自由と民主主義、国際連携を重視する尹政権外交

【著者】慶應義塾大学法学部政治学科教授・朝鮮半島研究センター長 西野純也

 

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/678279

 

【連載第3回:中国を取り巻く国際秩序】

政権発足から1年が経った韓国の尹錫悦政権は、大統領選挙公約で掲げた外交路線を、スピード感を持って実践してきた。その方向性は、自由や民主主義、法の支配、人権といった普遍的価値を重視し、価値を共有する国々との連帯を強化する外交の推進である。

尹大統領は、昨年5月の就任演説の冒頭で、「この国を自由民主主義と市場経済体制を基盤として、国民が真の主人である国に再建し国際社会で責任と役割を果たす国としなければならない」と述べた。

「再建」という言葉には、文在寅・前政権でそうした基盤が揺らいだとの批判が込められていたと言える。尹政権の支持基盤である「保守」と文政権を支えた「進歩」という2つの陣営間の対立が先鋭化する中、与野党の政権交代は韓国の政治・外交路線に大きな振幅をもたらした。
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視線は朝鮮半島からグローバルへ

実際、大統領選挙を控えた昨年2月に、尹候補(当時)はアメリカの外交専門誌『フォーリン・アフェアーズ』への寄稿で「韓国にいかなる政権が誕生しても北朝鮮問題は重要ではあるが、それが韓国外交のすべてではない。(中略)文在寅政権になり南北対話それ自体が唯一の目標になってしまった。米中関係の緊張が高まる中、韓国は原則ある立場を示せずに戦略的曖昧性で一貫してきた」と文政権を強く批判した。

そのうえで、「韓国の外交はこれ以上朝鮮半島にとどまっていてはならない。自由主義の価値をもとに実質的な協力を通して世界の自由、平和、繁栄に寄与する『グローバル中軸国家』(Global Pivotal State)にならなければならない」との立場を表明した。

この1年間、尹大統領は選挙時の公約に則った外交を展開してきた。就任まもない昨年5月にはアメリカのバイデン大統領をソウルに迎えて米韓同盟の強化をアピールしたし、6月にはNATO拡大首脳会議に出席してNATO代表部の設置を決めた。その際に日米韓首脳会談にも臨み、日韓関係の改善と日米韓連携に強い意欲を見せた。

その後、11月の日米韓首脳会談では「インド太平洋における3カ国パートナーシップに関するプノンペン声明」と題する首脳共同声明を採択して、「包摂的で、強靭で、安全な、自由で開かれたインド太平洋の追求において、我々の取り組みを連携させていく」ことを表明し、経済安全保障での3カ国対話の開始、インド太平洋経済枠組み(IPEF)での緊密な協力などを約した。

そして12月には、韓国独自のインド太平洋戦略を発表した。今年に入ってからも、日韓首脳シャトル外交の実現、自身の国賓訪米、そして太平洋島嶼国との首脳会議開催と、意欲的な外交を続けている。

もっとも、国際社会により貢献すべきとの認識は、李明博政権の「グローバル・コリア」戦略以来、保守と進歩を問わず韓国外交の中にあり続けてきた。G20のメンバーになっただけでなく、今や世界10位の経済大国になったとの自信は、文政権の外交にも存在していた。

ただし文政権では、その自信は南北関係や対日政策におけるナショナリズムとなって表れた。それに対して尹政権は、その発露を普遍的価値に基づく国際的な連帯、即ちインターナショナリズムに求めているのである。ロシアによるウクライナ侵略後の国際情勢は、そのような尹政権の外交を大きく後押ししている。

「相互尊重」を目指す対中外交の課題

現在そしてこれからの韓国外交にとって最大の課題の1つが、中国との関係設定であることは周知の通りである。

とりわけ、米中両国の戦略的競争が続く中で、上記のような「価値外交」を推進する尹政権には、中国との関係設定がより一層の負担となってのしかかってくる。これまでのところ、尹政権は大統領選挙公約で掲げた「相互尊重に基づく中韓関係を具現する」ために、中国に是々非々で臨む姿勢を維持している。

最近では、4月に『ロイター通信』が行ったインタビューで尹大統領が、「私たちは国際社会とともに、力による現状変更には断固として反対する。台湾問題は中国と台湾だけの問題ではなく、北朝鮮問題と同じように、世界全体の問題である」と踏み込んだ発言を行い話題となった。

