各国防衛産業の比較研究 -自律性、選択、そして持続可能性-(要約版)
問題意識
本報告書は、日本を含む各国の防衛産業の比較研究を行う。
日本では、防衛力強化の取組が国民から肯定的に受け止められているにもかかわらず、それを支える防衛産業強化についての議論は必ずしも同様のレベルでの注目を集めているわけではない。
2022年12月に発表された国家安全保障戦略を含む戦略三文書に基づき、日本は防衛力の抜本的強化を進めることとし、今後、防衛費の継続的な増加が見込まれている。過去10年に渡って防衛費が増加基調を辿ってきたことと併せて考えれば、こうした流れは防衛産業の基盤強化に結び付くものである。
それにもかかわらず、日本の防衛産業から、未曽有の特需に沸くような雰囲気は醸成されていない。逆に、中小企業を中心としたサプライヤーの事業撤退が相次ぎ、利益が低く抑えられていることによる事業の安定的な持続が危惧されるなど、防衛産業を取り巻く課題は残されたままになっている。
防衛費が継続的に伸びているにもかかわらず、なぜ同時に国内の防衛産業から危機感が示されているのだろうか。その要因・問題を解決するために政府が講じている対応策はどのようなものか。また、その政策は有効かつ十分なのか。仮に十分ではない場合、さらにどのような政策が必要なのか。防衛産業についての関心が徐々に高まりを見せている一方、現在、日本においてこれらを包括的に扱った研究はほとんど存在しない。
一方で、防衛産業を強化しなければならないという問題意識は、日本に固有のものではない。英国やオーストラリアといった日本とそれほど大きく変わらない規模の防衛需要を有する国においても、日本と似通った課題に直面している。米国は主要国の中でも圧倒的に大きな規模の国防産業を擁するが、米国防産業を取り巻く事業環境も安泰とはいえない。
そうだとすれば、他国の防衛産業や防衛産業政策の事例において、共通する背景や異なる点として、どのようなものがあるのか。また、日本の政策にとって参考になる事例や施策はあるか。
本報告書は、以上のような問題意識に基づき、日本で認識されている防衛産業の課題や現在提示されている解決手法を抽出した上で、それらと共通する海外の事例において参考となる類似の手法を比較参照することにより、日本の防衛産業政策への教訓を得ることを目的としている。
調査対象国としては、日本に加え、防衛予算や防衛産業の規模は異なるものの、先進的な取組を数多く手がけている米国、防衛費の大幅増額前の日本とおおむね同規模の国内防衛需要を擁する英国、日本と同じ米国の同盟国として安全保障上の存在感を示す一方で国内防衛産業基盤が十分でないオーストラリア、海外輸出において近年成功を収めている韓国、そしてイノベーションを通じて先進的な兵器システムの開発に成功しているイスラエルを対象とした。
防衛産業政策の国際的な概観
序章においては、各国ごとの事例について記述する前に、世界の防衛産業に通底する歴史的な流れを論じた。
本報告書における事例に共通するのは、防衛産業の事業戦略や再編における政府の果たす役割の重要性である。防衛装備品は、一般的な商品とは異なり、買い手が政府・軍に限定されており、国によってその程度に違いはあるものの、国防政策や装備調達計画が企業活動に直接的な影響を及ぼす。民生品でも戦略物資や重要技術等、政府の認可制度、規制、補助金等によって政府が強い介入を行う産業領域はある。しかし、防衛装備品はエンドユーザーと調達量が限定されていることから、市場における自由度が著しく制約された特殊な産業といえる。
また、視点を海外との関係に向ければ、国際的な防衛装備品市場において圧倒的な競争力を有する米国製品や軍事技術との関係性が、米国以外の事例における防衛分野の産業政策に大きな影響を及ぼしている。米国製兵器(システム化された兵器体系)の国際競争力は、近年ますます高まっており、それ以外の国は、同盟国であろうとも、米国の技術的優位性への対応を迫られている。
出典:SIPRI Arms Transfers Database, https://www.sipri.org/databases/armstransfersを基に筆者作成。 単位は100万TIV (trend indicator value)ベース。
米国以外の調査対象国においては、第二次大戦後、その防衛産業政策をおおむね3つの時期的な段階に分けて論じることができる。
