経済安全保障の共同防衛体としてのG7の重要性
日本が議長国を務めるG7広島サミットは、過去数回の日本で開催されたサミットよりも格段に注目度が高い。
ロシアのウクライナ侵攻が1年を過ぎても継続され、米中対立は激しさを増し、グローバルサウスが台頭する。国際秩序が大きく変動している中でのサミットということが無意識のうちに、G7という、これまで国際秩序を形作ってきた先進諸国の役割がどう変わるのかということに関心を持たざるを得なくなっているからなのであろう。
G7議長国の役割とは
G7は国際機関でもなければ、何らかの強制力を持つ決定をする組織でもない。しかしながら、国際社会において安定した秩序を形成するために集まった先進諸国が、自らの国益と国際社会の公益を同時に実現する政策を協調して実行することを目的としている。
G7にはゲストとして複数国が招待されるが(広島サミットではインド、韓国、オーストラリアなど8カ国と国連などの国際機関)、最終コミュニケ(共同声明書)を採択するのはG7諸国(EUを含む8人の代表)である。
G7はほぼ1年をかけて事務レベルで議題が調整され、「シェルパ」と呼ばれる首席交渉官が議題の整理を行い、各国の共通点を調整して固めていく。G7首脳が集まる前に、外相会合や保健相会合といった、政策分野ごとの大臣会合があり、最終的にG7首脳が広島に集まったときには多くの議題が既に整理された状態で、最終的に詰めなければならない議題について議論する。
その中で、議長国はシェルパのレベルから議題を提案し、最終コミュニケのたたき台を作る。議論の流れを最初に設定し、方向性を決めるのが議長国の役割である。また、サミットはその設立当初から首脳間の個人的信頼関係によって成り立っており、その場の雰囲気や議題に対する熱量を決めるのも議長国の役割である。
日本がサミットで重要な議題として取り上げるうちの1つが経済安全保障である。今年の3月中旬に行われた日独首脳会談においては、経済安全保障が主たるテーマであり、ドイツがこれからこのテーマに取り組む上で、昨年5月に経済安全保障推進法を成立させ、欧州各国よりも先に政策的な取り組みを始めていた日本から学ぼうとする姿勢を見せていた。
日本が経済安全保障の分野において、アメリカと共にG7各国よりも一歩先駆けた取り組みをしていることは、日本が議長国としてアピールできる点であり、議論をリードできる立場にある。
とりわけ、ロシアのウクライナ侵略により、これまで安全保障上のリスクがあるロシアと経済的相互依存を深めてきたドイツをはじめとする欧州各国は、そうした地政学的リスクを抱える相手との経済的関係を深めることが自国経済に大きなストレスとなることを実感し、ロシアはもちろんのこと、将来的に敵対的関係になり得るかもしれない中国との経済関係にもリスクがあることを認識するようになった。
対中半導体輸出規制を強化
また、アメリカも中国との経済的相互依存が自国の安全保障に直結する課題であるとの理解を強めている。昨年10月に発表された、対中半導体輸出規制の強化は、成長著しい中国の半導体産業の発展が続くことで、中国の軍事的能力、とりわけ先端半導体を使った人工知能(AI)が軍事作戦の効率化や高度化を助長するという懸念があり、そうした中国の半導体製造能力に寄与している米国製品や技術の移転を停止しなければならない、という意識に基づくものであった。
この対中半導体輸出規制の強化は、自国企業だけでなく、アメリカの技術に基づく製品やソフトウェアを輸出する第三国の企業も規制することができるが、アメリカの技術に基づかない製品を輸出する日本やオランダの企業を規制することはできない。
そのため、アメリカは日蘭両国に同様の規制を導入することを求め、明示的にではないが日米蘭3カ国による半導体製造装置等の輸出管理の強化で協調することとなった。
このように、G7(繰り返すがEUも正式メンバーである)各国で経済安全保障に関する関心が高まっているが、国際分業が爛熟し、生産プロセスやサプライチェーンが広がる中で、一国だけで経済安全保障を実施することは困難である。
そのため、サプライチェーンの中で主要な役割を担い、中国やロシアが持たない技術を持つG7各国が協調して経済安保で歩調を合わせることは、その実効性を高める上で重要なことである。
マクロン訪中に見られる安保とビジネスのジレンマ
しかし、こうしたG7の協調による経済安全保障の共同実施に関して大きな懸念となっているのがフランスの立場である。
4月上旬にフォンデアライエン欧州委員長と中国を訪問したフランスのマクロン大統領は経済界の主要メンバー50人を引き連れ、エアバス160機の受注をはじめとする約400億ドル規模の契約を結んだと報じられている。
中国に対する経済依存のリスクが議論される場において、積極的に中国との経済関係の強化を推進し、中国市場への依存を強めることは、G7の共同歩調を乱すことになりかねず、中国に誤ったシグナルを送ることになる。
