イスラエル=ハマス戦争に動揺するヨーロッパ

「11月11日」は、イギリスなどヨーロッパの多くの諸国では戦没者追悼の日(リメンブランス・デイ)として、赤や白のポピーの花を付ける伝統が続いている。それは、第一次世界大戦が終結した1918年11年11月を忘れないための記念日である。だが、平和を祈念する今年の11月11日には、ヨーロッパと中東という二つの地域で凄惨な戦争が現在進行形で行われていた。ウクライナ戦争と、イスラエル=ハマス戦争である。二度の世界大戦を経て、平和な国際秩序を確立しようとする欧州諸国の試みが大きく揺らいでいる。

この日、ロンドンでは、パレスチナ自治区ガザ地区へのイスラエル軍の攻撃に抗議する、親パレスチナ派の約30万人(警察発表)の大規模なデモが見られた。デモが一部で過激化して、暴力的な衝突が広がると、イギリスのリシ・スナク首相は平和の記念式典がイギリス各地で行われるこの日にそのような行動をとることを控えるよう訴え、そのような暴力行為を「挑発的で敬意に欠ける」と批判した。

パレスチナは、第一次世界大戦後の1922年にイギリスの委任統治領となり、1948年の第一次中東戦争勃発以降、多くのパレスチナ人がイギリス国内に流入した。現在の混乱の原因は、イギリスも無関係ではない。他方で、イギリス国内には多くのユダヤ人が居住しており、イスラエル文化の復興を目指すシオニズム運動は、歴史的にイギリス国内でも根強く見られてきた。イギリス国内において、イスラエル人とパレスチナ人の対立は直ちに国内政治問題化する傾向が強い。

ロンドンのみならず、世界の各地でイスラエル軍によるガザ攻撃を非難する大規模なデモが広がっている。日本でも、11月10日に東京の渋谷や原宿で、イスラエル軍のガザ攻撃を非難するデモに4千人ほどが参加したと報じられた(主催者発表)。ハマスの攻撃の犠牲者となったイスラエル人との連帯を示す声と、ガザへの軍事攻撃からイスラエル人への批判を示す声が拮抗している。そのようななかで、欧州諸国はそれぞれ、どのような姿勢を示しているのだろうか。
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連帯から懸念へ

10月7日にハマスがイスラエルの民間人への無差別な殺戮を行ったあとに、欧州の政治指導者たちはハマスの攻撃の残虐性を非難した。そのようななかで、EUのウルズラ・フォンデアライエン欧州委員会委員長は、翌週の10月13日に急遽イスラエルを訪問して、「ハマスの恐ろしいテロ攻撃を受け、イスラエルの人々への連帯を示すために来た」とX(旧Twitter)に投稿した。あわせて、ハマスの行動を、「ナチス以来の蛮行」という強い言葉で批判した。また、ドイツのオラフ・ショルツ首相も、「イスラエルの安全を守ることは、ドイツの国是だ」と、強い言葉を述べている。同様に、イタリアのアントニオ・タヤーニ外相も、ハマスの攻撃を「イスラム国(IS)やナチスのようだ」と述べた。軍事攻撃開始直後には、イスラエルとの連帯を示し、ハマスの攻撃を非難する声が、多くの欧州諸国から聞こえてきた。

ところが、フォンデアライエン委員長が10月13日にイスラエルを訪問したときから、それに対する批判も浮上していた。イスラエルとガザとの複雑な関係を考慮して、事前のEU内での調整なくイスラエルを訪問して、一方的にイスラエルの側に立ったフォンデアライエン委員長の行動や発言に対する懸念や批判が表出したのだ。とりわけその後、イスラエル政府がガザ地区への水や燃料の供給を妨げていることが報じられ、そのような行動が人道的に問題であるという指摘が、アイルランドをはじめとしていくつかの欧州諸国、さらには国連からも見られるようになった。この中東での紛争は、単純な善悪二元論では理解できない難しさがある。