まず第1段階では、経済成長を背景とした財政力の拡大や、冷戦期の防衛上の必要性を背景とした「国内防衛産業育成・保護のフェーズ」が見られる。このフェーズでは、政府がライセンス生産や技術移転等によって米国から先進軍事技術を取り込み、防衛装備品を国内で製造できるようにする輸入代替的な政策がとられる。ただし、オーストラリアのように、国内での産業基盤が十分でないため、この国産化代替政策をそもそも満遍なく実施できなかった事例もある。
その後の第2段階としては、冷戦終結後の脅威の低下や地域情勢の変化、経済の成熟や高齢化社会に伴う国の財政の悪化、米国製兵器と国産兵器の技術格差の広がりや価格競争力の低下によって、この輸入代替モデルを全面的に維持することの経済的・技術的困難性が認識されるようになる。こうした認識や現実的な制約を踏まえ、これらの国においては、海外製品の積極的な導入を通じた市場の開放や調達の合理化に舵が切られる。これが第2段階の「自由化・効率化のフェーズ」である。
ただし、このフェーズにおいては、国内市場を開放するのと同時に、強みのある国内企業や製品・システムを積極的に海外に展開する方向性を選択する事例(英国、イスラエル、韓国)と、政策的な制約から、海外展開の方向性を追求できていない事例(日本)に分かれる。また、自由化により、国内プライム企業が海外メーカーに買収され、サプライヤー中心の産業構造が築かれた事例(オーストラリア)もある。
さらに第3段階として、国際的な安全保障環境の悪化を受けて、防衛力強化に伴い国内防衛産業を再強化すべきとの認識が高まると、選択的に自律性を重視するフェーズが到来しつつある。このフェーズでは、第2段階の自由化・効率化フェーズの主因である財政基盤の悪化や米国との技術格差が解消されないまま、防衛力を支える基盤の強化が認識されているがゆえに、必ずしも第1段階に回帰するものではないところに特徴がある。すなわち、防衛調達の自由化・効率化を前提としつつ、重視すべき技術や分野、脆弱性のあるサプライチェーンの対策など、対象を絞って政府による企業支援や投資、官民連携の強化が図られている。そして、革新技術が軍事分野ではなく民生分野から生まれている現状を踏まえ、政府の資金提供を通じた先端汎用技術の防衛分野への取り込みが官民連携の核心となっている。
この選択的自律性の追求は、対象を海空領域、ミサイル、新興技術など特定分野に絞った上で、時には機能的な相互協力(豪英米によるAUKUS、日英伊によるグローバル戦闘航空プログラム(GCAP)等)を伴いながら、旧来技術を中心に自由競争を促す分野との間でモザイク状に展開している。ただし例外として、イスラエルにおいては、防衛装備品を完成品レベルで自律的に国内生産するよりは、自国に強みのある技術やシステムを米国等の完成品に組み込むことにより、むしろ自国基盤の不可欠性を強化しようとする動きが見られる。
いずれにしても、各国において共通するのは、自国が抱える安全保障上の課題・脅威に対応するためには最新の技術を用いた防衛装備品を遍く揃える必要がある一方、それらを全て国内で生産・調達するのは財政的・技術的・経済合理的に難しいというジレンマである。しかし全てを輸入に頼れば、防衛装備品という防衛力の基礎を成す要素を他国や予期せぬ事情に委ね、戦略的な自律性が損なわれるリスクがある。防衛産業政策の難しさは、こうした安全保障上の要求と経済的持続可能性、また自律性と国際協力の間のジレンマに常に対処しなければならない点にある。そして、そのジレンマに対処する際には、限られた資源を有効活用するため、重点的に資源を投下する分野の選択が必要となる。
出典:筆者作成
日本の防衛産業の課題:選択なき投資の陥穽
防衛産業を持続可能なものとするためには、これらの構造を理解した上で、目に見える当面の課題に対応するのみならず、産業の構造を決定付ける基調的政策を変化させなければならない。
その観点から言えば、原価高騰に柔軟に対応し得るような防衛装備品の価格算定制度の見直しや下請契約の構造把握などを通じ、政府の対策は、表面化した直接の危機に対応するのにはおおむね適切なものとなっている。また、従来の改善型の研究開発にとどまらず、将来の戦い方に必要な新たな能力を特定し、先進的な民生技術を取り込みながら研究開発を行う新たな取組も進められている。ただし、このような新たな研究開発の取組においては、政府の要求を出発点とせず民間から新たな事業・構想を提案するための枠組みや、民間の技術と政府の要求の双方に通じたハイブリッド人材の登用方法の欠如など、実施面での課題が残されている。
