ウクライナ支援の継続とその理由
昨年2月24日、ロシアはウクライナに対して侵略戦争を開始した。この「違法でいわれのない侵略」に対してEUは直後からロシアを非難し矢継ぎ早に制裁を実施するとともに、ウクライナへの支援も継続的に行ってきた。
また、EUとEU加盟国をあわせて18億ユーロの人道援助、緊急支援、危機対応支援を実施した。武器の調達についても金銭面で総額36億ユーロの支援を行った。これまでウクライナ支援を牽引してきたイギリスに加えて、このようにEUおよびEU加盟国の立場が、今後の国際社会によるウクライナ支援、さらにはロシア・ウクライナ戦争の今後の趨勢を大きく左右するといえるだろう。
対ロ制裁や巨額の支出がもたらすEUおよび加盟国各国の負担は、決して小さいものではない。はたして、これからもEUとEU加盟国は継続的な支援を続けることができるのだろうか。それを考えるうえで慶應義塾大学の鶴岡路人准教授は、『欧州戦争としてのウクライナ侵攻』(新潮選書、2023年)において、「情」と「理」がウクライナ支援の継続を左右すると指摘する。
ロシアによるウクライナでの残虐な行為を目の当たりにして支援をしなければいけないという「情」と、ウクライナへの侵略を今ここで止めなければEU加盟国へ侵略されるという、より大きなコストを払う危険性が生じるという「理」の2つの側面を考慮に入れることが重要だ。
支援策に対する不満の蓄積?
戦争開始から1年が経過した現在でもEUおよびEU加盟国によるウクライナへの支援は継続しており、さらにいくつかの側面ではむしろ支援は強化されている。しかし、その一方で、戦争が長期化する中で、欧州におけるウクライナ支援への不満も一部で溜まり、EUにおいて揺らぎが生じていることにも目を向ける必要がある。
その中でも注目すべき動向として、ハンガリーによるEUの対ロ制裁とウクライナ支援策への不満の表明が指摘できる。2月に行われた年頭演説において、ハンガリーのオルバーン首相は「制裁はハンガリー国民の懐から4兆フォリントを奪い取った」と言い放ち、その不満を表明した。
EUに対してこれまでしばしば批判を繰り返してきたオルバーン首相のこのような反発は、戦争開始直後から少なからずみられたものである。また、ハンガリー経済のEUへの依存度の高さを考慮すれば、その批判の実態はウクライナ支援において自国に有利な条件を引き出すための交渉材料として利用するに留まり、EUによる追加的な対ロ制裁やウクライナへの支援に関する決議は、実際にはこれまで継続的に採択されてきた。
オルバーン首相がEUの方針に対して対決的な姿勢を示す一方で、昨年5月にハンガリー大統領に就任したノヴァーク・カタリン大統領は、権限は限られてはいるもののロシアの侵略を公然と批判し、ウクライナのEU加盟を支持している。オルバーン政権としてのEUによる対ロ制裁やウクライナ支援に対する否定的な姿勢に変わりはないが、EUに対して一定の配慮をしているようにもみえる。
他方で、ハンガリーのこうした言動の背後には、世界観を巡る重要な問題を孕んでいることにも留意しなければならない。すでに触れた年頭演説において、オルバーン首相は「ウクライナの戦争は、善と悪の軍隊の間の戦争ではない」「われわれは友を作り続けたいのであり、敵を作ることは望んでいない」と述べた。自国の目先の利益を最優先に置いたオルバーン首相の「親ハンガリー」(ハンガリー・ファースト)の考えによる発言であろうが、それは明らかにEUが示す世界観とは異なるものである。
ロシアは、国際社会が戦後築き上げてきた国際法や国際的規範に基づいた国際秩序を崩そうとしている。それゆえ、ロシア・ウクライナ戦争はこれまでの他の戦争と比べても、善悪が極めて明確な戦争である。また、「法の支配による秩序」から「力による秩序」へ国際秩序が変わってしまうことについては、欧州の中小国にとっては歓迎すべきことではない。それにもかかわらず、EU加盟国の中でロシアの侵略に対して、まるで「黙認」するかのような発言をする指導者がいることは、懸念すべき問題だ。