そして、そのような欧州諸国政府のイスラエル支持の姿勢は、イスラエル軍のガザ攻撃による人道的被害の拡大と共に、次第に揺らいでいった。これまでに9,000人以上のパレスチナ人が死亡しており、ガザ地区の保健省によれば、そのうち65%が子供と女性だという(ジェレミー・ボウエン「【解説】イスラエル・ガザ戦争―4週間たった今、五つの新しい現実」2023年11月5日、BBC News Japan、https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-67318969)。この数字の正確さを検証することは困難だが、多くの機関が同様の数値を指摘している。

ハマスのイスラエル攻撃からちょうど一カ月が経過した11月7日に、イスラエル軍のガザ攻撃が本格化して、民間人の犠牲者の数はさらに急増していった。その映像が世界に流れる度に、各国国内でのイスラエル批判、そして戦闘停止を求める声が大きくなっている。他方、ハマスは引き続きイスラエルの人質を「人間の盾」として拘束し、解放が進んでいない。ロシアのウクライナ侵略が、比較的明確にウクライナに対する国際的連帯を生み出していったのに対して、ガザ攻撃を続けるイスラエルに対する支持は、一定以上の広がりを見せておらず、むしろ欧州諸国内ではイスラエルに厳しい批判をしない自国政府を批判する声が強まっている。

 

テロリストか、テロリストではないのか

イスラエルへの武力攻撃を行ったハマスを、どのように位置づけるべきかについても、欧州諸国内では大きな揺らぎが見られる。イギリス国内では、はたしてハマスを「テロリスト」と説明するか、あるいはそうしないかについて、認識の対立が見られた。BBCのジョン・シンプソン世界情勢編集長は、「誰かをテロリストと呼ぶことは、どちらかの肩を持つことになる」と、BBCがハマスを「テロリスト」と呼ぶべきではない理由を説明している。他方でグラント・シャップス英国防相は、「ハマスは自由の戦士でもない、単に純粋なテロリストだ。それなのにBBCがウェブサイトでハマスを銃撃者や戦闘員などと呼び、テロリストと呼ばないのは驚きだ」と語る。イギリスでは、与党の保守党も、野党の労働党も、政党の隔たりなく、ハマスを「テロリスト」と呼称する姿勢で一致している。スナク首相も、10月19日にイスラエルを訪問した際に、ハマスの攻撃を「おぞましきテロ行為」と表現している。

全てのイギリスメディアが同様というわけではない。ITVのように、ハマスを「テロリスト」と呼んでいるメディアも実際に存在する。このような呼称をめぐって、イギリス国内でも見解が揺れ動いていることが分かる。それは、この戦争の性質が極めて分かりにくく、極めて捉えどころがないからだろう。たとえば、ハマスがいかなる存在なのか、明確に定義することは難しい。ハマスは、主権国家でもなければ、国連加盟国でもない。また、1993年のオスロ合意以降、「二国家体制」の輪郭がつくられながらも、その実現が困難となっている。

この戦争は、白と黒、善と悪の境界線があいまいとなっている。イスラエルのガザ地区への軍事攻撃が熾烈になっていくのに伴い、国際社会のイスラエルとの連帯はよりいっそう難しいものとなっている。ハマスがテロリストか否かという問題、またイスラエルが加害者なのか被害者なのかという問題に対して、安易で明確な答えを示すことは難しい。欧米諸国の多くが、紛争初期の段階で、武力攻撃をしたハマスを「悪」とみなし、攻撃を受けたイスラエルを「善」と見なす傾向が見られたが、そのような基本的な態度も次第に修正されていった。そのようななかで日本政府はむしろ、欧米諸国とは異なり、当初はハマスの攻撃を「テロ」とは呼ばず、より慎重な態度が見られた。だが、次第に日本政府も欧米諸国の多くと歩調を合わせて、ハマスを「テロ」と呼ぶようになる。

