国際・地域秩序の構築におけるASEANの重要性
本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。
https://toyokeizai.net/articles/-/676460
【連載第2回:中国を取り巻く国際秩序】
国際秩序構築において、新興国・発展途上国からなる「グローバルサウス」の存在はもはや欠かせない。
現在の国際秩序の正当性は、国際社会が支持するルールや規範に依拠しており、国際社会を構成する国の大多数がグローバルサウスで占められているからである。
その中でも、インド太平洋の地域大国が注目しているのが、地政学的・地経学的な要衝かつ地域多国間主義の核であるASEAN(東南アジア諸国連合)が存在する「東南アジア」だ。
中国の対東南アジア戦略
東南アジアは、単に地理的にインド太平洋の中心に位置するだけでなく、10カ国からなるASEANが存在するため、彼らの支持を得ることは地域の「多数」を取り込むことにもつながる。
そのためアメリカと中国は、自国に有利な国際秩序を構築するため東南アジア諸国を味方につけようとしのぎを削っている。この競争において中国は、地理的にも歴史的に政治・経済・社会的な影響力を持ち、外交的に優位な立場にある。
しかし、国際・地域秩序の構築に至ってはその優位性をまだ活かし切れていない。国連を基盤とした既存の国際秩序の擁護を主張し、「人類運命共同体」といった標語を広めてはいるものの、過去の地経学ブリーフィング(「広島サミット影の主役・中国が描く国際秩序とは」、「中国の「人類運命共同体」構想にどう向き合うか」)でも指摘されていたとおり、将来を見据えたビジョンがいまだ不透明であるからだ。
むしろ、北京大学教授の賈慶国が分析したように、民主主義や人権の重視といった「リベラルな国際秩序」とは別の、国家主権や内政不干渉という根源的なルールを重視する「世俗的国際秩序」の維持を目指しているように見える。
この秩序観は、欧米の民主化推進などの価値の押し付けに対抗でき、グローバルサウスの支持を得やすい。ただ、国家主権を必要以上に強調し、価値に関する議論を避け続ければ、純粋に「国益」を主張し合う競争環境が醸成されやすくなる。結果として、常に力を持つものが有利という勢力均衡の論理、排他の論理に傾くおそれもある。
実際、中国の東南アジア政策には、アメリカの影響力を削ぎ、自らのプレゼンスを拡大するという思惑が見え隠れする。中国が展開している硬軟織り交ぜた外交戦略、すなわち「地域公共材」の提供と「くさび戦術」を組み合わせた戦略がそれを物語っている。
まず、地域の支持を得るため、中国は地域諸国との貿易や経済・開発支援、域内での災害救援、コロナ発生後にはシノバック等のワクチン配布などの「地域公共財」を提供している。
特に中国は東南アジア諸国の最大の貿易パートナーとして成長し、「一帯一路」の名のもとでインフラ構築支援、近年ではSDGs(持続可能な開発目標)の達成を考慮にいれた「グローバル開発構想」も推進している。東南アジアへ向けた投資拡大も進んでおり、これらの活動は地域諸国の利益になり支持を得ている。
ASEANにくさびを打ち込む中国
他方、中国はASEAN諸国が結束して対中政策を練らないよう、くさび戦術もとっている。2012年、フィリピンがスカボロー礁で中国と対峙した際、ASEAN諸国の意見が割れ外相会合で初めて共同声明が発表できなかった。これは中国がカンボジアに対し外交的影響力を行使したと考えられている。
また、中国が真っ向から否定する2016年の南シナ海仲裁判断に対し、シンガポールがその国際法の重要性に触れた結果、台湾で演習を終えた装甲車「テレックス」を香港で差し押さえられたり、第1回「一帯一路」フォーラムに招待されなかったりした。
経済力を用いた懐柔や外交的な圧力を織り交ぜ、ASEANにおけるコンセンサスを崩し、くさびを打ち込む形である。
もちろん、中国はASEANへ明確な支持を打ち出している。2022年8月のASEAN中心性に関するポジションペーパーでは、多国間主義におけるASEANのリーダーシップを支持するとともに、「インド太平洋に関するASEANアウトルック」(AOIP)に賛同した。「インド太平洋」に関わる言説を嫌った中国が、AOIPを支持したことは外交上の意義が大きい。
しかしこれは、欧米諸国による「インド太平洋」の言説を受け入れたことを意味しない。クアッド(日米豪印戦略対話)、AUKUS(米英豪安全保障パートナーシップ)、IPEF(インド太平洋経済枠組み)など、新たな地域枠組みに対し否定的な態度も示しており、欧米諸国を牽制している。
