日英伊による次世代戦闘機共同開発「GCAP」の意義
【連載第3回:防衛装備・技術協力を通じた国際安全保障秩序の変化】
「航空優勢」は現代戦を優位に戦うための必要条件である。各国は、最先端の戦闘機開発を競っている。
アメリカはすでにF-16の後継機として最新鋭の第5世代ステルス戦闘機F-35を国際共同開発し、配備を進めている。NATOのF-16運用国もF-35への更新を進めており、余剰となるF-16をウクライナに提供する予定だ。
日本は第3世代機F-4の後継としてF-35を導入済みであり、さらにF-16をベースに日米共同開発したF-2後継機の2035年導入を目指し、英国、イタリアと次世代戦闘機を共同開発する「グローバル戦闘航空プログラム(GCAP)」に着手した。
GCAPは開発費だけで数兆円が見込まれる巨大な事業であり、日英伊にとって国内の航空・防衛産業活性化の目玉プロジェクトとなる。また、日本にとっては同盟国アメリカ以外と組む初めての戦闘機共同開発であり、政治外交面での意義は大きい。それ故、コストやスケジュール等の事業管理は難しく、日米の相互運用性の確保などの重要課題も多い。
一方で、ドイツ、フランス、スペインもGCAPのライバルとなる次世代戦闘機の共同開発(FCAS)を進めており、中国やロシアも第6世代戦闘機の国内開発に取り組んでいる。
これら最新戦闘機開発の行方は、将来戦の優位のみならず、航空・防衛産業の供給網や海外輸出、さらには同盟関係のあり方まで左右する可能性がある。
本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。
https://toyokeizai.net/articles/-/692097
日英の「新たな同盟」の象徴
昨年12月9日、GCAPに関する日英伊共同首脳声明が発表された。声明は、「この戦闘機が、複数の領域を横断して機能する、より幅広い戦闘航空システムの中心的存在になる」ことを目指すとしている。ロングボトム駐日英大使が指摘するとおり、「このシステムには、無人機や新しいセンサー、武器、高度なデータシステム、安全なネットワークが含まれる可能性が高い」(読売新聞、2022年12月10日)。
その開発、配備、運用は数十年の長期にわたり、3カ国の政府、軍、多数の企業が多くの分野で重層的に共同・協力することになる。成功すれば、日英伊の安全保障・軍事の絆は極めて太くなる。共同訓練や部隊展開が一時的な軍事協力のフローであるとすれば、共同開発はストックすなわち構造化であり、GCAPはまさに英国の言う「新たな同盟」の象徴となろう。
GCAPに至る背景には、日英両国の安全保障パートナーとしての相互重視があった。
2013年6月には、日英首脳会談で、アメリカ以外の国との初めての防衛装備品に係る協力で合意し、7月に「日英防衛装備品・技術移転協定」に署名。2015年1月、日英外務・防衛閣僚会合(2+2)で共同研究の開始に合意した新たな空対空ミサイル(JNAAM)は、2022年プロトタイプの試作を終了し、2023年度末にプロジェクトを完了する見込みだ。
今後、F-35搭載に向けた量産化を検討し、GCAPへの搭載の可能性もある。
英国は、現有のユーロファイター・タイフーンの後継機「テンペスト」の開発について2019年にスウェーデンと、2021年にイタリアと覚書(MOU)を締結している。
英国のテンペストと日本のF-2後継機は、要求性能(F-35よりも長い航続距離、大きいミサイルペイロード等)や導入時期(2035年)等の共通点が多く、「両国が必要とする改修の自由を互いに認め、(略)対等な協力関係を構築する」(英国防省次期戦闘機開発課長リチャード・バーソン氏の産経新聞寄稿、2020年9月23日)というウイン・ウインの関係が期待できる。
巨額な開発費用と技術リスクの低減もメリットであり、JNAAMの経験で積み上げてきた技術協力の実績が日英共同開発を後押しした。これに、テンペストMOU締結国のイタリアが加わり、日英伊の3カ国共同開発としてスタートしたが、スウェーデンが加わる可能性もいまだ排除されていない。
日米同盟との両立:自律性と相互運用性のジレンマ
日本の次期戦闘機開発は、2010年8月に公表された「将来の戦闘機に関する研究開発ビジョン」に始まる。以降、ステルス性能等を実証する先進技術実証機、搭載エンジンの研究開発等を積み重ねつつ、国内外の企業に情報提供依頼(RFI)を発出し、情報収集・検討を続けた。
2018年6月発出のRFIには、アメリカのロッキード・マーチン社(LM)からF-22の機体にF-35の先進アビオニクス等を合わせたハイブリッド機の提案があったが、F-35の中枢技術の開示は確約されなかった。このため、2019年12月末の2020年度防衛予算案説明会では、「どの派生機も要求を満たさず除外した」との発表があり、LM社のハイブリッド機案は消えた。