市民の戦争への関心低下も
加えて、侵略側のロシアと侵略されたウクライナの双方の条件が折り合わず戦争終結の見込みが見えない中で、欧州市民の戦争に関する関心の薄れとそれに伴うウクライナ支援の気運の低下も、今後深刻な問題となるであろう。
市民の関心低下を示す傾向は徐々に現れ始めており、例えば、仏調査会社IPSOSが昨年11月末から12月上旬にかけて28カ国(うちEU加盟国は9カ国)を対象に実施した調査によると、「ロシアのウクライナ侵攻に関するニュースを詳細に追っている」と回答した人の割合が、ドイツとフランスでそれぞれ5%減少、ポーランドも2%減少と各地で減少傾向がみられた(世界28カ国では2%減少)。世論の関心低下が指摘されて久しいグローバルサウスのみならず、欧州でも減少傾向がみられることは注目に値する。
また、欧州各国が受け入れを行ってきたウクライナ難民への支援についても、全EU加盟国を対象としたユーロバロメータ調査の結果では、「戦争から逃れてきた人々をEUに迎え入れる」という主張に賛成した回答を合わせた数値は88%であった。依然として高い数値ではあるが微減(-2%)という結果になっている。
これらの結果は、直接の影響を受けていない国々の国民の間ではウクライナでの戦争を自分事ととらえて積極的に支援する意識が少しずつ薄れていることを示唆している。
しかし、欧州市民の関心の低下や疲労感の蓄積は、EUからのウクライナ支援のテンポや追加制裁の発動が遅くなり規模の拡大を妨げる一因となりかねない。ゼレンスキー大統領は昨年6月、フランスのカンヌ映画祭におけるオンライン演説にてこのように強調した。
「戦争の終結と国際情勢は、世界が注目してくれるかどうかにかかっている」
求められる「丁寧」かつ「大胆」な政策決定と共同声明
このように、ロシア・ウクライナ戦争における欧州としての結束と、その結束の脆さと、その双方が、国家間のレベルでも、市民のレベルでも存在することに目を向けねばならない。国家間レベルで言えば、すでに見たような世界観についての認識に揺らぎが見られる。また、市民レベルで言えば、戦争への関心低下と疲労感の蓄積が、今後の結束のほころびとなるかもしれない。脆さを抱えながらも、今後も対ロシア制裁を続け、ウクライナ支援を続けることについて、EUとEU加盟国がどのような方向性を示していくか、注目していく必要がある。
EUのリスボン条約の第2条・3条に記載されているとおり、「民主主義」や「法の支配」といったEUの中核的な価値、そして平和を推進することにかけるEUの思いは強い。しかし、価値観や理念を振りかざすことに対しては、ハンガリーをはじめとした国々の反発を招きかねない。それぞれの立場や価値観に耳を傾けながら、ルールに基づく国際秩序をともに構築していくべく対話を続け、ウクライナ侵略の長期的なコスト(「理」)についての認識を丁寧にすり合わせていくことが重要である。
ウクライナへの支援をより強固なものにするために、ウクライナ支援に対する結束を示し、支援の必要性を欧州市民の「情」に訴え続けることも重要となってくる。5月に開催される広島G7サミットを始めとして、EUおよびEU加盟国が関わる声明・宣言においてどの程度強い言葉でロシアを非難し、具体的なウクライナへの支援を打ち出し続けるかが改めて問われている。つねにインパクトのある新しいメッセージを出し対策を打ち出し続けなければ、世論の関心は少しずつ離れていく可能性が高くなってしまうからである。
ウクライナ戦争が長期化する中、EUには「丁寧」かつ「大胆」なかじ取りが求められている。