級事務レベル海洋協議」の立上げや「日中海上捜索・救助(SAR)協定」の原則合意に関する交渉を担当・主導した。また、日米地位協定室首席事務官として、「軍属補足協定」の締結や沖縄の負担軽減政策に関する日米交渉を総括した。在外勤務では、国連代表部において、安保理改革に関する各国との調整や世界的な働きかけを担当した他、在中国大使館において、中国経済や米中経済対立に関する情報収集・分析に従事。その他、二度の人事課勤務において、組織マネージメントも経験。2022年4月に外務省を退職。
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研究活動一覧
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研究者プロフィール
町田 穂高

主任客員研究員

東京大学法学部卒業後、2001年4月に外務省入省。中国・南京大学及び米国・ハーバード大学(修士号取得)を経て、在中国大使館において勤務。その後、中国・モンゴル課において、4年間に10回の首脳会談、12回の外相会談などのハイレベル会談の準備に従事した他、「日中高級事務レベル海洋協議」の立上げや「日中海上捜索・救助(SAR)協定」の原則合意に関する交渉を担当・主導した。また、日米地位協定室首席事務官として、「軍属補足協定」の締結や沖縄の負担軽減政策に関する日米交渉を総括した。在外勤務では、国連代表部において、安保理改革に関する各国との調整や世界的な働きかけを担当した他、在中国大使館において、中国経済や米中経済対立に関する情報収集・分析に従事。その他、二度の人事課勤務において、組織マネージメントも経験。2022年4月に外務省を退職。

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