さらに、この発言に反発した中国に対して韓国が抗議し返すという、これまでにない対応も見せた。

尹政権の対中姿勢は、韓国内の厳しい対中世論を背景としたものではあるが、今後も相互尊重の関係に向けた取り組みを続けるためには、何よりも中国からの「経済的威圧」に対する十分な備えが必要だと認識されている。

2017年の韓国内への終末高高度防衛ミサイル(THAAD)配置時に中国から受けた事実上の経済報復が、大きな教訓となっているからである。当時の文政権も、経済面での過度な対中依存を減らすことを目指しており、ASEAN、インドとの関係強化を目指して展開された「新南方政策」には、そうした意図が込められていた。

また、当時の韓国外交当局者や専門家から聞かれたのは、アメリカによる支援の不可欠性である。アメリカの要請を受けてTHAADを配置したのに、中国による韓国への威圧に対してトランプ政権は韓国を守る措置を取らなかったことへの不満がそこにはあった。

そのため、尹政権は米韓同盟の強化を進めると同時に、中国からの威圧に米韓(日)が共同対処することの保証を必要としたであろう。

問われる経済安保における不利益への対応

その観点から、昨年9月に発表された日米韓外相共同声明が、「インド太平洋地域および世界の繁栄を促進するための日米韓3カ国の協力の重要性を強調した。特に、経済的威圧を前にして、共に立ち向かう必要性に留意し、そのような行為を抑止し、これに対応するために協働することにコミットした」と表明したことは、あまり注目されなかったが興味深い事実である。

米中戦略競争の中で対米同盟を強化する尹政権にもう1つ必要なのは、経済安全保障における繊細かつ慎重な取り組みである。

例えば、半導体製造企業のサムスン電子とSKハイニックスが、バイデン政権の求めに呼応する形で大型対米投資を行ったにもかかわらず、同政権による一連の対中半導体規制を受けて、中国工場での生産が制限される恐れが出てきている。

先端半導体はアメリカで、汎用性の高いものは中国で製造するという棲み分けを図るにしても、アメリカ主導のサプライチェーンの囲い込み(フレンド・ショアリング)が進めば、中国で生み出されている韓国の経済利益が大きく損なわれることになる。

また、アメリカのインフレ抑制法により、韓国の自動車およびバッテリー業界がアメリカ市場で不利益を受けかねないことへの不満が韓国内で高まり、尹政権の対応が不十分だとの批判を生んでいる。そのため、アメリカと歩調を合わせつつも、経済損失を出さない、あるいは最小限にとどめる手腕が尹政権には求められている。

米中の戦略競争やロシアによるウクライナ侵略といった国際情勢の中で、アメリカとの同盟を強化しながら、中国との関係を管理しなければならないとの立場は、実は日本と韓国で共通している。

特に尹政権になって以降、日米韓連携の推進やインド太平洋戦略の策定に見られるように、韓国の外交路線は日本のそれとほぼ軌を一にしており、抱える課題の多くを共有するようになった。10年ぶりに日韓関係の改善が進んでいる今、日韓両国は互いの外交戦略を共有しつつ、共通の課題に対して協力できる機会にも恵まれたのである。

国際社会の平和と繁栄に向け日韓でできること

尹大統領自身、3月の訪日時に慶応大学での演説で、日韓両国が、「自由、人権、法治という普遍的な価値を基盤とする自由民主主義国家ということは、それ自体が特別な意味を持ちます。それは、両国が単純に国際社会の規範を守り、互いに尊重することを超えて、連帯と協力を通じて国際社会の平和と繁栄という共同の目標に向かってリーダーシップを発揮しようとしていることを意味します」と語っていた。

今後は例えば、両国がそれぞれのインド太平洋戦略を推進するにあたって、共に重視するASEANや太平洋島嶼国を対象とした政策では、役割分担や協働することを積極的に検討していくべきであろう。

一方、近年関心が高まっている台湾海峡の平和と安定に関する両国内の議論からは、対中政策をめぐる認識差や温度差が小さくないことがうかがえる。インド太平洋におけるより幅広く、かつ深みのある協働を可能にするために、日韓はまず互いの戦略や認識について理解を進める戦略対話を活性化すべき時にきている。

(Photo Credit: AP / Aflo)

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