日本の安全保障政策の新たな手段「OSA」とは何か

【連載第2回:防衛装備・技術協力を通じた国際安全保障秩序の変化】

日本の対外政策に新たな手段が加わった。2023年4月、政府は、他国軍隊に対する無償資金協力枠組み、「政府安全保障能力強化支援(OSA)」の実施方針を決定した。

従来日本が行ってきた開発途上国に対する政府開発援助(ODA)は、途上国の開発のためのものであり、非軍事目的に限っていた。OSAは、途上国の安全保障上の能力の向上を目的とし、軍等が裨益者となる点で、ODAとは性質上別の枠組みである。

OSAは、日本として経験のない取り組みであり、武器輸出に対する立場の違いから創設そのものに対する是非の議論は多い。しかし、OSAの実施が日本の安全保障にどのように資するのか、どんな内容であればその目的を達成できるのかという政策論はほぼ聞かれない。

本稿では、このような問題意識の下、類似の取り組みで蓄積のあるアメリカの議論も参照しつつ論じたい。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/689905
Index 目次

OSAに対して指摘される論点

政府が立ち上げたOSAの内容はどのようなものだろうか。

まず、実施方針においては、警戒監視、海賊対策、国際平和協力活動など、「国際紛争との直接の関連が想定しがたい分野に限定して協力」を行うとされる。また、供与対象としては、衛星通信システムやレーダーなど、防衛装備品を含む資機材やインフラが例示される。

おおむね、軍が使う防衛装備品と港湾などの軍用インフラの整備に大別できるだろう。さらに、ODAと同様、目的外使用の禁止など適正管理を案件ごとに国際約束で相手国に義務付ける方針である。2023年度においては、フィリピン、マレーシア、バングラデシュ、フィジーにおける実施を想定した調査を行うとしている。

これまでも、途上国軍隊に対する安全保障面での協力には、教育訓練・助言を行う能力構築支援、自衛隊の中古装備品を供与する不用装備品無償譲渡があった。OSAは、物品やインフラの供与を対象とする点でソフト面での支援である能力構築支援とは異なり、また、資金協力枠組みである点で不用装備品譲渡とも異なる。

OSAに対しては、対外政策の新たな手段として期待が寄せられる一方、武力紛争への介入につながるおそれや、適正管理の実効性への懸念も提起されている。また、現在見直しが進んでいる防衛装備移転三原則の下で殺傷能力のある武器の輸出が認められた場合、OSAにおいても同様の供与が認められるのではないかとの批判もある。

ただし、OSAは従来政策として確立してこなかったツールであり、これらの批判も、いまだ行っていないことへの懸念という側面が強い。一方、「小さく産んで大きく育てるべき」との肯定的な声もあるが、小さく産んだ結果、成果が生まれなければ、画餅に終わる可能性がある。

しかし、その意義を論じるためには、経験がない中での仮定に基づく懸念や期待ではなく、他国の事例も参照し具体的にその可能性と限界を論じる必要があろう。

安全保障援助における「取り込み」と「抑止」

この観点から、武器の供与を対外政策の手段として活用してきたアメリカの事例から得られる示唆はあるだろうか。

第2次大戦後、アメリカの対外政策においては、対外有償援助(FMS)や対外軍事資金(FMF)を通じた武器供与や訓練提供、軍事的助言を内容とする「安全保障援助」と呼ばれる枠組みが重要な役割を担ってきた。援助の目的は時期によって変遷しているが、そこでは、被援助国の「取り込み」と、脅威に対する「抑止」という2つの側面が存在してきた。

すなわち、援助を通じて味方を増やすという意義と、被援助国の能力強化を通じ、自国と被援助国にとって共通の脅威となりうる国に対する抑止力を補完・強化するという意義が共存してきたといえる。

当初は、旧ソ連に対抗するため、西側諸国が共産化するのを防ぎつつ、その軍事力を増強するために用いられた。そこでは、自由主義か権威主義かを問わず、共産主義に対抗するためには相手国の国内体制を選ばず援助を行った。