一方、既存の産業構造の維持に焦点を当てた政府の防衛産業強化策は、必ずしも防衛上の要求の変化に対応した構造変化を促すものとはなっておらず、中長期的な企業の収益性や競争力の強化に資するわけではない。防衛産業基盤強化法に基づく基本方針は、防衛装備品の国産化を求める方針に半ば先祖返りしており、産業再編や企業統合を求める政府内外の声も低調となっている。このため、政府が打ち出した各種支援施策は、「選択なき投資」の陥穽を孕んでいる。
これらの残された課題を踏まえ、第1章は、需要の少ない分野を財政支援で温存するのではなく、国内需要のある分野・製品は、製品の種類の統合などを通じて需要を集約するとともに、海外輸出・国際展開を促進し、企業の自主的な統合・再編判断に資するような経済合理性を考慮した動機付けを行うべきと捉えた。防衛産業を持続可能なものとしていくためには、国内で自律的に維持する基盤を選択し、民生技術の取り込みも含め、強みを集約する必要がある。
出典:筆者作成
調査対象国が抱える事情は異なるものの、共通する構造や先行的な取組もあり、その成功あるいは失敗事例から学ぶべきことが多くある。第2章から第6章までにおいては、第1章で抽出した問題意識を踏まえつつ、調査対象国ごとに以下のような分析・評価と、それらを踏まえた具体的政策提言を行った。政策提言については、第2章から第6章までで国ごとに記載していたものを、分野別に再構成した(括弧内は関連する調査対象国)。
調査対象国の分析・評価
(第2章 米国:「民主主義の兵器庫」としての利得と負担)
第一次、第二次の両大戦で「民主主義の兵器庫」となった戦時の米軍事産業は、ソ連の核兵器の登場によって、毎年巨額の予算が投入される平時の一大産業に成長し、同盟国等の防衛装備・技術政策をリードしてきた。冷戦後、国防予算は大幅に削減され、関連企業の集約化とサプライチェーンの海外依存が進み、米国内の製造能力は縮小した。中国との戦略的競争の下、軍事技術優位と国内産業基盤の維持という課題に米国は直面している。さらに、ロシア・ウクライナ戦争では、武器・弾薬の需要が急増し、米国の「兵器庫」が払底する懸念が生じている。米国はこれらの課題への各種施策に取り組み、同盟国との協力を模索している。その動向を理解することは、日本の防衛生産技術基盤の強化策を考える上で不可欠である。
(第3章 英国:選択的自律性と海外需要の追求)
第二次大戦後、防衛需要低迷と競争力の低下に苦しんだ英国は、政府主導の企業合併・再編と、米国企業の買収等を通じた米国市場への展開や欧州との国際共同開発事業を通じ、国防産業の国際的競争力を得た。これにより、その後強まった市場自由化の中でも、安定的な国内生産基盤を維持することができた。また、財政危機に端を発した政府研究開発組織の一部民営化により、結果的に官民双方の知見を有する提案力のある人材が民間に移転された。こうした人材・企業は、革新技術を中心に国内で選択的に産業基盤を保持する傾向が近年生じる中、先端汎用技術の防衛分野への取り込みの担い手として重要な役割を果たしている。
(第4章 オーストラリア:ミドルパワー国防産業の苦悩)
オーストラリアは、戦後長らく同盟国である米英などの外的要因によって戦力整備が大きく影響されてきた。そのため、一貫した国内需要を作り出すことに失敗し、国防産業基盤を改善するインセンティブも生まれず、国防産業が更に弱体化するという負の連鎖から抜け出せないでいた。こうした状況を変えるため、2015年頃、様々な政策レビューと戦略策定を実施し、強化すべき国防産業の選択と予算の集中を行い、産業基盤を強化するために中小企業の収益を改善させる取組を行った。これらに加え、企業の技術力を強化することで国際競争力を高め、輸出戦略を構築して販路を拡大するなどして、少しずつ国防産業を強化している。
(第5章 韓国:防衛需給のギャップ・フィラー)