東南アジア諸国は、このような中国の東南アジア政策に対し、過度な中国依存を避けようと「ヘッジ戦略」を追求している。端的に言えば、中国の成長に伴う経済的恩恵を最大限に享受しつつ、軍事的・経済的に支配されないよう、アメリカや日本を含める地域大国との関係性を強化しているのだ。
ただ、東南アジア諸国は近年の中国の攻撃的な外交姿勢を警戒しつつある。シンガポールのISEASユソフ・イシャク研究所による2023年エキスパート・エリート調査によると、東南アジア諸国は中国を地域において最大の経済的・戦略的大国として捉えている一方、過半数が中国を「信頼できない」とも回答している。
とはいえ、このような評価がすぐさまアメリカや欧米諸国への支持につながるわけでもない。ブルネイ、カンボジア、ラオス、マレーシアといった中国との経済的に強いつながりを持つ国々は、中国に対する警戒心が比較的低く、極端に距離をとることは望んでいない。
東南アジア諸国はこのように一枚岩ではない。それでも大国との距離を置き、ASEAN中心性や一体性を主張するのは、地域の自主性を確保しつつ「健全な大国間競争」が可能な環境づくりを目標としているためと考えられている。
東南アジアの理想は米中競い合いによる恩恵
東南アジア諸国にとっての理想は、米中両国がいかに東南アジア地域のニーズに合った地域公共財を提供できるかという点で競い合うことによって恩恵を受けることである。しかしここには、米中戦略的競争は基本的に安定が保たれており、東南アジアが衝突の現場にならない、ということも含まれる。
つまり、東南アジア諸国は国際秩序構築に向けた自らの「ビジョン」を提示するよりも、地域の安定と繁栄を促す「方法論」に重点を置く。そしてそのような大国間関係を形づける上で、ヘッジ戦略やASEAN中心性・一体性は必要不可欠となる。
しかし近年、そのASEAN中心性・一体性を維持することが困難となる課題にASEANは直面している。例えば、2021年に起こったミャンマー軍部によるクーデターによって、ミャンマーはASEANの会合に出席できておらず、他方で中国・ロシアが「内政不干渉」を掲げミャンマー軍に関与政策を進めている結果、ASEAN一体性が弱体化している。
また、ロシアのウクライナ侵攻によって欧米諸国が明確な対立姿勢を示し、2022年7月の拡大ASEAN国防大臣会合の専門家会合を米豪諸国がボイコットした。これは、今後の状況次第ではASEANの「主宰力」が問われるとともに、ASEAN中心性が揺らぎかねないことを示唆している。
もちろん、2022年のG20、APEC(アジア太平洋経済協力会議)、ASEAN関連会議の議長国であったインドネシア、タイ、カンボジアは会議開催を成功裏に収めており、ASEAN弱体化は不可逆的ではない。しかし、この状態が長期化すれば、ASEANの国際的役割が縮小することにもつながる。
それでは、東南アジア地域を長らく支援してきた日本は一体何ができるであろうか。
まず指摘すべきことは、ASEANが形づくってきた地域制度は、戦略的に競合関係である大国同士に対話を促し、紛争予防に貢献してきたという事実である。たとえそれが不完全なものであったとしても、ASEANは唯一無二の地域公共財を提供してきている。
この地域公共財が失われれば、アジア地域は米中二項対立に陥りやすくなる。先月、日本主催のG7はグローバルサウス諸国も招き入れ、外交的に大きな成功を収めた。しかしそこには中国やロシアは含まれておらず、中ロ両国に「G7には排他の論理が働いている」といった弁明の余地を与えてしまう。そういった隙を与えないのがASEANであるのだ。
包摂的な地域秩序構築へ向けて
目標とすべきは、ASEAN中心性・一体性が損なわれないよう、東南アジア諸国が目指す地域の安定と繁栄の「方法論」と、日本の目指す国際秩序の「ビジョン」との親和性を高めて協力関係を構築していくことであろう。
具体的には、①ASEAN各国のニーズに合わせ能力構築支援・開発支援を行うことによって特定国への過度な経済依存を減らし、ASEAN一体性を維持できる能力向上に貢献すること、②ASEAN中心性を脅かしかねないクアッド等の制度的役割分担の明確化と協力関係の構築を進めること、そして③継続的な関与を通して地域秩序の構築を共に進めることが重要であろう。
アジア地域あるいはインド太平洋地域における国際秩序構築を考える上で、東南アジア、特にASEANへの関与は欠かせない。日本は、その秩序構築の一環として、ASEANを通した包摂的な対話プロセスをより積極的に促進することが求められている。
(Photo Credit: Reuters / Aflo)
地経学ブリーフィング
コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。
おことわり:地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。