しかし、冷戦が終結し、アメリカ主導の国際秩序が形成される中で、旧ソ連諸国への関与の必要性が認識されるようになった。

また、権威主義国家において、軍が内戦や市民の抑圧を助長していることも懸念された。これらを受けて、アメリカの安全保障援助は、文民統制や民主主義の確立を目的として、軍事部門改革のための助言を含むものとなった。

プロフェッショナルな軍隊育成と継続の重要性

武器や訓練提供の効果を向上させるためには、軍事部門改革との組み合わせが重要となる。近年の研究では、軍隊における実力主義の人事昇任システム、現場の創造性・柔軟性を重視する分権的な指揮統制など、自由民主主義諸国のプロフェッショナルな軍隊に特徴的な要素が、戦場において軍事的効果を発揮するのに重要であることが指摘されている。

そうだとすれば、武器援助や訓練支援を行う際、軍事部門改革が伴えば、被援助国軍隊の能力は向上するはずである。民主主義の下での文民統制の利いた軍隊の育成は、その軍隊の戦場での効果を高める。

しかし、安全保障援助の現実は必ずしもそうなっていない。2002年以来、アメリカが計900億ドルもの資金を投入して育成してきたアフガニスタン政府軍は、2021年夏、タリバン勢力に呆気なく首都を奪われた。

同様にアメリカが2004年以降計257億ドルを投入してきたイラク国軍も、2014年、イスラム国に要衝モスルを奪われ敗走した。冷戦後、NATOが訓練、助言、武器売却を行ってきたウクライナ軍も、長らく腐敗に苦しんだ。

その要因を一般化することは難しいが、よく指摘されるのは、アメリカが武器や訓練の提供と引き換えに軍事部門改革を求めるコンディショナリティ(条件)を強く要求しなかったことである。武器は潤沢だがそれを活用するための改革が進まなければ、軍事的効果の低い「はりぼての軍隊」が出来上がるということだ。

とはいえ、安全保障援助が対象国の取り込みを目的とする以上、強硬な要求は当該国を疎外してしまうおそれがある。安全保障援助の難しさは、その目的の二重性に内在する問題ともいえる。

一方、武器提供や訓練支援は、一朝一夕で終わるものではなく、武器の維持整備や要員養成の必要性から、継続が不可欠となる。

その継続的実施は、軍事当局間の信頼関係を醸成するとともに、装備の標準化や維持整備を通じ、さらなる協力につながる経路依存性を内包している。その長期的な援助関係が、軍事部門改革の浸透につながり、軍事的効果の向上をもたらす場合もある。

ウクライナでは、NATOの長年の要求を踏まえ、文民統制等について規定した2018年の「国家安全保障法」制定以降、軍事部門改革が進んだと指摘されており、これにより軍隊の能力が高まっていった可能性がある。

アメリカが長らく援助を続けてきたイラクでも、2016年のイスラム国からのモスル奪還で大きな戦果を挙げたのは、アメリカの訓練によりプロフェッショナルな規律を獲得した対テロ部隊「黄金師団」であった。

OSAの実施に対する示唆

これらの議論は、日本のOSA実施にどのような示唆を与えるだろうか。もちろん、アメリカの援助は規模が大きく、殺傷性のある大型兵器も含まれるため、国際紛争と直接関連させず、インフラ整備など後方分野も含まれる日本のOSAに直接当てはめて検討できるものではない。

他方で、相手国軍隊の能力向上手段である点では目的を同じくするし、現在の出発点から「大きく育てた」場合の一つの形態として、念頭に置く必要がある。経験の不足と援助規模の少なさ(今年度予算は20億円)といった制約がある中でも、インド太平洋地域において日本の味方を増やし、警戒監視能力等の向上支援を通じ、中国の軍事活動に対する抑止力を強化するためには、物理的な援助手段は有用性がある。

そのうえで、第1に、OSAの実施に当たり、相手国の取り込みと抑止力向上という2つの戦略的意義の均衡点を見極める必要がある。特に、米中の戦略的競争関係の狭間で、OSA候補の東南アジア諸国等は、中国との距離を慎重に測っている。

その中で、援助に対中抑止の側面が前に出すぎれば、もう1つの意義である被援助国取り込みの側面を棄損する可能性もある。継続の重要性を踏まえれば、政府が特定する非伝統的安全保障分野における協力は、出発点として正しい。