韓国は冷戦期、北朝鮮との軍事バランスの劣勢と在韓米軍撤退という戦略的劣位を逆手に取る形で米国からの技術移転を求め、国防産業を育成してきた。しかし、冷戦末期から陸上装備品を中心に国内需要が伸び悩むと、これを契機として、積極的な海外輸出に転じた。武器輸出後発国である韓国は、国際政治上の力学により、需要があるにもかかわらず主要国から武器を輸入できていない国との取引に注力するという「ギャップ・フィラー」としての輸出戦略をとっている。また、政府の強い主導と官民の緊密な連携により、革新技術を有する企業の国防産業への参入促進を図っている。
(第6章 イスラエル:イノベーション力と国際市場における不可欠性)
イスラエルは1980年代後半まで、戦略的自律のために国産化方針を掲げていた。しかし、この方針が米国等との関係に左右されやすい非現実的なものであることを認識してからは、自国が得意とする電子戦システムなどデュアルユース技術を多用する分野に特化し、それを西側の兵器に組み込むことで不可欠性を生み出すようになった。イスラエルが今日においても優れた兵器システムを開発できているのは、優秀な人材と膨大な研究開発費を国防産業に投入し、更にその成果から利益を生み出すイノベーション・エコシステムを構築してきたからである。
政策提言
(防衛産業政策の方向性・生産基盤の強化に関するもの)
1. 国内で重点的に投資すべき技術・産業基盤の特定と取捨選択が必要である。(英国、オーストラリア)
2. 国産化方針は、戦略的自律性を追求する手段として限界があり、より持続可能で効果的な国際的相互依存関係の確立を目指すべきである。(イスラエル)
3. サプライチェーンの維持や利益率の確保は、革新的企業の新規参入を促す方向で取り組み、新規参入企業に対する障壁を下げる取組を行うべきである。(英国、オーストラリア)
(技術開発に関するもの)
4. 国防イノベーション・ユニット(DIU)やその他取引権限(OTA)、適応的調達枠組み(AAF)を参考に防衛産業への新規参入を促進する仕組みを作るべきである。(米国)
5.先端的汎用技術の防衛分野への取り込みは、予算や枠組みの整備だけではなく、課題そのものの公募や官民技術者の人材交流を通じ、民間の知見も活用した提案型の革新的装備品が生まれる環境を醸成すべきである。(英国)
6. 革新技術を有するベンチャー企業の新規参入促進は、プライム企業の下請となる中小企業を公募により競争的に選定する仕組みなど、新たな取組の試行錯誤や企業が有する技術の強みを把握することから始めるべきである。(韓国)
7. イノベーション・エコシステムを構築するためには、研究開発のインプットである優秀な人材の確保やベンチャーキャピタルによる投資だけでなく、輸出、大手企業による買収・合併などを通じ、そのアウトプットを収益化していくための手法が求められる。(イスラエル)
8. 若く退官した防衛実務経験者が任官中に得た経験や技術を防衛技術やデュアルユース技術でイノベーションを起こす枠組みを構築すべきである。(イスラエル)
(輸出・国際展開の促進に関するもの)
9. 米国の国防産業政策の動向を把握し、我が国への影響を評価するべきである。(米国)
10. 米国の国防産業参入に必要な資格の取得支援や制度の周知・普及を図るべきである。(米国)
11.政府主導の国際共同開発事業や海外企業への投資・資本提携を通じ、国内防衛産業の構造的な国際競争力を高めるべきである。(英国)
12. 完成品にこだわらず、部品やコンポーネントレベルでの武器輸出も進めるべきである。(オーストラリア)
13. 輸出候補国との二国間関係のみならず、防衛装備品輸出に関する「面」としての地域戦略を構想すべきである。(韓国)
14. 防衛装備品の輸出に伴う技術移転の判断に強弱をつけるべきである。(韓国)
結論:新陳代謝を促し、需要を集約する
これらの提言に通底するのは、日本の防衛産業を既存の構造のとおり維持することはもはや不可能であるという問題意識である。
既存の産業構造を変えるためには、革新的技術を有する企業の防衛産業への新規参入や、防衛上のニーズと企業の強みの双方を知る人材の積極的な登用、そしてプライム企業の下請となる中小企業の競争的選定等を通じ、技術力や提案力を高めつつ、サプライチェーンの新陳代謝を促進しなければならない。米国のOTAやAAF、DIUのように、非伝統的企業の研究開発に投資し、迅速に製品を導入する取組や、英国の国防・安全保障アクセラレーター(DASA)を通じて公募により革新的技術を育てる枠組み、あるいはオーストラリアの国防イノベーション・ハブ(DIH)や韓国の国防産業革新100プロジェクトなどは、こうした問題意識と軌を一にするものである。また、英国の地域防衛産業クラスターや韓国の国防ベンチャーセンターのように、国内の地域ごとに自治体と連携しつつ中小企業の有する技術を発掘するきめ細やかなプログラムも新規参入の促進に資する。