イスラエルの軍事攻撃に対して、ヨルダン政府が提唱した人道目的での休戦を求める10月27日の国連総会緊急特別総会の決議では、そのような紛争の性質の捉えにくさからも、G7諸国の間でも立場が分かれていた。日本はイギリスやドイツなどとともに棄権した。アメリカ政府はイスラエル政府とともに、イスラエルの攻撃を止めるその決議案に「反対」の姿勢を示した。他方で、フランスやスペインは、中国やロシア、イランなどとともに、その決議案に賛成した。このように、この問題をめぐって、フランス、アメリカ、イギリスという、欧米の三つの国連安保理常任理事国が異なる立場を示している。ウクライナ戦争の場合とは大きな違いである。

ウクライナ戦争では、国連安保理常任理事国であるロシアが隣国のウクライナを、国際法上違法な侵略をしたことによって、法の支配に基づく国際秩序を大きく動揺させている。他方で、イスラエル=ハマス戦争は、1993年に合意されたオスロ合意が前進せずに、ガザ地区でのパレスチナ人の待遇が改善されずに放置されてきたことへの国際的な非難が高まっており、「二国家体制」構想も大きな困難に直面している。冷戦終結後の1990年代に、ヨーロッパや中東で見られた楽観的な将来への希望は、いまや大きく損なわれて、悲惨な戦争が国際秩序を動揺させている。ロシアのウクライナ侵略直後の国連総会緊急特別総会での投票でも大きな存在感を示したグローバル・サウス諸国のなかには、欧米諸国の解決能力の限界への苛立ちから、より主体的な役割を担おうとする動きが見られる。

そのようななかで、日本政府からはしばしば、「バランス外交」という言葉が聞かれる。だが、そのために日本がどのような原則、価値を擁護するかという基本姿勢が不明瞭だ。国際秩序が大きく揺らぎ、欧米諸国が掲げる正義が大きな困難に直面する現在、日本は多様な利害を調整し、多様な価値を包摂する、自由で開かれた国際秩序を擁護する重要な使命を負っている。その上で、イスラエル=ハマス戦争への対応が、大きな試金石となるであろう。

(Photo Credit: AFP / Aflo)

地経学ブリーフィング

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コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

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細谷 雄一 欧米グループ・グループ長
立教大学法学部卒業、英国バーミンガム大学大学院国際学研究科修了(MIS)、慶應義塾大学大学院法学研究科修士課程および博士課程修了。博士(法学)。北海道大学法学部専任講師、敬愛大学国際学部専任講師、プリンストン大学客員研究員(フルブライト・フェロー)、パリ政治学院客員教授(ジャパン・チェア)などを経て現職。安倍晋三政権において、「安全保障と防衛力に関する懇談会」委員(2013年)、および「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」委員(2013年-14年)、国家安全保障局顧問会議顧問(2014年-16年)を歴任。自民党「歴史を学び、未来を考える本部」顧問(2015年-18)。 【兼職】 公益財団法人国際文化会館理事 アジア・パシフィック・イニシアティブ研究主幹 慶應義塾大学法学部教授
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細谷 雄一

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立教大学法学部卒業、英国バーミンガム大学大学院国際学研究科修了(MIS)、慶應義塾大学大学院法学研究科修士課程および博士課程修了。博士(法学)。北海道大学法学部専任講師、敬愛大学国際学部専任講師、プリンストン大学客員研究員(フルブライト・フェロー)、パリ政治学院客員教授(ジャパン・チェア)などを経て現職。安倍晋三政権において、「安全保障と防衛力に関する懇談会」委員(2013年)、および「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」委員(2013年-14年)、国家安全保障局顧問会議顧問(2014年-16年)を歴任。自民党「歴史を学び、未来を考える本部」顧問(2015年-18)。 【兼職】 公益財団法人国際文化会館理事 アジア・パシフィック・イニシアティブ研究主幹 慶應義塾大学法学部教授

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