第2に、援助の目的に合致した使用となるか否かは、単に機材供与の国際約束で義務付ければ解決する問題ではない。相手国軍隊に供与機材をその目的に合致した形で使用してもらうためには、当該軍隊がプロフェッショナルな能力を構築するために必要な訓練や助言と組み合わせた援助が重要となる。

そのためには、OSA単体ではなく、他国軍隊への教育、助言のため従来行ってきた能力構築支援とセットで行うべきだろう。実効性向上のため、軍事部門改革の助言を伴うことも必要となる。警戒監視など自衛隊の活動との連携や、アメリカによる援助との組み合わせも考えられる。

第3に、ODAでは国際協力機構(JICA)が事業管理を行っているが、軍事専門性を要求されるOSAの実施を担えるかはわからない。OSAの実施では防衛省等も連携することとされているが、自衛隊に専従部隊は存在しない。

専門的なOSAの実施体制の構築を

戦闘を主目的とする実力組織で安全保障援助を中核的な活動として位置付けることは難しい一方、片手間では実効性は向上しない。専門的な実施体制の構築は不可欠だ。

最後に、機材供与を行うためには、対象国軍隊に、その機材の性能面の有用性を認識してもらう必要もある。その観点からは、国内の防衛産業の強みを特定し、相手のニーズと適合させる努力も必要である。

OSAは、自らにとって望ましい安全保障秩序を形成するための積極的な手段である。内向きの議論に終始せず、他国の先行事例も参照し、より広い戦略的視野で検討すべきだ。そして、息の長い継続的努力が何よりも重要となる。

(Photo Credit: Ministry of Defense)

地経学ブリーフィング

地経学ブリーフィング

コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

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おことわり:地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

小木 洋人 主任研究員
防衛省で総合職事務系職員として16年間勤務し、2022年9月から現職。2007年防衛省入省。2009年から防衛政策局国際政策課で米国以外の国では初となる日豪物品役務相互提供協定(ACSA)の国内担保法を立案。2014年から2016年まで外務省国際法局国際法課課長補佐として、平和安全法制の立案や武力行使に関する国際法の解釈を実施。2016年から2019年まで防衛装備庁装備政策課戦略・制度班長として、防衛装備品の海外移転の促進、ウクライナへの装備支援でも活用された外国軍隊への自衛隊の中古装備品の供与を可能とする自衛隊法規定の立案、防衛産業政策などを主導。2019年から2021年まで整備計画局防衛計画課業務計画第1班長として、陸上自衛隊の防衛戦略・防衛力整備、防衛装備品の調達を統括。2021年から2022年まで防衛政策局調査課戦略情報分析室先任部員(室次席)として、ロシアのウクライナ侵略、中国の軍事動向を含む国際軍事情勢分析を統括。 2007年東京大学教養学部卒、2012年米国コロンビア大学国際関係公共政策大学院(SIPA)修士課程修了。
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小木 洋人

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防衛省で総合職事務系職員として16年間勤務し、2022年9月から現職。2007年防衛省入省。2009年から防衛政策局国際政策課で米国以外の国では初となる日豪物品役務相互提供協定(ACSA)の国内担保法を立案。2014年から2016年まで外務省国際法局国際法課課長補佐として、平和安全法制の立案や武力行使に関する国際法の解釈を実施。2016年から2019年まで防衛装備庁装備政策課戦略・制度班長として、防衛装備品の海外移転の促進、ウクライナへの装備支援でも活用された外国軍隊への自衛隊の中古装備品の供与を可能とする自衛隊法規定の立案、防衛産業政策などを主導。2019年から2021年まで整備計画局防衛計画課業務計画第1班長として、陸上自衛隊の防衛戦略・防衛力整備、防衛装備品の調達を統括。2021年から2022年まで防衛政策局調査課戦略情報分析室先任部員(室次席)として、ロシアのウクライナ侵略、中国の軍事動向を含む国際軍事情勢分析を統括。 2007年東京大学教養学部卒、2012年米国コロンビア大学国際関係公共政策大学院(SIPA)修士課程修了。

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