アメリカ軍はこの時期、F-22後継機となる「次世代航空支配(NGAD)」プログラムを非公開で推進中であり、2020年9月にはNGAD実証機がすでに飛行したと発表している。日本の次期戦闘機事業は小規模で、タイミングが合わず、また現時点でもほとんど情報公開されない事業をベースにした日米共同開発の可能性はなかった。
日本は、F-2共同開発やF-35のFMS(有償軍事援助)完成機輸入の苦い経験から、次期戦闘機には、将来の脅威や技術の進展にも柔軟に対応できる十分な拡張性、我が国の主体的判断で改修・能力向上ができる改修の自由、そして、適時適切な改修・能力向上と高い即応性等を確保できる国内維持整備基盤が必要条件とされた。すなわち、航空優勢獲得の中核となる戦闘機の自律性を求めたのである。
その一方で、同盟国との相互運用性の確保は必須であり、2020年12月、LM社をインテグレーション支援の候補企業として選定。2021年12月には、「LM社と支援内容について協議を続けるとともに、令和3年8月からアメリカ空軍等との間で、インターオペラビリティの確保のため、将来のネットワークに係る共同検討を開始」、同時に日英防衛当局の「共通化の程度に係る共同分析を実施する」と公表された。
アメリカとの相互運用性を確保しつつ、日英共同開発への方向転換についてアメリカの理解を得ようとする日本政府の慎重な動きがうかがえる。
日本には、国産を目指したFS-Xがアメリカの政治圧力により、F-16ベースの共同開発を強いられたにもかかわらず、飛行制御等の枢要技術を開示されなかった苦い経験があった。しかし、独自開発と経費膨張等の苦労をしつつもほぼ国産といえるF-2を開発した結果、国内に生産技術基盤が構築され、運用期間を通じて改善・改修を適時行えるようになった。
また、武器輸出三原則のためF-35の国際共同開発に参加できなかった日本は、F-4後継に当初F-22を候補としたが、アメリカ議会は輸出を許可せず断念、F-35をFMSで導入した。
しかし、開発に加わっていない日本は技術へのアクセスができず、頻繁に出される技術改善やソフトウェアの更新に、一方的に追随せざるをえない状況にある。これらの経験を踏まえ、日本はGCAPによる戦闘機の製造・運用に係る自律性の確保と日米の相互運用性の両立に挑んだのである。
昨年12月の日英伊共同首脳声明と同時に、防衛省とアメリカ国防省は、アメリカがGCAPを支持すること、日米が「日本の次期戦闘機を始めとした装備を補完しうる、自律型システムに関する重要な連携を開始した」ことを共同発表した。成熟した日米同盟が両立の枠組みを可能にしたと評価できよう。
GCAPの今後の課題
国際共同開発は参加国の優れた技術を持ち寄り、開発コストや技術リスクを分担・低減できるメリットがあるため、西側諸国では主流となっている。しかし、運用要求の相違や経費分担と製造部位等のワークシェア、知財(IP)の帰属等、各国の思惑と利害が衝突する要因も多い。
実際、フランスはユーロファイター共同開発から離脱し、ラファールの独自国産に成功している。GCAPのライバルともいえる独仏のFCASはスペインが参画したことでワークシェアの合意が崩れたため、開発作業が中断し、運用開始が大幅に遅れる見込みだ。
GCAPは日英伊の政府間および参画する三菱重工、BAE、レオナルド社等の間で協力の座組や製造分担等を交渉中であり、今後の進展を見守る必要がある。
もう一つの重要な課題は開発したGCAPの輸出であり、日本は日本自身の輸出や英伊の輸出(第3国移転)について装備移転三原則との関係を整理しなければならない。
日英伊首脳共同声明には「このプログラムは、まさにその本質として、我々の同盟国やパートナー国を念頭において設計されてきたものである」と記され、輸出が前提となっている。
実際、開発した戦闘機の輸出は、機数増による量産単価の低下や生産・技術基盤の維持だけでなく、輸出先運用国との相互依存関係の深化につながる。日英伊の更新予定機数の合計は約350機だが、潜在的な輸出先はサウジアラビアを筆頭に、数百機の可能性が見積もられている。
独仏のFCASが大幅に遅滞し、アメリカのNGADの輸出が想定されない状況で、英伊がGCAPの輸出にかける期待は大きい。もちろん日本の防衛産業にとっても完成機輸出のメリットは計り知れない。防衛装備移転三原則見直しの政治決断が必要だ。
ロシアや中国は次世代戦闘機をそれぞれ独自開発している。独裁政権は戦闘機の自律性を損なうことを嫌うからだが、ウクライナ戦争でロシアは孤立し、中国も西側諸国の技術規制を受け、両国の独自開発は困難に直面するであろう。国際共同開発は西側先進国の強みであり、中ロ独裁体制に優位するためにも、日英伊は自国の利益や事情に過度に固執せず、GCAPを前進させていく必要がある。
(Photo Credit: Ministry of Defense)
地経学ブリーフィング
コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。
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