ただ、こうした自国産業の利益を優先しようとする誘惑は、どの国にもあることも留意しておくべきであろう。中国との経済依存を深めるリスクを懸念するあまり、中国との取引を控えることになれば、そこに市場の空白が生まれ、その空白を埋めに行くことで大きな利益を得られるからである。政治的な理由で巨大な中国市場から他国企業が撤退したのであれば、競争相手のいない市場に参入することができる。
つまり、G7で経済安保の共同歩調を取れば取るほど、抜け駆けによる利益を得ようとするインセンティブも高まるということになる。仮に政府が厳しく輸出管理を強化したとしても、企業は規制の抜け穴を探し、迂回することでビジネスを成立させようとする可能性もある。
同時に、そうしたビジネスからの要求が中国への依存を高め、安全保障上の脆弱性を高める結果となる可能性もある。こうした問題について、どのように対処すべきであろうか。
G7が共同で経済安保戦略を実施する上で重要となるのは、第1に中国への経済依存を全面的に否定しないということである。
アメリカの一部の論者は全面的なデカプリングを主張する議論を展開するが、中国との経済関係を全面的に断ち切ることは現実的ではない。仮にデカプリングを実施したとしても、企業は何らかの形で迂回する方法を見つけることになるだろう。そうなれば、経済安全保障の措置は無効化されることとなる。
第2に、それでも戦略的物資に関しては、中国への依存を可能な限り減らすことである。
欧州各国や日本がロシアからの天然ガス供給に依存していたことで、ロシアのウクライナ侵攻後の対ロ制裁において、天然ガスを制裁対象とすることができなかった。ロシアが戦争を継続できなくするよう、天然ガスの輸出による政府収入を断ち切ろうとしたが、その効果は限定的なものに留まっている。
このように、戦略的物資への依存は経済安全保障上の脆弱性となる。中国が握っているG7諸国のチョークポイント(中国が大きなシェアを持つ重要物資)に関して、その供給源を多元化し、代替品を開発する努力をG7が共同で行うことが必要である。
第3に、中国のチョークポイントを握ることも重要である。半導体は西側諸国が技術的優位性を持ち、アメリカが主導する輸出管理体制の強化を進めることで、中国は半導体の開発・製造に歯止めをかけられることとなった。
半導体だけでなく、G7が持っている優位性は数多くある。それらに関して、中国が経済的威圧を仕掛けてきた際に、対抗できるための手段として、技術的優位性を維持することが必要である。
EUでは反威圧措置(Anti-Coercion Instruments:ACI)が採択され、経済的威圧に対して関税の引き上げや輸出入許可、公共調達の制限といった措置が用意されている。こうした対抗措置をEUが単独で行うのではなく、G7が共同で行い、経済的威圧に対する抑止効果を高めると共に、EUのACIには含まれていない、技術移転の阻止や輸出管理の強化といったことが含まれるべきであろう。
産業界の理解を得る必要性
最後に、こうした優位性を維持し、チョークポイントを握ったとしても、それを中国に対する圧力に転換できなければ意味がない。そのため、各国の法制度を整備し、中国の経済的威圧に対しては対抗措置をとることができる状況を作っておくことが重要である。
また、こうした経済的威圧への対抗は、産業界そして国民にも様々なストレスをかけることになる。そのため、G7各国で経済的威圧に対抗する措置を発動する手順をきちんと定め、それを事前に産業界とも共有し、彼らの利益を一部圧縮してでも、安全保障上必要な措置であることを理解してもらう必要がある。
これらの措置は、まさにG7が共同で自らを守るために必要なことである。グローバル化した市場において、一国だけで経済安全保障を実施することは不可能である。
それだけにG7各国や同志国と共に、信頼できるサプライチェーンのネットワークを作り、場合によっては共同で経済的威圧に対抗するための経済共同防衛体を作ることは、経済安全保障の分野で一歩先駆けた取り組みを行っている議長国日本がリーダーシップを発揮できるテーマであろう。
(Photo Credit: 首相官邸ホームページ)
地経学ブリーフィング
コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。
おことわり:地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。
地経学研究所長,
経済安全保障グループ・グループ長
立命館大学大学院国際関係研究科修士課程修了、英国サセックス大学大学院ヨーロッパ研究所博士課程修了(現代ヨーロッパ研究)。筑波大学大学院人文社会科学研究科専任講師・准教授、北海道大学公共政策大学院准教授・教授などを経て2020年10月から東京大学公共政策大学院教授。国連安保理イラン制裁専門家パネル委員(2013-15年)。2022年7月、国際文化会館の地経学研究所(IOG)設立に伴い所長就任。 【兼職】 東京大学公共政策大学院教授
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