しかし、競争力のある防衛産業を育てていくためには、研究開発段階における新たな取組だけではなく、それを防衛装備品の製造段階で持続可能なものとしていくことが求められる。この点、多くの国は米国のようにあらゆる分野において自己完結的な製造能力の構築を目指すのではなく、国内で有するべき製造基盤に選択的な投資を行っている。英国は「戦略的不可欠性」と「作戦上の独立性」という2つの観点から重要な製造基盤を選択的に保有する「戦略的アプローチ」を打ち出している。オーストラリアでも、国防予算を特定の領域に重点配分する「国内産業能力優先事項(SICP)」を設定している。
防衛力強化のための予算増が認められた日本においても、財政制約が消滅したわけではない。そのため、防衛生産基盤強化法における財政支援は、防衛装備品の分野を特定せず企業の申請に基づき個々に助成金の付与を判断する以前に、どの分野を重視し、どの分野を重視しないかの戦略を策定することが必要となる。そしてその戦略は、政府と産業界の双方向の対話の中で、企業の経済的インセンティブ・収益性を踏まえた上で形成されなければならない。その中で最も重要となるのが、防衛調達という買い手としての力を活用して重点分野を明らかにし、企業の投資行動を方向付ける取組と、財政支援を含む産業政策が目指す方向性をリンクさせ、両者のツールに齟齬が出ないよう整合させることである。
また、日本のような中規模の防衛産業を擁する国にとって、需要を拡大し、生産を効率化するためには、海外輸出が不可欠である。さらに、単なる完成品の輸出にとどまらず、英国における米国市場への直接投資や、韓国における製品の輸出と組み合わせた現地生産・技術移転、オーストラリアやイスラエルにおける海外製品への構成品や不可欠性を有するシステムのレベルでの参画のように、多様な国際展開の方向性を試行し、事業の機会を拡大すべきである。その中で政府は、米国などの海外市場への参入に必要な制度の周知普及や、規制緩和の働きかけを通じ、企業の活動を側面から支援する必要がある。何よりも、調査対象国とは異なる事情として、日本においては防衛装備移転三原則の運用指針の下、海外輸出できる製品に制約が課せられている。国際共同生産品や輸送、救難等のいわゆる「5類型」の防衛装備品にとどまらず、殺傷性を有するものも含め、日本の防衛産業を強化し、安全保障協力に資する製品は、幅広く輸出できるものとしなければならない。
このような①政府による投資・財政支援の選択的実施や、②メリハリの効いた調達方針、そして③様々な機会を捉えた国際展開は、それら3つが相互に整合的な方向性を確保できれば、需要の集約を通じ、企業間の自主的な統合・再編の判断を徐々に促す遠因として作用するだろう。各国が厳しい安全保障環境と財政制約の狭間で持続可能な国内防衛産業の保持を目指す中で、日本としても、自律と国際協力を選択的に進める好機としてこの流れを受け止め、活用していく必要がある。このような横断的評価を踏まえ、政策提言に以下2点を付記したい。
15. ①政府による投資・財政支援の選択的実施、②メリハリの効いた調達方針、③様々な機会を捉えた国際展開の方向性を整合させるべきである。具体的には、「防衛力整備計画」によって規律される「買い手」側の調達方針と、防衛生産基盤強化法に基づく基本方針などの産業政策、そして輸出・国際展開促進の方向性を調整し、その実績を定期的に検証・評価するメカニズムを構築するべきである。当該検証・評価は一義的には政府内で実施すべきものであるが、必要に応じて外部専門家が議論に参画するとともに、その結果を公表することで、国内における議論の活性化・関心の向上を図るべきである。
16. 殺傷性を有するものも含め、日本の防衛産業を強化し、安全保障協力に資する製品は、幅広く輸出できるものとすべきである。
各国防衛産業の比較研究:目次
各章ごとの分割PDFは下記リンクからアクセスいただけます。
- 序章
- 第1章 日本:選択なき投資の陥穽
- 第2章 米国:「民主主義の兵器庫」としての利得と負担
- 第3章 英国:選択的自律性と海外需要の追求
- 第4章 オーストラリア:ミドルパワー国防産業の苦悩
- 第5章 韓国:防衛需給のギャップ・フィラー
- 第6章 イスラエル:イノベーション力と国際市場における不可欠性
- 終章 政策提言のまとめ
おことわり:報告書に記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことを御留意ください。記事の無断転載・複製はお断りいたします。
執筆者(肩書は執筆当時)
尾上 定正(国際安全保障秩序グループ・グループ長)
奈良県出身、1982年防衛大学校卒業(管理学専攻)。1997年米国ハーバード大学ケネディ大学院修士課程修了、2002年米国防総合大学戦略修士課程修了。統合幕僚監部報道官、第2航空団司令兼千歳基地司令、統合幕僚監部防衛計画部長(2013年空将昇任)、航空自衛隊幹部学校長、北部航空方面隊司令官を経て、2017年航空自衛隊補給本部長を最後に退官。2019年7月~2021年6月、ハーバード大学アジアセンター上席研究員。現在、企業アドバイザー及び安全保障研究フェロー。
小木 洋人(主任研究員)
防衛省で総合職事務系職員として16年間勤務し、2022年9月から現職。2007年防衛省入省。2009年から防衛政策局国際政策課で米国以外の国では初となる日豪物品役務相互提供協定(ACSA)の国内担保法を立案。2014年から2016年まで外務省国際法局国際法課課長補佐として、平和安全法制の立案や武力行使に関する国際法の解釈を実施。2016年から2019年まで防衛装備庁装備政策課戦略・制度班長として、防衛装備品の海外移転の促進、ウクライナへの装備支援でも活用された外国軍隊への自衛隊の中古装備品の供与を可能とする自衛隊法規定の立案、防衛産業政策などを主導。2019年から2021年まで整備計画局防衛計画課業務計画第1班長として、陸上自衛隊の防衛戦略・防衛力整備、防衛装備品の調達を統括。2021年から2022年まで防衛政策局調査課戦略情報分析室先任部員(室次席)として、ロシアのウクライナ侵略、中国の軍事動向を含む国際軍事情勢分析を統括。2007年東京大学教養学部卒、2012年米国コロンビア大学国際関係公共政策大学院(SIPA)修士課程修了。
井上 麟太郎(リサーチ・アシスタント)
アジア・パシフィック・イニシアティブ/地経学研究所国際安全保障秩序グループ リサーチ・アシスタント。慶應義塾大学法学部政治学科卒業、同法学研究科政治学専攻修士課程修了。2023年4月より博士課程。専門は、アメリカ安全保障政策史、米豪同盟、日本の防衛政策。アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)でのインターン(日米軍人ステーツマンフォーラム(MSF))を経て現職。国際安全保障秩序グループにて、諸外国の防衛産業政策について調査中。
(Photo Credit: Ministry of Defence)
主任研究員
防衛省で総合職事務系職員として16年間勤務し、2022年9月から現職。2007年防衛省入省。2009年から防衛政策局国際政策課で米国以外の国では初となる日豪物品役務相互提供協定(ACSA)の国内担保法を立案。2014年から2016年まで外務省国際法局国際法課課長補佐として、平和安全法制の立案や武力行使に関する国際法の解釈を実施。2016年から2019年まで防衛装備庁装備政策課戦略・制度班長として、防衛装備品の海外移転の促進、ウクライナへの装備支援でも活用された外国軍隊への自衛隊の中古装備品の供与を可能とする自衛隊法規定の立案、防衛産業政策などを主導。2019年から2021年まで整備計画局防衛計画課業務計画第1班長として、陸上自衛隊の防衛戦略・防衛力整備、防衛装備品の調達を統括。2021年から2022年まで防衛政策局調査課戦略情報分析室先任部員(室次席)として、ロシアのウクライナ侵略、中国の軍事動向を含む国際軍事情勢分析を統括。 2007年東京大学教養学部卒、2012年米国コロンビア大学国際関係公共政策大学院(SIPA)修士課程修了。
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